第十七夜 凍える世界を作る者 2
3
グリーン・ドレスとシンディが、ホテル・バイキングに向かう一時間程、前の事だった。
ラトゥーラはヴァシーレによって、ホテルから数キロ先のワイン工場に監禁されていたわけだが。ウォーター・ハウスとラトゥーラはホテルに戻る最中に気付く。
時間は朝七時を経過しているのだが……。
ヴァシーレに逃げられてから、数十分程、経過している。
あの後、二人は突然、降ってきた豪雪に足止めを喰らって、ひとまず喫茶店の中に入る事にした。
「全然、止みませんね。僕達の事、二人とも心配しているだろうに……」
ラトゥーラは言う。
「ホテルに辿り着けない。どういう事なのだろう?」
ウォーターは首を傾げる。
「はい。…………、そうですよ、ね。明らかに、何か奇妙なんです…………」
二人は、ホテルへと向かっている途中“よく分からない何か”によって、妨害され続けている。それが一体、何なのか分からない。たとえば、ホテルへの道に辿ろうとすると、道路工事をやっていて、迂回する事になったりした、別の場所に行くと、雪が積もって先に進めなかった。他の場所も、道路工事などが行われている。そして、決まって、街の住民達は二人に向かって“此処は通れない”と強く言うのだった。
何故か、四人で止まっていた安宿に戻る事が出来ない……。
ウォーター・ハウスは首をひねる。
「…………、街一帯が迷宮にされていると考えた方が自然だな。俺達が致命的な方向音痴で無ければだが…………」
「致命的な方向音痴でしたら、ヴァシーレの痕跡から、僕を助けに向かえませんよ。ウォーター・ハウスさんが」
「まあ、そういう事だな」
二人は、小さく溜め息を吐いて、喫茶店の中へ入る事に決めた。
ウォーター・ハウスは喫茶店の中で、優雅に朝食を口にしていた。彼は肉がふんだんにはいったサンドイッチを口にしていた。そして砂糖のたっぷり入ったセイロンの紅茶を口にする。ラトゥーラも何となく、委縮しながらも、朝食を口にする。彼の方はシリアルを頼んだ。
「だが。あの二人なら大丈夫だろう。お前の姉貴の方も、ちょっとずつ成長しているぜ。そのうち、一人で敵を撃退出来るようになるかもしれないな」
そう言って、ウォーターは二切れ目のサンドイッチを口にした。
「ははっ。だと良いんですが…………」
「結論から言うとだな。ラトゥーラ」
ウォーター・ハウスは白ソーセージ入りのバーガーと紅茶のお代わりを注文する。
「敵は二人いる。何か知らないが“情報操作”みたいな事をしている敵と、この大雪を作り出している敵の二人だな。やっかいなのは、大雪を作り出して天候を操作している方じゃなくて、情報操作をしている方だな」
「情報操作? 迷路を作り出しているのではなくて!?」
ラトゥーラは刻んだソーセージを口にしながら声音が裏返る。
「迷路ではなくて、おそらくは人々の……、俺達の“認識”のようなものを操作している感じがするぜ。とてつもなく、妙だ。なんなんだ? この敵は? 一体、何をやってやがるんだ? もしかして、街の住民に“洗脳”のようなものを施しているのか?」
ウォーター・ハウスは身体を傾けて、ソファーに横になる。
「能力者同士の戦いは、情報戦だ。とにかく少しでも、敵の能力の概要を知らなければ勝てない。敵の秘密を暴かなければ、一方的に死ぬ。……それは、ともかくラトゥーラ。俺は少しだけ寝るぞ」
そう言うと、ウォーター・ハウスは喫茶店のソファーの上で眠りこけ始めた。
ラトゥーラも、注文したものを口にしながら、次第に酷い眠気に襲われる。疲れが溜まっているのだ。……疲労を減らさなければならない。でなければ、勝てない。
暴風雨が吹き荒れながら……。
窓の隙間から、風が入り込んでくる。
次第に、店内が凍り付いていく……。
ラトゥーラは眼を覚ます。
気が付くと、店の中にいる者達は、みな吹雪によって雪に覆われていた。
「ウォーター・ハウスさんっ!」
ラトゥーラは叫ぶ。
「ああ。どうしたもんだろうなあ、こいつは…………っ!」
ウォーター・ハウスは顔を起こして、冷静な顔をしていた。
そして、テーブルにあったインテリアの鏡を見ていた。
