第五話 夢

考え、悩み、苦しんだ。楽しみもした。悲しみもした。

そんな彼女は夢を見る。

それは、何にも代えがたい幸せな夢。

それは、残酷な夢。

それは、分かり得ない夢。


「莉菜、莉菜!何してるの!早く起きなさい。じゃないと遅刻するでしょ?」

友恵は大きな声でリビングから莉菜に声をかける。

ムクリと起き上がる莉菜。病院の硬いものとは違うふかふかの布団に枕。

布団も、枕カバーも、真っ白じゃない。黄緑で模様が入ってる。

入院着より断然着心地のいい白のスウェットに身を包み、寝ぼけ眼であたりを見渡す。

勉強机に教科書の数々、リュックも荷物でパンパン。その斜め上には学校の制服。

「起きたんなら早く降りてきなさいよー。湊くんだって待ってるんだから!」

その声に目を覚まし、ベッドからすっと立ち上がる。

違和感のない腕。針が刺さっていない、跡すらない自然な人の腕。

「うん。今いくー。」

なかなか緊張感のないぐだっとした感じの声で答えると階段を下りた。

「えっ、何で湊が居るの。」

リビングに降りた莉菜の一声目がこれだった。

そして慌てて洗面所へ行くと、歯を磨き、顔を洗って化粧水に乳液をつけると、髪を整えてリビングへと戻った。

「着替えてくるから!湊は絶対上に来ないでね!」

どたどたと慌ただしく動き回る莉菜はそう吐き捨てると自室へと戻っていった。

「行かねーよ。」

階段を駆け上がる莉菜を見上げながら湊は笑いながらそう言い放つ。

制服に着替えた莉菜は荷物とともにリビングに降りる。

机の上、置いてあるパンを頬張ると牛乳を飲み干す。

「じゃあ行くよ。」

そういって一人荷物を持って

玄関へと向かう。

「へいへい。あ、友恵さん今日もありがとうございました。朝食まで。」

すっと立ち上がって荷物を背負い、友恵に一礼をして莉菜の後を追う。

「いや、いいのよ。それより、気を付けて行ってらっしゃいね。莉菜!あなたもよ!」

顔には笑顔を浮かべ、二人を送り出す。

「分かったから、湊はやく!」

元気よく、玄関で呼びつける。

「それじゃあ行ってきます。」

ニコッと笑いながら二人で部屋を出る。


するとその途端、場面は変わる。


実家とは違う、ただ確かに家。病院ではない。

「莉菜、それじゃあ行ってきます。」

立っているのは玄関。前にいるのは、湊。

頬にキスをすると、照れくさそうに湊は出て行った。

「行ってらっしゃい。」

優しい笑みを浮かべてその言葉を呟いて背中を見送る。

結婚。夢の一つだったそれはどうやら叶ったらしい。

指にはしっかりと指輪がはまっている。

そのあとは洗濯に掃除をして買い物に。

安い卵。二パック買えばメニューは決まって親子丼。親子丼の材料を買うと帰宅。

昼には軽く食事を済ませて休憩を。

夕方、もうそろそろで湊が帰って来るような頃。

晩御飯の準備をする。

「ただいまー。」

丁度帰る湊。さっさと調理を済ませると二人きりの食事。

それからお風呂は一緒に入って…

導かれるままにベッドへ。

子供…っていう夢もどうやら叶ってそう。


また、場は変化する。


雨の降る音。

それは、病室。自分は?ふと思う莉菜。

ベッドの横、椅子に座っている。

なら、誰が。

ベッドに目を向けてみる。

弱って、酸素マスクをつけて眠っている。女性。

しわだらけのその顔に間違いはない。友恵ははだ。

何をせずとも流れる涙。

握りしめられたナースコール。

心電図はピクリとも動かず。

少し離れた場所で只管に立ち尽くす。

「手は尽くしましたが……」

医師の声が頭の中を廻り回っては涙が。

湊は次の日に莉菜を連れ出した。

住宅街近くの山の窪地。そこに生える樹の元に。

「ここにさ、魂は集まるんだと。友恵さんから教えてもらったんだ。

俺にとってもさ、友恵さんってお義母さんよりはお母さんって感じだったから、悔しくて。」

涙を流しながら湊は言う。

「大丈夫。大丈夫だよ。私たちなら。二人なら。」

莉菜もともに涙を流す。

祈るように、懐かしむように、二人は泣いた。


その後も目まぐるしく場面は変わった。


葬儀、通夜、他の人もたくさん死んだ。これが、なぜ夢なのか。

分からず問う、問う、問う、問う。

答えは出ない。夢だと自覚する自分が居ないから。


けれど、長い夜はたくさんの答えを見せた。

莉菜に。

考え、笑い、泣いて、想像して、妄想した。

その多くを夢は語った。


愛とは。


その真理を理解したわけじゃない。もともと真理なんてどうでもいいのかも知れない。

ただ、ことは時に現実を知るのと同義になる。

その現実とは?


夜は明ける。

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