第十九夜 『ジーン・アナルシス』VS『ア・シン』 1
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……ギリギリの処で防御する事が出来た…………。
シンディは血塗れになりながらも、何とか立ち上がろうとする。
眼の前の男は確実に数秒後には、自分に止めを刺そうと迫ってくるだろう。
投げ放たれたメスの攻撃は、彼女が生み出した蝶達が何本か掴み取っていた。急所は外れている。だが……。
ロジアの背後から、何本かの腕が出現して、次々とメスを投げ放っていく。
シンディは大量の蝶を生み出して、それらを弾き飛ばしていく。そして、ロジアは蝶の群れに覆われていく。
シンディは血塗れになりながらも、何とか、廊下を走り抜けようとする。……階段から一階に向かって、グリーン・ドレスと合流したい……。
…………、合流……?
一方的に助けて貰う、という事か?
自分だって、戦力になりたい……、守られてばかりになりたくない……!
この敵は、自分が撃退する。
「『ジーン・アナルシス』。彼女の体内に潜り込み、心臓を抉り出せ」
ロジアは振り返りもせずに、大量の腕を放って、シンディを追跡してきた。
ロジアの背後から、人間らしき者の上半身が現れる。
ロジアは腹の辺りに違和感を覚える。
次の瞬間。腹の辺りに強烈なボディー・ブローを喰らったような感覚に襲われる。
「な、に……!?」
ロジアは右胸の辺りも強打されて、地面へと転がる。
…………、何かが、おかしい……。
何をされた……?
彼は何とか立ち上がろうとする。
鳥の腕のようなものが、空中に浮かんでいた。どうやら、それは得体の知れない虹色の光を放っていた。
「なんだ? 一体……?」
ロジアは床を這いずろうとする。何とか、立ち上がらなければ…………。
そのまま、彼は腕のようなものに左頬を殴られて、壁に叩き付けられる。
「あの少女の能力か…………? 能力が今、成長したのか?」
再び、ロジアの胸と腹に殴られた衝撃が走る。
「なんだ? この攻撃は…………?」
ロジアは自身の『ジーン・アナルシス』によって解析を行う。
彼の“イマジナリー・フレンド”の“両眼”の能力は、自分が今、喰らっている攻撃の解析を行う事が出来た。
どうやら、この少女の能力の概要は“悪意や敵意、殺意”といったものを向けてくる対象に向けて、迎撃してくる能力みたいだった。そして、発動条件は自身がダメージを喰らう事によって発動し、シンディを殺害しようとする敵を死ぬまで追跡して、攻撃するみたいだった。
「成る程…………」
ロジアは立ち上がる。
彼の影が伸びていく。
イマジナリー・フレンドの下半身の能力だ。ロジアの影が揺らめいていき、脚の影だけが伸び続ける。そして、少女に向かって、追跡を開始する。
†
シンディは三階へと続く階段を登って切っていた。
敵は自分が一階へ向かうと考えるだろうから、逆に上の階へと向かったのだ。自分がこの敵を倒す為に。
ふと。
影のようなものが、揺らめいていく。
影が階段を登っていく。
そして、影が、シンディの脚の辺りに巻き付こうとしていた。
シンディの脚首は触腕のように伸びた影によって、切り裂かれていく。
「…………っ!」
防御しなくては……。この影を…………。
シンディは全身から、蝶を出現させていく。
そして、影へ向けて、攻撃していく。
†
肋骨が折れて、肺に刺さっているのか。
戦闘中だが、自分の傷くらいなら、多少の治療する事が出来る。
ロジアはイマジナリー・フレンドの腹の辺りに収納した医療器具を取り出して、胸元に包帯を巻いていく。
「ボクの能力は、治療を行う事が出来る。……でも、たとえば、致命的なものを手術する事は出来ない。……透過させた腕によって手術の成功率を上げたとしても、致命的にダメージを受けた臓器を治療する事は出来ない。……切断された手足を修復する事も出来ない。…………、中途半端な能力だよ……」
多少の治療は出来ても、後は自身の自己治癒能力に頼る事しか出来ない。
神から与えられた能力(ギフト)には、限界がある。
自分の能力は、敵の攻撃に特化した方が効率が良いのだ。
「シンディ。可哀相だけど、ボクは貴方を始末します。…………、命には、階級がある。誰だって、命の値段を付けたがる……。意識的にも、無意識的にも……。シンディ、残念だけど、貴方の命は、僕にとって、僕の患者の命よりも価値が低い!」
ボジャノーイでは不覚を取ったが、シンディ程度の能力者なら、自分のイマジナリー・フレンドの一部が何処までも追跡する事が出来る。
「今は三階にいますね。移動しているのが分かる」
そして、脚にダメージを与える事が出来た。
これで、マトモに動き回る事が難しくなった筈だ。
ロジアは……。
自身の両脚に強烈なダメージが与えられた事に気付く。
両脚が折れているかもしれない……。
なんだ? この少女の能力は?
