第十七夜 凍える世界を作る者 2


 グリーン・ドレスとシンディが、ホテル・バイキングに向かう一時間程、前の事だった。


 ラトゥーラはヴァシーレによって、ホテルから数キロ先のワイン工場に監禁されていたわけだが。ウォーター・ハウスとラトゥーラはホテルに戻る最中に気付く。

 

 時間は朝七時を経過しているのだが……。

 ヴァシーレに逃げられてから、数十分程、経過している。

 あの後、二人は突然、降ってきた豪雪に足止めを喰らって、ひとまず喫茶店の中に入る事にした。


「全然、止みませんね。僕達の事、二人とも心配しているだろうに……」

 ラトゥーラは言う。


「ホテルに辿り着けない。どういう事なのだろう?」

 ウォーターは首を傾げる。


「はい。…………、そうですよ、ね。明らかに、何か奇妙なんです…………」

 二人は、ホテルへと向かっている途中“よく分からない何か”によって、妨害され続けている。それが一体、何なのか分からない。たとえば、ホテルへの道に辿ろうとすると、道路工事をやっていて、迂回する事になったりした、別の場所に行くと、雪が積もって先に進めなかった。他の場所も、道路工事などが行われている。そして、決まって、街の住民達は二人に向かって“此処は通れない”と強く言うのだった。

 何故か、四人で止まっていた安宿に戻る事が出来ない……。

 ウォーター・ハウスは首をひねる。


「…………、街一帯が迷宮にされていると考えた方が自然だな。俺達が致命的な方向音痴で無ければだが…………」

「致命的な方向音痴でしたら、ヴァシーレの痕跡から、僕を助けに向かえませんよ。ウォーター・ハウスさんが」

「まあ、そういう事だな」

 二人は、小さく溜め息を吐いて、喫茶店の中へ入る事に決めた。


 ウォーター・ハウスは喫茶店の中で、優雅に朝食を口にしていた。彼は肉がふんだんにはいったサンドイッチを口にしていた。そして砂糖のたっぷり入ったセイロンの紅茶を口にする。ラトゥーラも何となく、委縮しながらも、朝食を口にする。彼の方はシリアルを頼んだ。


「だが。あの二人なら大丈夫だろう。お前の姉貴の方も、ちょっとずつ成長しているぜ。そのうち、一人で敵を撃退出来るようになるかもしれないな」

 そう言って、ウォーターは二切れ目のサンドイッチを口にした。

「ははっ。だと良いんですが…………」


「結論から言うとだな。ラトゥーラ」

 ウォーター・ハウスは白ソーセージ入りのバーガーと紅茶のお代わりを注文する。


「敵は二人いる。何か知らないが“情報操作”みたいな事をしている敵と、この大雪を作り出している敵の二人だな。やっかいなのは、大雪を作り出して天候を操作している方じゃなくて、情報操作をしている方だな」

「情報操作? 迷路を作り出しているのではなくて!?」

 ラトゥーラは刻んだソーセージを口にしながら声音が裏返る。


「迷路ではなくて、おそらくは人々の……、俺達の“認識”のようなものを操作している感じがするぜ。とてつもなく、妙だ。なんなんだ? この敵は? 一体、何をやってやがるんだ? もしかして、街の住民に“洗脳”のようなものを施しているのか?」

 ウォーター・ハウスは身体を傾けて、ソファーに横になる。


「能力者同士の戦いは、情報戦だ。とにかく少しでも、敵の能力の概要を知らなければ勝てない。敵の秘密を暴かなければ、一方的に死ぬ。……それは、ともかくラトゥーラ。俺は少しだけ寝るぞ」

 そう言うと、ウォーター・ハウスは喫茶店のソファーの上で眠りこけ始めた。


 ラトゥーラも、注文したものを口にしながら、次第に酷い眠気に襲われる。疲れが溜まっているのだ。……疲労を減らさなければならない。でなければ、勝てない。


 暴風雨が吹き荒れながら……。

 窓の隙間から、風が入り込んでくる。


 次第に、店内が凍り付いていく……。

 ラトゥーラは眼を覚ます。

 気が付くと、店の中にいる者達は、みな吹雪によって雪に覆われていた。


「ウォーター・ハウスさんっ!」

 ラトゥーラは叫ぶ。


「ああ。どうしたもんだろうなあ、こいつは…………っ!」

 ウォーター・ハウスは顔を起こして、冷静な顔をしていた。

 そして、テーブルにあったインテリアの鏡を見ていた。


「俺達の窓の向こう。数十メートル先から、何者かが近付いてくる。多分、気象を操る方の能力者だ。この男が、この街の伝説的な殺人鬼って奴か。奴が近付いてくるぞ」

 ウォーター・ハウスは動じなかった。


「ろくに休ませてもくれやしない…………。まったく。もう何事も起きずに、このメリュジーヌの国を出たかったんだが。やはり、奴らはそうさせてはくれないみたいだ。ラトゥーラ、準備は出来ているか?」

