第十八夜 マグナカルタの『赤い天使』VSヴィクトリア・ストレインの『紫煙の魔女』 1
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雪がぽつり、ぽつり、と降り注いでくる。
「車は渋滞だそうだ。雪で埋もれてやがる。しかし、この街は塔のような家が多いよなあ。……おおっ、河に流木が流れてやがるぜ」
彼女は手すりを掴む。
石畳の地面は、真っ白に染まってきている。
「今日は、マイナス20℃だそうだぜ」
彼女は白い吐息を吐く。
おそらく、夜中には豪雪になるだろう。
「っつかよぉ。私の『マグナカルタ』って、寒い場所だと。威力が著しく、低下するんだよなあ」
グリーン・ドレスは愚痴る。
「うふふっ。お互い様ねぇ? 私の『ヴィクトリア・ストレイン』も寒い場所は花が咲きにくいわ。植物って、低い気温に弱いんですものねえ」
女は灰色のマントをはためかせていた。
彼女は、くすんだ空に全身が溶け込んでいるかのようだった。灰色のフードによって顔はよく見えない。葉巻に火を点けている。
おそらく、凱旋門の街ドモヴォーイで、闇医者のロジアに隠れて、彼女を監視していた奴だ。……しかし、正直、この女はとてつもなく不気味だ。得体が知れない……。植物の種を撒き散らしていた奴か……。
「互いに殺り合う場所を変えねぇか? なあ、魔女よぉ。テメェ、こんな場所でやり合ったって、モノ足りねぇーだろ。私だって、そうだぜ」
魔女は、空気中に何かの粉を撒いているみたいだった。
グリーン・ドレスは、それを見逃さなかった。
お互いに共通しており、分かっている事象は只、一つだ。
互いに、どちらかが死ぬべきだ。
グリーン・ドレスは指先を拳銃の形に変える。
マグナカルタ・バルカン・ショット。
彼女の指先から、炎の弾丸が連射されていく。
「テメェを始末して、さっさと暖まって眠りてぇーからなあっ! さっさと始末させて貰うぜ」
女に炎の弾丸が次々と命中していく。
だが……。
どうやら、これは雪によって作られた幻覚みたいだった。
グリーン・ドレスは周辺を眺める。
ブチッ、ブチッ、ブチュ。
何か、奇妙な音がする。
少し離れた場所からだ。
グリーン・ドレスは音のする方角へと歩いていく。
車があった。
車のフロントガラスには、血がべっとりとこびり付いている。中にいる運転手の上顎から先は消滅していた。ハンドルを握ったままの死体だ。
「なんだ? 一体? あの女、何かしたな?」
迂闊に車に近付かない方がいい…………。
「ああっ。そうそう。うふふふふふふっ、私の『ヴィクトリア・ストレイン』の種を撒いた。種の発芽には温度が必要だから。従って、そこそこの温度のある場所に種は発芽して、花が咲くわ」
「テメェ、無差別に、街の住民、巻き込む気、満々だろぉ? ええっ?」
グリーン・ドレスは淡々と訊ねる。
「貴女はそうしないの? 確か、暴君と同じ無差別大量殺人鬼なんでしょ?」
「やらねぇーよ。ラトゥーラとシンディの為に。奴らを守っている間はやらねぇ。奴らの故郷で約束したんだ。テメェらみてぇな、クソだけ殺すってなあぁ」
グリーン・ドレスは死体の入っている車のエンジンを殴り付ける。
エンジンが発火して、ドレスの全身に炎が移っていく。
「どっからでも、かかってこいよっ! ウェルダンのステーキみたいな焼死体に変えてやるぜ! それとも何か? テメェはぶん殴って挽き肉のハンバーグにしてやろうか!?」
彼女は指先から炎を噴出させていく。
炎の弾丸を、魔女へと放っていった。
魔女は建築物の物陰へと隠れる。
「おいおい。大層な口叩いておいて、そこで逃げるってのかよ? 臆病者のチキンだよなあ? ああ? おいよおぉ?」
グリーン・ドレスは魔女の隠れた場所へと向かう。
路地裏になっていた。
誰もいない。
ゴミ捨て場になっており、可燃ゴミの上に雪が積もっている。
「なんだあ? おい……。何処に行きやがったあ?」
彼女は路地裏を突っ切ろうとする。
…………、すると。
生ゴミの中から、大量の牙が現れて、グリーン・ドレスを襲撃する。
そのまま、飲み込まれそうだったので、彼女は背後へと飛ぶ。そして、地面を蹴って、壁の壁面を蹴り飛ばしながら、建造物の頂上へ向かって進んでいく。
「テメェの化け物のパワーごときで、この私の肉体にダメージを与えられると思っているのかよ? 奢り過ぎだぜ。出てこいよ! 黒焦げ死体にしてやるよ、クソみてぇな吐息を吐くヤク中女がっ!」
「ふふっ。うふふふふっ。『ヴィクトリア・ストレイン・リターン・トゥ・イノセンス』」
