第十一夜 ザゴルムの『ライフ・イズ・ピーチィ』 2
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自分の方が影響は少ない。
ウォーター・ハウスが言うには、おそらく敵の変態性欲をそのまま反映させているのだろう。女よりも、男に効く。……だとすれば、真っ先に危険なのはラトゥーラだ。
……何処まで若返らせられる? まさか小さな赤ん坊くらいまでか?
グリーン・ドレスは、ラトゥーラ達のいるドアを開いた。
二人がいない……。
サーチ・アイで確認しても、この部屋には体温が無い。既にさらわれたか……。
「畜生が、絶対に見つけ出してやる。串刺しにしてやるよ。団子みたいにブッ刺してやるよ!」
そう言うと、彼女は手から炎の剣を出した。
「敵の謎の正体を解かないと……、畜生、私が敵だったら、とっくにあの二人を始末している。それとも、生け捕りにするのか?」
この敵は…………。
…………、強い。
†
……まだ、縮んでいるのか?
ウォーター・ハウスはバスルームに行って、自身の身体を確認する。
「敵が始末したいのは俺達の筈だ。ならば、二人を人質に取る筈。問題は何処に隠れているかって事だ」
敵は自身も子供に変身出来る可能性がある。
いや、そもそも、敵の姿が分からない。
なら、焙り出すしかない。
「問題はこの能力の射程距離だ。一つのフロア程度なのか? 一つのビル全体なのか? それともまさか、この辺りの周辺一帯なのか? それによって、敵の戦略は変わるんだろうがな」
確認しなければならない事は。
この敵の攻撃は無差別なのかどうか、という事だ。
おそらくは臭いを吸った者全てを指定する事が出来る。
彼は天井裏を調べる。
ネズミがいた。
ネズミが幼児の姿へと変わっていた。ぴくぴく、と動いている。
彼は部屋の隅を探っていく。
蛆が何匹か転がっている。おそらく、元々は蝿だったものだ。
「ふうむ…………」
彼は頷く。
彼は至って、冷静だった。
「そして、やはり……まずい事に、トラップを設置していやがったか」
ウォーター・ハウスは鼻を押さえながら、天井裏を見ていた。
ポプリが幾つも置かれている。
幼児化するガスを撒き散らしている媒体だ。
「下水道か……? 奴の射程距離を知る必要がある。……そして、こいつは単独なのか? もう一人がヴァシーレのように、自在に姿を消せる相方だったら非常にマズイ…………」
ウォーター・ハウスは今まで数えられない能力者との戦いを得てきた。
…………、その中で判断出来る、直感だが。
こいつは、一人でやって来ている。
それだけの自信を感じる。
ドレスはサーチ・アイで敵を探し続けている。
だが、群衆に紛れている奴を果たして見付けられるのか?
「それにしても。動物…………、昆虫にも適応するのか。昆虫の場合は触覚で臭いを感じ取っているらしいからなあ」
彼は部屋の片隅に置かれている観葉植物の鉢を見た。
「一応、臭いを嗅ぎわける事の出来る植物も存在するって聞くが。これは若返っていないな。新芽とかになっていない」
ウォーター・ハウスはそう一人事を呟いていくと、観葉植物に触れた。
「毒草に変えられるな。ドレスに持たせるか。それとも、トラップに使うか。……両方やるか?」
彼はそう呟きながら、観葉植物の葉を握り締めるのだった。
†
「幼児へと変わってやがるっ!」
グリーン・ドレスは眼を見開いて、このフロア内を確認する。12階だ。ホテルの清掃員の制服を着た少年が転がっていた。ブカブカの制服だ。能力を喰らったのだろう。清掃員は頭を撃ち抜かれて死亡している。死体が点々としていた。ホテルの従業員や観光客が幼児化して、みな頭を撃ち抜かれて死亡していた。
彼女は窓を開く。
冷たい夜風が温かい室内に入り込んでくる。
ウォーター・ハウスは部屋の中で、敵の能力の概要を調べる、と言っていた。
敵の謎を解かなければならない。
……一体、何処に潜んでいる?
