第十四夜 メリュジーヌのカフェにて。 2


 警察署の近くだった。


「今日も異常なし、っすねえ」

「……しかし、寒いな。早い処、仕事を切り上げたい」

 男二人は、警官であり、パトカーの中にいた。

 此処は駐車場だ。


「それにしても、春だから、眠いなあ。どっかで休憩でもしたい処だが。おい、缶コーヒーでも買うか? 奢るよ」

「あ、ありがとう御座います」


 パトカーの窓ガラスを叩く者がいた。

 パトカーの中にいた警官二人は無線で連絡を取っていた。


「オマワリさんさあ。ちょっと、道に迷っているんですよ。人探しもしている。この辺りに久しぶりに来て、相変わらずな街だなあ、と思ったんですが。何しろ、この辺り、随分、街並みが変わっちゃって…………」

 現れた男は、飄々とした雰囲気を出していた。


「あんた、何処かで見た顔…………」

 警官の一人がぼうっと現れた男の顔をしげしげと眺めながら、すぐに気付く。……この男の顔は、この国の国民の大半なら知っているからだ。彼らのような警察官でなくても、みんな知っている。


「切り裂き魔ガローム……っ! 貴様、何故、外を歩いている!?」

 警官の声が裏返る。


「マフィアとあんたらのトコの上層部が、俺を自由にしてくれたんだ。なあ、ちょっと、マジで道教えてくれねぇ?」

 中肉中背の男である、ガロームは、普段から鍛え上げられている警官達と比較すると、どうしても貧相に見える。


「裁判で絞首刑が決定された筈だが。…………、貴様の捜索には、俺も駆り出された……」

 警官は震えていた。


「…………、俺は貴様に殺された女性の家族から、話を聞かされている…………っ!」

「いや、マジに怒るなよ。道、聞いてるだけだからさあ。俺、ヒットマンの仕事に今、就いているんだよね。後、もう一度、言うぜ。この俺を釈放したのは、テメェらのトコの上層部も絡んでいるからな? 俺は有能だから、使いてぇーんだとよ。……地図、借りていいか?」

 そう言うと、ガロームは、パトカーの後部座席に置いてある地図を掴み取る。


「此処から先、4キロ先くらいに高速道路あるよなあ。なら、標的はまだこの辺りにいる筈なんだよなあ。既に、金は、一人三億を超えている。ヘルツォークって組織が、金をファミリーに提供したそうだぜ。ムルド・ヴァンスの奴、他のヒットマンを使って、敵を消耗させて、自分のトコに三億が戻ってくる仕組みを考えてやがるよ。やっぱ、頭いい。しかし、俺が奪い取ってやる」


 ガロームは警官のポケットから、拳銃を引き抜くと、ガチャガチャと弄り始めた。


「何をしているっ!? 止めろっ!」


 警官が彼の肩を掴む。


 途端に、警官の全身が霧のようなものに包まれていく。

 ぼうっと、辺り一面に霜が発生していく。


「おっと。動くなよ。拳銃は返すよ。すまねーな、故郷はいいからなあ。つい、調子に乗っちまってなあ。動くと、マジでやばいぜ。牢屋にブチ込まれていた頃に、俺は能力者になったからなあ。それがどれだけの威力なのかわからねーからなあ」


 警官は倒れる。

 そして、そのまま絶命する。


 ガロームは拳銃を投げ捨てる。


「悪りぃな。もうちょっと、練習が必要なんだ。加減だとかも含めてな」

 そう言うと、彼はほくそ笑むように告げた。


 ぼうっ、と。

 ガロームの隣に、何者かが現れる。

 小奇麗な真っ黒なフロック・コートに、帽子を深くかぶっている顔はよく見えない。


「ガローム・ボイス。何故、殺した?」

 男は訊ねる。


「ああ。お前か…………。元死刑執行人のお前には分からないんだろうけどなあ。何となく、だよ。なあ、なんで、犯罪者処刑するのに、罪の意識があったんだ? お前?」

 彼は理解出来ない、といった表情をしていた。


「呼吸でもするように、殺した、というのか?」

 男はなおも、断罪するように訊ねる。


「そうしたいから、そうするんだよ。分かれよ」

「そうか…………」

 