魔女は、何処かで不気味に笑う。
グリーン・ドレスは建造物の屋上に着地する。
辺り一帯から、牙の生えた大きな口が現れる。
それらが、ドレスの下へと迫っていく。
「出てこいよぉ、クソ女が! 今すぐ、汚ぇえ顔面ごと焼いてやるからよおぉ!」
グリーン・ドレスは、全身から炎を噴出させながら、怪物の口を焼き払っていく。
「テメェが出てこないってのならよおぉ。この辺り一帯全部、燃やし尽くしてやるぜ! この辺りは都合の良い事に民間人が少ねぇからなあっ! 無関係な奴、巻き添えにしなくても、テメェを焼殺する事は可能ってわけだぜっ!」
グリーン・ドレスは指先から、炎の塊を粉雪のように飛ばしていく。
種から発芽した、怪物の口達が、次々とグリーン・ドレスへと襲い掛かっていく。ドレスは指先を振るう。
「『マグナカルタ・エクスプロージョン・バースト』ッ!」
辺り一面に撒き散らした、炎が一斉に連鎖的に爆発していく。次々と爆弾の球体は連鎖反応を起こして、建造物の屋上一帯を破壊して回っていく。尖塔の一つが崩れていき、雪の下へと埋まっていく。
更に、グリーン・ドレスは腹から、巨大な目玉のホログラムであるサーチ・アイを出現させて、魔女ラジスのいる場所を確認する。
「炎のエネルギーはもう尽きねぇえ。どれだけ雪が降っても、これは消えない炎なんだぜ。魔女よおぉ。さっさと姿を見せやがれっ! 真っ黒な骸骨は、ストリッパーみてぇな顔しているテメェにはとってもお似合いだろ?」
炎の中から、フードを被った魔女の姿が現れる。
魔女は少しだけ顔色が悪く見えた。
グリーン・ドレスは右手に特大火球を作成すると……、魔女へ向けて、放り投げた。
「気付いていないのかしら? グリーン・ドレス。この低能が。もう、あんたは、私の『ヴィクトリア・ストレイン・リターン・トゥ・イノセンス』の支配下に置かれているって事をねえ? 後は惨めに始末されるだけなのさ。糞尿臭いクソ女は、あんたの方だったなあ?」
そう言うと、魔女は高笑いを始めた。
その笑い声は、別の場所から聞こえてくる。
グリーン・ドレスの背中が、何かによって切り裂かれる。
彼女の背中が、出血を始める。
「そして、私の『ヴィクトリア・ストレイン』によって生み出した、怪物の花達は、グリーン・ドレス、あんたの鉄よりも固い皮膚を突き破る事が分かった。私のパワーが、あんたの肉体の硬度を上回っているのよっ! あはっははっはははっははっはっ!」
「ふん。かすり傷だぜ。なんだか知らねぇがな、魔女。テメェの声がする方向に、私の『カラミティ・ボム』をブチ撒ければいいんじゃねえのかよお?」
グリーン・ドレスは立ち上がって、襲い掛かる怪物の口達を焼き払っていく。
…………、見えない場所からも、ダメージを受けた。……腕が切り裂かれる。
「なん、だ…………、だ?」
グリーン・ドレスは倒れる。
怪物達は次々と増殖していく。
魔女ラジスが種を撒き散らしているのだ。発芽して、巨大な怪物の口となる花の種を撒いているのだ。……しかし、何をされた………。
また、見えない場所から攻撃を受ける。脚を切り裂かれる。
「クソ。なんなんだ? 一体、見えている敵は焼き尽くしているのによおおおおおおっ!」
グリーン・ドレスは怒りで拳を地面に叩き付ける。
…………、見えない敵だとしたら……?
敵は透明化させる事が出来るのか……。
「おいよおぉ。魔女ッ! テメェ、透明な怪物作れるってーのならよおぉ。透明な奴がいそうな場所も炎にくべれば、関係が無いよなあっ!」
彼女は炎を無数の刃のように振っていく、が…………。
グリーン・ドレスの腹の付近が切り裂かれる。
…………、確かに、敵の攻撃は防いでいる筈だ。
見える敵も、見えない敵の攻撃も、防いでいる筈なのだ……。
右手から大量に出血が始める。
手首が、ぱっくりと切り裂かれている。
「おかしい。…………、何かおかしいぜ。それに、なんだ? これは、私は…………」
上手く立ち上がれない。炎の翼を生んで、空を飛ぼうと試みる。……だが、上手く立ち上がれない。眩暈がする。両脚で立てない。……彼女は両膝をガクガクと震わせている。
「ああっ! 畜生がっ!」
殺意ばかりが、自分の下へと全方向から襲い掛かってきているのが分かった。グリーン・ドレスは、跳躍した。空を飛ぶ事は出来ない。……自分の感覚がおかしい。上手く全身を動かせない。
彼女は建造物の屋上から自ら落下した。
これで、数秒間の間は、敵の攻撃を防げる筈だ。
彼女は雪の上へと沈んでいく。
…………、なんだ? 寒さを余り、感じない。……?