†
シンディは自身の能力を理解する。
精神へダメージを与える事によって、そのダメージを本人にもフィードバックさせる事が可能だろう。
シンディは右手を掲げる。
彼女の右手は虹色に光り輝いていく。
そして。
追ってくる影を虹色の光で攻撃し続ける。
影の動きはひるんだ。
シンディの呼吸は荒くなる。
このまま、屋上まで向かうつもりだった。
そして。
逃げ場が無くなるのは敵の方になる筈だ。
シンディは両脚を引きずりながらも、どうにか階段を登り続けようと思った。この安ホテルは四階で終わりだ。四階で決着を付けるつもりでいた。
†
「なるほど……。互いに、脚を負傷しているのか…………」
ロジアはイマジナリー・フレンドの両腕の一対を、自身の両脚に固定させてギプスのようにする。そして、自身の幻像の上半身に掴まれながら、どうにか歩こうとする。やはり、両脚が折れてしまっている。
強い……。
この少女は、中々、強い……。
おそらく、あの少女は屋上まで逃げようとしているみたいだが。
ロジアは逆に、一階へと向かう事にした。
距離を置いて戦えば、有利になるのは、此方の筈だ。
そして、互いの射程距離は同じくらいといった処だろう。戦いの経験を生かして、この少女を始末するしかない。ロジアはエレベーターのボタンを押す。
†
敵の殺意が遠ざかっていく。
シンディは四階まで上がって、息を飲む。
この敵は、今、一階にいる。
そして、このホテルの外へ向かおうとしている。
シンディは何か嫌な予感がした。
辺りには確かに気配が集まっている。
小さな殺意と敵意の入り混じったものだ。
無数の腕が空中に出現していた。
そして、腕達は、それぞれ拳銃を握り締めていた。
一斉に発砲してくる。
シンディは蝶でそれらをガードするが、拳銃の鉛玉の何発かは、身体に命中する。右肩、左腿。そして、腹と左側頭部を銃弾がかすめ取っていく。
彼女は泣きだしそうになりながらも、激痛で失神しそうになりながらも、反撃を試みようとする。あの腕にダメージを与えれば、そのまま、ロジアの方にもダメージを反射させる事が可能な筈だ。自分の能力ならば!
「…………、でも、あいつなら、腕や脚を犠牲にしてでも、私を殺そうとする!」
なんとかして、胴体まで自分の攻撃をヒットさせなければならない。
敵は既に、ホテルの外に出てしまっている。
後は、一方的に、此方が攻撃を受けるだけだ。この辺りの領域は既に、敵に支配されてしまっていると言っても、過言ではない。考えろ……、どうにかして、この敵を倒す方法を……!
「貴方が距離を取るっていうのなら、私は、近付いてやるっ!」
シンディは決心する。
敵を始末する。
これで、ウォーター・ハウスとグリーン・ドレスの負担を減らす事が出来る。この敵を始末するのは、自分の役割なのだ。
シンディは傷付いた両脚を引きずりながら、階段を降りていく。
背後からは、無数の腕達が追ってきた。
シンディは三階まで降りると。
窓を開けて、外へとジャンプした。
下には雪が積もっている。
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