第十九夜 『ジーン・アナルシス』VS『ア・シン』 2


 ロジアはダメージを受けた箇所を押さえながら、相対する少女の成長に関心を示す。


「本当は始末したくない…………。でも、命には階級があり、そして、天秤がある。……みな、誰と誰の命の価値が重いのか。天秤に掛けている……」

 ロジアはしばし眼を閉じる。

 自分自身の命さえも、天秤に掛けられている。


 この少女を始末する事の先に、自分の未来は何処へと繋がっているのだろう?

 血塗れたこの手で、助けられる命、人生、運命に祝福を与えられるのだろうか?


「シンディ。ボクを倒しに来なよ。僕は、敵で君に祝福の言葉を送りたい」

 ロジアはイマジナリー・フレンドの腹の中から、大量のメスを取り出す。


 運命は何を選ぶのだろう?

 運命というものが秤(はかり)だとするのならば、自分と彼女の命はどちらの方が重いのだろう? ロジアの背後にいる腕達にメスを渡していく。


「射程距離は伸ばす事が出来るんだよ、シンディ。全力で殺しにいかせて貰う。そして、ボク自身も命を賭ける」

 そう言いながら、彼は腕達を飛ばしていった。



 雪の中だった。


 シンディは大型トラックの後ろに回り込み、ロジアの姿を眺めていた。

 彼はシンディに見えるように佇んでいる。

 向こうには、彼女の居場所が分からない筈だ。


 ダメージは、胸や腹。そして、脚といった処だろうか。かなり呼吸が荒い。向こうも相応に負傷している。……徐々に近付いて、急所にヒットさせる事が出来れば、此方が敵を殺す事が出来る。


 シンディは息を飲んだ。

 初めて、人殺しを行う事になる……。

 …………、迷いは無かった。

 

 敵意、殺意を感知して、周囲を見渡す。

 すると、窓を開けて、無数の腕達が此方に向かってきた。腕達はそれぞれメスを手にしている。


 シンディは蝶を飛ばす。

 彼女の能力によって“敵の精神を切り刻む事”が出来る。腕を攻撃する事が出来れば、ロジアの腕を負傷させる事が出来るだろう。


 腕達は、次々と、メスを投げ放っていった。

 蝶でそれらをガードしようとするが……奇妙な事に、先程の銃弾よりも、このメスの方が、鋭く、威力が高い……。


 シンディの肩や頬に次々とメスが突き刺さっていく。


 何も無い空間から、鳥の腕のようなものが出現して、向かってくる腕の何本かを切り裂いていく。


 どしゅり。

 シンディの下腹部にメスが深々と突き刺さった。

 喉の辺りにも、メスが飛んでくる。

 彼女は口から吐血する。

 そして、その場に崩れ落ちた。



 ロジアは冷や汗を流す。

 彼は左手から大量に出血していた。シンディの攻撃だろう。

 雪が吹雪となって、しばしロジアの視界を遮る。

 眩暈がする……。ロジアは標的を見失わないように、最新の注意を払った。


 彼は大型トラックの後ろにいるであろう、シンディの死体を確認していく。……死んでなかったとしても、かなりの重症だろう。


 ロジアは“下半身の能力”の影を伸ばしていく。トラックの後ろを探知する。

 …………、人影が無い。確かに、あの少女がいた筈だ。

 トラックの中にも隠れていない。

 

 ロジアは慎重に、自らの脚でトラックの背後に回り込んだ。

 どうやら、雪の中を這いずりながら、何処かへと向かった痕跡が見える。そして、血の痕が点々と続いている。それはホテルの玄関に向かっている。

 あの少女はホテルのロビーの中にいる。


 ロジアは無数の腕を飛ばして、ホテルの中へと侵入させていく。

 

「何処に行った?」

 彼はホテルの玄関から中に入る。


 中には血痕が続いているが、あの少女の姿がない…………。


「何処だ?」

 上手く隠れたのか? しかし、あの傷ではまるで動けない筈だ。

 血痕は点々としていた。

 窓の一つが開けられて、雪や風がホテルの中へと入り込んでいる。


 ……あそこから、また外に……?

 ロジアは、再び、ホテルの外に出るが…………。


「此処よっ! クソ野郎っ!」

 ロジアは声の主に向かって、振り返る。


 シンディだった。

 彼女は無数の蝶の上に乗りながら、空中を浮遊していた。手には、ロジアの腕達が投げ放ったメスを手にしている。彼女の喉は彼女が出現させた鳥の腕によって、ダメージを最小限に留められたみたいだった。ただ、腹からの出血は酷い……。

 シンディは跳躍する。


 そして。

 着地と同時に、ロジアの背中をメスで切り裂いていく。

 そのまま、シンディはロジアの胸の辺りに、背後からメスを刺し込んでいく。


 どくり、どくり、と、ロジアの胸から血が吹き出ていく。


「…………、そういえば、冥土の土産に教えて戴けませんか? 貴方の能力の名は?」

「『ア・シン』。罪、という意味。私や仲間達へ危害を与えてくる者達の罪。そして、私自身の汚れた身体と運命に対しての罪……」

 シンディは、少しだけ悲しそうな顔をする。

「そうですか。…………良い名です…………」


 どしゅり、と。

 シンディの腹に、もう一本、孔が開く。

 そして、シンディの首が、もう一度、切り裂かれていく。


 二人共、地面に倒れる。


 二人は血溜まりの中で、折り重なっていた。


 ロジアは眼の前にいる少女に留めを刺そうとするが…………。


 スマホから着信音が流れる。

 彼が持っている、患者からだ。


「クソ…………、何て事だ…………」

 ロジアはスマホの方を見た。

 彼が受け持っている子供の患者…………、考古学者になりたい子の容態が悪化している、という知らせだった。子供のスマホを使っての、両親からのメールだ。


「シンディ…………。貴方に止めを刺したい処なんですが…………」

 ロジアは口から大きく、吐血する。

 そして、救急車の番号を押す。


「お互いに、今回は引き分け、という事にしましょう…………。ボクはまだ死ねない。貴方の方もでしょう……? そして、ボクはもう貴方達を追うのを止める…………。ラジスには悪いけれども……。彼女がグリーン・ドレスに勝利していたのなら……、賞金は彼女に全て差し上げます……」

 ロジアは静かに、倒れて気絶している少女の喉と腹に包帯を巻いて応急処置を行う。そして、自らの胸の辺りにも応急処置を施す。


 そして、彼はスマホを弄りながら、ある男の顔写真を見ていた。


 ブエノス。

 職業はジャーナリストであり、TV局のスポンサーといった処か。この男がこの街に来ているとの情報は今朝、入手した。


 …………、嫌な予感がする。

 このブエノスという男はMDの連合(ファミリー)の上層部と繋がっている。そして、もし自分達を駒にしている者達がいるのだとすれば、このブエノスという男もその一人なのだろう。


「シンディ。貴方達の検討を祈りますよ……。お互いに、重症ですから、生きて目覚める事が出来ればですが…………」

 そう言って、ロジアは雪の降る中、眼を閉じた。

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