第十五夜 美しき河の街での猟奇殺人鬼の伝説。 1


<おいおい。どうなってやがるんだ? 募った暗殺者(ヒット・マン)のうち、もう三名が死んじまったそうじゃあねぇかあ? そして、お前達は随分と手間取っているみたいじゃねえかよ。このままだと、奴らが俺達のボスのいる支部に乗り込んでくるのは時間の問題だぜぇ?>

「そうだな。だが、俺も含めて、まだ半分以上残っている」

 ムルドはVIPルームに掛けられた電話を取る。


<おいおい、理解してんのかよぉ。このまま行くと、奴ら、テメェらが始末する前に、俺達の本拠地である『ファハン』に到着しちまう。それまでに始末出来るんだろうなあ?>

「出来ればな。しかし、連携が取れない。俺と組んでいた奴も、今、単独行動に走っちまった、たくよぉ」

<ムルドよおぉ。テメェら『ヘルツォーク』には、俺達『マイヤーレ』が眼を掛けてやってるんだぜぇ。ビジネスでもなあ>

「…………、サトクリフ。お前はもういい。お前らの組織、マイヤーレのボスを出せ。連合の他の連中も、不愉快に思っている。お前は代理だろう? 連合に所属するボス達の対面に顔を出さないってのは、みな気に入らない」

<ウチのボスは、顔を見られたくねぇのさ、ムルド。いいか、俺達が狙われているんだ、あの大量殺人鬼にな。頼むぜ、ウチのボスはもっと賞金を上げるって言っているんだぜ>

「分かった。そろそろ、切るぞ」

 向こうから、電話が切れた。


 ムルドは暴君の肉体の一部である“腹”を奪った事実を敢えて隠していた。

 他のマフィアのボス達、連合(ファミリー)は、構成員の少ないムルドの組織を侮っている。極めて、気に入らない。


 マイヤーレは特にMD中の売春斡旋業の施設を担っている。

 その利権で商売していると言っていい。

 そして、そのボスは顔を見せたがらない、いつも代理であるサトクリフという男が会談には現れる。


「顔を見られたくないってのは、どういう事だ? 幾つか線が考えられるが…………」

 彼はワインの瓶を開ける。

 そして、ブルー・チーズとハムを取り出す。


 それにしても、……ヴァシーレが戻ってこない。

 一体、何をやっているのか。


 ムルド・ヴァンスの組織『ヘルツォーク』の本拠地はメリュジーヌ東部に存在していた。そして、メリュジーヌは、ムルドの故郷であり縄張りでもある。


「さて。この俺も出向くとするかな。どうやら、ヴァシーは戻ってきそうにないからな」

 彼は立ち上がり、暴君達を始末する為に出向く。途中でヴァシーレと合流したい処なのだが…………。



「チャーチィ、こいつは、どういう事だろうなあー」

 サトクリフは、縛り上げた何名もの男達に順番に唾を吐き付けていく。


 サトクリフは大柄に筋肉質の男だった。

 彼は片腕で、棺桶状の箱を置く。

 そして、箱を開いていく。

 中には、塩がびっしりと詰まっていた。


 縛り上げられた男達は震え上がる。

 塩の中には、大量の手足や指、鼻、歯、耳、腸の一部、肺、肝臓といったものがミイラ状になって入っていた。


「お前らさあ、ウチのドラッグ、盗んだだろ~。お前らが盗んだ10キロ。全員から、10キロ分、切り離させて貰うぜ」

 サトクリフは淡々と言った。

 彼は人体を切断する為のサバイバル・ナイフを手にする。

 そして、男達の前に放り投げた。

 サトクリフは体重計を持ってくる。


「この上になあ。10キロ以上、お前らの身体から置いていけよ。お前らで決めろ。それで許してやる。その後、棺桶の中に放り込む。見せしめだからなあ」


 マイヤーレの処刑と拷問は徹底している。

 それは、彼らに飼われている売春婦や、下っ端の構成員達を震え上がらせていた。


 そう言いながら、サトクリフは棍棒をぽんぽん、と手にしていた。

 携帯の着信音が鳴った。彼はそれを手にする。


「何? コルトラがメリュジーヌの切り裂き魔ガローム・ボイスを? ……そりゃいい。あいつ、能力者になる前からの殺人鬼なんだろ? 打ってつけじゃあねえかあ。奴は殺し屋でさえ無ぇんだろ? 快楽殺人鬼なんだろ? ひゃはははっ、イイじゃあねぇえかあ。暴君よおぉ、楽しみだな。殺人鬼同士の対決って、やつぁあぁ、猟奇殺人鬼なんだろぉ」

