第十四夜 メリュジーヌのカフェにて。 1
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メリュジーヌの南部。
昼下がりだ。
四名はカフェテラスにいた。
近くには美しい河が流れている。
エメラルド・グリーンが太陽の光を反射している。
午後の日差しがとても眩く、暖かい。
「コーヒー四つ」
ウォーター・ハウスはカフェの店員に告げる。
四人が座っているのは、外のテラス席。
此処は隣接している河の見晴らしがよく、街路樹の美しい外観をよく眺める事が出来た。
「此処は結構なコーヒー大国らしいぜ。よく飲まれている」
しばらくして、四人分のコーヒーが運ばれてくる。
ウォーター・ハウスは砂糖をドボドボと垂らしていく。そして、ティースプーンでかき混ぜる。
「しかし、ざっくり休憩出来ないものかな。敵は四六時中、狙ってくるつもりだろうからなあ」
そう言いながら、ウォーター・ハウスはコーヒーを啜る。
そして、フリーで貸出している新聞を眼にしていた。
クロスワードの欄がある。
他にも水平思考ゲームの事が新聞に書かれていた。
「『うみがめのスープ』っていう、水平思考ゲームのクイズ、有名なのか?」
彼はそんな事を呟いた。そしてサンドイッチを四つ程、店員に頼んだ。グリーン・ドレスはハンバーガーを追加注文する。卵焼きに、黒胡椒がふんだんにまぶされた大きなベーコンが挟まれている奴だ。
「うみがめのスープですか?」
ラトゥーラは相槌を打つ。
「有名なクイズだよ。ある時、男がレストランに行って、うみがめのスープを頼んだ次の日に男は自殺しました。それは何故でしょう? って奴だ。それを出題者に対して、質問者が色々聞いていくんだが、答えは男は元船の乗組員で仲間から死んだ人間の肉をうみがめのスープと偽られて食べさせられた。実際のうみがめのスープをレストランで確かめてみて、味が違ったから、あの時に食べたものは人の肉だった、って話だ」
「それ、クイズなんですか?」
「クイズだなあ。世界中で愛されているみたいだぜ」
「悪趣味な内容に聞こえますよ……」
「そんな事、俺に言われてもなあ」
そんなものは、パズルの問題なのだから、深く考えるだけ無駄なものなのかもしれない。……しかし、禁忌に触れて自殺するなんて事は人間にはよくあるのだろうか……?
「人肉喰ったくらいで人間って自殺するのかよ?」
グリーン・ドレスは、肉が大盛りのハンバーガーを口にしながら言った。彼女は肉汁を口元にティッシュを当てて拭う。
「ほら、精神的に嫌じゃないですか」
シンディが口を挟む。
ウォーター・ハウスがテーブルを指先でトントンと叩いていた。
敵が接近している事に気付いた、という合図だ。
雑談を続けろ、自然に振舞え、というメッセージも含まれている。
他の三人も合図で返す。
「カニバリズムってなあ。人間がもっとも禁忌(タブー)にしているものの一つだからな。人殺しよりもタブー視されているという説もある。同時に、食糧難になれば、人間は人間の肉を喰うからなあ。露店で自然に売りさばいていたって話も有名だ」
「味って、どうなのよお? やっぱり、牛や豚食べていたら、牛や豚のような味するの? 豚の味に近いって、どっかで聞いた事あるぜ」
グリーン・ドレスは二個目のハンバーガーを追加注文する。ついでにポテトも。
「黒人の肉が美味しいって聞いた事があるぜ。シンディ、お前、どう思う?」
「私は個人的には豚さんも苦手な時あるんです。なんか太りそうで」
「はあん。やっぱり、食事にカロリーとか気になるの?」
「人の肉のカロリーってどれくらいなんでしょうか?」
「そんな事よりも、現代人なんてどんな病気を患っているか分からないぜ。ペスト、HIV、赤痢、癌、何を抱えているか分からないだろ。そうでなくても、科学薬品塗れの食事ばかり口にしている。ろくでもない味だろ」
そう言いながら、ウォーター・ハウスはケチャップやマスタードの成分表を三人に見せていく。
「処でさあ。人間喰った、クマとか豚とか、アナコンダとかって食べたら、カニバリズムになるのかよ?」
グリーン・ドレスは砂糖をふんだんに入れたコーヒーを飲み干した後に、楽しそうに話に乗っかっていく。
