第十三夜 巨大建築の街、メリュジーヌの高速道路


 オロボンに滞在していたホテルを出発して、3時間が経過した。

 今は午後1時を少し過ぎたという処か。

 途中、途中のパーキング・エリアで休みを取りながら、ウォーター・ハウスとグリーン・ドレス、そしてシンディの三名は眠りこけていた。


「あの……、本当にみなさん、僕、こき使ってますよね……」

 ラトゥーラは車を運転しながら、溜め息を付いた。

 なるべく渋滞に巻き込まれたくない。


「あとなあ。ラトゥーラ、尾行、追跡されているからなあ」

 ウォーター・ハウスは助手席でアイマスクを被りながら、そんな事を呟いた。


「えっ……!?」

「ずっと、尾行されている。ドレスのサーチ・アイにも引っ掛からない。思えば、こいつはドモヴォーイからずっとだ。列車丸ごと、植物で喰い潰そうとした奴の影に隠れてな。情報を俺達に渡しているが、何か妙なんだよ。……こいつは、付かず離れずの距離を維持してやがる…………」

 そう、ウォーター・ハウスは淡々と説明していく。


「私の能力にも引っ掛かりません…………」

 そう、シンディが言った。

 彼女も探知能力がある。敵の悪意や敵愾心を探知、察知出来る蝶型の生物を生み出す事が可能なのだ。


「しかし。もうすぐ、オロボンの国境を超えるが。地図の辺りでは、次の国は『メリュジーヌ』という場所だな。昔は西と東に分かれていたらしい」

 そう言いながら、ウォーター・ハウスは地図を手にしていた。

 

「そうなんですか」

「政治問題は分からないが。領土関係だろうな。それにしても、尾行している奴、そろそろ、始末しておきたいな。だが……襲ってこない。俺達の情報を渡し続けているのか。……泳がせておいたが、いい加減に鬱陶しいな」

「あの、ウォーター・ハウスさん」

 シンディが言う。


「なんだ?」

「此処から、数百メートル先。私達に強い敵意を向けてきている人物がいます」

「そうか。敵か?」

「そうだと思います。…………、ただ、その人物も此方を窺っているみたいです」


 シンディの能力で探知して貰っているが、港町を出てから、ずっと彼女には探知して貰っている。ショッピングに行くにしろ、ホテルに泊まるにしろ、彼女の能力には頼っている。MD中にマフィアの構成員がいるのだ。構成員に協力している者達も。なので、自分達に悪意や敵意のある人物は、事前にシンディの能力で察知させている。


「単なる、下っ端なんじゃあないのか?」

「それにしては…………、私達に対する、明確な殺意を感じますよ……」

「そうか。…………、どちらから始末してやろうか…………」

「どっちみち、このまま、高速道路に入って、国境は超えますね」

 ラトゥーラが言う。

 ウォーター・ハウスとシンディは頷く。グリーン・ドレスはイビキをかいて眠っていた。


「ラッキーだぜ。オロボンとメリュジーヌの国境越えには入国審査は無いそうだ。同盟国らしいからな」


 ラトゥーラとシンディには、パスポートがある。

 ウォーター・ハウスとグリーン・ドレスの場合は偽造パスポートだが、今の処、国境越えの際に、出入国審査員から何か言われた試しは無い。


「シンディ。話を聞くと、オロボンとメリュジーヌの国境の辺りで、敵は俺達を迎え撃つように思えるんだが」

 信号が赤になる。

 車は停車する。


「敵は匂いで私達を追跡してきているぜ」

 グリーン・ドレスは大欠伸をしながら起き上がる。


「多分、港町辺りからだな。私達の体臭とか、そういったもので追跡してきてやがる。オロボンのホテルの奴は匂いを媒介にしてきたよなあ? 多分、こいつもだ。だから、私のサーチ・アイにもシンディの能力にも、引っ掛からねぇ。こいつも変態だ。私達の臭いを遠くから嗅ぐのが好きなのさ。だから、悪意とか敵意とか殺意、っていうものにも、引っ掛からねぇ。そして、じろじろ監視するのが趣味の異常者なんだろうよ」

