第二十夜 氷点下の殺人鬼、ガローム・ボイス 1

「クソ。かなり、寒いぜ……」

 ウォーター・ハウスはラトゥーラを抱えていた。

 二人は倒壊した家屋の下に隠れていた。


 吹雪が吹き荒れている。


 途中、車が空に舞っている光景を見えた。


 敵は天候を操作出来る能力だ。蒸し暑い酷暑にすれば、グリーン・ドレスに力を与える事になる。だから、辺り一面を寒くしているのだ。


「敵の射程距離がかなり広いな。この都市全体なんだろうな。ラトゥーラ。何か気付いた事はあるか?」

「僕には、無いです…………」


 ウォーター・ハウスは街の中央に何かが蠢いているのが分かった。


「なんだ? あれは!?」

 ウォーターは息を飲む。


 何か巨大なものの上半身に見える。大きな人間の上半身のように見える。


 巨人だ。

 氷の巨人が地面から這い上がってきている。


 そして、巨人は建造物の一体を掴み取っていた。それは氷漬けになっていく。


「こんな事も出来るのか?」


 巨人の近くには、停まっている車体の上に人が乗っていた。


 おそらく、あれがこの天候を操作している能力者だろう。

 まだ、若い顔立ちだ。だが、おそらく年齢は二十代後半か三十代前半と言った処だ。そして、あれがヴァシーレから渡された新聞に顔写真が載っていた……。


「殺人鬼ガローム・ボイスか」


 ラトゥーラは右手から、螺旋状の炎の剣を作り出す。


「倒しに行きますか? 始末しに」

 ラトゥーラは息巻いて言った。


「いや、待て。罠かもしれない。隠れた俺達を焙り出す為のな」

 ウォーターは人差し指を立てる。


 大竜巻のようなものが吹き荒れて、ビルを吹き飛ばしていく。ウォーター・ハウスは気付いた、所々に人々の死体が転がっている。そして、竜巻には人の顔のようなものがあった。竜巻型の巨人と言った処だろうか。


 ウォーター・ハウスは家屋の中に転がっているTVのチャンネルを付けていく。そして、ラジオも。……何故か、今日のメリュィーヌの街の天候は“晴れ”と出ている。……意味が分からない。


 …………、天気予報がおかしい。一体、なんなんだ?


 この敵の能力は一体、何処まで広がっているのだろうか。

 街は吹雪と暴風によって、閉ざされている。


 空は暗雲によって閉ざされている。

 空には雷が覆っていた。稲光の中に幾つもの人々の顔のようなものが見える。


「徐々に気温が下がってきっているな。時間が経過すれば、経過する程に、俺達は不利になる。…………、クソ、二人と合流しなければ…………」


 この能力を使用している敵は、此処から直視する事が可能だ。

 何とか、近付けないだろうか。


 車の一台が空に吹き上がっていく。

 人々が空を飛んでいる。

 彼らはその後、勢いよく地面に叩き付けられる。


 この辺り一帯自体が、この敵の胃袋なのだろう。


 一体、どれだけの惨事になるのだろうか。


 ウォーター・ハウスはしばし熟考する。


「俺と、同じだな」

 彼はそう呟いた。


「やり場の無い怒りで、何もかも破壊し尽くしてやりたいって処か。……まるで、自分自身を見せられているみたいだ」

「ウォーター・ハウスさん、何を言って…………」

「赦せないんだろう? 自分が誕生したこの世界を。だから、怒りや憎しみを上手くコントロール出来ずにいる。お前はそんな能力者なんだな。分かるぞ……。お前がどんな人間なのか、この俺には手に取るように分かる」

 彼はほくそ笑んだ。


「相手してやるよ。この俺がな」

 ウォーター・ハウスは氷点下の中、家屋の外に出ていく。そして、この災害の中心部へと向かう。すなわち、敵の下へと。


 氷柱が大量に、彼の下へと落ちていく。

 ウォーター・ハウスは、それらを難なく避ける。


 どうやら、敵の方はウォーター・ハウスを発見したみたいだった。

 暴君は、数百メートル離れた敵を見据えながら、吹雪の中、歩いていく。



 ガロームはトランス状態のまま、自身の能力を操り続けた。

 彼は雄叫び声を上げ続ける。

 それは、まるで原初の夜明けに生まれた人間のような咆哮だった。まだ、人が獣と余り変わらなかった時代のごとき叫びだ。


「ガローム・ボイスと言ったかな?」

 そいつは近付いていた。


 ガロームは車の車体の上から、敵を見下げる。


「なんだよ? ああ? お前か? お前がウォーター・ハウスか!」

 ガロームは酷く腹を抱えて、笑い始める。

 そして、ガンガン車の車体を拳で殴り始めながら再び、雄叫びを上げた。大嵐が舞った。


「降りてこいよ。まるで、お前、猿みたいだぜ? 猿が山に登っているみたいだ。知性というものをまるで感じないな」

 暴君は冷たく言い放った。


「何だと! 何だと! この野郎! この俺は、この俺は、これでもIQが高いと言われたんだぜえっ! 六法全書だって暗記した。高等数学の計算だって出来る。この俺を、そんなこの俺に向かって! もう一度、言ってみろ、おらあああああああっ!」

