第十夜 人間を喰らう霧、ジレスティアの『ブルイヤール』 1


「処で、なんで僕が運転しているんでしょうか……。免許持っていないんですよ……」

 ラトゥーラは、暴君が盗んできたレンタカーの運転を行っていた。

 ごとん、と、車が少し跳ね上がる音がする。道路が土になっている為に、小石が多いのだろう。


「この俺も免許は持っていない。それ処がハンドルの回し方……、ギアチェンジの仕方が分からない」

「私も! 運転していたら、メチャクチャな事故起こしたわ! 大破、爆破させた!」

 ウォーターは後部座席でふんぞり返りながら、何故か自信たっぷりに言う。

 グリーン・ドレスも何故か自信たっぷり車を運転していて酷い事故を起こしまくった事を告白する。

 ボートを漕げるんだから、車の運転も出来るだろう、というのが、二人の意見だった。ラトゥーラはしぶしぶ運転する事になった。確かに、一応、運転は出来る。


 シンディは助手席で、そんな二人の会話を聞きながらクスクスと笑っていた。何処か、陰鬱で口数少なかったラトゥーラの姉は、少しずつ明るくなっている。ラトゥーラはその点は喜ぶべき事だと思った。


 ラトゥーラは慣れないギアチェンジとぎこちないハンドル操作で、あたふたしながらも、何とか田舎道を進んでいた。この辺りは信号が少ないのが嬉しい処ではあるのだが……。


「あ、ワイパー動かしますね。それにしても…………」

 辺り一帯が曇ってきている。


「霧に覆われてきたなあ」

 ウォーター・ハウスは言う。


「今、ザンドマンの片田舎の道路を走っています。見渡す限り、ブドウ畑ばかりですよね。此処でワインが作られているんですよ」

「そうだな。飲んでみたい。そう言えば、途中、コンビニとスーパーに寄っただろう。ティータイムにしないか?」

「ティータイム!?」

 ラトゥーラの声は思わず裏返る。


「少し、この辺りに停めろ。今、正午だ。昨日の夕刻の襲撃から、敵は襲ってきていない。かなり突き離したんじゃないか? 追っ手らしき者はいないと、グリーン・ドレスは言っている」

「ティータイムって」

「いいだろう、別に。アフタヌーン・ティーだ。先程、寄ったコンビニとスーパーで昼食は揃えてきた」


 そしてラトゥーラは田舎道に車を停車させる。

 ウォーター・ハウスは車のトランクを開けさせると、色々なものを取り出していく。


 まず、ブルーシートを敷いた。


 そして、電池で動く電気コンロを取り出す。


 そして、ティーポットとコーヒーポットを取り出す。

 彼はミネラル・ウォーターを取り出すと、電子コンロの上に小さな鍋を置く。その中にミネラル・ウォーターを注いだ。


「アフタヌーン・ティーは良いな。そうだ、ティーポットは温めておくのがイイんだぜ。理想は90℃だな」

 そう言うと、彼はティーポットを鍋の隣に置いた。

 そして、ビニール袋の中から、レディグレイの缶を取り出す。


「砂糖、ミルク。ハチミツと練乳も買った。イチジクのジャムもあるぜ。ティータイムだ」


 ウォーター・ハウスはレディグレイの茶葉をティーポットに入れて、コーヒーポットの方にはペーパーフィルターを敷き、予め挽いてあるコーヒー豆を入れる。

 

 コップは四人分、用意されているみたいだった。

 温められた鍋のお湯を、ティーポットとコーヒーポットに注いでいく。


「紅茶とコーヒー、どちらがいい?」

「私はコーヒーでいいよ。紅茶はあなたの趣味だろ?」

「ミルクと練乳は?」

「練乳にして。この前、喫茶店で飲んだ時、美味しかった」


 グリーン・ドレスのコップには練乳がふんだんに入れられ、その上に挽いた豆から抽出したコーヒーを注いでいく。湯気が出て美味しそうだった。


「俺は紅茶だな。ラトゥーラ、シンディ、お前らは?」

「…………、っていうか、悠長にしていていいんですか…………」

「いいだろう。腹が減れば飯は必要だろう。ティータイムくらいマトモに過ごしたいだろうが」


 そう言いながら、彼はレディグレイを自身のコップに注いでいく。

 その後、ハチミツをとろとろと入れて、スプーンでかき混ぜていた。


「妥協しているぜ。さすがに、トースターは面倒だったからなあ。冷たいスライスしたブレッドにした」

 そう言うと、彼は今度はビニール袋からパックに入れられたソーセージとサラダを取り出して、パンの中に挟んでいく。その際に、ブラック・ペッパーとマスタードをふんだんにソーセージに付けていった。


