第十一夜 ザゴルムの『ライフ・イズ・ピーチィ』 3


「ドレス。敵の暗殺方法だとか、能力の謎は全て俺が解く。お前はとにかく敵の攻撃を受けないようにするんだ」

 彼は相方の話を聞きながら、推理していった。


 グリーン・ドレスから地下のバーに入ると、死体が大量に転がっている事を説明される。


「成る程。その死体ってのは全部、ちゃんと死んでいるのかな? ……生きている奴はいないのか? 死体はまだ死後硬直が始まる前だから、温かいよな?」

 彼は状況を聞きながら、分析していく。


「分かった。ドレス、率直に言うぞ。………、死体を焼け。一つ残らずだ!」

 ウォーター・ハウスは淡々と告げた。


「……ああ。どういう事かって? 可能性は全部、潰す。死体に偽装しているかもしれない。死体が犯人かもしれないからな」

 そして、彼はホテルのドアの一つ一つを蹴破って、中を覗く事にした。

 彼の推理が的中しているならば、ラトゥーラ達は、あの場所に監禁されている筈だ。



「やはりな」

 彼はホテルの部屋をブチ破っていき、冷蔵庫の中を一つ一つ開いていく。

 元々、このホテルの冷蔵庫は大きめに作られている。少なくとも、中身を全て取り出せば、子供一人分くらいを隠せる程度には大きかった。


 ラトゥーラとシンディが泊まっていた部屋。

 その二つ先の部屋の冷蔵庫だった。


 まず、ラトゥーラが六歳児くらいの姿で収納されていた。彼は全身に氷の袋を束のように押し付けられていた。

 

「大丈夫か?」」

 おそらく、気絶させられている。

 ウォーター・ハウスは生命力を活性化される菌を増殖させる事によって、衰弱しているラトゥーラの治療を行っていく。


「シンディは別の部屋の冷蔵庫の中にいるな。見つけ出す。必ず!」



 グリーン・ドレスは転がっている幼児化した死体を片っ端から炎を浴びせていった。部屋中に炎の熱が舞い上がっていく。死体は焼け焦げていく。


 死体の一つが炎に焼かれて、いきなり起き上がりだした。


「なあああああああっ!?」

 明らかに死体に偽装しており、生きた人間だった。

 そして、六歳程度に幼児化していたが、見る見るうちに大人へと変わっていく。しかも、醜い姿の痩せ細った老人の姿だった。


「テメェ、敵だろ? っていうか、この惨状を巻き起こした奴だな?」

 グリーン・ドレスは指先を拳銃のポーズにして、火に包まれている男を指差す。


「あ、ひひぃ? 何を言っているのかっ! た、助けてくださいぃっ! いきなり、変な男に襲われてっ! 気付いたら、ああ、火を消してっ!」

「ふーん」

 

 炎の熱でスプリンクラーが作動して、バーの中に大量の水が注がれていく。

 炎に包まれた男は、必死でそれを消そうとしていた。


「加減してやったぜ。今から病院に行けば助かるよ」

 グリーン・ドレスは棒読みで言う。

 そして、醜い老人の顔をまじまじと眺めながら言った。


「で。お前、名前、なんだっけ? 名前言えるかあ? 身分は?」

 彼女は冷ややかに言う。


「わ、わたくしめは、旅人でして。隣国である、ザンドマンの国から此処にやってきました。観光を…………」

「ふーん。あっそー」


 グリーン・ドレスはその醜悪な顔の老人をブン殴った。

 老人は勢いよく地面に倒れる。歯がべきべきに折れて、老人は歯を吐き出す。


「そのさあ。なんで、旅人が、ホテルのボーイの制服着て、死体のフリしているのかよって事だよ。テメェ、この私、絶対に頭が悪いって馬鹿にしているだろ? なあぁ? おい? なんなら、あれか? テメェは囮にされていて、幼児化させられた後にブカブカのボーイの服着せられて死体に偽装させられていたって事かあ? 後、テメェが死を偽装する時に使った頭の傷。これ、特殊メイクじゃあねえぇのか?」

 グリーン・ドレスは膝蹴りを、老人の腹に叩き込む。


 老人は地面に転がる。


「喋って貰うぜ。ラトゥーラとシンディの居場所」

「ああ。…………何をおっしゃっているのか…………」


 電話が掛かってきた。

 ドレスはスマートフォンを手にする。


<おい。ラトゥーラもシンディも見つけた。シンディの方は本当にやばかったな。冷蔵庫の中で凍死しそうになっていた。かなり衰弱している。ドレス、敵はお前のサーチ・アイの体温察知を掻い潜る為に、わざわざ、この二人の全身に念入りに氷まで巻き付けていたんだぜ>

「そうか。私は敵を発見した。あなたの言う通り、死体に偽装していた」

 そう言うと、彼女はスマホをポケットにしまう。


「なあ。まだ言い逃れしようってのかあ? 眼付きで分かるんだよ。テメェ、かなり人を殺している人間の眼付きだよなあぁ? タダの旅人がそうなわけねぇだろ。勿論、ホテルの従業員でもねぇ。テメェは敵だ。この惨状を生み出したな。さて、人質も見つかった事だし、さっさと始末させて貰うぜ。くたばりな、変態の豚野郎っ!」

