第九夜 魔女ラジスの『ヴィクトリア・ストレイン』とロジアの『ジーン・アナルシス』 2


 炎に焼け爛れながらも、ロジアはグリーン・ドレスの生み出した火炎から脱出する。彼を大量の腕達が蓑虫(みのむし)のように張り付いて、防御していたのだった。

 彼は敵の炎による一撃必殺を警戒していた為に、攻撃よりも、防御の方にリソースを割いていたのだった。ぼろぼろと、剥がれるように腕達が落ちていく。

 自分へのダメージはほぼ無い。服が少し焦げて、皮膚の表面にもダメージがあるくらいだ……。大した事は無い。


「…………、ボクの能力が全てバレる前に、始末します。でも、ラジス、ボク一人でもいけるかも。かなり相性がいい。グリーン・ドレス、頭悪いのかな? ボクの能力に辿り着けるのは不可能なんじゃないか? ふふふっ」

 彼は楽しそうに人混みに紛れ込んでいった。


「腕を実体化して攻撃するには、数分はいる。別の攻撃に切り替えますか。でも、グリーン・ドレス。貴方の耐久力も大体、分かった。予想以上の嬉しい誤算です。ボクの攻撃で充分始末出来る」

 

 ロジアの近くには、両腕の無い人型の何かが立っていた。


「さて。ボクの『ジーン・アナルシス』の別の人体部位で攻撃しますか。ふふっ、充分、勝てる」

 人型の何かは、今度は上半身と下半身が分断されていく。



 小さな炎が渦巻いていく。

 二人を襲ってきた無数の腕は次々と焼き払われていった。

 グリーン・ドレスは立ち上がる。


「こいつら、私の炎が通じるぜ。ただ、完全に実体化していない透明な状態の時は、おそらくは透過するんだろうなあ。医者って言ったか? 人体に入り込んでいって手術する能力なんだろうなあ」


 彼女は周辺を見渡す。

 そして彼女は口から血を吐いた。


「しかし…………、やっぱり、ダメージがキツい。シンディ、お前、何か出来ないのか? 少しでもいい。……お前の能力で、何か私を手助け出来ないか?」

「私、ですか…………」

「ああ、あなた、何か私の役に立てねぇか? 凄く助かるんだが……」

「頑張って、みます…………」

 シンディはおどおどしながらも、両手を組んで、何かを生み出していた。


 それは蝶のような姿をしていた。

 シンディは無数の蝶を生み出していく。


 蝶の頭には美しい桃色の鳥のような頭になっていた。


「私は……偵察が出来ます…………。この辺りに潜んでいないか。見れるんです……」

「……よくやった。敵は人混みに紛れただろうから。私の体温探知じゃ見分けがつかねぇ。敵の姿が映像として見れるのか? もしかして?」

「はいっ!」

 シンディは小さく叫んで、自身の能力を発動させる事にした。


 まだ敵は逃げ切れてはいない筈だ。

 このショッピング・モールの何処かに隠れている筈だ。


「なあ、シンディ。それから、もう一つ頼みたい……」

「なんでしょうか……?」

「生命エネルギーを分けてくれ。あなたの体温だ……。先程も貰ったが…………、死にそうだ。でも、なんとか体温、もしくは炎のエネルギーを手に入れれば……、ダメージを誤魔化す事は出来る。畜生、今日、曇ってやがる。……太陽の光を手に入れられれば……」

 彼女は再び吐血するが……。

 シンディの方から、グリーン・ドレスの右手を握り締めた。

 体温がグリーン・ドレスの体内に吸収されていく。

 グリーン・ドレスはまるで砂漠で水筒の水を得た顔のように、生き返った、といった表情になっていった。シンディは全身に少し悪寒が走る、膝を地面に置く。

 グリーン・ドレスは彼女から手を話す。


「ありがとう、シンディ。ちょっと、眩暈がして苦しいだろうが……。ライターを手に入れておきたい。あるいは、車を爆発させる……。炎のエネルギーを全身に纏わせるつもりだ。先程は炎の威力が弱かったから逃げられた。私の生み出す、炎のエネルギーが強ければ……。これで、敵を焼き殺せる炎を生める筈だっ!」

 グリーン・ドレスは辺りを見渡す。


 車は数十メートル先に停車している。あれを奪おう。

 あれを持ち上げて爆発さえ、炎のエネルギーを身に纏えれば……。


「シンディ。一緒に戦うぞっ! 私一人では勝てないかもしれねぇ。だって、きっと、奴ら学んでやがるよ。あの男一人で来ているとは思えねぇーんだ。他に伏兵がいるかもしれねぇ。存分に私に対して、対策してきてるだろうから。……本当にやっかいな敵だろうなぁ、伏兵がいるとすれば。なあ、本当に私と共に戦ってくれよっ!」

