第十夜 人間を喰らう霧、ジレスティアの『ブルイヤール』 2


「ラトゥーラがいないな」

 ウォーター・ハウスはブドウ畑に入ると、何かを探し始める。


 しばらくして、彼は数匹のイナゴを見つける。

 そして、イナゴを霧の濃い場所へ向けて解き放っていく。


「イナゴにはウイルスを感染させた。腕から出したものなので、人を殺傷させる力は無いが。敵の追跡には使えるだろう」

 彼はそう言いながら、霧を眺めていた。

 まだ、ラトゥーラは無事な筈だ。


「さて。多少、強引だが。敵を始末するぞ。ラトゥーラも無事に助け出す」

 そう言うと、彼は後ろにいるグリーン・ドレスに指示を出した。



「ぶしゅー、ぶしゅー」

 彼は霧の中で、一人呟いていた。


ジレスティアは自身の肌を掻き毟る。

 麻薬中毒によって出来た痣が点々としていた。


身体中に痣が増えていく。

 顔にも痣が残り始める。


 薬物中毒になってから負け犬の人生を歩み始めたのか、負け犬の人生を始めてから薬物中毒になったのかは分からない。


 世の中ってのは、汚れた利潤(レント)によって動いている。

 自分は奪われる側ではなく、奪う側に回りたい。


「このクソ壺のような世界で、俺は生きている……」

 彼は自らの腕の静脈を掻き毟る。


 愛する事だとか、愛される事だとかが分からない。何の為に自分は生まれてきたのだろう……? 生きている実感はドラッグでトリップしている時にしかない。


 彼は注射器を静脈に打つ。コークの煙を吸い続ける。

 薬物は人間と違って、自分を裏切らない。


 そう、彼の人生はこれまでクソッタレに満ち溢れていた。


 両親は彼を蔑ろに続けていた。

 母親は売春婦だったし、父親は貧しい工場労働者だった。


 学校に通っていた頃は、他人に馬鹿にされ続けていた。学校の階級においても、自分は地位が下だった。彼のガタイはそれなりに良かったが、陰湿なイジメを執拗に受け続けた。


「はははっ、それにしてもだ。薬物だけが信じるに足る事が出来るなあ。人間ってのは、大体、愛想笑いだとか、騙し合いだとかして生きているわけだ。人間は、利用し合って生きている。俺は幼少期の頃からそうだった。なあ、薬物だけがこの俺を裏切らない。くくっ、いつだって、この俺をハイにしてくれるし、幸福を与えてくれる…………」

 もはや、幻覚と現実の境界が分からない。

 どちらが嘘で、どちらが本当なのか分からない。


 結局の処、彼を拾ってくれたのは、マフィア達だった。

 どうしようもないクズな人生において、彼に栄光を与えるチャンスをくれた。


「人間には……、運命がある。俺はクソ下らない底辺の人生を生きる運命にある……。だが、それを認めたんだ。それでも、勝利しなけりゃいけねぇ。俺は俺のドン底でクサッタレの人生を終わらせる為に、勝利しなけりゃあならねぇんだ!」


 彼は何としても、あの四人に懸けられている賞金を手に入れたかった。

 マフィアの組織(カルテル)、連合(ファミリー)によって掛けられた賞金は日増しに上がっていっている。だが、それだけ競合者も多いという事だ。前金は貰っているが、すぐに使い込んでしまうだろう……ドラッグによって。


 ジレスティアは注射器を自身の静脈に打ち込む。

 そしてしばらくして、落ち着きを取り戻す。

 禁断症状は酷い。

 症状が出ている時は、虫が身体中を這うような幻覚に襲われる。そして、酷い幻覚に襲われる。


「俺の霧の能力で始末してやるよ。武装海賊のアルモーギの奴、やれちまったじゃねぇか。手柄はムルドとヴァシーレの二人が有利らしいがなあ、この俺一人で充分だぜぇ。奴ら四人全員を始末するのにはなああああああああぁ」

