第九夜 魔女ラジスの『ヴィクトリア・ストレイン』とロジアの『ジーン・アナルシス』 1


「遅いなあ。ウォーター・ハウスとラトゥーラ」

 グリーン・ドレスはガチャガチャとスマートフォンを弄っていた。

 彼女は連絡が無いのに飽きたのか、無料のアプリで遊んでいた。


「どうする? 私達?」

「どうしましょう…………」

「仕方ねぇーな。ショッピングにでも行くか?」

 ドレスは大欠伸をして、スマホを服のポケットの中に突っ込んだ。


「思ったんですけど」

 シンディは少し口ごもりながら言った。


「もしかして、敵に襲われていたとしたら? ホテルや列車の時みたいに……」

「……かもな。でも、あいつの事だから、単に美術館に長居しているだけなんじゃねーの? ショッピングにでも行こうぜ。此処のファッション・ブランドが見たい」

 そう言いながら、グリーン・ドレスはシンディを誘う。

 女二人だ。

 服でもじっくり眺めたい気分にもなるだろう。

 特にシンディはそういったものに興味があるが、奥手で着飾るのに躊躇しているような節があった。ドレスは彼女に着せてやる服を考える。自分はパンキィッシュでゴツいのが好きだが、彼女には何が似合うだろうか…………。

 

「いいんですか? そんな事して…………」

「いいんじゃねぇの? あいつ、マジで好きにしてさあ。本当にお前達護衛するつもりあるのかよって思うけどよ。まあ、でも、私も好きにしているだけだし。……でも、一応、言っておくと」

 ドレスは少しだけ眼を細める。


「狙われている、尾行されている、っていうのなら、ずっとされている」

 彼女はそう断言する。


「そ、それは、何処ですか?」

「分からない。分からないから不気味なのよ。とにかく狙われているわねえ」

 そう言いながら、彼女は頭を少し掻いてショッピング・センターへと向かった。



「魔女、頼りにしているよ」

 ロジアは自らの髪を撫で上げる。

 青年は一眼鏡を手にして、二人の様子を窺っていた。


 彼の隣には、マントを纏いフードを被った女が座っていた。


 二人はショッピング街にあるデパートの頂上から、二人を俯瞰(ふかん)していた。


「大した事無さそうねぇ…………」

「おどおどしている女の子の方はそうだけど。もう一人の赤にオレンジの髪の色の女性はかなり強いらしいよ。炎使いだそうだよ」

 そう言いながら、ロジアは眼鏡を掛けてスマートフォンをカチャカチャと弄っていた。


 魔女ラジスは何かを手にしていた。

 それは真ん中から半分に切られた林檎(リンゴ)だった。

 林檎には大量の蛆虫が湧いていた。


「私の能力は夜の方が活発になる。……待ってくれないものかしら?」

「ボクも出来れば、夜に襲撃したいな……、でも、今、暴君と少年の二人と離れている。今が始末するチャンスなんだけどね?」

「私は全員を皆殺しに出来る自信があるわ…………」

 そう言うと。

 ラジアの背後から、何体もの大きな口から牙を覗かせた獣が出現する。


「夜の方が私の『ヴィクトリア・ストレイン』の“暴食”は発動させやすいんだけどねえ」

「魔女。もう既に、三名は倒された。大口叩いていたアルモーギも死亡した。マコナーも透明人間もそれなりの使い手だった。ボクはもう少し慎重に戦いたい」

 そう言いながら、ロジアは鉄柵に背を預ける。


「ちょっと待って。ムルドとヴァシーレからメールで連絡が入った。首尾は凄い良いそうだ。ムルドが暴君の能力を封じこむ事に成功したそうだよ。腹の能力。殺人ウイルスを出す奴だね」


 魔女はいきなり何も無い場所で笑い始める。

 彼女の笑い声は次第に大きくなっていく。


「これは、競争ですよ。ラジス。我々は本気で暴君を始末する。彼の闇の英雄譚に終止符を打つのです。栄光は我々が掴み取るのですよ」

 そう言うと、彼はスマホを強く握り締める。


「ボクの『ジーン・アナルシス』でサポートします。魔女、君が仕留めるんですよ。君の能力は多少、無差別的ですが。何、犠牲者の数なんて大した事ないでしょう。全部、君の能力が作り出す怪物の腹の中に収めてしまえばいいのですっ!」

 そう言うと、彼の背後から一対の腕が現れる。透明な腕だった。


「ボクの能力は元々は人体の手術の為に発現した能力なんですがねえ。でも、人間を殺害する事も出来る。暗殺にはとても向いてますよ。ひとまず、後ろの透過する腕で奴らの心臓を握り潰してやりますよ」

 彼の背後の腕が、地面を這っていく。


 魔女は大きく煙草の煙を吐き出した。



「可愛い服、多いですね」

 シンディがぼうっとしながら、ブティックのショーウィンドウを眺めていた。


「私、色々、着たいです」

「なんだよ、コンサバ系とか好きなの?」

「ドレスさんも試着します?」

「いや、いや、いやいや、私はいい。いいから、似合わないから」

 赤い天使は、とても恥ずかしそうな顔をしていた。


「苦手だから、女の子っぽ過ぎるの。もう、本当にムリだから。ほら、ピンクとか」

「じゃあ、ロリィタとかどうです? 真っ白いクマウサギとかのプリントがされたフリルが沢山あるのとか。可愛い桃色の薔薇のカチューシャや、フリルがふんだんにあしらわれたパラソルとかも身に付けませんか?」