……何処から攻撃している。
グリーン・ドレスは、窓から跳躍してホテルの外に出る。
そして、難なく着地する。
彼女はサーチ・アイで、片っ端から体温や熱を発するものを探していた。
……駄目だ。
ふと、気付く。
小さな熱を発している、何か、に。
すぐ傍にあるベンチの下に、ICレコーダーが転がっていた。
その道具には不自然な具合に“押せ”と書かれたメモが置かれていた。
何かのトラップなのだろうか?
グリーン・ドレスは考えずに、ICレコーダーを再生する。
<よぉーお、ワシの名はザゴルム。お主らを始末する為に選抜された暗殺者の一人じゃよ。しかしよぉー、理解出来ねぇぜ。暴君、炎の天使。おぬしらは大量殺人鬼なんじゃあろぉ? このワシがガキ二人を凌辱して嬲り殺してやった処でテメェらに一体、何の損があるってえんだよぉ? 気まぐれかあ? 気まぐれでマイヤーレをブッ潰そうとしているのかぁ?>
下品な老人の哄笑が響き渡っていく。
完全に挑発と……思考停止の為に、わざとこんなメッセージを残しているのだ。ドレスは怒りで、ICレコーダーを踏み潰す。
グリーン・ドレスはホテルの周辺にいるであろう、敵の姿を探していた。……そして、それよりも、重要な存在を探していた。
ホテルの外にいる者達……、彼らは若返っていない。
もし、敵が器用に標的を選別する事が出来るのでなければ、確認しなければならない事がある。
ドレスは拾った大きめのガラス玉を、ビニール袋から取り出す。
そして、通行人の近くにそれを投げ付けた。
ガラス玉は割れて、中に入っているポプリが飛び散っていく。
そして、割れた大きなガラス玉に困惑した通行人の男は、徐々に身体が縮んでいく。
やはり。
匂い。
匂いを媒介にして、この敵の若返らせる能力は射程距離を広げていっている。
「何処に隠れていやがるんだっ!? ゴキブリ野郎! 随分と潜むのが得意なようだなぁ!? ああっ!? 内臓ソーセージのように引きずり出して、ブチブチ踏み潰してやるよ!」
グリーン・ドレスは何とかして、敵の姿を発見しようとした。
港町で戦った狙撃手の男は高いビルから狙撃してきていた。……もしかすると、この敵の攻撃も、ある種の狙撃のようなものなのかもしれない。若返らせる能力を込めた匂いを発生させるものをスナイパー・ライフルのようなものによって送り込んでいるのだとすれば、……こちらに勝ち目が無いんじゃないのか?
†
自ら、子供や赤ん坊に変身して姿を変えているのかもしれない。
体型次第によっては、小さな通風孔などにも隠れられる筈だ。他にも下水道の中から襲撃しているという手段も考えられる。
「絶対に見つけ出して、始末してやるっ!」
ラトゥーラとシンディは無事だろうか。
……自分なら、その場で始末する。だが、死体が無い。……いや、敵の目的を考えれば、人質として使う方が遥かに有効なのではないのか?