 そう言いながら、彼はブンブンと棍棒を振り回して、縛り上げた男の一人の頭を殴り付ける。


「ほら、さっさと10キロ分、決めろよ。時間が経過すれば、利息付けっからなあ?」

 そう言うと、彼は制裁を与える者達に追い込みを掛けた。

 サトクリフは元軍人だった。

 今でも、前線で立つ者達に訓練を行う事もある。

 こういった容赦の無い事にはとても手慣れていた。



「メリュジーヌに着く前に、暇潰しに車の中でミステリー小説を読んでいたんだ。それにな、殺人トリックとか、犯人が殺人を犯す為の動機とか色々、書かれているわけなんだが。俺にしてみると、正直、笑ってしまってな。しかし、ミステリーやサスペンス・ドラマが受けるって事は、民間人、一般大衆ってのは、凶悪犯罪を潜在的に望んでいやがるんだろうぜ」


 四名は、あのカフェテラスからかなり離れた場所にいた。

 今は、路地裏の辺りに潜みながら、先程の場所から、距離を取っている。

 野宿するべきか、ホテルを取るべきかで議論が続いていた。ウォーター・ハウスとシンディがホテル派。グリーン・ドレスとラトゥーラの二人は野宿派だった。


 ただ、追跡している敵の一人は確実に始末した。これで情報屋は一人、減った事になる。だが、別の敵がいる。……おそらくは、ドモヴォーイでドレスが出会った者達と、ヴァシーレ。そして、これからやってくる悪名を持つ男……。


「人を殺す事が許されないのは、法律があるからだな。まあ、人間が共同体を作る上で、共同体内での人殺しってのをタブーにしたんだよなあ」

「タブーですか?」

 ウォーター・ハウスは、真剣な顔で、ラトゥーラに説明していた。

 また、講釈が始まったよ、と、グリーン・ドレスは悪態を付く。そう言いながらも、ドレスは心なしか楽しそうな顔をしていた。シンディは自身の能力を使って、周辺の偵察を行っていた。……特に敵の気配は無い。……。


「なあ、ラトゥーラ。港町では、何故、俺達に対して“人を簡単に殺せるのか?”って聞いたな? ラトゥーラ。重要な事なんだぜ、俺達だけじゃないんだ。何故、人間は無関係な他人を簡単に殺せるのか? って、話なんだぜ?」


 そう言うと、ウォーター・ハウスはボトムバッグの中から、凶悪殺人関連の書籍を何冊か取り出す。メリュジーヌに着いた時に、本屋で大量に購入したものだ。

 ラトゥーラは、彼の話は相槌を打ちながらも、真剣に聞くようにしていた。中には、敵の能力に関する考察と、……そして、ラトゥーラが日頃からこの世界に対して不条理に関する事を言葉にしてくれるものが多く混ざっているからだ。


「何故、人間は無関係な人間を簡単に殺せるのか、ですか?」

 ラトゥーラは真剣な眼差しで、彼の話を聞く。

「ああ。そうだぜ。人間は、宗教、戦争、経済とかで、簡単に無関係な他人を殺すだろ? っていうか、18世紀以前くらいまでは、人権意識って希薄だったらしいぜ。人間の命は大切っていう概念が生まれ始めたのは、人間の文明が近代化し始めてからっても言われている」

 そう言いながら、ウォーター・ハウスは中世における処刑の歴史に関しての本を開いて、ページをめくっていく。中には残酷な拷問や処刑の図が描かれていた。ラトゥーラはそれを見て、息を飲む。