眼の前には、魔女が佇んでいた。
「あれは、本物の魔女ラジス、か…………?」
いや、……違う。
…………、ドレスは自分の右手を見る。
手首が夥しく出血しているが。そんなものは問題じゃない……。
右手の指の数が、五本じゃない……、十本にも、二十本にも見える…………。
幻覚…………?
そうか。
先程、新たな能力を使用したみたいだった。
種から発芽したものは、怪物の口腔だけじゃなくて、ドレスを攻撃する為の幻覚剤だ。彼女の視覚、聴覚といったものがアルコールを大量に飲んだ時の状態のように、酷い酩酊状態に陥ってしまっている。そう言えば、痛覚も麻痺しつつある。……仮に、身体の何処かを切断されたとしても、気付かないかもしれない。
「クソ女が。あああ、立ち上がれよ。私…………」
「無理ね。グリーン・ドレス。そして、私は私のヴィクトリアン・ストレインの更なる力である『スメル・オブ・デザイヤー』を民間人に使用したわ」
声は屋上から聴こえてきた。
路地裏に向かって、次々と、乗用車が向かってきた。
車を運転している者達は、完全に廃人のような顔になって、此方に向かってきていた。
「そうか。魔女、テメェ。民間人を能力で駒にしやがったなあ?」
「彼らはいわば、ゾンビみたいなものかしら? この魔女に従う下僕として、死ぬまで、私の投与した薬物によって操られるのよっ!」
グリーン・ドレスは指先から、炎の弾丸を撃ち込んで、次々と向かってくる乗用車のタイヤをパンクさせていく。乗用車はその時点で、ひっくり返って、ドレスへ攻撃出来なくなる。そして…………。
おそらく、車が命中させた時に作動させたかったのだろう。
乗用車全体から、巨大な牙が生えてきて、中にいる運転手を丸呑みにしていく。
「本当は、オロボンで、私に従う生きた屍を作って、貴方達を襲撃したかったんだけど。ふふっ、予定が少し狂ってね? でも、もうあんたは、私の能力から逃げられない。ははあっ! グリーン・ドレス! これで、数億は私のものだっ! 勝ったわっ! 楽勝だったわねっ!」
魔女は高らかに宣言していた。
「いいや。…………、違うぜ。魔女、テメェは、もう、私のマグナカルタから逃げられないんだぜ。なあ? おい?」
赤い天使は唇を歪める。
「自分の感覚をグチャグチャにされちまってもよぉ。でも、先に私が張ったトラップを見逃してやがるんだぜ。今更、テメェが何をしようとなああぁ、既に、私が仕組んだ事は完成している…………」
「負け惜しみを…………っ!」
紫紺の魔女は極めて不快そうに叫んだ。
「悪いな。…………、ラトゥーラ。シンディ。……ウォーター・ハウス。民間人は…………、巻き込まないって、約束だったんだけど。こいつをぶっ殺す為には、このクソ女をぶっ殺す為には、やるしかねぇんだ…………。魔女ラジス。貴方は強いよ……。クソ…………」
ラジスは、何かに気が付いた。
空を眺める。
雪の中なのに、空には太陽が輝いている。
太陽…………、……本当にそうなのか…………?
「私は『バルカン・レイン』と呼んでいる……。炎の流星をな…………。でも、ラジス。テメェを焼く為に、どうしてもやる必要があったんだぜ…………」
彼女は指先を弾く。
太陽が弾け飛んで、空高くから、次々と辺り一帯に大嵐のように炎の流星雨が落下していく。魔女の能力で操作されている民間人達も、炎の雨に打たれていく。
そして、屋上に姿を眩ませていた、魔女自身にも炎の雨が一撃、命中した。
グリーン・ドレスは立ち上がる。
「感覚が戻らない。…………、ムリヤリ、ドラッグのオーバー・ドーズを引き起こす能力なんだな…………。でも、魔女。テメェの居場所は分かったぜ」
そう言うと、彼女は炎の翼を背中から生み出して、空を飛ぶ。
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