「俺達の窓の向こう。数十メートル先から、何者かが近付いてくる。多分、気象を操る方の能力者だ。この男が、この街の伝説的な殺人鬼って奴か。奴が近付いてくるぞ」
ウォーター・ハウスは動じなかった。
「ろくに休ませてもくれやしない…………。まったく。もう何事も起きずに、このメリュジーヌの国を出たかったんだが。やはり、奴らはそうさせてはくれないみたいだ。ラトゥーラ、準備は出来ているか?」
「ええっ!」
「じゃあ。……敵の攻撃を防ぐぜ?」
暴風によって、大型の乗用車が窓ガラスを破って、喫茶店の中へとミサイルのようにぶち込まれてきた。
ウォーター・ハウスとラトゥーラの二人は、まずは挨拶代わりであろうその攻撃を難なく避けていた。
そして、次は。
乗用車の中に入っていたガソリンが爆発して、店内中が炎に包まれていった。
「表に出ろって合図だぜ」
ウォーター・ハウスはラトゥーラを掴んで、物陰に潜んでいた。
氷河によって包まれた店内の玄関へと、二人は向かった。
†
トイレから出た後、グリーン・ドレスの姿が見えない。
トイレからすぐ近い、エレベーターの前で待っている筈だった。二人の泊まっている場所は二階だ。先に二階に向かったのだろうか……?
エレベーターの前には、紙キレが落ちていた。グリーン・ドレスが殴り書きで書き置きをしていた。“敵と出会った、すぐに倒してくる。部屋の中で待っていろ”。
「私は足手まといって事ですか……。まあ、ですよね…………」
そう呟いて、シンディは二階に行くボタンを押す。
エレベーターの中に入る。
ざわりっ、と。
とてつもない、強い敵意が背中をかけ登っていく。
二階に辿り着く。
二階の壁には、見知った一人の男が廊下のソファーの上に腰掛けていた。
「この国は素敵ですよね。ご飯が美味しい。何よりも、特産品であるソーセージが良い。それから、美しい河を見ていると故郷を思い出すんです。……処で、此処のホテルのバイキング。ボクの方が先に食べ終わっていたんですが。シリアルが良いですよね? 食べました? セイロン・オレンジの紅茶は口にしました? デザートにあった小さなシュークリームと合うんですよ」
眼鏡を掛けた男が、ソファーの上には座っていた。
ボジャノーイのショッピング・モールで、シンディとグリーン・ドレスを襲撃してきた男だ。半透明な腕を生み出す事が出来る。
「貴方は…………っ!」
「ボクの名はロジア。覚えていましたっけ? シンディさん。貴方を始末すれば、今、五千万手に入る。かなり高額に膨れ上がりましたね」
「グリーン・ドレスさんは?」
ロジアは鞄の中に入っていたスマートフォンを取り出す。
「ちょっと待ってくださいね。メールが来た。送りますから…………」
この眼鏡の男は一体、何をやっているのだろうか……?
「何を、やっているの?」
「今、メールしている子の両親はお金が無くて、手術が出来ないそうです。この子、病気になるまで学校の成績がトップで、将来は学者になりたいって夢があったんです。考古学者になりたいって…………。ボクは彼を救いたい。ボクにだって金がいる。医療はお金が掛かりますからね。もし、ボクが自腹を切れば、彼の両親は高い手術代を断念せずに済む…………」
ロジアは立ち上がった。
「将来、通うべき大学の話を送りました。そこで考古学を専攻すれば、この子なら、優秀な業績を残せると思う。彼とよくトレーディング・カード・ゲームで遊びます。彼は記憶力が良くて、ボクは中々、彼に勝てない。頭が良いんだっ……。ボクは彼の命を救いたい…………っ!」
彼は唇を強く噛み締めていた。
「グリーン・ドレス。……赤い天使は、魔女が始末するそうです。港町のフリーの売春婦、シンディ。貴方には何の恨みもありませんが、ボクは貴方を始末して、五千万を手に入れますよ!」
そう言うと、ロジアは懐から、数本のメスを取り出してシンディへと投げ付けてきた。シンディの身体に、次々とメスが突き刺さっていく…………。
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