第二十夜 氷点下の殺人鬼、ガローム・ボイス 2
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「大量殺人犯とか猟奇殺人犯とかに勝手に共感する奴らって多いよなー、ウォーター・ハウス」
ガロームは、顔の流血を手で拭いながら、告げた。
「マスメディアがさあ。俺の事を面白おかしく報道しやがったんだぜ? 『メリュジーヌの空前絶後の二百五十人殺しの切り裂き魔』とか。でさあ、俺の冷蔵庫に沢山の人間のバラバラ死体入っていたんだけどよぉ。それらも撮影されて、メディアに流された。で、色々な精神科医とか社会学者とかが、俺の事、論じるんだぜえ? 拘置所の中にTVがあって、爆笑しながら観ていたぜ」
そう言いながら、ガロームの周辺の旋風は威力を増していく。同時に、気温も冷えていく。
ウォーター・ハウスはゴミを見る眼で、ガローム・ボイスを見ていた。
ガロームが霜を走らせていく。
すると、巨大なビルの一つが見る見るうちに、雪によって塗れていく。
「馬鹿じゃねーの? この俺に共感出来ますとか言っている奴らとかもなあああああぁ? なら、殺ってみろってんだよ! まずは一人殺してみろよ。奴らつまんねーんだよ、この俺を抑圧されている現代社会の代弁者みてーに思いやがってよお。マジでゴミ屑ばかりだぜ。社会の底辺層の奴らが、こぞってこの俺にラブレターを送ってきたぜ? 拘置所の中へよぉ。俺に本を書いて欲しいっていう、バカな出版社も現れた」
そう言いながら、ガロームの顔は発狂寸前に陥っていた。
「ふん。ガローム。貴様はこの俺に理解されて欲しいのか?」
暴君は侮蔑的な視線を彼に送る。
「ウォーター・ハウス、テメェは理想があるんだろぉ? そう聞いているぜえええええっ! この社会を良くしたいから、大量殺人するとかって頭腐った理想がよおおおおおぉ。確かに、この俺は殺人を犯すまでは、虐げられる弱者だった。だが、俺は成長したんだぜ。人を殺す事によって。人の命を左右する神の代理人みてーになれた」
猟奇殺人犯は、喋り続けた後、奇声を上げ続けていた。
「俺の能力でテメェら全員を始末してやるよ。ついでに、俺が育ったこのクソみてーな街もなあああああああ。俺の能力の概要を説明させて貰うぜ! 俺はマスメディアがな、マスコミとかの馬鹿が、俺という存在を数多くの人間に向けて、報道すればするほど、俺の能力の範囲は広がっていく」
稲光が走る。
別のビルの一つに高圧電流が走っていく。おそらく、中にいただろう何名もの者達を感電死させていく。
少しずつだが、彼は自身の能力の効率的な使い方を覚えようとしているみたいだった。
ウォーター・ハウスは、時間を稼いでいた。
……反応が欲しい。ラトゥーラには無茶な要求をしてしまったかもしれないな。俺の方が探さないとな。ガロームの馬鹿を囮に使っている。……おそらくは、マスコミ関係者、TV局関係者の奴が絡んでいるんだろうな。一体。何を考えているんだ……?
幾つか仮説は考えられるが。
データを取っている……?
ウォーターは首を傾げていた。
この異常気象に対して、報道が遅れた事、間違った天気予報が行われていた事は、後にこの国の住民達からの苦情が殺到するだろう。だが、……この敵は敢えてそれをやっている。理由は何だ? ……もしかすると、何かの軍事実験のシミュレーションだとか?
分からない。
この敵の狙いがまるで分からない。
ウォーター・ハウス達を始末するだけでは無いような気がする。自分達の始末は行き掛けの駄賃(事のついで)程度にしか思ってないだろう。なら、殺し屋のチームでは無い。ヴァシーレ辺りなどにも知らされていない筈だ。……なら、もっと上の者達。連合(ファミリー)の何者かなのだろうか?