「ナチス・ドイツは、ホロ・コーストの際にユダヤ人を数百万人だが、ガス室で殺処分したとされているが、処刑に携わった職員って、サイコパスでも何でもなくて、ごく普通の人間だったそうだ。そこら辺、カフェに座っている連中みたいにな。家族がいて、子供を愛しく愛しているし、愛犬も大切にしていた。なあ、ラトゥーラ、そういう事が、人間っていう存在の本質だと思うんだぜ。人間は何故、人を殺す事に罪の意識を感じないんだ? 罪の意識の概念って、アレだろ? 刑罰やマスメディアによる恐怖とかに比例するだろ?」


「……賛同しかねますが…………」

 ラトゥーラは口元を押さえる。

 …………、やはり、彼には理解出来ないのだ。人を簡単に殺せる人種をだ。


「それにしてもなあ、知ってるか? 猟奇殺人犯の多くはサイコパスじゃなくて、タダの精神病患者らしいぞ。サイコパスって学術的な定義されているのって、他人の痛みに鈍感な人間で、どちらかというと脳構造の問題らしいな。国によっては、二十人に一人がサイコパス気質を持っているだとか。サイコパス向きの職業は、政治家、医者、弁護士、検事、軍人、っていうのがある。興味深いな。つまり、嘘が上手く、それを必要としているらしいんだが。サイコパスってのは、個人の問題ではなくて、社会的な構造が、人間にそのような気質を求めているって事じゃあないのか?」


「構造ですか」

「構造だぜ。ラトゥーラ、お前、好きなように反論していいから。俺の話はちゃんと聞くんだぜ」

「ええ…………、反論して、良いなら」


「そうだなあ。たとえば、よく、いるよなあ。凶悪殺人犯とかの生い立ちに同情する奴。やった事は絶対に赦されないけど、生い立ちには同情するってさ。で、更に、普通は被害者の立場に立てば、同情さえ出来ないって正義感持っている奴もいるよなあ。でも、俺は逆なんだぜ。……なんで、赦してやらねーんだ? ってか、悪い事なのかよ?」

 ウォーター・ハウスは、倫理や道徳をブン投げ捨てるような事を平気で口にする。それが、彼の見ている世界であり、考えている世界なのだ。そして、彼はそれを“正義”だと思っているし“信念”を持って行動している。


「もう、貴方は、そういった思考回路が、根本的におかしいかと…………」

 ラトゥーラは思わず、苦笑する。


「でもなあ。人間って、牛や豚の命なんてどうだっていいだろ? もっと言うと、先進国は他国の人間を犠牲にして、植民地にして命奪っているだろ。絶対に、その矛盾は無視するよなあ。なあ、なんで、自分達の国の人間の命は対等で、他国の人間の命は対等じゃあないんだ? 当然、政治や経済の知識がちょっとはあれば、これもすぐに辿り着く思考なんだがなあ」


「…………、でも、結構、世界的な平和運動している人いるじゃないですか……、僕は人間の正しい心を信じたいんです……」

 ラトゥーラは口元を歪める。


「俺がやった人殺しの事なら、別に糾弾してくれてもいいんだけどなあ。人間って、人類全体がそうじゃあねえか? なあ、おい、ラトゥーラ。お前って、無くせると思うのか? 全人類が平和になる方法ってさあ。あると思うか? 科学技術を発展させまくって、洗脳するしかねーんじゃねえのか?」


「本当に冷笑的なんですね」

「いや、信心深いぜ。俺は神様だって信じている」


 ラトゥーラは暴君のねじ曲がった性格に、少しだけ引き攣った顔を浮かべる。

 もう、何日も一緒にいるが、やはり彼の思考パターンは読めない。


「なあ、ヴァシーレの奴、ご丁寧にも、新聞の切れ端に手紙を織り込んでやがったぜ。挑発的な文章まで書きやがって“謎を解け”とばかりにな。迎え受けてやるよ。……この国で起こった大量殺人犯を解き放った、か……」