 そう言いながら、彼は自身のドレッドの髪の毛を掻き毟る。


 どうしても、今はアッパーにはなれない。

 ダウナーな感情に浸っている。

 だから、とてつもなくネガティブだ。

 せめて、威勢の良い言葉を言ってなければ、何処までも落ちそうだ。


 彼は注射器を取り出す。二本目だ。


 彼はリボルバー式の拳銃を取り出して、自らの眉間に向けて何度も引き金を引く。撃鉄の鳴る音が響く。


「ばきゅーん、ばきゅーん。ぶしゅー、ぶしゅー、脳が、脳髄が、脳漿が、弾け飛ぶうぅ。うへへへへっ、へへへへへへへへへっ! ぶしゅー、ぶしゅー」

 彼はリボルバー銃を投げ捨てると笑い転げた。

 弾は入っていない。彼はこうやってロシアン・ルーレットごっこをするのが大好きだった。幻覚の力で拳銃が頭の中に入ってくるのを感じる。頭蓋骨が砕け散って、脳漿が撒き散らされた幻覚に苛まれている時に素晴らしくハイになれる。

 

 バッド・トリップからアッパーにスイッチが入ってきたのだ。


「さて、行くぜ。四人全員、俺の『ブルイヤール』の霧で始末してやる!」

 彼はポケットに仕舞ってあった爆竹に火を点ける。

 そして、それを口の中に放り込んだ。

 彼の口の中でバンバン、パンパンと、爆竹が弾け飛ぶ音が聞こえる。

 ごりごり、と、爆竹の残骸を飲み下した。


「ああ。ジューシーだ。バター味のポップコーンの味がする」

 そう言うと、彼はそこら辺で拾ったトイレや流し台の詰まりの時に使うラバーカップを手にしていた。彼はこれを最強の剣か何かだと本気で信じている。…………。



 異空間に閉じ込められた。


 それが、ラトゥーラの抱いた最初の印象だった。


 四方八方が霧に包まれている。何処に向かえば、此処から抜け出せるのか分からない。


 まるで隕石のように、炎が辺り一面に落下していく。

 炎は渦となって火柱を上げていた。


 霧の中で炎が焼夷弾のように降り注いでいく。

 ……間違いなく、グリーン・ドレスだ。こんなムチャクチャな手段を取るのは……。そして、この作戦は、ウォーター・ハウスが指示している可能性がある。


「あの……、僕の命とか考えていないんですかね…………?」

 ラトゥーラは引き攣った顔になる。



「重要なのは、ラトゥーラを奪還するのと。敵を倒すのは別々に行わなければならないって事だな」

 暴君はふんぞり返ったまま、車の車体に背を持たれさせていた。


 グリーン・ドレスは炎の翼を広げて、辺り構わず、ナパームのように、炎の流星群を撒き散らしていた。徹底的にムチャクチャな攻撃だった。


 シンディは少し困った顔をしていた。

 彼女の能力で、敵を探索出来なかった為に、二人は容赦の無い手段を選んだのだった。


 盗んだレンタカーのトランクの中にはライターもガソリンも大量に積んでいる。

 従って、グリーン・ドレスの弾切れは無い。

 今日も曇りで、霧によって太陽から熱エネルギーを手に入れる手段は乏しくなっているが、敵を焼き殺すには充分な程に彼女は充実していた。



 ……敵はイカれていやがるのか……!?

