第九夜 魔女ラジスの『ヴィクトリア・ストレイン』とロジアの『ジーン・アナルシス』 3


 ロジアは空想上の子供、イマジナリー・フレンドと今でも会話する事が出来る。彼は幼い頃から、空想上の子供と会話を行っていた。

 彼の空想の友達は、いつも彼に語り掛けてきた。幼少期に友人が出来なかった為に生まれたものなのだろう。


 やがて、ロジアは大人になり、臓器売買のビジネスに携わる事になる。

 元々、彼はまっとうな医者の道を歩いていた。

 けれども、ある時、透析患者などの治療に関わる事をきっかけに、心臓や肺、腎臓などに重い病を抱えている患者達への臓器の供給がまるで足りていない事を知った。その際にロジアは発展途上国の者達は金の為に自らの臓器を差し出す者達の存在も知る事になった。

 

きっと、先進国の者達と発展途上国の者達には命の格差のようなものがあるのだろう……。少なくとも、彼の患者達はそう信じている……。


 ロジアは元々は真面目な医者で、難病を治療したいという一心で……マフィア達のコミュニティが絡む臓器売買ビジネスに関わる事になった……。そこからが、彼の転落の人生の始まりだった。やがて、彼は闇医者としての顔を持ち始めて、いつしかそれが本職になってしまっていた。今の彼の肩書は……、医者であり、マフィアであり、殺し屋、といった処なのだろうか。


『ジーン・アナルシス』と彼が呼んでいる空想上の友人は、ロジアが葛藤する際に現れては彼に囁き掛けてきた。

 正義なんて必要無い、道徳や倫理なんて全て金に代えられる、自分のやっている事は決して悪では無い、と。


 そして、彼は臓器移植の闇ビジネスに本格的に手を染めてから、多くの薬物中毒患者達と出会った。彼らの人体も検査する事が多くなった。薬物中毒患者の人体はボロボロだ。勿論、内臓の至る処も……。


 その際に、彼は魔女ラジスという裏世界において麻薬を抽出させている女と出会う事になる。最初の頃は敵愾心ばかりがあったが…………。


 今では、腐れ縁みたいに、持ちつ持たれつつの関係になっている。

 そして、ロジアは今の自分を誇りに思えない…………、けれども、臓器移植の手術を行っていると患者達から感謝される事は多い。


 臓器移植はカニバリズムの一種、食人の一種であるという意見もある。他者の人体の一部を自身の人体に取り込んで生き長らえる事。ロジアは食人者達の肩を持っているという事なのだろうか……。


 そんな時、彼の隣で彼の作り出した想像上の友達が囁き掛けてくれる。力強い言葉を言ってくれる。自分のやりたい事をやればいい、と…………。



 賞金が掛けられたあの四人を始末して、自分は更に裏世界においての地位を上げる。それがロジアの思惑だった。だから、出来れば自分と魔女の力で始末してしまいたい。


 ロジアの空想上(イマジナリー)の友達(フレンド)は、バラバラに分離する事が出来る。そして、下半身の部位を切り離して、魔女ラジスに伝達するつもりでいた。


 違和感。

 何かが、自分を追跡してきているという違和感だ。


「何か知らないけど、ボクの居場所がバレているのか? ……いや、早まるな……」

 彼は周辺を探る。


 蝶だ。

 蝶が飛んでいる。

 その蝶の頭部は鳥の形をしていた。

 明らかにロジアの周辺を感知している。


「『ジーン・アナルシス』、あの蝶の一匹を捕えて、感知しろっ!」

 彼は自身の隣につねに立っている、空想上の友達を動かす。


 上半身だけになった透明な人体は、蝶の一匹を捕まえた。

 解析が行われていく。


「成る程…………」

 彼は唇を歪める。


「ボクの悪意や殺意を感知しているのか。成る程…………」

 ロジアは深呼吸を行った。


 彼は極めて平常心になる。

 そして、彼は更に人混みに紛れた。

 グリーン・ドレスが追ってこれないように。

 彼女の炎の攻撃を受けないように。


 ショッピング・モールの中にあった車が一つ、爆破炎上する。

 グリーン・ドレスだろう。


 ロジアはほくそ笑む。

 どんどん自分は彼女達から遠ざかっていっている。

 後は、魔女の追撃を入れれば、あの炎の天使の方は始末出来る筈だ。もう既に、魔女はあの二人を能力によって包囲している筈だ。そして敵の攻撃の射程距離から魔女は攻撃を仕掛けている。こちらの絶対的な優位は揺るぎ無いのだ。

 だが……。

 何か、胸騒ぎがする。

 一体、何なのだろうか。

 自分は敵の思惑を見誤っているような気がする。

 なんだ…………?


