第四話 他人と。

病室。暖かくも、冷たくも、なりやすい空間。

静かに、ただ、只管に昨日までの愛をかみしめながら、今日のひとを待つ。


ガラガラ…

扉は開く。けれど、求めた者では、無かった。

言葉を思い出す。

「明日は顔見に来れないの。ごめん、莉菜。」

似たようなことを湊からも言われた。

「南さん。点滴、換えますね。」

ふと現実に戻る。

にこっと笑った看護師に苦笑いで返す莉菜。

これが、所謂自分への嘘なのだろうか。

他人の笑顔にそんな思いを抱く。

だから、母にもばれたのだろうか。

そんな考えが、頭の中を通り過ぎていく。

きっと、この人、木野さんは心から笑うことなんて出来ていない。

を前にして心の奥底から笑える人なんてそうそういたものじゃないから。

そう考えながらもまた、二人の笑顔を思い出す莉菜。


「ごめんなさい…。」

小さな声で呟く莉菜は悲しみ、憂い、恐怖、罪悪感、そして喜び、嬉しさ、楽しさに満ちていた。

はいつだってそんなすべての感情を抱えて生きられるわけじゃない。

悲しみながら楽しむなんて。と思うかもしれない。

けれど、莉菜にとってそんな仕事をしてもらうことも、自分がもうすぐ死ぬことも悲しみだ。

そんな中で見つけた、教えられたひとは確かに楽しいものだったんだ。

昨日の笑顔、それには嘘偽りのない愛があって、感情がしっかりとこもっていた。

悲しみはあっても、楽しさも、嬉しさも、喜びもあるから、皆で笑えた。を忘れられた。


いつも、横に見える窓からは住宅街がよく見えた。

朝、時を意識して生きるその時間。

家から出るおじさんたち。それを見送る主婦。次に出てくるのは高校生あたり。

次が中学生。そして小学生。昼間は見ることはないけど、きっと最後に出てるのは朝からずっと起きてる主婦たちだ。

あんな経験もして見たかったな。そう思いながら眺める莉菜。

その時だけは、をかみしめる。

あとどれくらいかな。あんな風にしてみたかったな。

そんな感情が莉菜を取り巻く。それが日常だった。


ただ、昨日は違った。どうしようも無く悲しくて、怖い感情だけが莉菜を包んでいた。外を、見る事さえ。


宣告が、全てを変えた。

見方、感じ方、考え方。


今日、莉菜は外は見なかった。見ることはできた。昨日ほどの拒絶もない。

しかし、莉菜は代わりに出入りする看護師を見た。

見れば、昨日を思い出し、考え、笑い、泣いた。


看護師とは仕事。

それ以上でも以下でもない。けれど医療に立ち会う以上、死を見る。

それがどういうことなのか。人の死を見て尚、笑顔でいなければならないとはどんなことなのか。


莉菜は考えた。


愛とは。


考えるほどに莉菜は泣いた。笑いもした。

喜びもして、悲しみもした。


その悲しみも、喜びも、涙も、笑顔も、結局は全て愛ゆえのものだとも知らず。


ただひたすらに自分の思いを、考えを、辞めず、止めず。


一日がまた終わりを告げる。




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