「ラトゥーラとシンディを殺していたとすれば、……覚悟しておけよ」
ウォーター・ハウスは怒りに打ち震えた表情になっていた。
†
「首尾はどうなんだろうな?」
ムルドがソファーに深く腰掛けて、ワインを飲みながら言う。
「ムカ付く奴だが。ザゴルムは強いぜぇ。ひひっ、奴の『ライフ・イズ・ピーチィ』は中々、手強いだろうよ。ひひひっ、今頃、手柄を全部、横取りされてる処かもなぁ。あ、お前の『ジベット』で暴君の生死も確認出来るんだっけ?」
「ああ、そうだな。まだ奴はやられていない」
「ひひっ、時間の問題かもなぁ。あのクソジジイは、アルモーギの間抜けやジレスティアのような脳味噌スポンジのジャンキーとは違うって事だ。絶対にビジネスでミスをしねぇ。奴は一流の暗殺者だよ」
そう言いながら、ヴァシーレはカットされた無花果(イチジク)をフォークで刺してつまんでいく。
「先程、言った事なんだが。ヴァシーレ」
「なんだ? 俺はフリーの暗殺者の方が気楽だよ、組織に所属するなんざ、合わねぇえ。それに人には人の持ち分があるしなぁ」
ムルドはワインを一気に呷る。
そして、ヴァシーレの美しい姿態を眺めていた。
ヴァシーレは極めて有能な幹部になってくれるだろう。自分を支えてくれる筈だ。
ムルドはワインの瓶をもう一本、開ける。
「どうしても駄目か? 俺はお前を買っている」
「少し、話題を変えようか。…………、ひひっ、……ウチの家訓なんだ、フリーってのは」
「家訓…………?」
ヴァシーレはいつもの、ふざけた他人を小馬鹿にするような表情を止めて、真っ黒に淀んだ瞳に変わる。もしかすると、それがヴァシーという暗殺者の本質なのかもしれない……。
「ムルドよぉー。この俺は、くだらねー日常を送っている奴らが大嫌いなんだ。一般市民でスーツ着てカイシャ勤めしている奴らとかよぉ。…………、自分達が善人だと思い込んで、人を殺した事なんてねぇし。人を殺す人間の気持ちも理解出来ねぇし、そういった事件をニュースで見るのも、もう苦手ですって奴らに吐き気がするんだよぉ。自分達は先進国に生まれて、顔も見た事も無ぇ知らねぇー他人に汚いビジネスをさせて豊かさを享受している奴らがなあぁ。…………、クソ共は、自分達の手は汚さずに沢山の関係ない人間を間接的にぶっ殺している癖になああぁあああぁ。人間の死体が見たくないですって、悲惨な事件が見たくないです、って、何処までも“安全圏”にいる奴らがなあぁ。どっちが本当のクズなんだろうなあぁ?」
そう言いながら、この暗殺者は壁に背を持たれさせ、饒舌に話を続ける。
「銃火器売っている企業が販売しているパソコンとかスマホとか買ってさあ。自分達の使った金で、世界のどっかで戦争が起こって沢山の人間が殺し殺されても、自分達は無関係ですっていう奴らの顔に反吐を吐き付けてやりてえぇんだよなあぁ」
ヴァシーの父親は“賭博屋”と言ったか。
もしかすると、ヴァシーの父親の言っていた事をそのまま反芻させているのかもしれないなあ、と、ムルドは聞きながら、分析する。
「お前の父親は賭博の胴元だと言ったか……」
「ああ。俺は父さんを尊敬していたが、奴は恨みを買って殺された……。自分が最期まで“安全圏”の人間だと思ってやがったのさ、きっと……。今の話は、父さんの人生観でもあるんだけどなあぁ。俺の父親も組織に所属する事を嫌悪していた……。だからこそ、フリーで色々なギャンブルの元締めをやって稼いでいたんだが……。多分、組織に身を置いておいた方が、きっともっと早死にした。……そういうわけで、俺はフリーがいい。クソくだらねー奴らも嫌いだが、ムルド、テメェー、賭博だけでなく、武器製造や武器密輸がビジネスなんだろぉ? 俺はどっちも好きじゃねぇって事だな」
そう言いながら、ヴァシーレは指先でピストルを作り、自分の父親は拳銃でブチ殺された、と忌々しそうに告げた。
「だが、始末してやるぜ。ウォーター・ハウス達はなぁ。賞金は俺達のものだな」
ヴァシーレは笑っていなかった。
†
「くくっ、かかかかっ、奴らはこのワシを見つけられまいっ!」
ザゴルムは勝利を確信していた。
……絶対に、敵は自分を見つけられないという自信がある。
彼の能力で胎児にまで戻して、胎児を始末する、という事は不可能だ。せいぜい、六歳児程度までしか戻せない。なので、直々に始末しに行かなければならない。
「さて。直接、嬲り殺すか。それとも、此方でブチ殺してやるか。迷うのう!」
彼は、こきり、こきり、と指先を鳴らす。
彼は指の握力だけで、子供の頭部くらいフルーツを握り潰すようにグシャグシャに出来る。
幼児化した敵ならば、たとえ敵が能力者であったとしても一溜まりの無いだろう。
彼は懐から弾倉を取り出して、持っている拳銃に弾を込めていく。
拳銃を使えば、自身が怪力の持ち主だという事をこれで隠す事が出来る。
自分は“非力”だと思わせておくのは、とても得な事だった……。
†
「試してみるか? 俺は何処まで子供に若返るのか。胎児まで遡るっていうのなら、勝機は無い。グリーン・ドレスに任せてみるのもいいかもしれない。だが、胎児まで戻っている、動物や昆虫はいない。おそらく、5~8歳児が限界って処だろうな」
敵は向こうから仕掛けてくるんじゃないのか?