 グリーン・ドレスはシンディの右手を強く握り締めた。

 温かい。

 生きている……、心のある人間の温もりだった。

 シンディをこれまで、虐げてきた者達とは明らかに違う人の温もり……。


「倒すぜ、敵を!」

「は、はいっ!」

 シンディは精一杯勇気を振り絞って叫ぶのだった。

 彼女は記憶が甦ってくる……、自分の忌まわしき記憶が……。こんな時に……、いや、こんな時だからこそ、甦ってくるのだろう……。自分の存在は呪われている……。

 明滅するように、シンディは自身の顔が頭の中を過ぎ去っていった。



 ラトゥーラとシンディの家は貧しかった。

 父親がよく酒に酔っては二人を殴ったし、また安物のドラッグにも手を染めていた。マフィアの下っ端のバイヤーから買ってきたものなのだろう。二人の父親はよく違法賭博に金をつぎ込んでは、給料をドブのように捨てていた。


 こんな父親では駄目だと思って、母親は二人を連れて逃げ出した。


 母親は身を粉にして工場で働いていた。

 ファッション・ブランドの皮製品を扱う場所で仕事環境は最悪だったらしい。


 シンディは十歳に成るか成らないかの年齢の時には、身体を売り始めていた。所謂、フリーの売春婦という奴をしていた。外国人観光客の中にはロリコンの児童性愛者(ペドファイル)が多い為に、シンディを買ってくれる者達は多かった。


 黄色い肌の男もいれば、白い肌の男もいる。十代の男もいれば五十代の男もいる。ただ、ロリコン男に特徴的なものは無垢な少女を凌辱したいという独特の支配欲だった。たまに怖しい事を強要してくる客もいたが、金の為にシンディは我慢するしかなかった。


 ラトゥーラの方も追い詰められている。

 彼は元々、幼い頃に、まだ本格的に暴力を振るう前の父親から“お前は女として稼げるんじゃないのか?”と言われて、女装させられて、女装姿はニューハーフとして売りに出せるんじゃないのか? と指摘された。最初の頃は母親の方も微笑ましく“娘が二人出来たみたい”と言って喜んだのも、良くなかった。そして、彼は幼い頃から度々、女装を強要されて生きてきた。きっと、屈辱だったに違いない。

 けれども、今のラトゥーラの本音としては、その人生を自ら選択したがっている処がある。だから、彼は日頃から女装しているのだろう。女として生きていく為に、心の方も女になりたがっている節がある……。


そして彼は、港町の大運河で観光客を相手にする“水夫”という仕事を選ぶ事にした。今の処は女装の男の娘としてやっているが、いずれは本格的に性転換手術を行う事も考えているだろう……。その方が稼ぎがいいだろうから。彼はシンディが売春婦として生きる事に対して、ずっと嫌そうな顔をしていた…………、未だ期待に答えられそうにない。


 街頭での売春をしている際に、シンディは酷く怖い眼に何度も合った。暴力的な男に何度も顔や腹を殴られた事は一度や二度じゃない。彼らは大抵、売春婦を物同然としか思わない。彼女は外国人観光客を上手く騙して、人一倍金儲けをする事は得意じゃなかった。だから、いつも暴力男に当たる事が多いのだろう……。


 生理の日でも平気でコンドームを使わずに行為を行ってくる男も多い。今まで妊娠しなかったのは奇跡だと思う。


 そんな日々を送っていた為に、やがて彼女は下を向いて生きるような暗い性格になっていった。道端のアスファルトで踏まれていく雑草よりも、更に日陰の存在なのだと自分の事を思うようになっていった。


 そして二人の母親は次第に皮製品の工場労働が原因で身体中に炎症が出来始めた。

 寝たきりの母親は去年、死んだ。

 二人を愛してくれていた…………、シンディに対して辛い職業を行わせている事を悲しみ、不甲斐ない自身を悲しみ、ラトゥーラに対しては幼い頃に責任の一端が自分にもある事を悔んでいた……、ラトゥーラは彼の仕事に対して“大丈夫だから”と笑顔で答えていた。彼の本音はシンディには分からない……。


 二人の生活は、更に貧困へと追い詰められていった。

 そして、シンディは更に稼げる場所を提供して貰う為にマフィアに近付いて、結果、誘拐されてマフィア専用の売春婦として過酷な労働環境で働かされて、生きる事になろうとしていた……。

