第二十夜 氷点下の殺人鬼、ガローム・ボイス 3


 ウォーター・ハウスは、かちゃかちゃと、スマートフォンを弄っていた。


 暖房器具の付いているビルの中に避難している。


 此方から、何らかの形で見えない敵に接触しなければならない。


 ラトゥーラが部屋の中へと入ってくる。


「何をされているのですか?」

「スマホアプリだ。無料でダウンロード出来た。『惨劇の館‐リ・アニメイター』と言う奴らしい。それで遊んでいる」

「…………、一体、敵との戦闘中に何をやっているんですか……」

 ラトゥーラは顔を引き攣らせながら、ウォーターの奇妙な行動に裏返った声を出す。


「このアプリの内容なんだが。館の中に数名の男女が侵入していったら、大量のバラバラ死体だとか、白骨死体、ミイラ化した死体が見つかるんだ。冷蔵庫の中とか、解体された死体が入っていたりする。ちなみに、内容は、館に中にいる殺人鬼から逃げるゲームなんだが…………。人気作で、課金などを行って装備を整って、追ってくる殺人鬼を撃退するんだな。シナリオも課金すれば、新たに出たりする」

 かしゃかしゃと、ウォーター・ハウスは神妙な顔をしていた。


「何やっているんですか、本当に」

「ちなみに、これはガローム・ボイスの事件が元ネタになっているゲームだ。ネットで検索したら、奴の事件は小説、TVゲーム、漫画、音楽、ドラマ、様々なコンテンツに影響を与えているらしい」

 そうウォーター・ハウスは説明する。


 ラトゥーラは何かに気が付く。


「つまり、それって…………、…………」

「ある現実の事件が、大衆に対して、どのような反応をもたらすのか? 漫画やゲームなどのカルチャーに対して、どういう影響を与えるのか? 俺は、ガロームの凶悪犯罪なんざ、極めてくだらないと思うんだが、どうやら、大衆はそうじゃあない。空前絶後の事件として、みなにショックを与えている。……能力者になる前から、何故、三百人も短期間で殺せた? ……妙だ。警察も、報道関係者も、協力しているとしか思えない。やはり、ガロームという男は“権力者から意図的に作られた怪物”だ。…………、連合(ファミリー)は、それを周到に仕組んでいる」

 ウォーター・ハウスはそう断言する。

 そして、アプリの画面を消す。


「俺の推察が正しければ…………、戦争起こすのにも、テロ起こすのにも、応用が効くぞ。これって、つまり、大衆意識を操作してやがるんだぞ? 政治用語で“観測気球”と言うらしい。やはり、この敵は報道関係者だな……。それもかなり上にいる奴だろうな……」


 ウォーター・ハウスは顎に手を置く。


「ヴァシーレの協力が欲しい。……奴はどれだけ掴んでやがるんだ? 警視総監のコルトラと言ったか。ヴァシーレの情報は間違いなさそうだ」

 そう言って、ウォーターは珍しく大きく溜め息を吐いた。


「人種差別の煽動にだって使える。……たとえば、ある人種がこの国で頻繁に凶悪犯罪を起こす、って報道を流せば、その報道を民衆は信じ込む。そして、後は、その人種は凶悪犯罪を犯す民族だ、って民衆は信じるようになる。特定の精神病患者が事件を犯せば、その病気を持っている奴らを迫害しろ、っていった魔女狩りの煽動にだって使える。それが、報道(メディア)だ。完全に、ガロームはその事件を含めて、人体実験に使われている」


 ウォーター・ハウスはヴァシーレから貰った資料を取り出す。


 警視総監のコルトラと、TV局プロデューサーのブエノスという男の資料。


「半信半疑だったが、やはり、ヴァシーレの情報を信用するか? ブエノスという男か……」

 ウォーター・ハウスは確信する。


「この国のTV局に俺達は向かった方がいいかもしれんな。ヴァシーレの情報を信じるならば、ブエノスという男が、ガロームを操っているのか。…………」


 TV局まで、此処から数百キロも離れている。…………。

 

「かなり安全圏から、俺達の戦いを傍観しているって事になるな……。極めて、気に入らないな……っ!」

「どうします?」

「“ガローム・ボイスを始末する事はいつでも出来る”。だが、ブエノスという男が、仮に奴の背後にいる者であるとすれば、ガロームが始末される事までブエノスのシナリオ通りになる……。気に入らない。敵の目論見を潰さなくてはな」