「ええっ!」

「じゃあ。……敵の攻撃を防ぐぜ?」


 暴風によって、大型の乗用車が窓ガラスを破って、喫茶店の中へとミサイルのようにぶち込まれてきた。

 ウォーター・ハウスとラトゥーラの二人は、まずは挨拶代わりであろうその攻撃を難なく避けていた。


 そして、次は。

 乗用車の中に入っていたガソリンが爆発して、店内中が炎に包まれていった。


「表に出ろって合図だぜ」

 ウォーター・ハウスはラトゥーラを掴んで、物陰に潜んでいた。

 氷河によって包まれた店内の玄関へと、二人は向かった。



 トイレから出た後、グリーン・ドレスの姿が見えない。

 トイレからすぐ近い、エレベーターの前で待っている筈だった。二人の泊まっている場所は二階だ。先に二階に向かったのだろうか……?


 エレベーターの前には、紙キレが落ちていた。グリーン・ドレスが殴り書きで書き置きをしていた。“敵と出会った、すぐに倒してくる。部屋の中で待っていろ”。


「私は足手まといって事ですか……。まあ、ですよね…………」

 そう呟いて、シンディは二階に行くボタンを押す。

 エレベーターの中に入る。


 ざわりっ、と。

 とてつもない、強い敵意が背中をかけ登っていく。


 二階に辿り着く。

 二階の壁には、見知った一人の男が廊下のソファーの上に腰掛けていた。


「この国は素敵ですよね。ご飯が美味しい。何よりも、特産品であるソーセージが良い。それから、美しい河を見ていると故郷を思い出すんです。……処で、此処のホテルのバイキング。ボクの方が先に食べ終わっていたんですが。シリアルが良いですよね? 食べました? セイロン・オレンジの紅茶は口にしました? デザートにあった小さなシュークリームと合うんですよ」

 眼鏡を掛けた男が、ソファーの上には座っていた。


 ボジャノーイのショッピング・モールで、シンディとグリーン・ドレスを襲撃してきた男だ。半透明な腕を生み出す事が出来る。


「貴方は…………っ!」

「ボクの名はロジア。覚えていましたっけ? シンディさん。貴方を始末すれば、今、五千万手に入る。かなり高額に膨れ上がりましたね」

「グリーン・ドレスさんは?」


 ロジアは鞄の中に入っていたスマートフォンを取り出す。


「ちょっと待ってくださいね。メールが来た。送りますから…………」


 この眼鏡の男は一体、何をやっているのだろうか……?


「何を、やっているの?」

「今、メールしている子の両親はお金が無くて、手術が出来ないそうです。この子、病気になるまで学校の成績がトップで、将来は学者になりたいって夢があったんです。考古学者になりたいって…………。ボクは彼を救いたい。ボクにだって金がいる。医療はお金が掛かりますからね。もし、ボクが自腹を切れば、彼の両親は高い手術代を断念せずに済む…………」


 ロジアは立ち上がった。


「将来、通うべき大学の話を送りました。そこで考古学を専攻すれば、この子なら、優秀な業績を残せると思う。彼とよくトレーディング・カード・ゲームで遊びます。彼は記憶力が良くて、ボクは中々、彼に勝てない。頭が良いんだっ……。ボクは彼の命を救いたい…………っ!」

 彼は唇を強く噛み締めていた。


「グリーン・ドレス。……赤い天使は、魔女が始末するそうです。港町のフリーの売春婦、シンディ。貴方には何の恨みもありませんが、ボクは貴方を始末して、五千万を手に入れますよ!」

 そう言うと、ロジアは懐から、数本のメスを取り出してシンディへと投げ付けてきた。シンディの身体に、次々とメスが突き刺さっていく…………。

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