 彼は全身を震わせていた。


「貴様からは知性を何も感じないと言ったんだよ、猿。おい、さっさと降りてこい。貴様、自分が生きていて恥ずかしいと思わないのか? 客観性というものを持った方がいい」


 ガローム・ボイスは挑発に乗って、車から飛び降りる。

 そして、氷河の風をウォーター・ハウスに向けて飛ばしていく。辺り一帯がカマイタチの刃で、切り裂かれていく。暗雲から稲光が走った。


 ガロームの背中に強烈なローキックが入れられる。

 ガロームはそのまま、地面に転がり雪の中に突っ込んでいく。


 ウォーター・ハウスは体術だけで、彼を昏倒させたのだった。


「ふざけやがって、この俺を、よくも地面に突っ込ませやがって。ああ、どいつもこいつも、ウォーター・ハウス、テメェのようなサイコパスのクソ野郎に、ああああああっ!」

 三百人以上殺した猟奇殺人鬼は、ひたすらに喚き散らしながら、自らの腕を指先で掻き毟り始める。血がダラダラと飛び散っていく。それと同時に、辺りに電撃が放電されていく。雪の中、大雨が降り始めていた。


 ウォーター・ハウスは一度、車の陰へと回り込んだ。

 そして、電撃のうねりを避ける。


 ガローム・ボイスは未だ叫び続けていた。


「ウォーター・ハウス、この野郎おおおおおおおおぉおぉぉっ!」

「貴様は本当に愚か者だろうな」


 ウォーター・ハウスは車を勢いよく蹴り飛ばす。

 そのまま、車はガロームの顔面に激突する。窓ガラスの部分だった。そのまま、ガロームの頭部は車の窓ガラスを破っていく。


「そのままの体勢で、首の骨でもへし折れろ」

 ウォーター・ハウスは冷たい視線で、彼を見下げていた。


 発生した大竜巻が、ガロームに圧し掛かる車を、空高くへと吹き飛ばす。

 ガローム・ボイスは顔面血塗れになり、割れた窓ガラスが大量に顔に突き刺さりながらも、血走る眼でウォーター・ハウスへと自身の能力を命中させようとしていた。


 ガロームの顔面に強烈な飛び蹴りが槍のように飛んできた。

 ガロームの全身は吹っ飛ばされる。

 そのまま、彼は再び、大地に頭から血塗れのまま突っ込んでいく。ウォーター・ハウスは彼のシャツを鷲掴みにする。


 そして。

 何度も、何度も、何度も、何度も、ガローム・ボイスの顔面を殴り続けた。そして、最後に再び膝蹴りを喉の辺りに喰らわせる。

 メリュジーヌの猟奇殺人鬼は大地に血塗れになりながら突っ伏していた。


「まだやるのか? メリュジーヌの大量殺人鬼よ。お前の能力は派手だったが。何と言うか、極めて素人臭かったな。それに、お前、能力自体が派手なばかりで、如何にも周りから注目されたいって自身を誇示していて、とてつもなく、恥ずかしい奴だったな。ふん」


 そう言うと、ウォーター・ハウスはその場から去ろうとする。

 吹雪が止まない。

 まだ、この敵は戦う意志はある。


「ウォーター・ハウス、まだまだ、これからだぜ。俺の能力『ロードデンドロン』が咲き誇るのは、これからだ。俺は、俺はテメェとの戦いで成長する。より強い能力者になる。誰も、誰も、この俺を馬鹿に出来ねぇようになああああああっ!」

 顔面ボロボロになりながらも、それでもガローム・ボイスは立ち上がった。


 ウォーター・ハウスは、小さく口笛を吹いて敵に賞賛を送る。



 ラトゥーラは物陰に隠れていた。

 ウォーター・ハウスから言われた支持は“もう一人の敵の正体を探れ”だった。ガローム・ボイスという男は囮。もう一人の敵の方が、より強い敵だろう、と。


 ……そんな事、言ったって……。


 ウォーター・ハウスが言っていた事は“TVのニュースが奇妙だ”という事だった。住民達はTV局に苦情を訴えている筈だろう。この気象はおかしい、と。それなのに、TVが流している報道は嘘ばかりだ。本日は晴れ、暖かい春の気候だ、と。


 そして、猟奇殺人鬼ガローム・ボイスという男の方は、捨て駒にされている可能性が高いのだ、と。


 ラトゥーラは『ムーン・マニアック』の炎の剣を翳す。

 正直、猛吹雪によりとてつもなく寒い。動くのも辛い程だ……。自身の能力が敵への攻撃ではなく、暖房器具のようになってしまっている……。

 ……うーん、僕って戦力にならないのかなあ……。

 ラトゥーラはそんな事を考えていた。


 倒壊した家屋の下を見ていく。

 住民達が、猛吹雪に打たれながら倒れていた。いずれも、死んでいる。ラジオが転がっていた。ラジオからはポップ・ミュージックが流れている。


 ……この敵は、この都市自体を“実験場”に使っているのか?

 ラトゥーラはそれを悟った。


 敵はかなりの権力を持っている者に違いない。マスコミの報道さえ操作する程の……。一体、大量殺人犯の異常気象の能力を使って、この敵は何を画策しているのだろうか? ……極めて、不気味だった。

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