 ドレスは、心底、気持ち悪そうに言った。


「成る程……、臭い、体臭か…………」

 ウォーター・ハウスは顎に手を置く。


「そして。俺の予想では、こいつは俺達に情報を伝えるだけでなく、独自の攻撃方法も持っている可能性が高いな。そうだな、俺に考えがある」

 彼は顎に手を置いて、微笑した。


「罠に嵌めてやろう。メリュジーヌに辿り着いてからやるぞ」



 四名はオロボンとメリュジーヌを挟む、国境に辿り着く。


「此処が国境だな。此処から先は、メリュジーヌか」

 メリュジーヌの高速道路(アウトバーン)は長い。

 そこから、街まで車で向かう事になる。


「ぴったりと、後ろに着いてきています」

 シンディが言う。


 四名の乗っている車を後ろから追跡している車だ。


「ラトゥーラ。一応、速度を上げろ。この国のアウトバーンは速度制限が無いそうだぜ。限界ギリギリまで突っ走れ」

 ウォーター・ハウスはラトゥーラの脚を踏んで、ギアチェンジを行う。

 時速100キロを超え始める。


「え、ええっ!?」

「カーチェイスにならねぇといいな!」

 ウォーターは、バックミラーを見ていた。

 確かに、後ろの車も速度を上げて、こちらの車に張り付いてきている。


「どうする? 私が焼き払うか?」

 グリーン・ドレスが訊ねる。


「それもいいかもしれないが。敵の能力を見極めておきたい。思わぬ、反撃を喰らいたくないからな」

 ウォーター・ハウスは後ろにいる車の動向から目を離さない。


 背後にいる敵らしき者の乗った車は、ぴったりと横に張り付いてきた。

 窓ガラスが開けられる。


「よおぉ。ウォーター・ハウス。……ボジャノーイで会った以来だなあ?」

 高めの声が聞こえた。


 黒髪に金色のメッシュを入れた、ショートボブの髪型が覗く。


「お前は、ヴァシーレ? 俺の腹を奪った奴と一緒にいるのか!?」

 ウォーター・ハウスは思わず、声が裏返る。


「俺一人だぜ。俺とムルドは、メリュジーヌの東辺りに拠点を構えている。で、ちょっと、この俺はテメェらに忠告しに来たんだ」

 ヴァシーレは嘲け笑いを浮かべる。


「忠告だと?」


「ああ。連合(ファミリー)から、テメェらに賞金が掛けられているって話は聞いている筈だろ? で、俺達は連携は取れてねぇ。それもテメェらはとっくに気が付いている筈だ。だからよおぉ、俺はテメェらに情報提供をしようと思ってよおぉ」

 男にも女にも変身出来る、両性具有の能力者ヴァシーレは、含み笑いを浮かべていた。


「信用出来んな。俺達を今、此処で全員、始末したいんじゃないか?」

「…………、ザゴルム、ぶっ殺したそうじゃねーか。ひひっ、俺は奴は大嫌いだったが。一応、昔からの知り合いだった。ちょっぴり、思う処があってなあ。メリュジーヌの東から、ワザワザ、飛行機乗って、此処まで先回りしてきたんだぜ? なあ、テメェらの首は俺とムルドが取りたい。だから、テメェらに俺が知っている範囲。教えられる範囲で、情報提供をしてやろうと思ってなあぁ?」

 ヴァシーは心なしか、楽しそうだった。

 ダンス・ミュージックのようなものが、ヴァシーの車の中から流れている。


「ほう、聞こうか?」


「ボジャノーイから、テメェらを追跡している奴は、ドゥルム・ジョーっていう変態だ。人間の体臭を覚えて追跡するんだとよ。奴も賞金を一人占めしたいタイプだ。御存知だろうが、俺達は既に、金の事で揉めている。だから、競争になっているんだよ。ドゥルム・ジョーは色々な奴らに、テメェらの居場所を教えて小銭を稼いでいるらしいが。奴は、メリュジーヌの南辺りで、テメェらを始末しに向かうそうだぜ」