 ジレスティアが霧に潜みながら真っ先に感じたのは、その言葉だった。


「あのガキ、人質に取ってやろうと思ったのに…………。何て事をしやがるんだ。ああ? 聞いたようにクレイジーな連中だぜ……」

 彼は自身の腕の静脈を掻き毟り始める。


「ん?」

 彼は自身の周囲に、何匹かの虫が現れた事に気付いた。バッタ……、いや、イナゴか。この辺りのブドウ畑中に生息している害虫……。


「おいおい、なんだよ?」

 彼はイナゴの一匹を踏み潰す。


 イナゴの一匹が彼の腕に触れた。


 ジレスティアはだんだん、全身に悪寒が走っていく。身体中が震え出す。思わず、声を上げていた。


 …………、何らかの病気に感染させられたのだ。敵は虫を媒介にして、ウイルスを撒き散らす事が可能なのか!? 彼は思わず、叫び声を上げていた。



「ふーむ。あの辺りか」

 ウォーター・ハウスは民家の辺りで上がった悲鳴を聞く。


「ラトゥーラの声じゃないな。農家の人間じゃなければ、この霧を作り出している敵だろうな」

 彼は額に指先を置く。


 ウォーターはシンディに指示を出す。


「お前の能力で、今、悲鳴を上げた人間を追跡して欲しい。俺達に対する強い敵意や悪意があるのなら、お前はそれを感知出来るんだろう? 敵かどうか確認した後に始末する」

 シンディは言われて頷く。

 彼女は大量の蝶を飛ばしていった。



「お、お、お、お、…………、お、お……」

 ジレスティアはひたすらに嘔吐を続けた。


「俺の霧の能力は…………、俺がバッド・トリップに入らないと真価を発揮しねぇんだ。ああ、おおおおお、やるぜ。やってやる」

 彼は白い粉の入った透明な紙袋を破って、ストローで中の白い粉の吸引を始める。ストローは鼻に突っ込んで、粘膜から吸引しないといけない。


 すぐに、ジレスティアの眼の前に幻覚が浮かび上がっていく。


 彼の能力『ブルイヤール』は、彼が見る幻覚を操作する事が出来るのだ。すぐに、悪夢の中に現れるような異形の怪物達が出現する。怪物達は今にも、彼に襲い掛かろうと爪や牙を向けていた。


「はっははははっはははっ、奴ら全員を始末しろぉ。喰い殺せぇ、俺の生み出す化物共よぉおおおおぉぉぉおぉ。俺の生み出す霧の世界の中では、敵を倒せるだけの化け物を幾らでも作り出せるんだぜぇええええっぇ。ひゃあああああはははっははははははっ!」


 元々、ジレスティアが能力者になったのは、麻薬(ドラッグ)のやり過ぎで能力を発現させてしまったからだ。彼は薬物をやればやる程にパワーアップしていく。当然、代償はかなり大きい。ドラッグの副作用は確実に彼の肉体を蝕んでいっている。

 だが、それでも彼は構わなかった。

 いつ、オーバー・ドーズなどで突然死してもおかしくない能力。

 ドラッグ塗れのジャンキーでしかなかった彼に、希望を与えてくれる力だった。

 

 彼はポケットの中から、マジックを取り出して地面にラクガキを始める。

 敵を倒せるだけの怪物を、この霧の中から生み出さなければならない。


 彼はドレッドを掻き毟っていく。

 ぼとり、ぼとり、と、ドレッドの中から、牙の生えたイモムシのような怪物達が転げ落ちていった。この蛆達は霧に乗じて、人間の内臓を喰い破る事が出来る。



「霧ってどんな自然現象なんだろうなあ」

 ウォーター・ハウスは、片手でスマートフォンを弄りながら、霧に関して検索していた。


 湿度が高いと発生する。水蒸気、大気中の水分が飽和状態に達したものが、霧か。


「この敵は、始末するのは簡単な話だな。おい、ドレス。お前の能力なら十全だ。そこら一帯の温度をもっと上げてやれっ! 霧ってのは水分が水蒸気化したものだ。なら、辺り一面、お前がやりたいように高温にしてしまえっ!」

「分かった!」

 ドレスは空中で炎の積乱雲を作成していた。

 彼女は両手から、更に巨大な炎を作成していた。

 熱が一帯の水蒸気を蒸発させていく。

 彼女の能力は無限に温度が上昇していく。熱のエネルギーさえ手に入れれば、数千度の太陽でさえ作成する事が出来る。


 火柱の量が増えていった。

 空全体に、炎が広がっていく。灼熱の炎が、空全体を覆っていた。


 ウォーター・ハウスはドレスに指示を出した後に、注意深く、敵を探っていた。

 絶対に焼き殺すつもりでいた。


 いっそ、ブドウ畑全てを火の海に変えてやろうか?