「ほれ。四人分ある。本当はトースターが欲しかったし、ソーセージも焼き上げたかったが、多少、冷たくても悪くは無いだろう。紅茶かコーヒーと一緒に食べろ」


 グリーン・ドレスはさっそく、サンドイッチのようにしたホットドッグを口にして、練乳入りのコーヒーで咀嚼していく。


「おいおい、ウォーター・ハウス。このソーセージ、チョリソーだぜ。少し辛い。これに加えて香辛料付け過ぎなんじゃあねぇかあ?」

「甘いモノと一緒に食べるのがいいんだぜ。なんなら、イチジクのジャムもある。食べるか?」

「ああ、それも貰うぜ」

 そう言いながら、グリーン・ドレスはホットドッグを人間の腕でも食い千切るように食べる。肉汁が良い、と口にする。


「オレンジと林檎も丸ごとあるぞ。プロシュート・ハムと赤ワインも買ってある。もっとも、ワインは運転手には飲ませられないんだがなあ」

 シンディも嬉しそうな顔で、ジャムとハチミツ入りの紅茶を口にしていた。


 ラトゥーラはしばし呆然としながら、三人のティータイムを眺めていた。


「はあ……。本当に呑気ですよね、僕、此処、数日の間に三度も殺され掛かって……、気が気じゃないのに」

「旅は長くなりそうだ。まさか、レストラン以外は、乾パンだけで過ごせってのか? こういう、少々、心の余裕がある方が。旅路の目的は果たせそうなんだがなあ」

 そう言いながら、彼はオレンジの皮を剥いていった。


 能力の一部を奪われ、大幅に戦力を殺がれたというのに、ウォーター・ハウスは特に気にも留めていないようだった。そんな彼の豪胆なのか、楽天的なのかよく分からない性格に、ラトゥーラは思わず苦笑してしまう。


 それにしても、次第に霧は濃くなっていっている。

 今は昼なのだが、夕方までには街に着けるだろうか。それだけが心配だ。


「それにしても、霧が少し濃くなってきていませんか?」

 ラトゥーラは不安げに辺りを見渡していた。


 ブドウ畑の向こう側が霧によって、殆ど何も見えなくなってきている。


 農家で働いている老人を見かけた。

 老人は霧を見渡して、仕方なく家へと帰ろうとする。


 霧がまるで生き物のように動いていた。

 そして、老人を持ち上げていく。

 しばらく霧の中へと、老人は吸い込まれていった。

 

 ラトゥーラは息を飲む。

 

 数分後だろうか。

 老人が死体となって、霧の中から転がり落ちていった。

 胸から腹に掛けて、繰り抜かれている。内臓が完全に無い。頭蓋も割られて、脳がある筈の場所も空洞になっていった。


 キャトル・ミューティレーション。

 動物の死体が内臓を抜かれて、大量に放り出された怪事件の噂を思い出す。宇宙人の仕業だと喧伝されていた奴だ。実際は単なる動物の自然死の結果らしいのだが。


 いや……、今はそういう怪事件との類似点はどうでもいい。

 この霧…………。

 明らかに何らかの能力者の能力だ。

 この辺りの何処かに潜んでいるに違いない。


 農家のトラクターが霧によって持ち上げられていく。

 そして、空中でバラバラに分解されていった。


 ラトゥーラは、仲間達三名の方を見る。

 三名共、優雅に昼食を楽しんでいる最中だった。


 ラトゥーラは三名の下へと向かう。

 彼の足下を引っ張る、何かがいた。


 霧だ。

 霧がラトゥーラの脚を引っ張っている。

 彼はズルズル、と、霧の中へと引きずり込まれていく。

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