「まさか。ボクではなく、ラジスの方を先に探して仕留めに行こうとするのか? 分離させた下半身の方だけでは彼女を守り切れない。上半身の方と、それにボク自身が魔女と合流した方がいいのか?」

 彼は考える。


 次々と辺り一帯の車が爆破炎上していく。

 街中が炎に包まれていく。

 やばい…………。

 グリーン・ドレス……、彼女は炎を吸収してパワーアップしていく。

 ロジアはスマートフォンで魔女に知らせる。雲隠れしろ、と。


 ……街中、火の海にするつもりなのか? 自分達を焙り出すつもりなのか? 一般市民お構いなしに?

 その手段を取られれば、此方の勝算は確実に低くなる。だが、やるのか? ……いや、元々、奴らは大量殺人鬼だ。やると決めたら、やるに決まっている。

 ロジアは困惑しながら、迷っていた。どうする?



「馬鹿が、きっと迷っている頃だぜ。私達を追跡してこない」

 グリーン・ドレスはシンディを抱き抱えると、炎の翼を生やしてショッピング・モールを突っ切っていた。途中、途中にある無人の車を片っ端から炎上させまくっていく。


 炎の海は広がっていく。

 なるべく、一般市民に被害を出したくない。だが、これは多少、怪我人くらいは出るかもしれない。だが、此方が敵にやられるよりは遥かにいい。

 人がいない場所ならば、片っ端から炎を広げていって、敵の追跡を不可能にするつもりでいた。反撃はもう少し後になってからだ。……今は、ダメージもあって、冷静な判断が出来ない……。

 

 グリーン・ドレスはあの場所へと向かっていた……。

 そう、ウォーター・ハウス達との待ち合わせ場所へと……。


 待ち合わせ場所のカフェテラスの辺りに二人はいた。

 ウォーター・ハウスとラトゥーラ。

 ウォーターの方は、少し不機嫌そうな顔で座っている。

 

「ふう。ようやく、合流出来たな……」


 グリーン・ドレスは地面に倒れる。


「傷、治してくれねぇか? 心臓にダメージを喰らった。死にそうなんだ」

「それはいいが。スマホで連絡していたんだが…………」

「充電切れだったんだよ、悪いぃ」

 そう言うと、彼女は地面に仰向けで寝っ転がる。


「散々だったな。…………、ウォーター・ハウス、そちらはどうだ?」

「ああ。見てくれ……」

 ウォーター・ハウスは自身の腹を見せる。

 すると、何も無い暗黒空間みたいになっていた。


「食事は正常に出来るみたいだ。腸などが活発に動いている感覚はある。だが、俺の切り札である殺人ウイルスを吐き出す腹の口が“奪われた”。敵はムルドという男だ。鳥籠の中に肉体の一部を封じ込める……」

 彼は大きく溜め息を吐いた。

 そして、グリーン・ドレスの胸元に触れていく。


「…………、触診で分かったが。しかし、お前よく生きているな。普通の人間なら死んでいる……」

「早く治してくれよ……。腕だけでも治療は出来るんだろ?」

「まあな」

 彼はグリーン・ドレスの肌をなぞっていく。


「背中の方がいいな、背中から攻撃されただろ」

「ああ、そうだけど」

 ウォーター・ハウスはグリーン・ドレスの背中に触れる。ドレスは心臓の傷が治っていくのが分かる。

 

 しばらくの間、四人の間で憂鬱そうな空気が流れる。


「満身創痍で、完全にこちらの負けだ。だが、ラトゥーラとシンディは生きている。俺達は奴らのボスを倒して回る。あちらが俺達を始末したがっている。俺達はそのまま北へと向かう過程で、また襲撃してくるだろう。その時に返り討ちにするという事で大丈夫か?」

「ああ…………、ホント、仕方ねぇな。畜生」

 二人共、とても悔しそうな顔をしていた。


 正直、惨敗だった。

 敵は一般市民が巻き込まれたって構わないという態度だろう。

 そして、皮肉な事に今回の奴らの方は、列車の怪奇植物使いと違って、一切、四人との戦闘において、一般市民に危害を与えていない。みな、暗殺向きの能力者ばかりなのだろう。そういったメンバーを集めている。


「どうするのよ。ウォーター・ハウス、これから」

「どうするも、な。そのまま北へ向かう。これから“マイヤーレ”のボスの下へ向かう事に変わりはない。そのボスを始末する。連中は途中で襲ってくるだろう。あのムルドという男から奪われた、俺の能力も取り返す」