 もう春なのに、雪がぽつり、ぽつりと降っている。


 この街のホームレスは覚醒剤をよく口にしている。

 覚醒剤常用者の寿命はせいぜい五年。

 そして、極寒の冬の中で生きられるのは、どれくらいなのだろうか。多くは命を落とすのだろう。


「さて、やってやるぜ。暴君ウォーター・ハウスよぉ。俺は自由の身になった。存分に能力を使いこなして、刑務所(ムショ)にブチ込まれる以前よりも、沢山、人を殺してやる。そうだ。此処が良い。非常に良いんだ。このメリュジーヌは、俺を育ててくれたからなっ!」

 彼は咆哮するように叫んだ。



 暴君達、四人は警察官に取り囲まれていた。

 完全に、ラトゥーラは、犯人扱いだった。


「これはお前がやったのか?」

「僕じゃない……。僕じゃないです…………」

 ラトゥーラが警官に調べ上げられていた。


「落ち着けよ」

 ウォーター・ハウスは、数枚の紙幣を警察官の一人に握らせようとする。


「少し、落ち着けよ。ちょっとだけだぜ。ちょっとだけ、消えてくれねえかな? お前達の面子を大切にするからなあ。ちょっとだけ、


「ミステリー小説で『フーダニット』ってあるよな。“誰が犯行を行ったか?(Who done it)”って話だ。もう一つ、今、此処で重要なのは『ホワイダニット』、つまり“犯行動議(Why done it)”が問題なんだぜ? ミステリーには、他にも用語はあるが、興味があるなら調べてくれ。……で、今、此処で重要なのは、犯行動機だ。ラトゥーラには無いよなあ? その知らねぇー奴をぶっ殺す動機なんて、何も無ぇんだからなあっ!」

 そうやって、ウォーター・ハウスは席を立ち上がる。


「だからよお。少しだけ、黙っていて、くれればいいんだぜ? ちょっとだけ、これは喧嘩の騒ぎの延長だって、死体なんて、ちょっとだけ見過ごしていてくれればいいんだ。なあ、俺達はマフィアや殺し屋に狙われている。俺達は、ラトゥーラに罪を押し付けようとしている、敵を始末する必要がある。これが犯行動機だ。オマワリさんさあ、ちょっとだけ、黙っていてくれねーかなあ」

 ウォーター・ハウスは、警官に札の切れ端を握らせる事が出来た。


 集まってきた観衆達は、少しずつ静まり返っていく。


「さて。結論から言うぜ。犯人はお前だな?」

 ウォーター・ハウスは、指先を、第一発見者の男に突き付けた。

 洒落たスーツを着た、三十代半ばの顎鬚を生やした男だった。


「お前が犯人なんだよ。ラトゥーラの手に、スリがバッグ盗むように、握らせたな? そういうの得意だろ? お前。『超能力』じゃあ無いよなあ? どっちかっていうと、お前個人の技術でやっただろ? お前の本職はスリか、自動車強盗とかか?」


「わ、わたしは、あくまで、此処に立ち会っただけで……っ!」

 男は明らかに狼狽している。

 勿論、犯人に仕立て上げられて、周りから見て、不安から狼狽しているという可能性も高い。そもそも、ウォーターの言った事など言いがかりに過ぎないのだ。


「ちょうどなあ。オロボンからメリュジーヌの高速道路の途中で、推理小説読んでいたんだぜ。よくあるパターンとかだと、密室だと思っていた部屋が、実は第一発見者が犯人だった、だとかなあ。探偵の助手役が犯人だったって、話も面白かったんだけどなあ。なあ、おい、貴様、今の話の前者に該当するよなあ? 犯人はお前だろ?」


 男はたじろぐ。


「ボジャノーイの辺りから、……いや、港町の辺りから世話になったな。お前だろ? 俺達をずっと尾行し続けていたのは。そして、もうバレているんだぜ。お前の追跡手段は“臭い”だ。臭いなら、尾行が見つかりにくいからなあ。道理で、此方側の体温察知にも反応しねぇし、尾行も分かり辛いわけだぜぇ」