ガローム・ボイスは未だ自分が踊らされている事に気付かずに、ひたすらに饒舌に雄叫びと罵詈雑言が入り混じった世の中に対する恨み辛みを誰に聞かせるともなしに怒鳴り、叫び続けていた。
「恥ずかしくねぇのかよおおぉおおおおおおおおぉ! この俺に共感するだとかよおおおおおぉぉぉ! ああああっ!」
「ああ。お前、本当に恥ずかしい奴だもんな」
ウォーター・ハウスは、ガロームの攻撃を適当に避けてかわしながら、思考を巡らせていた。暴君はひたすらに待ち続けていた。……もう一人の敵からのアクションをだ。
吹雪が勢いを増していく。
「少しずつ、少しずつ、テメェにダメージが通っている筈だぜ。ああ? ウォーター・ハウスよおっ!」
ガローム・ボイスは口元を押さえて血を拭いながら、笑い続けていた。
彼は顔面血塗れになりながらも、勢いを止めなかった。そのまま突進するように、ウォーターを攻撃しようとする。
ウォーターは自身の全身から体温が奪われている事に気付く。
「ああ。確かにお前は少しずつだが強くなっていっているよ」
暴君は容赦無く、ガロームの顔面を踏み付けるように蹴り飛ばしていた。
†
……ガローム。お前はそんなものか? お前はまだまだやれるだろう?
彼の中にいる何者かが囁き掛けてきた。
いつだって、彼の殺人に手を貸してくれる。人を殺す一線を超えた時も、彼が手助けしてくれた。彼がいたからこそ、今のガロームがいる。気付いたら何百人も殺して、解体して、肉を喰っていた。そうしたいから、そうした。
自分は化物だ。
だが同時に……。
……そんなもんじゃあないよなあ? 私はお前の事をよく知っている。お前の力は極めて賞賛に値するものなのだ。
彼の心の中の者が、彼の心を鼓舞する。
……いいか、ガローム。思い出せ。お前は人類のタブーを犯す者だ。殺人というものは、古代から共同体によって禁じられた行為だった。そして同時に神聖な行為でさえあった。人の肉を食べる事もだよなあ? お前は他者の肉を喰う事によって、他者と一体化したいよなあ? 他者と分かり合いたいよなあ?
声はより強く、彼の心に響き渡っていく。
……お前は神々と同じ行為を取り行うのだよ。ガローム。お前はより強く、強大な存在になっていくのだ。
†
「そうか。お前の能力は、お前が“神話的な存在”になる事なのか」
ウォーター・ハウスはガロームの能力の本質を理解する。
猟奇殺人含め、凶悪殺人犯などの事件が度々、報道されるのは現状の政治家や警察や大企業、官僚、その他、各々の悪政や暴政から民衆、つまり一般市民の眼を反らさせる為の陽動。メディアは悪役を仕立て上げる事によって、民衆の日々の生活の不満を凶悪犯罪者や、あるいは不祥事を起こした芸能人やアスリートなどに眼を向けさせる。
ウォーター・ハウスはそういう風に、この世界の構造を理解している。
ならば。
この現象を起こしている敵は、やはりどう考えても、メディア関係者。
そして、向こうの側も意図的に此方にヒントを与え続けている。
何が目的か?
…………、もっと大きな計画の為の、模擬行為(シミュレーション)だとしたら? このガローム・ボイスの犯した犯罪のピックアップと、彼の超能力によって引き起こされる大災害の結果によって起こる、一般市民の大量の被害者の死と、この異常気象の後の、民衆のメディアに対する不満、報道の致命的な遅延に対する不信自体を“観測”しているのだとすれば?
ウォーター・ハウスの眼は、既にこのメリュジーヌの大量殺人鬼には向かっていなかった。もっと大きくて、とてつもなく巨大なモノに対する疑念へと向かっている。
メディア関係者だとすれば、このメリュジーヌのTV局の関係者なのだろうか?
誰が一体、操作している?
そいつは、頻繁に名前が挙がっている有名な奴なのか?