なら、こっちは待った方がいいんじゃないのか? ……いや。
「ラトゥーラやシンディの命の保証は出来ない。絶対に見つけ出してやる。絶対にだ」
……もし、体温を感知出来ないのではなくて。そもそも、この敵は体温が無い、のだとしたら……?
そして。
体温を察知するサーチ・アイでラトゥーラ達を探し切れないのは、体温を発しているものの中に隠しているのだとしたら?
高温を発する場所がある筈だ。
あるいは…………。
「いや、その逆か……?」
どっちの可能性もある。
なら、どっちの可能性も調べてみる必要があった。
†
この敵は無差別に襲撃してきている。
グリーン・ドレスは、ホテルの中に戻ると、真っ先にフロントマンの死体を発見した。
廊下や階段には、頭を撃ち抜かれた子供と化した従業員や旅行客らしき者達の死体が転がっていた。
「畜生があ! 関係無い一般人を巻き込みやがって、こちらはやってねぇーってのによぉ。私達もやっていいかなあぁ? そこら辺、一帯、燃やして、焙り出した方が早いんじゃねぇかあ? おい? ……田舎町で会った霧の奴といい、どっちが無差別大量殺人犯なんだよ」
彼女は、スマートフォンでウォーター・ハウスと連絡を取っていた。
「なあ、子供の死体が点々としているぜぇ」
死体は全て、頭を撃ち抜かれている。敵は拳銃で人を始末するのが好みなのか……?
彼女は死体を追っていく。
敵は一体、何処に隠れている? 必ず隠れている筈だ。見つけ出してやる。
この敵は無関係な人間を殺す事を何とも思っていない。
そう、普段の自分達と同じだ。何の戸惑いも躊躇も無い。
彼女は地下へと辿り着いた。
地下は青白い証明を放つ、バーになっていた。酒と煙草の匂いが充満している。
「おいっ! これは一体、どういう事なんだよぉ。ああ?」
グリーン・ドレスはホテル地下にあるバーの中で叫び声を上げていた。そこは、ワインセラーのようになっており、ボーイやソムリエらしき男達が十歳以下の幼児化して倒れていた。みな血塗れだ。一発、一発、頭を銃で撃たれたり、鈍器のようなもので殴り殺されている。そして…………。
バーの中央では映像が流れている。
ビデオデッキがセットされたTVがバーの中央に置かれていた。
それは昏睡状態のラトゥーラとシンディの姿だった。
ぷらーん、ぷらーん、と、ナイフが振り子のように揺れていた。そして、ナイフで少しずつ、シンディの首筋に切れ目を入れていく。シンディの首筋から血が流れていく。まるで、それはギロチンの刃みたいだった。今すぐにでも、この二人を殺害出来る、といった敵からの脅迫だった。
しばらくして、映像は途切れる。
グリーン・ドレスは頭の中が真っ赤に染まっていく。
気付けば、思わずTVとビデオデッキを殴り潰していた。
彼女は思わず、パニクりそうになったので、再び、ウォーター・ハウスに指示を仰ぐ。
ウォーター・ハウスは詳細を聞いて、どうやら“納得”したみたいだった。
<分かった。ドレス、率直に言うぞ>
電話の向こうで、ウォーター・ハウスは敵の戦略の全貌を把握したみたいだった。
<死体を焼け。一つ残らずだ!>
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