 そう言うと、グリーン・ドレスは今度は本気の火球を生み出していく。


 老人は観念したような顔になる。

 そして、歯を剥き出しにして、醜悪な嗤いを浮かべ始めた。


「けけけけけけっけっ、かかかかっかっかかっかっ、ワシの名はザゴルム。グリーン・ドレス、ワシは死なん。死ぬのはテメェらじゃああああ。けけっけけっ」

 醜悪な顔の老人、……ザゴルムの痩せ細った肉体が変形していく。

 彼の全身は硬化していった。

 老人とは思えない、発達した筋肉に変わっていく。

 年相応には思えない、かなり屈強な体躯へとなっていた。


「けきゃあ、ワシはお主らと同じように、能力者となって身体能力も飛躍的に向上したクチよ。素の殴り合いで人間を挽き肉にする事だって出来るぞぉ!」

 ザゴルムは柱の一部に触れる。

 鉄の柱をスポンジみたいに掴み取った。


 はあっ、と、グリーン・ドレスは、わざとらしく溜め息を吐く。


「テメェは串刺し刑にしてやるよ。シシケバブのようにっ!」

 そう言うと、彼女は炎の剣を作り出す。


 ザゴルムはドレスへと突進しようと拳を振り上げる。

 グリーン・ドレスは迎え撃つ。


 ザゴルムは天井へと跳躍した。

 そして、天井へ拳で孔を開ける。


 そして、上の階へと逃げていく。


「……しまったっ!?」

 彼女は呆気に取られていた。


 間違いなく、ラトゥーラ達を人質に取るだろう。

 そして、今やウォーター・ハウスは子供と化している。それ相応に彼の身体能力も著しく落ちている筈だ。


「逃げやがって、クソ野郎がああああっ! 串焼きの焼死体になりやがれっ! あああああああっ!」

 彼女は怒り狂いながら、逃げた天井の孔へと追跡を試みる。



ウォーター・ハウスは、ラトゥーラとシンディの二人を毛布で包んでいた。


 ドアがぶち破られる。


「ばああああああああああっ! ひゃははは、けけっけけっ、暴君~。ワシの『ライフ・イズ・ピーチィ』の味はどうじゃあぁ? 素晴らしい人生を送っているかのうぉおぉ?」

 筋骨隆々の醜い顔の老人が現れる。

 彼は腕にパイプをへし折って作った鉄の棒を手にしていた。先が鋭利に尖っている。


「ああ。一応、名前は覚えておいてやる。お前はなんだっけ?」

 今や、ウォーター・ハウスの年齢は八歳児程度だった。

「ワシの名はザゴルム。お主を最大限の六歳児程度まで戻してぇ、いたぶってやるうううぅうぅ!」

 そう言うと、彼は懐からポプリの入ったガラス玉を取り出して、それを地面に向けて叩き付ける。香りが漂ってくる。彼はエアコンのスイッチを付ける。冷房から出る風によって、匂いが部屋全体に充満していく。


 ウォーター・ハウスの身長がまた縮む。


「ああ、そうそう」

 ウォーターは極めて冷静に言った。


「観葉植物を粉末状にして、この部屋にはトラップとして仕掛けている。二人を隠した後、いつでも人質にする為にな、お前は、きっとやってくるだろうと考えていたからな」


 ザゴルムは突然、酷い悪寒に襲われる。

 そして、いきなり呼吸困難に陥っていく。


「お前の能力がヒントになったんだぞ? 能力を解除しろ。命だけは助けてやる。この辺り一帯に神経毒へと変えた観葉植物を粉末にして漂わせているんだ。勿論、ラトゥーラ達には解毒剤を飲んで貰っている。苦しむのはお前だけだ」