 

 彼女の未来には絶望しかなかった…………。


 グリーン・ドレスは彼女にとっての灯火のようなものだ。

 彼女に勇気と希望を与えてくれる。

 グリーン・ドレスと一緒にいると、自分も強くなれると思う。……強く、ならなければならないと思う。あの炎使いの女は、シンディに道を示してくれるのだ。



 ……グリーン・ドレスの役に立ちたい。

 シンディは必死に今という時間軸に思考を切り替える。


 彼女は光の道筋なのだ。

 そして、ウォーター・ハウスも……。

 自分の弟が彼らに頼んだ。そして、自分もまた、彼らに頼み……、そして彼らの役に立ちたいと思う。


 シンディは自分の右腕が明らかに重いといった感覚を持っていた。

 何か、小さい鉛のようなものを付けられたような……。

 彼女は自分の右腕を見てみる。


 肘から下の辺りに、花のようなものが生えていた。

 花……?


「な、に? これ?」

 シンディの声は裏返る。


 花は蕾の状態だったが、次第に開いていく。

 開いた花の奥には、小さな眼が二つあった。眼がシンディを見上げている。


 いや、この花もそうだが……。


「グリーン・ドレスさん…………っ!」

 彼女は叫ぶ。


「私の出した蝶達の追跡が……、途中で消えましたっ!」

 シンディは泣きそうな顔をしながら、腕から生えた花を見せる。


 グリーン・ドレスは咄嗟に、シンディの腕から花を引き千切る。

 茎と根ごと引き千切った為に、シンディの腕の肉が少し削げ落ちていた。

 そして、ドレスは花を地面へと転がした。


 花弁の先から、何か獣の牙のようなものが生えてくる。

 それが見る見るうちに巨大になっていき、シンディの身体を丸ごと飲み込もうとしていた。炎が放たれる。カラミティ・ボムだ。

 グリーン・ドレスの放った攻撃によって、生まれた大型の牙を持った動物の頭のようなものは見る見るうちに焼け爛れていく、頭蓋骨の骨は無く、まるで植物が燃えるように萎れるように動物の頭は焼けて消え去っていった。


「どっから、攻撃しているんだよ!? クソッタレがぁ!」

 グリーン・ドレスは空から撒かれているものに気付く。


「種だなっ!」

 グリーン・ドレスはシンディの傍によって、自身の周辺に炎の渦を巻いていった。

 地面に次々と種が落ちていく。

 そして、地面から花が次々と生えていく。……早い。


 花の先から、巨大な獣の口が生えてきた。


「キリが無ぇな。もうこのまま突っ切るぜ。種を身体に入れられたら、即座に抜き取るぜ。……しかし、さっきの奴も透過して実体化する腕を操るのか。本当にやっかいだぜ」

 そう言うと、彼女はシンディを掴まえると、数十メートル先の自動車まで飛ぶように走った。



「うふふふふふっ、どうかしらあ? この私の『ヴィクトリア・ストレイン』」

<上等だよ。最高だ。ボク達二人で彼女達を始末出来る>


 魔女ラジスはスマートフォンでロジアと通話しながら唇を歪めていた。

 そして、彼女はポケットから煙草を取り出して火を点ける。

 ドラッグを染み込ませた煙草だ。

 ラジスの心を強く満たしてくれる。


 彼女の作り出す花はキンポウゲ科の毒の花だ。アルカロイドを含み、アヘン、モルヒネなども作り出す。呼吸困難、心停止を引き起こすトリカブトみたいな植物だって生成する事が出来る。そして、その花からは凶暴な人肉を喰らう怪物の頭を生み出す事も可能だ。高速二百キロで走る車にも、種を付着させて、中にいる人間を喰い殺させる事も可能だ。


 それが彼女の『ヴィクトリア・ストレイン』だ。

 ロジアの『ジーン・アナルシス』と同時に使えば、敵がどれだけのパワーを持っていたとしても始末する事は可能だ。


「うふふっ、やるわよ。ロジア、私達のコンビなら敵無しよ」

 そう言って、彼女はビルの屋上からショッピング・モールを見下ろしていた。


 爆破音がした。

 ラジスは眉を顰める。


 ショッピング・モールが次々と燃え始めていく。


「理解していたのかしら……? 飛ばした種を焼けば……。でも、私もロジアもまだ能力を出し切っていないわ。続けて追跡、そして暗殺させて貰うわよ」

 

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