 ……いや、農民がいるかもしれない。この辺りに。だが、絶対にこの辺りに隠れている筈だ。


「何か向かってきます!」

 シンディが叫んだ。


 ウォーター・ハウスとシンディの下へと、牙を生やしたイモムシのような怪物達が現れる。怪物達は二人を襲おうとするが……。

 すぐに火達磨になって、焼け焦がされていった。


「怪物も生み出せる能力なのか? だが、グリーン・ドレスを倒す事は不可能だ。そして、俺もな」

 ウォーター・ハウスはブドウ畑にある小屋の一つを見る。


「あの辺りから、怪物が襲撃してきた。シンディ、やはり、あの辺りにいるか?」

「はい!」

 少女は頷く。


 霧が次第に晴れていく。


 ラトゥーラが姿を現す。

 彼は少し服を焦がしていた。


「二人共っ! 一体、何を考えているんですか!? この僕を焼き殺すつもりですか!?」

 彼は裏返った声で言った。


「お前なら大丈夫だろうと思って、ドレスに炎を撃ち込んで貰った。この辺り一帯、火の海にすれば霧は蒸発する。シンプルに勝てるんだよ」

 そう言うと、ウォーター・ハウスはシンディをラトゥーラに預けると、小屋の方へと向かっていった。


「グリーン・ドレスッ! お前は霧を蒸発させる事を頼むぜ。敵は俺が直々にブチのめしに向かう」

 そう言うと、彼はブドウ畑を突っ切って、小屋の中へと入り込んでいった。


 小屋を開けると、怯えた顔の男が立っていた。

 ドレッドにサングラス姿の男だ。

 顔色がかなり悪い。

 露出した肩などの肌には、点々と紫色の斑点が浮かんでいた。


「お前が霧を作っている敵か……」

 彼はしげしげと、敵の醜悪な容姿を眺めていた。


「ッテ、テメェ、ウォーター・ハウスッ! 知っているんだぜ!? テメェには、もう殺人ウイルスを作れないってなあっ!」

「だからどうした? お前など俺の腕力だけで倒せる」


 ウォーター・ハウスは構わず、ドレッドの男へと近付いていく。


「へひひひっ、俺の名はジレスティア。テメェらを始末する為に放たれた暗殺チームの一人だぜ」

 そう言うと、彼はラバーカップを光線銃のように手にする。


「撃ってやるっ! 撃ってやるぜっ! ドタマ撃ち抜いてやるっ! この最強の銃でっ! たとえ、伝説の怪物でさえ撃ち滅ぼす事が出来るんだぜっ!」

 

 ウォーター・ハウスは鼻で笑ったが……。

 まるで警戒を緩めない。


 ラバーカップの先から、光が発射されていく。

 ウォーター・ハウスは難なく、それを避ける。

 木製のドアが繰り抜かれたように、孔が開いていた。


「ふーむ。お前の能力。なんなのかな? 霧だけじゃないようだが。なるほど……」

 この敵は霧を発生させる事を能力としているというよりも、ドラッグか何かによって発生したものを操っているのだとすれば……?