そう言えば、ヴァシーレが“ブエノス”というTV局のプロデューサーをしている男が、自分達を狙っていると言っていた。ヴァシーから貰った情報をもう一度、チェックし直してみた方が良いのだろうか……?
……そもそも、これは、ゲームか? 正体を現していない敵は、この俺にゲームを仕掛けてきているのか? やはり、ヴァシーレから貰った、TV局関係者のブエノスという男が関係しているのか? ……そいつが、ガロームを操って、何かを画策しているのか?
「ガローム・ボイス。パワーアップの最中に水を入れさせて貰うが、はっきり聞くぞ」
暴君は目前の敵に、とても穏やかな口調で訊ねた。
「一体、誰に支持されて、こんな事を行っている?」
ガロームは愕然としていた。
「それは、…………」
彼は何かを話そうとするが…………。
突然。彼は頭蓋の部分を抑える。
そして、頭を押さえながら、地面に転がった。
「…………、おい。……やはり、だ。何をされた? いつ仕掛けられた? 喋れなくされているのか?」
おそらく、いつ細工されたのか、ガローム自身も気付いていない。この見えない敵が彼に細工を施したのか、それとも別の能力者なのかさえ分からない。とにかく、ガロームは自身をこの舞台に立たせた者の名前や素性を吐けないように、細工されている。
「ちょっと、脳に仕掛けがあるのなら、お前に仕掛けられたものを解除する為の手伝いをやってやるぞ。お前は本意なのか? ……数百人処じゃないぞ。おそらく、お前を使わしている連中は、お前以上に、この国に生きる者達の命なんて何とも思っちゃいない。お前が殺した犠牲者の数の一、二ケタを軽く上回ったとしても、愛する家族と談笑したりして、人生を謳歌する事に何の疑問を持たないような人種だ」
政治家か。……?
……警察までグルだと見てもいいんじゃあないのか?
そもそも、どう考えても、裁判で死刑を宣告された筈の、このガローム・ボイスという男が釈放されているのはおかしい。……裁判官も、検事も、弁護士もグルって事か……? 悲惨なのは、ガロームに殺された者とその遺族達もそうだろうが。ガロームを使って、更なる犠牲者が増える事を何とも思っていない存在が聖職者然として、あるいは法の番人のように振る舞ったりして、尊敬される職業の人物のように民衆達が思っているという事じゃないのか?
となると、この国の民衆、一般市民が自分達を苦しめる者、害する者達が、一体、何者なのかまるで理解していないという事になる。……何処の国だって大なり小なりそうだ。特に独裁政権下だとそうだったりする。
「ガローム、はっきり言うぞ。お前を利用している奴は、お前が、この俺に敗れる事まで計算している。何か分からないが、実験のデータを取りたいんだろうな。それも、この街自体を使った、この街に住まう善良な人々を使った、人体実験のようなものに違いないな」
とてつもなく、気に入らない。
ウォーター・ハウスはこの見えない敵の掌の上で転がされているような気がして、とてつもない不快感を示した。
「か、関係、無いぜ……。ウォーター・ハウス…………、俺は、この俺は、目覚めたこの能力によって、お前を打ち倒すんだぜ。…………」
ガロームの周辺に稲光の球体が幾つも生まれていく。
「ふん。やれやれ……。まだ、やるのかよ」
暴君からすれば、こいつは、何処までも、道化者にしか見えない。
ウォーター・ハウスは……。
近くにあった、車を持ち上げて、軽くガロームに向かって放り投げる。
電撃によって、車は見る見るうちに黒焦げになっていく。
ガロームの視界から、ウォーター・ハウスの姿が消える。
「おい。何処に行った? この野郎っ! 何処に行ったんだよ!? この臆病者の骨無しチキン野郎があああああああああああっ!」
彼は怒り、叫んだ。
ウォーター・ハウスは、ガロームを始末する事を止めて、ラトゥーラと合流した後に、もう一人の敵の正体を探る事に決めたのだった。つまり、ガロームとの戦いから逃走したのだった。
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