 彼は再び大きく溜め息を吐いた。


「もっとも、上手くいけばいいのだがな……。途中で車を調達したい……」

「適当だな……」

 グリーン・ドレスも嘆息の声を上げた。

 炎の天使はその後で少し頭を抱える。彼の計画(プラン)は行き当たりばっかりだ。自身の強さにうぬぼれのようなものさえ感じる。……敵は強い。グリーン・ドレス自身、戦ってみて良く分かる。此方の弱点や思考回路をよく見抜いてきている。


「まあいいけどさ。これからもっと、しんどくなるわよ?」

「構わない。連中は必死だろうが、俺達は目的を達成する。まずマイヤーレを全て潰す。その目的は変えない」

 そう言うと、彼は立ち上がった。



「あら、どうしたの? 全身のあちこち怪我しているみたいだけど?」

「軽傷ですよ。一度、火達磨にされました。一応、全身防御したんですけどね。……それよりも……」

 ロジアは言われて、チリチリに焦げた髪の毛の数本を引き千切る。


「ラジス、奴らの次、一体、何を考えていると思う?」

 ロジアはビルの屋上で、魔女と合流した後に訊ねた。


 魔女ラジスは遠くを指差す。

 それは、一台の車だった。

 車は路地裏を移動したりして、何度も迂回している。


 ロジアはイマジナリー・フレンドの腹の辺りに触れる。

 すると中から、一眼鏡(スコープ)が出てきた。

 彼はスコープを手にして車を眺める。


「なんだ? グリーン・ドレスがあの車の後部座席にいるぞ……? おい、どういう事だい? 魔女、どういう事だと思う?」

「そうねえ。私達、……っていうか、貴方、しばらく攪乱されていたんじゃないかしらねえ」

 魔女は自らの唇に指先を当てる。


 ロジアはしばらくの間、炎上するショッピング・モールの中で敵からの攻撃の迎撃を考えていた。一体、どれくらいの時間を無駄にしてしまったのだろう……?

 彼は口元を押さえて、わなわな、と震える。


「クソ、…………、魔女、追って攻撃出来ないんですか!?」

「無理。私の能力の射程距離の外に出られたわ。このままだと、先に国境を超えられるわね。向かっている位置は高速道路かしら?」

「奴らは何処に向かっていると思いますか!?」

「多分、…………、マイヤーレの本拠地がある『ファハン』。MDをどのルートで通って、ファハンに向かうか分からないけれども、多分、あの位置だと『ザンドマン』の田舎町を通る事になると思うわ。それから『オロボン』も通過するかもしれない。飛行機は使わないみたいだし、どうやら、車とか列車を使って向かっているみたいね。回りくどいわ」

 魔女は淡々とした口調で言っていた。


「なら、先回りしましょうか。ザンドマンかオロボン、どちらかの国で待ち伏せしましょう」

「他の暗殺者(ヒットマン)が追跡しているけれど、先を越されないかしら?」

「…………、悔しいですね。出来れば、我々で賞金を一人占めしたい処なのですが」

 そう言うと、ロジアは地面に座り込んで大きく息を吐いた。

 まさか敵が躊躇無く逃げの一手を打つとは思わなかった。


 ロジアのイマジナリー・フレンドの下半身が組み変えられていく。

 それは一個の大型のスーツ・ケースへと変わった。スーツ・ケースはパカリ、と開いていく。中から、医療キットや小型ノート・パソコンが現れる。

 彼はパソコンのキーボードを叩き始めた。


「敵はどうやら、苦戦を楽しんでいる節も感じます。我々を片手間で倒せる相手と思っているような気がしますよ」

 スーツ・ケース状になった、イマジナリー・フレンドの下半身からはインスタント・コーヒーも出てきた。アツアツだ。

 彼は砂糖とミルクをたっぷり入れて、コーヒーを飲む。


「ならば、我々も冷静に行きましょう。勝機は我々にあります」

「貴方が冷静じゃなかったから、取り逃がしたんじゃないのかしら?」

 言われて、ロジアは少しだけコーヒーを噴き出す。


「とにかく、ラジス。我々で追跡を続行しますよ。他の者達に先を越される前に」

 そう言いながら、彼はイマジナリー・フレンドの上半身の方を動かした。スーツ・ケースから取り出した医療キットから消毒液や軟膏、ガーゼなどを、この幻影の人間は手にしていく。そしてロジアの身体の所々に出来た、軽い火傷による火膨れに消毒液を塗っていった。

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