第十八夜 マグナカルタの『赤い天使』VSヴィクトリア・ストレインの『紫煙の魔女』 2


 魔女は燃えながらも、嘲り笑っていた。

 やってきたグリーン・ドレスを睨み付けている。


「ふふふっ、くふふふっふふっ。私自身、痛覚を遮断している。たとえ、全身、炎によって皮膚も肉も焼け落ちていく中でも、私に痛覚は無いっ!」

 魔女はゾンビ達の親玉のように、その不死性を強調しているようだった。彼女の周りには、彼女が幻覚剤で下僕と化した知性を破壊された民間人が集まってくる。手に手に、包丁や鉄パイプといった即席の武器を手にしているが……、本命は、彼らの中に埋め込んだ、牙の生える種だろう。近寄れば、彼ら自体がトラップと化す。


 屋上に着地したグリーン・ドレスは、ゾンビ化させた民間人達をしげしげと眺めていた。


 魔女ラジスは給水タンクに孔を開けて、迸る水を浴びて全身の炎を消していく。


「ちょっと、火傷を負ったけど。この程度、かすり傷よ。グリーン・ドレス、あんたの賞金の事を考えれば。ええ? この私には強い希望が湧いてくるのよ! とてつもない熱情がねえっ! あんたをブチ殺して、数億を手に入れるってねえ! そして、私はその金で、更に麻薬ビジネスの発展に使うわ!」


 廃人と化した民間人達は、次々とグリーン・ドレスの下へと襲い掛かっていく。


「ゲスは、何処までいっても発想がゲスだよなあ。でもまあ、魔女よおぉ。テメェの攻略法は分かったし、テメェが撒いている幻覚作用のある気体化したものも、私の炎で弾き飛ばす事が分かってきたぜ、ええ? おい!」

 赤い天使は問答無用で、魔女に向かってバルカン・ショットの弾丸を撃ち込んでいく。……今度は、魔女ラジスの方が、のけぞりながら、屋上から飛び降りる。


「しまったっ!」


 グリーン・ドレスは跳躍する。

 彼女に群がっていた民間人の肉体が次々と変形していって、体内から牙や爪が生えて、生きた処刑道具へと変形していく。ドレスは、集まってくる民間人達を避けていく。


 魔女が飛び降りた下の階には、ベランダがあった。

 明らかに、この建造物の中へと侵入している。此処は、オフィスか何かなのだろうか……? ドレスは、魔女の足取りを掴もうとする。


 ……迂闊に踏み込んで良いのか? いや、罠だとしても、さっさと始末してしまった方がいい。敵の戦略が完成する前に勝負を決めてやるぜ。


 グリーン・ドレスはベランダに着地すると、開けられている窓から中へと侵入する。どうやら、何かの会社のオフィスの中みたいだった。中は無人だ。そういえば、この辺り一帯に住んでいる民間人全てに幻覚剤で廃人にした後に、自身の手駒にしているのだろう。


 彼女はサーチ・アイで、魔女の体温を探っていく。


 いる…………。


 更に、一階分、下に降りている。走っている。……追ってこい、と言わんばかりに。……しかし、本当に魔女ラジスなのか? 囮を走らせているんじゃないのか? ドレスの能力ではそれは判別出来ない。

 

 ドレスは迷わなかった。

 追う事にした。考えるだけ、敵にも策略を練る為の時間を与える事になる。


 グリーン・ドレスの全身から溢れる炎によって、スプリンクラーが作動する。そういえば、港町で出会ったスプリンクラーに溶解液を混ぜてきた敵以来だ。だが、今回はただの水だ。彼女はそのまま廊下を突っ切っていく。


 一階下に降りる。

 階段の下の廊下には、魔女ラジスが佇んでいた。

 彼女は焼け爛れて、かなり全身がボロボロだったが、笑っていた。


「さて、と。赤い天使グリーン・ドレス。此処で始末してあげるわ…………。かなり、ダメージを負ったけど。この私の勝利よっ!」

「そうかよ」


 スプリンクラーから大量の水が噴出していく。

 もしかすると、魔女もまた、スプリンクラーに何か仕掛けを施しているのかもしれない。……だが、そんな事は考えても仕方が無い。


 グリーン・ドレスは、問答無用で、炎の塊である『カラミティ・ボム』を魔女ラジスに向けて撃ち込んでいく。

 どじゅっ、と、魔女の肉体が溶解していく。熱で溶解していく……。


「何………!?」

 驚いたのは、グリーン・ドレスの方だった。


 鏡、だった。

 立て掛けられていた鏡だった……。この辺りの廊下から外してきたのだろう。

 