「消化されているかどうかが問題ですかね? まだ胃の中に未消化の人が人体が入っていたら……」
「ならさ、こんな事も言えるなあぁ。肥料として作物育てる為に、人間埋めるじゃん? 人間、堆肥にして育てた野菜とか果物って、結局、カニバリズムなの?」
ドレスは、大盛りのポテトにケチャップをぶち撒けていく。
「それを延々と考えていくと、人間ってものは、間接的に人喰いを行っている事になるな。土葬などすれば、人体は自然に帰るからな。食物連鎖って奴だな」
ウォーター・ハウスは、そうまとめた。
ラトゥーラは、何で、この人達は食事をしながら、食人の話を大真面目に出来るのか少しだけ理解に苦しんでいた。
ウォーター・ハウスはコーヒーをもう一杯注文する。
大通りの辺りで悲鳴が上がった。
「なんだ? 一体」
彼は新聞を手にしながら、クロスワード・パズルを埋めていた。
「なんでも、殺人事件が起きたそうですよ」
少し中年の店員の女性が話し掛けてくる。
「そうか。殺人か。この辺りではよくあるのか?」
「いいえ。……でも、お客さん、もし興味があるんなら、見てこれば宜しいんじゃないですか? 私はとてもそんな肝が据わってませんがね」
「余り興味無いな。死体は見慣れている」
ウォーター・ハウスは真顔で言う。そして、クロスワードの一つの問題を解いてペンで書き込んでいく。
「面白い事を言う方ですね」
そう言うと、店員は、ウォーター・ハウスにコーヒーを出す。
ごとり、と。
何かが、転がってきた。
店員の女性は悲鳴を上げる。
どうやら、男性客の一人がナイフで喉を掻っ切られていたみたいだった。その死体は、ウォーター・ハウスのすぐ傍に転がっている。
「なんだ? おいおい?」
ウォーター・ハウスは冷静な顔で、コーヒーを口にする。
「あ、あ、あの、ウォーターさん…………」
ラトゥーラが震えた声で呟いた。
「なんだ? ラトゥーラ。死体くらいどうって事ないだろ。コーヒーブレイクを続けるぞ」
ウォーター・ハウスはコーヒーを半分くらいまで飲んだ後、テーブルの上に置く。
ラトゥーラの右手には血の付いたナイフが握られていた。
「いつの間にか…………、僕の手に、こんなものが…………」
ラトゥーラは泣きそうな顔で震えていた。
人々が四人の周りに集まってくる。
「人殺しだーっ!!!!!!!!!!」
背広を着た男性が叫んだ。
その声に合わせて、他の客達も狂乱状態になって騒いでいた。警察に電話する者もいた。
「ど、ど、どうしよう、僕…………、なんで、やったのか分からない……っ!」
ラトゥーラは半泣きだった。
「落ち着けよ……。身に覚えは? 間違えて、石でコケたりして、客の喉でも裂いたか?」
ウォーター・ハウスはコーヒーの残りを飲み干す。
「そんな記憶は無いです。でも、僕が……これを手にしていたから、記憶は無いけど……、僕が人を殺したんだ…………、無関係な知らない人を……」
ラトゥーラは半ばパニック状態に陥っていた。
彼の右手は血塗れだった。
この状況は、どう見ても、ラトゥーラが殺人を犯したようにしか見えなかった……。辺りの観衆達は叫んでいる。
グリーン・ドレスとシンディは席から立ち上がる。
「何か知らないけどな」
「敵の攻撃ですね」
「ああ、私達を挑発してやがる。ふざけやがってっ!」
グリーン・ドレスは指先から松明のような炎を生み出していく。
「ハンバーガー、食べ忘れているぜ。二人共。ラトゥーラもだ。食べて、トイレも借りて、金払って出発するぜ。俺達にはまったく何も関係無いんだからな。出来ればな、ケーキセットも喰って、この店を出たい。ブルーベリーの乗っている奴が食べたいからな」
ウォーター・ハウスはまるで動じる事なく告げた。
遠くでパトカーのサイレンが鳴り始める。
殺人事件が発生したとの事で、さっそく近くを巡回していた警官達がやってきたのだろう。
ラトゥーラは放心したような状態だった。
ウォーター・ハウスは、この状況をどう切り抜けるべきか少し考える。
「ミステリーってわけだなあ? おい。何かされたな、ラトゥーラ。敵の攻撃を見破るぜ」
暴君は、淡々と告げるのだった。
彼はナプキンで口元を拭う。
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