 男は冷や汗をだらだらと流していた。


「お、お、おっしゃる事が分かりませんぜ、旦那…………」

 男は汗を大量に流しながらも、煙草に火を点ける。


「じゃあ、ちょっとお前の顔、触らせて貰うぜ。この俺の手でな。ちょっと触るだけで見逃してやるよ」

 ウォーター・ハウスは男の顔に触れようとする。


 男は帽子を落とした。


「うああああああああっ! その腕で触れるのは止めてぇえええええええぇっ!」

 男は煙草を口元から地面に落として叫んだ。


「なんで、この腕で触れたら駄目なんだ? 別にどうだっていいだろ。ちょっと触るだけだろ。身体検査みたいなもんだぜ」

 ウォーター・ハウスは威圧的に告げる。

「その腕は…………、とても怖いんですぜ」

「ほう、なんでだ? ああ?」


 男は冷や汗をだらだらと流す。


「毒物を生成しているからだろ」

 男は、そう言いながら、背後から何かを出現させようとする。


 瞬間。

 ウォーター・ハウスの膝蹴りが、勢いよく男の鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。

 男は先程まで食べていたものを、胃液ごと口から吐き出す。


「カマを掛けるつもりでもやっていたんだが……。完全にボロ出したな。なんで、俺が毒を使えるって知っているんだ? ちなみに、俺はこの右手から、今、何も生成していないぜ」

 暴君は、ほくそ笑んだ。


 男は叫び声を上げて、四人の下から逃げようとする。

 グリーン・ドレスは、突っ立っている警官から銃を奪う。

 そして、彼女は拳銃を逃げる男に向けるのではなく、自身の左側頭部に向けて何発も発砲していく。


 グリーン・ドレスの左側頭部から硝煙が立ち上り始める。


「銃弾も、炎のエネルギーだ。銃弾は熱を帯びるからな。それが私の『マグナカルタ』。熱エネルギーを媒介にして、能力を繰り出す事が出来る」

 そう言うと、ドレスの右手から炎が噴出していく。

 彼女は、指先を拳銃の形へと変えた。


「逃がさないぜ、クソ野郎っ! 少し地べたに這いずって、地面と濃厚なキスしてなっ!」

 指先から炎の弾丸が、噴出されていく。


 逃げる男の脚に、弾丸が貫通していく。


「名前を言いな。ちょっとの間くらいは覚えておいてやるからさぁ」


「ドゥルム・ジョー……、クソ。俺の『コロンビア・ネクタイ』は、お前達を追跡し続けて始末する筈だったんだけどな」

「ああそうかよ。じゃあ、頭をカボチャ割るみてぇに割ってやるからよぉ。もう、何もするなよ、なあ?」

 グリーン・ドレスは容赦なく、指先を名前を名乗った男に向ける。


「俺は普段は『探偵』をしている。……探偵って職業は他人の人生を覗き見る癖みたいなのが好きだ。グリーン・ドレス、お前、本当に油断慢心する癖あるだろ? くくっ。勝利を確信するのが早いぜ、なあ、おいよお?」

 男は、卑屈そうな顔で笑う。


「畜生っ! こうなったら、この俺の能力は……っ!」

 ドゥルム・ジョーが何とか立ち上がろうとする。

 彼は懐からナイフを取り出す。

 ノミ、といった虫のようなデザインだが、とてつもなく巨大で邪悪な怪物が、ナイフの先から実体化されていく。口元は人間の口を模しているかのようなノミだった。


「喉を喰い破れっ! 『コロンビア・ネクタイ』ッ!」

 大型のノミのようなものがジャンプする。翅も生えていた。


 グリーン・ドレスは余裕の笑みを浮かべて、それを迎撃しようとしていた。


 突然。

 巨大なトラックが暴走しながら、突っ込んでくる。

 トラックはドゥルム・ジョーへと目掛けて、走ってきた。彼は脚を負傷している為に立ち上がれない……。


 どしゃりっ。


 探偵という職業である事を明かした男は、トラックに頭を踏み潰されて死亡する。

 彼が生み出して、グリーン・ドレスの喉を喰い破ろうとしていた翅を持った巨大なノミ型の生物が地面に転がり、そのままサラサラと空気へと粉状に溶けていく。


「なんだあ?」

 グリーン・ドレスは完全に困惑していた。


 ウォーター・ハウスが敵の死体へと近付いていく。


「何か、おかしいな。奇妙だ。まるで…………」

 ウォーターは首をひねる。


「口封じの為に殺されたって感じだ。……もしくは、単に用済みになったから、始末してやったって感じだ。おい、ドレス、見ろよ。トラックの中をっ!」

 

