雨深 優

第一話 宣告

人は愛する。

静かにそっと目を閉じて浮かんだ動物や物。

なぜ浮かんだのか。

そんなこと迄人は考えはしない。

ただ、ひたすらに愛しさを抱えて生きる。

愛を与え、与えられ。

それが愛をつくり、巡る。



南 莉菜。享年16歳。

彼女の最期は実に見事なものであった。

愛し、愛され、彼女は散った。

彼女の愛。そして、彼女に与えられた愛。

軈て一つになった。愛。哀。

人間を表すそれは美しい。

そして何よりも儚い。



-遡って彼女の死ぬ一年と半年前。

「申し上げにくいのですが、娘さんの命は持って一年でしょう。」

医者の言葉が莉菜の母親に伝えられる。

莉菜の親は母である友恵1人。

真剣な眼差しで伝えられるその言葉に友恵の顔は強ばる。


「この治療でダメだったらもう無理だと思って下さい。」


今までにも言われていた言葉がふと友恵の頭の中を通り過ぎる。

もう、分かっていた事だった。

しかし、誰に何を言うことも出来なかった友恵にとって『方法が尽くされた』事は余りに大きなショックであった。


「あの、私、今顔変じゃ無いですか?」

不安と絶望にかられる心を押し殺し、笑顔を作って医者に問う。

「え、ええ。」

思ってもいない、理性的な反応。医師の心には無かった反応。そんな反応に医師は安らぎを顔に浮かべる。

お気の毒に。その文字を気取られないように。理性を壊してしまわないように。



そうして、友恵は莉菜の病室に戻った。

重い足取り。ツカ、、ツカ、ッカッカッツカカッ…。小さな段差で躓く。それ程までの悲しみ。

それでも、躓きながらも、足を上げ、一歩一歩と病室に近づく。娘に、たった一日でも永く安心して生きて欲しい。その一心で。


ガラガラ…

「莉菜っ。」

にこっと笑いながら足を速め、友恵は莉菜に近寄る。

「どうしたの?お母さん。」

莉菜はくすくす笑って言った。

まるで一般人。そこに、余命一年の少女の面影はない。

そんな莉菜を前に、

「莉菜、莉菜、良かったよ!大丈夫だって!快方に向かってるって!やったね!莉菜!」

精一杯の明るい笑顔で、友恵は言った。


うんうんと莉菜は首を縦に振る。

しかし、莉菜の頷きは何も『理解』では無い。


「ね、お母さん、無理、しないで?私分かるんだぁ。だって、自分の身体だもん。

あと…一年?か半年ぐらいかな。そんな気がする。」


少し、感傷に浸り、窓の方を向いてそう言うと、ふふっと笑って友恵の方を振り返る。


友恵の目は潤む。彼女の、娘の成長。そしてそう言わせてしまった。そんな母としての罪悪感。何よりもなにも分からない辛さが、共感出来ない辛さが胸を絞めた。


しかし、『そんな姿を当人に見せて如何して親と言えようか。』その想いが友恵の泪を押さえつける。


「我慢は、しないでね?私はさ、皆の感情がもっと見たいの。だから、もっと、もーっと正直な感情を教えてほしいの。ね?。お願い。」


優しい口調。まるで長い人生を生きたかのように語る。そこに、悲しさはありはしない。

純粋な心。願い。そして愛。


にこっと笑う。そこに居る彼女は少女と言うには余りに大きく、尊い。少女。その肩書きが失礼に値しそうな程に大人だった。


『教えて』その言葉に友恵の想いは感情は零れる。どうしようも無い気持ちが静かに溢れ出す。友恵から泪がこぼれる。ベッドに顔をうずめて何にも変えられぬ、愛を、吐き出す。

「うん。うん。泣いていいんだよ。

ありがとう。泣いてくれて。

ごめんね。

って、謝ったら怒られちゃうか。」


ははっと学校で友達とお話をするかのように友恵を宥める。それはまるで母娘おやこが逆転したかのように。

幾秒、幾分と時は過ぎる。暖かい時間。母娘のかけがえのない時間。


面会時間が終わる。

「じゃあね。また明日も来るからね。」

言葉は多くない。けれど、そんな母の鼻声が耳に遺る。カツカツと音を立てて帰る母。


「強がりっ。」

少し怒り口調。友恵は帰りながら莉菜には聴こえない所で、聴こえない音で、呟く。



「あれ。おかしいな。」

軈て、莉菜の感情は零れる。

ポトッポタポタッ泪は頬をつたって病院の、少し硬い掛け布団の上に落ちる。

手で拭ったところで泪は止まらない。

「なんで。なんで、生きれないのかなぁ。

やっぱり、生きたいなぁ。

皆で中学生やりたかったなぁ。高校どこ行くとか話したかったなぁ。

高校行って、大学行って、青春して、働いたり、結婚したり…いっぱい、いっぱい色々、したかったなぁ…。」

寝転がって、窓の外の空を仰ぐ。泪は横に流れ、枕に染みてゆく。


夕陽が沈む。

「待って、待ってよ…まだ、沈まなくていいでしょ?あと一年位しか無いんだよ?ちょっと、一日を、延ばしてくれたって…」

グスッグスッ…

病室に泣きじゃくる音が響く。

うぅうぅ…小さな。本当に小さな声が、造られた小さな世界へやに谺する。

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