第六話 朝
朝。それが示すのは死への近づき。
新たな朝を迎えた莉菜は泪を流した。死が怖い訳じゃない。
死が悲しい訳じゃない。ただ只管にそれは莉菜の優しさ。
優しさは泪となって布団を濡らす。
「私が死んだら、皆あんな風に悲しむのかな。」
莉菜の口から零れる小さな言葉。
それは夢だった。けれどその時観た感情は嘘じゃない。
記憶にしっかりと刻まれて莉菜を包み込む。
「けど、楽しかったなぁ。夢…だったけど。」
泪は一層激しく流れ落ちる。
楽しさを感じたから。悲しさを感じたから。愛を感じたから。
そして、この先あるその時に自分が居ないことを知っているから。
自分の死で皆を泣かせると自覚したから。
遺される人の
悲しみは止まらない。苦しみは治まらない。楽しさは忘れられない。
あの気持ちに皆がなってくれる事が悲しくも、嬉しくて仕方がない。
そんなどうしようもない気持ちを抱えて泪は流れる。
ガラガラ…
扉は開く。そこに訪れたのは一人の少女だった。
「りぃなぁ?何泣いてるの。ほら、涙拭いて。」
少女はため息を吐いてその顔に少し笑みを浮かべるとハンカチを差し出す。
泪を拭いた莉菜の目に少女が映る。
「花?花だよね。」
鼻をすすりながら少女に問いかける。
「そうだけど?どうかした?久しぶりで顔忘れられてるのかと思ったよ。莉菜ったら私が部屋に入ってもずっと泣いてるんだから。」
やれやれといった感じに花は答える。
「それは…ごめん。それより花、ほんとに久しぶりだね。今はもう来てくれるの湊くらいで私こそ他の人には忘れられてるんじゃないかって思ってたんだから。」
少し冗談気味にははっと笑いながら莉菜も返す。
「忘れられるわけないでしょ?莉菜みたいな優しくて、可愛くて、天然で。頭もいい癖してちょっと抜けてるような人。あの時友達になれてほんとに嬉しかったんだから。」
優しい笑顔で思い出しながら語る花。
「けどまたいきなりどうして来てくれたの?」
花の話を少し照れくさそうに聞くと呆けた顔で聞く莉菜。
「湊のやつがうっさいからよ。学校に来たと思ったら優しい言葉だとか、こんな時どうすればいいだとか。ニヤニヤしながら聞いてくんの。
学校休んでる日は莉菜のところに行ってるってことは知ってたから来たの。莉菜の様子見にね。ほんと、惚気じゃないのにそれを聞かされてる気分になってるこっちの身にもなってほしいわ。」
もううんざりという感じで溜息を交えながら花は言った。
ただ、莉菜にとっては特別な気持ちになれる情報だった。湊の、愛を知れたから。湊の別の顔を、学校での顔を見れた気がしたから。
にこにこと満面の笑みをその顔に浮かべる莉菜。さっきまでとは全く違う、悩みなどまるでないかのようなそんな顔。
「あー。その顔だよその顔!二人そろってさ、ほんとに!もう。こちとら彼氏もいないってのに。で?いつから付き合ってんのさ。」
少し怒り気味の口調に、それには似合わないような笑顔で花は聞く。
「ううん。私は誰とも付き合ってないよ?もう死ぬのに付き合ってどうするのさ。」
笑顔の顔を崩さないように莉菜は答える。ただ、その言葉は確かに暗く澱んでいる。
「は?え、待って、莉菜。冗談でしょ。死ぬってどういうこと?」
声を震わせて、ひどい顔になりながら花は問う。
「あ、知らなかったんだ。ごめんね。先に言うべきだったね。冗談じゃないよ。私、もうそろそろ死んじゃうんだ。」
どこか悲しげに微笑んで莉菜は言う。それはまるで何かを悟ったように、諦めたかのように、静かに微笑んだ。
「は?なんで?じゃあなんであいつはそんな大事なこと言わないんだよ。湊は!畜生!最近やけに明るいと思ったらそういうことかよ…でなんでお前は!莉菜は…そんなに笑ってるの?」
悔しさを、己の非力さを僻むように花は訴えた。
「残りの人生短いんだからさ、笑ってないともったいないじゃん?あと、湊は悪くないよ。私を思って、言わないでくれたんだから。」
莉菜は言った。相変わらずの笑顔で。
「じゃあ、じゃあなんで私が来た時には泣いてたの?なんで!今、笑顔がそんなに悲しそうなの?言葉が、泣いてるようにしか聞こえないの?一番!悔しいのは莉菜でしょ?」
悲しさを、悔しさを、吐き出すように、莉菜にぶつける。
「うん。私も悲しかった。悔しかった。苦しかった。悩みもした。けどさ、楽しい事もいっぱいあったんだぁ。でね、それでいいやって思った。
でも、それでも、やっぱりさ、学校のこととか聞くとさ、どうしても悲しくて。悔しくて。
湊のことも聞けば聞くほど…諦めたはずなのにさ、好きで好きでたまらなくて。私が死なないならなって、思ったりしちゃって。ねぇ、花ぁ、どうしよう。」
泪と一緒に言葉は零れる。悲しさ、悔しさ、悩み。全てが零れて止まらない。
「いま言ったこと、伝えてみなさいよ。莉菜が抱えてるもの全部、湊に預けてみなさい。私はさすがに持ちきれないけど、きっとあいつなら全部持ってくれるから。
勿論、偶には私に預けてもらっても構わないけどね。じゃあ私は湊みたいに悪い子じゃないからもう学校行くね。」
そう言うと花はつかつかと病室から出て行った。
「あ、う、うん。ありがとう!花!」
少し大きめの声でそう言う莉菜はどこかすっきりした顔をしていた。
「ったく。ここ病院だっての。静かに位しなさいよ。」
病室から離れた花はぼそっとそう呟いて学校へと向かった。
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