 そう言うと、ウォーター・ハウスは、ラトゥーラへの講釈を切り上げた。


 空を見ると、完全に夕闇が広がっていた。

 ぽつり、ぽつり、と、粉雪が舞い落ちる。


「三百人だが、バラして冷蔵庫に詰めて喰ったとか言ってもな。はあ…………くだらない」

 ウォーター・ハウスは、自販機で買ってきた缶コーヒーを啜る。


「……待てよ。そういう事か。こいつの元の職業って…………」

 彼は何かを理解したみたいだった。


「寒いぞ。やはり、安い民宿を探そう。俺は本当に野宿はごめんだぜ」

「大賛成ですっ! 私もシャワー浴びたいんで」

 シンディが同意する。


「知りませんよ……。また、変な襲撃のされ方にあっても……」

「でも、ラトゥーラ。それなら、何処で寝たって同じじゃない? 民間人だって何処に行っても、巻き込んでくるよ」

 姉のシンディは、弟に対して、そう苦言を述べる。


「そうだけどさ。…………」

 ラトゥーラは腑に落ちない。


 それにしても、姉を見ながら、彼女も少しずつタフになってきているように感じた。姉はグリーン・ドレスと雑談している事が多い。未だにラトゥーラは、三人とは何処か心の距離のようなものがある。


「ああ。そうだ、ラトゥーラ、シンディ。やっぱり、はっきりと言っておくぜ。さっき、何で、わざわざ俺が長い講釈垂れていたか説明するとだな」

 ウォーター・ハウスは真剣な眼差しで、ラトゥーラの顔を見据える。


「ラトゥーラ。お前、やっぱり、覚悟しておけよ? 人を殺す覚悟だ。そして、だ。これで、何度、言うか分からないが。罪の意識なんて持つんじゃねぇーぞ? 一人ブッ殺したってのなら、二人目を殺す時、罪の意識が邪魔になる。覚悟を決めろよ。俺達の旅は、血と金、そして汚れた利権に巻き込まれているんだぜ」

 ウォーター・ハウスはラトゥーラを指差して、話を続ける。


「殺らなければ、こっちが殺られる。なあ、自分と仲間の命が大切なんだぜ? 奴らの命なんて使い捨ての紙コップみたいに思っちまえ。ゴミなんだよ」

 そう言って、ウォーター・ハウスはこの辺りで泊まれるホテルの場所を、スマートフォンで検索していた。



 時刻は19時だ。


 ……寒い。

 今はもう、春の筈だ。


 ヴァシーレは困惑していた。


 おそらく、魔女ラジスと闇医者ロジアの二人も、この街に来ている。ムルドも東部にいる本拠地から、此方に向かってくるだろう。


 此処が決戦の舞台になる筈だ。


 それにしても、一体、なんなのだろうか……。

 先程から、河を見ると、死体が流れてくる。最初、見た時は警官だったが、民間人が多い。みな、凍死している。


 ヴァシーレは直観で分かった。

 ……こいつは、自身の能力を試してやがる。実験台として、民間人を片っ端から、無差別に殺しまくってやがる。


「このメリュジーヌの猟奇殺人鬼の能力だな!」

 ヴァシーレは理解した。


 …………、おそらく、巻き込まれれば、自分もマズイんじゃないのか?

 連携が出来ない処か、仲間である筈の暗殺者も巻き込むつもりでいる。…………。


 此処は戦場になるだろう。おそらくは、文字通りの意味で……。



「なんで、この俺を釈放した?」

 ガローム・ボイスは訊ねる。

 そして、彼はくすんだハニー色の髪をぼりぼりと掻いていた。頭はシャギーに切り揃えられている。


「お前、警視総監なんだろ?」

「だが、わたしは連合(ファミリー)に参加している組織(カルテル)の一つである『アルレッキーノ』に恩がある。その組織(カルテル)は、暴君達に巨額の賞金を出している。ガローム・ボイス、お前の力が必要なんだ」

「好きなようにやらせて貰うぜ」

「ああ。好きなようにやってくれ。わたしは構わない。わたしの力で、お前のやった事を帳消しにする事が出来る」

「ほおぉ。イイ御身分だぜ」


 時刻は真夜中だった。

 大通りで、二人は落ち合っていた。

 ガロームは、此処に来る途中、何名もの警官や民間人に“人体実験”を行っている。自身の能力を確かめる為にだ。


「今夜の天候は大雪。大嵐になるぜ。俺の『ロードデンドロン』がどれだけの能力なのか、試させて貰う。ああ、試させて貰うぜ」

 そう言うと、ガロームは影のように完全に闇の中へと溶け込んでいった。


 一人残された、メリュジーヌ警察の警視総監である五十過ぎの男、コルトラは葉巻に火を付けていた。

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