 普通は馬鹿馬鹿しいまでのトリックだった。だが……。


 まだ残る、ドレスに撃ち込まれた幻覚剤の効果、スプリンクラーの水滴。ドレスの姿が写り込まない絶妙な角度。それらの要素が合わさって、彼女に一瞬の隙を与えてしまったのだった。


「ふふっ。原理はマジック・ショーで使われる、ちゃっちなトリックなんだけどね。貴方はハマってしまったみたいねっ!?」


 グリーン・ドレスの背後に、魔女は回り込んでいた。

 そして、手にしていた刃物で彼女の首筋の辺りを切り付けていく。グリーン・ドレスは階段から転げ落ちる。


「ふふふっ。刃には毒が塗られているわ……。これで、私の勝ちねっ!」


 即座の判断だった。

 グリーン・ドレスは自身の首の皮膚を、燃える指先で抉り出して毒を抽出していた。ドレスの首は大量の血が溢れ出している。ついでに、傷口に追加の攻撃で注入してきた、ヴィクトリア・ストレインの“種”も穿り出していた。


「クソ。…………、魔女ラジス。強いよ、あなた…………。ボジャノーイで会ったロジアといい……。港町のクソキザ野郎といい。……素直にスゲェって思っているよ。…………」

 グリーン・ドレスは何とか立ち上がる。


 魔女ラジスは呼吸を荒げていた。

 やはり、全身を焼かれたダメージが大きい…………。赤い天使の使う、炎を操作する、炎を吸収する、というシンプルな能力が余りにも強過ぎるのだ。正直、ラジスの方がダメージが大きかった。動くだけで、火傷が悲鳴を上げている。


「このまま消耗戦に持ち込んだら、……貴方の傷を治療出来る、暴君がいる貴方が有利になるわね……。だって、貴方の場合、腕や脚に障害が残ろうが、関係が無いのだから…………」

「…………、テメェの方は、治療が出来ねぇのかよ? 高い医療とか必要なのか?」


 ラジスは壁にもたれる。


「そうね。この美貌も鏡で見たら、酷い顔をしている……。整形手術が必要になるかも……。でも、赤い天使。最後に勝利するのは、この私、紫紺の魔女ラジスよ…………」


 ラジスは…………。

 空中に、ヴィクトリア・ストレインの種を放り投げる。


「ラジス。テメェ、正直、スゲェよ。その執念だけは、な……。認めてやるよ……。だが、私だって、テメェをシンディに近付かせねぇ。…………」


 ラジスの使うヴィクトリア・ストレインの種は、体内に根を張っていく為に、幾ら装甲のように固いグリーン・ドレスの血肉と言えども、植物の根というものはアスファルトも砕いていくのだ。体内に侵入されれば、取り出すのにも大ダメージを受けるし、最悪、普通に死に至る……。