 そう言えば、薬物を焙る時に発生する煙。それは霧のようなものだ。


 ジレスティアは口腔から、紫色の煙を吐き出していく。

 小屋の中全体が、霧によって包まれていく。


「はひゃひゃひゃひゃ、ウォーター・ハウス。俺の勝ちだっ! テメェ一人乗り込んできて、此処は俺の宇宙なんだぜぇっ! 俺の支配する世界なんだぜぇっ!」


 霧の中から、次々と異形の怪物達が現れていく。

 巨大なハチや、ムカデ、熊やオオトカゲのように見える。全てグロテスクな色彩と形状をしていた。

 それぞれ、鉤爪を持っていたり、大きな牙を有していたりした。


「成る程……。この霧の中では怪物が実体化していくのか。お前、麻薬中毒者だな。お前が薬物で見た幻覚を実体化させて、他者へと影響を及ぼしていく力か」


 怪物達は次々とウォーター・ハウスへと襲い掛かろうと迫る。

 ウォーター・ハウスは。


 有無を言わせずに、跳躍して、ジレスティアの顔面へと飛び蹴りを入れる。

 ジレスティアのサングラスが吹っ飛び、歯がへし折れていく。

 ドレッドの男は地面に倒れた。


「お前をブチのめせば、この霧は消えるんじゃないのか? 何も頭を使う必要なんてなあいな。お前をブチのめして倒せば、この霧は消えるな?」

 ウォーター・ハウスに襲い掛かろうとしていた、怪物達が文字通り雲散霧消していた。


 ウォーター・ハウスは有無を言わさず、ジレスティアの顔面を蹴り飛ばしていく。


「ああ。ああ、だ、だ、から、アルモーギの奴、あいつ、俺と組めば、暴君倒せるって言ったのによぉ。霧に肉食魚混ぜれば、完璧だと…………」

「お前達の都合はどうでもいいんだ。どっちみち、馬鹿共に俺達は倒せない。残念だったな、頭のネジの緩んだジャンキーよ。今度はあの世でトリップしてるんだな」

 そう言うと、ウォーター・ハウスはジレスティアの頭をつかんで、何度も、顎に膝蹴りを喰らわせていく。


「た、助けて…………、命だけは…………。もう、お前達を襲うのを止めるよ……、刑務所の方が安全だ…………」

 血反吐を吐きながら、呻いて言う。

 ウォーター・ハウスは蹴り飛ばすのを止めた。


 ジレスティアは血反吐を吐きながら、そのまま地面に倒れた。

 ウォーター・ハウスは、そのまま小屋を出ていく。


 ブドウ畑の向こうだった。


 ラトゥーラとシンディが手を振っていた。


「倒しましたか? ウォーター・ハウスさん」

「ああ、ボコボコにしてやった。さて、どうする? まだ、生きているが。トドメを刺すか?」

 ウォーター・ハウスは余裕の笑みを浮かべていた。


「うーん、僕としては殺すのは可哀相かなって…………」

「そうか………」


 ラトゥーラは足の辺りに違和感を覚える。

 まだ消え去っていない、霧がゆらゆらと動いていく。


 ラトゥーラの足に何かが付いているみたいだった。

 どうやら、それは爆竹だった。爆竹が発火する。


 バシィ、バシィ、と、爆竹によって発生した煙が生まれる。

 煙は…………、霧のようなものだ。

 煙から、ハサミムシのような怪物が生まれて、ハサミがラトゥーラとシンディの首にがっしりと、喰い付いている。今すぐ首を切断出来る距離だ。


「へへっ、人質を取ってやったぜっ! テメェの負けだっ! あのガキ二人をテメェらは救えねぇ、俺の勝ちだああああああああっ! 赦しを乞うのはテメェの方だったなああああああっ! ウォーター・ハウスッ!」

「はあ……」

 ウォーター・ハウスは深く溜め息を吐く。


「お前達みたいなのは、いつだってそうだよな。俺も目的の為に手段を選ばない方だが。なんというか、やはり美学とか美意識とか必要なんじゃないのか? 戦いにおいてな。なあ、ジレスティア。お前、せっかくラトゥーラのお陰で命を助けてやろうと思ったんだけどなぁ」


「はひひっひひひっひっ? ウォーター・ハウス、この光線銃の餌食にしてやるぜっぇ! テメェの腹と胸に大穴を開けてやる。俺を殺すか? 殺すのか? ガキ二人の首と引き換えだぜっええええええええええええっ!」