 彼は冷たい眼差しで、のたうち回るザゴルムを見ていた。


「いいいいぎいぎいぎぃ、の、の、能力は解除、しない…………。お主はワシの手によって、くびり殺されるんだからのうっ!」

 ザゴルムは吐瀉物を吐き出す。


「ふん。最後のチャンスをくれてやったんだがな。だが、もう遅いぜ」

 ウォーター・ハウスはベッドの上に座り込む。


 ザゴルムを追跡して、一人の女が現れた。

 全身に炎を纏ったグリーン・ドレスだった。

 彼女は両腕に炎を纏っている。


「覚悟はいいか? テメェ、ガキ共の肛門、散々、凌辱してきたんだろぉ? この私はテメェを裁いてやるぜぇ!」


 グリーン・ドレスは床を蹴り飛ばして、一気に間合いを詰める。


「地獄に落ちやがれっ! この腐れペド野郎がああああああああああっ!」

 炎の拳によって、ザゴルムの右頬をブン殴る。

 その後、左頬、右胸、腹、左胸、脇腹、左腕、下顎、頭蓋、鳩尾、再び右頬、左頬が殴られる。ザゴルムの全身は殴られる度に炎に包まれていく。


「はぎゃばあああああああばばああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!」

 ザゴルムの肉体は吹っ飛ばされ、窓ガラスを叩き割って、ビルの十二階から落下していく。

 グリーン・ドレスは炎の槍を、ジャベリンのようにして、吹っ飛ばされていくザゴルムの肛門の辺りへと放り投げた。炎の槍は貫通して、ザゴルムの口から飛び出していく。


「やりぃーっ! 串刺し刑にしてやったぜっ!」

 彼女はガッツポーズを行った。


「ふう。そして」

 ウォーター・ハウスの身長が伸びていく。

 彼は纏っていた布切れをその途中で、腰に巻く。


「部屋に服を取りに行くぞ。どうやら、奴の能力は解除されたみたいだしな。それと」

 ウォーター・ハウスは慎重な顔になる。


「一応、死体を確認しに向かう。俺は服を着た後、向かうが。ドレス、お前はこっから飛び降りるか?」

「ああっ! すっきりしたから、私もゆっくり下に向かうわ」

 そう言うと、彼女は屈伸運動を始めた。



 ザゴルムの落下した場所は炎によって包まれていた。

 黒焦げの焼死体が転がっている。


 ウォーター・ハウスは注意深く、その黒焦げ死体を見ていた。


「確認したいんだが…………」

 彼は燃え続ける黒焦げ死体を見ながら、虚空に向かって訊ねる。


「……死体に偽装したり、フェイクの自分の死体を作るのが好きなのか? 貴様は……?」

 彼は懐から取り出した、蜘蛛を死体の近くへと放り投げる。

 すると、見る見るうちに、蜘蛛は縮んでいき、小蜘蛛へと変わっていく。

 特殊な匂いを嗅ぐ事によって子供へと変える『ライフ・イズ・ピーチィ』の能力は、まだ発動している。死体を確認しに来たウォーター・ハウス達に対して、トラップを張っていたのだ。


「そして。炭の痕が点々としているが、ザゴルムと言ったな。貴様、今、二階か三階にまで登っているな? 飛び降りて、俺を後ろから襲撃しようって魂胆が丸見えなんだが」

 ウォーター・ハウスは両手を広げる。


 彼に向かって何かが降り降ろされていく。

 それは大きめの鉈だった。動物でも解体するものだ。


 ウォーター・ハウスはそれを難なく、受け止める。


 全身、大火傷を負ってボロボロのザゴルムの姿があった。

 全身が火膨れで焼け爛れている。普通なら死んでもおかしくない重度の火傷だ。

 

「かかっかかっ、けけっけけっ、よくぞワシの攻撃を受け止めおったのぉぉおおっ!」

「お前は不死身か? グリーン・ドレスにあれだけブン殴られたのにな」

「もう、ワシに打つ手はねぇー! ウォーター・ハウスゥゥゥウゥゥウゥ! お主だけでも始末して、ワシは賞金を手に入れるううううううううううううううううううううっ!」

「はあ……。しょうがないな……」


 ウォーター・ハウスは掴んでいた鉈をへし折る。


「地獄でやってろよ」


 ウォーター・ハウスは、ザゴルムの顔を鷲掴みにする。

 暴君の腕から神経毒が直接、焼け爛れた顔の老人へと染み渡っていく。

「ぐぎゅぅ?」

 毒が老人の全身に染み渡っていき、ザゴルムの身体が麻痺していく。


「殺人ウイルスなんて撒き散らさなくても、俺は流石に敵を毒殺出来る毒を生成出来るぞ。だが、お前は念入りにぶっ殺してやった方が良さそうだな。どんだけ不死身なのか分からないからな」


 ウォーター・ハウスはザゴルムの下顎を膝蹴りで蹴り上げる。


「うごほぉ!?」

 ザゴルムの身体が浮く。


 ウォーター・ハウスは充分に毒を生成した両腕によって、ザゴルムの顔面を殴り続けた。ザゴルムの顔がみるみるうちに変形していく。歯がへし折られる、鼻が砕ける、顎の骨が砕ける。


 折った刃物でザゴルムの首に突き刺して、喉を引き裂いていく。ザゴルムの頭部と胴体は引き離されていった。


 ウォーター・ハウスは外れたザゴルムの頭をサッカー・ボールのように蹴り上げて、ダミーとして使っていた未だ炎によって燃え続ける焼死体の中へと放り込む。胴体から首を外されても、未だザゴルムは悲鳴を上げていた。だが、見る見るうちに彼の頭部は頭蓋骨ごと焼け溶けていく。


「さて。今日はもう休むか。褒めてやるよ、港町から向かって、襲ってきた奴らで、今までで一番、強敵だったぞ、お前」

 そして、彼は自らの腹を摩り、自嘲的に呟く。


「……ムルドとヴァシーレの二人を抜いてなんだがなあ」

 そう言いながら、彼はグリーン・ドレスの待つ自室へと戻る事にした。


To be continued

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