 ドレスは炎の槍を生み出して、それを杖のように使う。

 喰らった幻覚作用のある酩酊は痛覚によって、無くなりつつある。


「階段から下りてこい、紫紺の魔女。どちらが、早いか勝負だぜ…………。テメェの攻撃と、私のマグナカルタの炎がな…………っ!」


「赤い天使、グリーン・ドレス。私はドラッグで、もはや痛みを感じていない。…………、だから、あんたを始末する為に、私は痛みは感じない…………」


 十数秒の間、二人は互いを睨み合って、呼吸を整えていた。


 そして。

 先に動いたのは、グリーン・ドレスの方だった。

 彼女は炎の槍を、魔女の喉へ突き刺そうとする。


 魔女は高笑いを浮かべて……。

 右腕を槍に向かって差し出した。

 刃のように切れる炎は、そのまま魔女の右腕を炭化させながら切断していく。ごろり、と、右腕は地面に落ちる。


「だいぶ、私自身を犠牲にしたけれども、グリーン・ドレスッ! この私の勝ちよっ! あんたの負けだっ! 最後に笑うのは、この私、魔女ラジスだっ!」

 ラジスは落ちた自身の右腕の炭化した切断面を、残った左手で傷口の中に“種”を仕込んでいく。そして、それをドレスの足下へと投げ付けた。


 更に、ラジスは自身の能力の種を口の中へと放り込んでいく。


「ふふっ、くくくくくくっ! 種も仕掛けもあるわよっ! グリーン・ドレス。あんたの負けよっ!」


 転がったラジスの右腕の切断面から、無数の牙が現れて、ドレスの両脚に喰い付いていく。まるで、小動物を捕まえるトラバサミのように、それは彼女の脚を掴んで離さない。


 魔女は跳躍して、グリーン・ドレスの背後に回り込む。

 そして、口腔から発芽させたヴィクトリア・ストレインの怪物の牙によって、グリーン・ドレスの頭部を万力のように締め付ける。


「何をっ!」

 グリーン・ドレスは右手に新たに生んだ炎を自身の全身に移していく。


「焼け死ぬぜ? テメェ? おい、魔女っ!」

「これでいいわ。赤い天使。私はあんたを道連れにしてでも、始末するわ。……残った仲間の為に…………」

 魔女の全身から、次々と、彼女の皮膚を食い破って植物の蔓が生え出していく。そして、グリーン・ドレスの首の傷口の辺りへと侵入していく。


「勝ったっ! もう間に合わないわよっ! グリーン・ドレス」

「畜生がああぁ! でも、魔女ラジス。テメェ、やっぱ、スゲェよ。本物の悪党だし、本物のプロの殺し屋だ。今までの奴らよりも、本当に……強い…………」


 グリーン・ドレスは自身の口の中に人差し指を突っ込んだ。

 そして。


 あろう事か…………。


 グリーン・ドレスは、自身の頬を貫通させて、炎の弾丸を背後の魔女ラジスに向けて撃ち込み続けたのだった。炎の弾丸は、魔女の喉や胸の辺りを貫通していく。


 魔女は地面に倒れた。


 ドレスは足下に巻き付いた植物の根を焼いていく。そして、両脚を自由にしていく。


「…………、やっぱ、メチャクチャ痛ぇえ。暴君がいなければ、整形手術しねぇといけないの、私の方もだろ…………。ああ、クソ……」


 魔女は地面に仰向けに倒れていた。呼吸はしていない。

 グリーン・ドレスは自分で孔を開けた右頬を押さえながら、その場から立ち去ろうとする。


 突然。

 彼女の首の辺りが掴まれる。

 細長い、鉄の糸のようなものだった。


 魔女が、血を吐きながら、立ち上がる。


「なんで、生きてやがる…………っ!?」

「ギリギリで、あんたの炎の弾丸をガードしたから…………」

 魔女は喉から、どろり、と血が流れ続けていた。……致命傷だ。……助からないだろう。だが、胸の方は…………。

 ラジスは胸の辺りに喰らった孔を見せる。

 彼女の体内に植え付けた怪物の牙が、炎の弾丸をガードしていたのだった。そして……。


 魔女は、グリーン・ドレスを勢いよく引っ張ると、窓ガラスを破って、飛び降りる。鉄の糸は、特殊な加工をしているのか、それとも、これもラジスの能力によって生み出された強度の高いものなのかは分からないが…………、ドレスの固い皮膚にもびっちりと喰い込んでいる。このままいけば、ラジスが窓から飛び降りた反動で、ドレスの首は切断されてしまうだろう。


「あああっ!」

 魔女は、窓から飛び降りていた。

 ドレスの方も、必死で、窓から飛び降りる。

 グリーン・ドレスもほぼ同時に、窓から跳躍した。

 ドレスは落下の衝撃を抑える為に、自身の背中を壁にこすり付けながら落下していく。


「私、どうも、何処までも運が悪いみたい、ね…………」

 ぽつり、と、紫紺の魔女は呟いた。


「どういう事だよ?」

「クソ。グリーン・ドレス。貴方のような、身体強化型の能力者であったなら、…………、最後の最後で…………」


 落下先には、鉄柵があった。鉄柵の尖端は槍のように尖っている。


 魔女ラジスは…………。

 鉄柵に頭部から落ちる。尖端が彼女の顔面を貫通させて、グチャグチャに破壊していた。グリーン・ドレスの方は、難なく、着地する。そして、首に巻かれた鉄線のようなものを、振りほどく。しばらくの間、ドレスは、魔女の死体を眺めていた。……完全に死んでいる。頭部がグチャグチャで、そして、これから徐々に体温が失われていく事も分かった……。


「はあ、はあ…………。紫紺の魔女……、覚えておくぜ。あなた、強かったよ……。そして、…………、早く、ホテルに戻らないと。……シンディが心配だ…………」


 もし、敵の目的が、自分とシンディを分断させる事だったのだとすれば……。自ら、挑発に乗ってしまった自分の方が間抜けという事になる。…………。


 彼女はコンビニで孔の開いた頬に付けるガーゼか包帯を購入して帰ろうか悩んでいた。雪が全身を覆っていく。また、今日も吹雪がこの街を覆っていくのだろうか……。

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