 トラックの運転手は、両手首と、下顎から上が無くなっていた。何かによって、喰い破られている。


 そして。

 トラックの積み荷から、ガスの臭いが漂ってきていた。


 トラックは周辺の者達を巻き込んで、盛大に爆発した。

 カフェテラスの辺りが炎上していく。



「グリーン・ドレス。貴方はこの私が始末させて貰うわっ!」

 ビルの頂上から、スコープを手にしていた魔女ラジスは、自身の挑発が成功した事を喜んでいた。あの探偵の男は、多少、自分とロジアの情報を知っていた。おそらく平気で命乞いするタイプだ。拷問されて、情報を吐かれる前に始末する必要があった。

 

「おそらく、メリュジーヌでみな、一気に決着を付ける決心を行っているみたいですよ。どうやら、猟奇殺人鬼であるガローム・ボイスが釈放されたらしいですし、それに、ヴァシーレもこの国にいるみたいです。ムルド・ヴァンスの方はどうか知りませんが」


 ロジアは医療器具の入ったバッグを手にしながら、魔女の隣に立っていた。

 燃え立つカフェを見ながら、二人は暴君達との決着を付ける事を決意していた。



 ……ドゥルム・ジョーをあっさり始末したか。しかし、なんだ? あのトラック? ……そうか。魔女とロジアかあ?

 べりっ、と、ヴァシーレは、精巧に作られた変装用の仮面を剥がそうとする。映画などの特殊メイクに使う奴だ。この仮面を被っていれば、別人に変装する事が出来る。能力で顔は変えられない為に、ヴァシーレが自然と身に付ける事になった技術だ。


 隣のカフェテラスから、ヴァシーレは双眼鏡で、ウォーター・ハウス達を観察していた。おそらく、ウォーター・ハウス達の事だから、自分が此処で観察している事にも気付いているのかもしれない。だが、今回はあくまで観察するだけだ。


 粉雪がテーブルの上に舞い降りていた。

 もう春だ。

 暖かい日差しが差し込んでいる。


「なんだあ?」

 彼は首を傾げた。


 何か奇妙だ。変だ。ヴァシーレは空を見る。太陽が燦々と輝いている。

 ヴァシーレは立ち上がる。

 そして、河の辺りを見ていた。


 流氷のようなものが、漂っている。

 その中に、死体のようなものがぷかぷかと浮かんでいた。


 警官らしき制服を着ている。

 ヴァシーレが見る限り、どうやら……。

 その男は、凍死しているみたいだった。


「今、気温13℃だぞ…………?」

 夜は寒い筈だが……、凍死する程のものなのか……?



 何か知らないが、トラックが爆発してくれたのは、とても助かる事だった。

 グリーン・ドレスは爆発による、炎のエネルギーを吸収しながら、そのままウォーター・ハウスを抱き抱えると、途中、ラトゥーラとシンディ、それからカフェにおいていた荷物を片っ端から拾っていく。


 殺人事件が起こった事に対して、ドサクサに紛れて、逃げる事が出来る。もっとも、住民達の何名かは突然のガス爆発によって、負傷しているみたいだが。やがて、すぐに救急車も到着するだろう。


「さてよ。どうする? こっから?」

「ああ。既に、何名かの敵に取り囲まれている。此方を観察しているみたいだが、あのドゥルム・ジョーと名乗った男は、どうやら、俺達の反応を見る為の捨て駒に使われたみたいだな。本人は気付いていなかったみたいだが…………」

 ラトゥーラとシンディは不安そうな顔で、ウォーターの顔を見ていた。


「やっぱり、敵は僕達を徹底的に殺したいみたいなんですね……っ!」

「ああ。このメリュジーヌの街にて、敵は一気に攻め込んでくるみたいだ。きっと、ヴァシーレもどっかで俺達を観察しているぜ」

「で、どうするよ?」

「ひとまず、隠れよう。この街の何処かに。あるいは、この国の何処かに。此方から、敵の動きを見ておきたいんだ」

「分かった。さてと、何処に隠れる?」

「……今、考えている。取り敢えず、そのまま飛び続けて、あのカフェテラスから離れるぞ。はあ、無銭飲食になってしまった。また行きたいカフェだったのに、心象を悪くしてしまった……」

「処でさあぁー。あなた達、すげーぇ重いんだけどなあああぁ」

 グリーン・ドレスは不機嫌そうに言う。……車でさえ軽く片手で持ち上げられるのに。


To be continued

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