第ニ話 二人のへや
コンコン。
ガラガラ…。
病室に、病院食が運ばれる。
「南さん。此処にご飯、置いときますからね。」
そう言うと、ベッドの横に朝食は置かれる。
ガラガラ…。看護師が出て行く。
それと同時に莉菜は起き上がった。
顔を洗って、歯を磨く。
ベッドに戻り、食事を前にすると意図せずして、泪は湧き上がる。
ボロボロと零れる泪は味覚と嗅覚を奪い去る。
味のしないご飯。だけれども、温かい。
人の手が作った愛のある食事。
泪は止まらず、視野と聴覚をも奪う。
「大丈夫。大丈夫。」
そう言って泪を拭う手は大きい。暖かい人の手。
誰の手か、誰の声かすら莉菜には分からず、泣き続けた。
「わた、私だっで…生きたいよ。私だって…私だってぇ…」
目の前に座る誰かにうずくまって愛を、愛の生む悲しみを、吐き出す。
その誰かの胸の鼓動が莉菜の耳に、全身に、響く。暖かい。とても。とても。
彼は、自身の胸で嘆き、泣き続ける彼女をそっと包み込んで、背中をさすった。
何分も、何分も、泪となった愛を、受け止める。
「大丈夫。大丈夫だから。」
偶にそう投げかけながら。
そして、四十分位たった頃、莉菜はやっと顔を上げる。
「もう大丈夫か?」
その問いかけにこくりと頷いて、差し伸べられたティッシュで鼻をかむ。
「ほら、顔洗って」
優しいその声に釣られながら顔を洗う。
「ほらよ。」
タオルが差し伸べられ、静かに顔を拭いた。
その時、莉菜はやっと眼を覚ました。
びくっと身体を震わせると
「湊…だよね。なんか…ありがとう。」
ぎこちない言葉。話し方。その全てに、愛情が籠る。
「莉菜も泣くんだな。」
莉菜がベッドに戻るとその端にぼすっと座って言った。
「うん…。私、死ぬのがこんなに嫌だったって怖いんだって言われて初めて知ったの。
いつか。じゃ無くてその『いつ』が決まるとこんなに怖いんだって。」
手を震わせて、莉菜は静かに語る。
湊はそっと、莉菜の手を包み込んで「大丈夫。」そう言った。
本当は大丈夫なんかじゃない。
けれど、湊はそれ以上何も言えない自分が悔しかった。
震えを少し抑えることしか出来ない。
悔しさ。悲しさ。愛しさ。手の温もりが伝える。自分にも。与え続ける。愛を、感情を。
「あ!…ちょ、ちょっとさ、確認したいんだけど…お母さんってまだ来てないよね…。」
まるで何か不味いことをしたかのように莉菜は心配の表情を浮かべる。
「あ、うん。俺が家に行ったら十二時頃行くから伝えといてくれって。え?どしたの?」
莉菜はほっと息をつく。
「お母さんに、出来るだけ心配はかけたくないんだぁ。」
静かに、
「そうか。」
湊は小さく呟くと、ため息をついた。
親にさえ言えない事を、知ってしまっていいのか。友恵にこの事を言うべきか。
そして、密かな嬉しさ。
「それじゃぁさぁ、秘密だな。二人だけの。」
にっと笑いながら莉菜に話しかける。
「うん。」
ふふっとどこか気が軽くなったように莉菜は口元を緩める。
「また、なんかあったら言えよな。なんでも溜め込むのは俺も、嫌だ。」
言葉は少し強いかもしれない。しかし、そこには確かな優しさ、愛がある。
「分かった。」
悩みが吹っ切れた莉菜はにぱっと明るく笑ってみせた。
一人は二人に。
一人だった
二人だけの
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