 ウォーター・ハウスは何かを飛ばす。


 イナゴだった。

 イナゴが、ジレスティアの口の中へと入り込んでいく。


「おっ、おっ、おっおおおおおお!?」

 ジレスティアは、途端に全身が麻痺して動かなくなっていく。

 ラトゥーラとシンディを人質に取っている大型のハサミムシの化け物を動かそうとするが、……動かせない。


「お前のような人種って、本当に救えないよな」

 ウォーター・ハウスはそう言うと、人差し指を親指で鳴らした。

 そして、彼は身体を少し傾けた。


 特大の火球が小屋の中へと入り込んでくる。

 ウォーター・ハウスの身体の隙間を避けて、そのままジレスティアへと命中した。ジレスティアの全身が火達磨になっていく。


「ひごおおおおぉおぉぉおぉおおぉ!?」

 彼はなおも、ラバーカップ型の光線銃をウォーター・ハウスに向けようとする……。


 ウォーター・ハウスの勢いのよい上段蹴りによって、顔面を再び、壁に叩き付けられる。そして、ジレスティアは、そのまま炎に焼け爛れながら黒焦げ死体へと変わっていく。


「馬鹿は、何処までいっても馬鹿だったな」

 そう言うと、ウォーター・ハウスは小屋を去っていった。



シンディと、そしてラトゥーラの暮らしていた港町は腐っていた。

 そして、おそらくは世界中、何処も腐り切っているのかもしれない。


 二人の住む、港町において、若い少年達はバーなどに入り浸って、マフィアになりたがる。

 そして、死と隣合わせのマフィアの入団試験の洗礼を受けたり、しきりに上層部のマフィア達とコネクションを持とうと躍起だ。マフィアがある種の貧困層の希望、ヒーローのように祭り上げられている側面がある。


 フリーの売春婦は、トレーラーハウスを使って売春を行ったりする。そもそも、彼女達にとってはそれが住んでいる家だったりするみたいだ。シンディは宿を借りて売春を行っている。家に客を持ち込みたくはない……。多くの者達は性病に感染したり、妊娠、堕胎を行っては、ドラッグ漬けになって若いうちから死んでいく。それを売春婦にとっての幸せなのだと言う者もいる。老いた売春婦程、惨めなものは無いからだ。


 シンディの母親は聞く処によると海外へと向けたブランド製品の服を作っているのだと言う。ファッション・ブランドは日々、消費され、海外の中流層や富裕層の自意識の表現として消費されていくのだが、その制作においてどれだけの貧困層が虐げられているのかはみな知らないのだろう。


 正直な話、自分達のいる世界と、海外でクルーザーに乗っている者達や、大型チェーン店にたむろして音楽を聴きながらカフェラテを楽しむ普通の学生を行っている若者達とは隔たりのようなものがあると思う。彼らと自分達は何処までも決定的に違うのだ。向こうは自分達のようなものを受け入れないだろうし忌避もするだろう。こちらも雲の上の何を考えているのか分からない理解出来ない人達だ。


 ウォーター・ハウスとグリーン・ドレスの二人、彼らは奴隷階級と言ってもいい自分達を救ってくれる存在として戦うと言っているのだ。

 お伽噺のようだった。


 二人はきっと凶悪犯罪者なのだろう。

 けれども、二人の向かうべき道筋にはシンディや、彼女を取り巻く者達のような虐げられている者達の怒りがあると信じている。


 シンディは、ブドウ畑の向こうで、手を叩き合って勝利をねぎらい合っているウォーター・ハウスとグリーン・ドレスの姿を見ながら、自分自身は旅をしているのだと思った。きっと、旅は学ぶ為にするのだろう。彼らと一緒に、旅をして、自分の生き方を学んでいくのだ。


 彼女は弟である、ラトゥーラの横顔を見る。


 背後にいる巨大なハサミムシの化け物が消えて、強い安心感を得た。二人は必ず、自分達を守ってくれる。……そして、思うのは、自分達も彼らのように強くならなければならないのだ、と……。


 二人は、自分達を導いてくれるのだ。

 真っ暗な闇と絶望のどん底でしか生きる事しか出来なかった自分を松明のように灯してくれる。彼らと一緒に旅をしてみたい…………。

 自分は、彼らに導かれて、成長しなければならないのだ……。


「ウォーター・ハウスさんっ! グリーン・ドレスさんっ! ありがとうっ!」

 シンディは力いっぱい叫ぶ。


 ブドウ畑の向こうにいる殺人鬼カップルの二人は手を振っていた。

 敵は倒した、と。


「おい。霧が完全に晴れたぞ。この長い田舎町を車で再び走る前に、もう少し、ティータイムをしようか」

「運転手の僕にもコーヒーくださいねっ!」

 ラトゥーラも叫んでいた。


To be continued

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