「ほう? 詳しい能力は? 臭いの追跡だけじゃないんだろ?」


「だろうな。この俺も知らない。暗殺チームは、色々な連中を集めて選抜されたが。俺達は基本、仲が悪い。連携を取るつもりも無いな。だから、競い合っている。なあ、ウォーター・ハウス。ああ、そうだ。俺とムルドが、テメェの腹を奪ったから、テメェの大体の居場所はいつでも分かるんだぜ。だから、あの臭いフェチの変態に頼ってねぇーんだ」

 そんな事を、ヴァシーは親切にも教えてくれた。

 ウォーター・ハウスはふん、と鼻を鳴らす。


「他には?」


「魔女ラジスと医者のロジア。その二人も、テメェらをメリュジーヌで迎え撃つつもりらしいな。……いや、本当は、オロボンで襲撃するつもりだったらしいが。どうやら、予定が変わっちまったらしい。詳しい事情は知らねぇ。…………」

 ヴァシーはチューイン・ガムを取り出して、くちゃくちゃと噛み始める。


「それだけか?」

 ウォーター・ハウスは、窓から手を出して、払い除けるような仕草をする。


「そうだな。最後に一つ。メリュジーヌってさあ。300人以上猟奇的に殺した男がいんだよぉ。ギフトとして、能力者になる前にそんだけ殺ってんだぜ。大異常な奴だよ。そいつ、刑務所(ムショ)にブチ込まれて、絞首刑になりそうだったんだな。奴ぁー、子供、生きたままバラして冷蔵庫に入れて、喰ってさあー。尻から出したんだってよお。それから、頭蓋骨とか生きたまま切開とかしていたらしい。当時、新聞でさあ、スゲェ、ショッキングに報道されたんだぜぇ? 連合(ファミリー)は、そんな男を拾った。その男の名はガローム・ボイス。そいつが、テメェらを狙っているそうだぜ。そいつも、メリュジーヌで、テメェらを迎え撃つそうだ」


 そう言うと、ヴァシーレは、新聞の切れ橋を、ウォーター・ハウス達の乗った車に向けて投げ付けた。開けた窓の隙間に切れ端が入り込んでくる。国家を震撼させた切り裂き魔、といった見出しが書かれていた。


「ガローム・ボイスの能力の正体は知らないが……。無差別攻撃だって聞いている。被害数は酷ぇ事になるだろうな。マフィアのファミリーはそれを容認しているそうだぜ。民間人にどれだけ被害者が出ても構わないみてぇだ」

 そう言いながら、ヴァシーは小さく溜め息を吐く。


「じゃあ。俺はそろそろ、先に向かうぜ。テメェらの首取るのは、俺とムルドだからなあ。情報は教えてやったぜー」

「そうか。ありがとうよ、それからお前も変態の異常者だろ」

 ウォーター・ハウスは腕組みをして、冷たく告げる。


「…………、やっぱ、俺もこの国で、テメェらぶっ殺してやるよ。ええっ? 先回りして待ってやがるからなっ!」

 そう言うと、ヴァシーレは車の速度を上げて、四人の車の先頭を走っていく。


「何だったの? あいつ? ツンデレなのかよ?」

 グリーン・ドレスは首をひねる。

 本当に読めない奴だ。一体、何がしたいのか。

 ムルドの能力の情報も、少しだけだが、此方に提供してきた……。


「気まぐれな性格なんだろう。俺もそうだ。分かるよ」

 そう言うと、ウォーター・ハウスは新聞の切れ端を手にする。


 殺人鬼ガローム・ボイス。

 メリュジーヌ中を震撼させた大量殺人犯だ。


「どうします? ウォーター・ハウスさん?」

 ラトゥーラは不安げに訊ねる。


「取り敢えず、アウトバーンが終わったら、コーヒー・ショップに行こう。このままだと、夕食になるのかな?」


 太陽が燦々と照り付けている。

 途中、途中には、お城のような建築物が並んでいる。歴史ある街並みだ。美しい河が流れている。河は太陽の光を反射して、エメラルド・グリーンの色彩が映えて、宝玉のように煌めいていた。

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