 ウォーター・ハウスはスマホにメールアドレスを打ち込んでいく。

 ヴァシーレは、ウォーター・ハウスに渡した資料の中に、自身の携帯電話の番号とメールアドレスの情報を書き込んでいたのだった。


 あの分身使いの殺し屋と、情報の共有がしたい。


 数分後、ヴァシーレからメールが返ってきた。


 この状況を画策しているのはTV局プロデューサーのブエノスという男であるだろう、と自分も考えている、と。


 そして。

 ヴァシーは、今、警視総監であるコルトラの暗殺に向かっている、と返ってきた。


「それにしても、ガローム・ボイス。奴の元の職業が何なのかってのは興味深いよな」

 ウォーター・ハウスは自身がブエノスに関して推察した事を、長文でヴァシーレへと送る。


「まさか。メリュジーヌの猟奇殺人鬼、ガローム・ボイスという男の元職業が、犯罪者の死刑執行人だったとはな。それは、様々なコンテンツの題材にもなるわけだ」

 そうウォーターはぽつりと言う。


 …………、しばらくして、スマホに電話が掛かってくる。

 ヴァシーレからだった。

 ウォーター・ハウスが、メールを送る際に自身の電話番号を記載したのだった。何かあった時に、詳しく電話を掛けてくるように。……そして、本当に重要な話を連絡したい時に、メールという文字のやり取りではなく、直接、電話で話をする為に……。メールを打ってくる相手が、ヴァシーレではなく、ヴァシーを始末した別の敵である可能性を警戒する為にだ。


「もしもし、どうした?」

 ウォーター・ハウスは、ヴァシーの声を聞いて、鼻を鳴らす。


「そうか。まあ、了解した。何も問題無い。そうだな、この国は早く離れた方がいいな。敵の思うツボだものな」



 ガローム・ボイスは逃げたウォーター・ハウスを探して、街中を歩き回っていた。極寒の中、薄着で全力疾走していた。彼は竜巻と雷光を背負うように撒き散らしながら、歩いていた。


 突然、何かがガロームを狙撃する。

 それは、安々とガロームの背中へと命中した。


 投げナイフだった。


「なんだ? おいいいぃぃぃっ!?」


 追撃として。


 ガロームの喉が勢いよく、切り裂かれる。

 メリュジーヌの猟奇殺人鬼は、余りにもあっさりと、余りにも報われないまま、そのまま致命傷を負って、大地に転がったのだった。


「もしもし、ウォーター・ハウス。この素人臭い凶悪殺人犯、たった今、この俺が始末してやったぜ。これで、ブエノスと、おそらくは警視総監コルトラの計画を潰せる。この素人使って、お前の情報を引き出したり、お前を何らかの計画に利用する事を画策していたんだろけどなあ」

 ヴァシーレはスマートフォンに手を当てて、送られてきたウォーター・ハウスからのメールに書かれていた番号に電話を入れたのだった。


「先程、赤い天使グリーン・ドレスと魔女ラジス。赤い天使の方が勝利して生存している事を確認した。それから、シンディというガキ。こっち側の暗殺者ロジアと一緒に仲良く救急車で病院に運ばれた。お前が直接行って、手当してやれ。そして、これは一番、重要な事なんだけどなぁ、ひひっ」


 ヴァシーレの背後で、人影が立ち上がる。

 首からドクリドクリと、血を流しているガロームだった。


「重要なんだけどな。ウォーター・ハウス。お前とラトゥーラ。そして、グリーン・ドレスとシンディ。もうお前達はメリュジーヌを立ち去れ。マイヤーレの本拠地があるファハンへと向かっているんだろ? メリュジーヌにそのまま居続けるのは、テメェらには、物凄く不都合な事態になるだけだぜ」

 

 全身にあらゆる自然災害を纏った、神話的な怪物と化したガローム・ボイスは、全身全霊で、ヴァシーレへと襲い掛かる。


 ヴァシーは、全身から、刃物を取り出す。


 投擲(とうてき)した刃物の一本が、口を開いたガロームの喉の奥へと潜り込んでいく。


 そして。

 まるで、赤子でも捻り潰すように。


 ガロームの全身に、次々とナイフが突き刺さっていく。身体の皮膚や肉が裂かれていく。猟奇殺人犯は、全身、血塗れになる。


 ガロームの首に何本ものナイフが貫通していく。

 そして、再び、ガロームは地面へと倒れ、そのまま絶命していく。


「何が三百人だか殺した猟奇殺人鬼だ。笑わせるぜ、素人が。俺達の世界じゃあ、殺した人間の数なんかいちいち覚えねぇ。お前の命も忘れる。さて、これから、警視総監殿をぶっ殺しに行くとするか」

 そう言うと、仮にも一流の殺し屋であるヴァシーレは、素人であり周囲から利用され続けていた凶悪犯罪者の死体を後にして、まるで散歩にでも向かうように、警視庁本部へと向かったのだった。マフィア組織『アルレッキーノ』のNo2である警視総監コルトラを暗殺する為に。

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