「お、お、お前、この私を殺す気かあああああああ!」

 グリーン・ドレスの声は裏返る。


 そう言いながら、シンディはドレスの手を引いて、ブティックの店の中へと入っていく。


「あ、そうだ。お洋服買ったら、カフェ行きましょうよ。コーヒー・ショップとか。私、ドレスさんとお揃いのティーカップで砂糖のたっぷり入ったエスプレッソ一緒に飲みたいなあ。あ、キャラメル・ラテでもいいですよ」

「なんだよ。ちょっと性格、明るくなってきたなあ…………」

 グリーン・ドレスは苦笑する。

 まあ…………、少なくとも、ずっと無口で陰鬱な顔をされているよりは遥かにマシかもしれない。


「処でシンディ」

「なんですか?」

「私はウォーター・ハウスか、あなたの事、守れって言われてるんだ。奴の言う事だから遵守したい。だから、…………、敵がどっから来ても、あなたを守る」

「うーん、何を言っているんですか?」

「服の試着と、コーヒー・タイムは後って事よ。尾けてきた奴、現れたぜ」


 そう言うと、グリーン・ドレスは臨戦態勢へと入る。


 細身の眼鏡を掛けている長髪の男だった。

 夕暮れの光を背にして、彼は不気味に半笑いを浮かべていた。


「名を名乗りな。テメェのその小奇麗な顔が焼け爛れて、二度と鏡見れなくなる前に名前くらいはちょっとの間、覚えていてやるからよおぉ?」

 彼女は中指を立てて、ファック・サインのポーズを示す。


「君がグリーン・ドレスですか。透明人間(インヴィジブル・マン)を焼き殺した。彼、政治家だったんですよねえ。いや、実は、それで彼と癒着していた企業やマフィアの組織(カルテル)が沢山、怒りを燃やしているんですよね。結構、有力な議員でしたから。死なれたら、マネー・ロンダリングがやり辛くなるって。租税回避地(タックス・ヘイブン)を作る上で都合の良い法律も推し進めようとしていましたから。……後、売春規制の法律を作りたがっている政敵も封じていたわけですし。実を言うと、あの港町で、その利益を得ていた、このボクも非常に困った」

 優男は、大きく溜め息を吐いた。


「そうかよ。クサレ外道だったわけだなー。私、正義の味方やったんじゃねーのお? おっかしいなー、私達、悪人の筈だったんだけどなー。なあ、テメェらの方が、救いがたい邪悪だったんじゃねーのかよお?」

 そう言いながら、グリーン・ドレスは腹を抱えて笑う。


 優男は大きく溜め息を吐いた。


「凄く変態チックな事を言って、とても申し訳ないんですか。今から、君達二人の事、その“手術”して良いですか? その、解剖したり、色々と摘出したりしたいんですが」

 そう言うと、彼は眼鏡を直す。


 彼の背後から、何対もの透明な人間の腕が現れた。


「何か知らねぇが、シンディ。此処から離れるぜ。奴は追ってくるだろ。ショッピング楽しみてぇーんだろお? 奴を焼き殺してからだな」

 そう言うと、彼女は右手で拳銃のようなポーズを取る。

 

「まずは死ねよ! 『マグナカルタ・バルカンショット』」

 彼女の人差し指の先から、炎の弾丸が敵の男の額に向けて発射されていく。


「なあ、グリーン・ドレス! ボクの名はロジア! 君はボクの『ジーン・アナルシス』を理解する事は出来ない。君はどうやって始末されたのか、分からないまま、死ぬんだよっ!」


 グリーン・ドレスは口から大量の血を吐き出していた。

 彼女の放った炎の弾丸は、空中で静止して弾き飛ばされる。


 シンディは倒れるドレスの背中の辺りを見ていた。

 確かに半透明な両腕が、彼女の体内へと潜り込んでいったのだった。


 グリーン・ドレスは地面に倒れる。そして、彼女は血を吐き出し続けた。


「クソ…………、ダメージが…………、深い。……おい、シンディ。あなた、なんとか出来ないのか? あなたも、…………、能力者なんだろ…………、クソ…………」

 ドレスは必死で気絶しそうなダメージから、意識を立て直そうとする。


「貴方の後ろに、腕が……背中から入り込んで……」

「そうか…………。このダメージは…………、私の心臓を掻き毟りやがったな、野郎…………っ!」

 グリーン・ドレスは血を吐き出す。そして、彼女は何とか起き上がろうとする。


「もう始末していいかな? 案外、脆かったみたいだね」

 ロジアと名乗った男は唇を歪めていた。


「います。周辺に透明な何かが。多分、腕だと思いますが!」

 シンディは叫んだ。


「…………、シンディ。あなた、確か探知能力なんだっけ? 敵を倒す力は無いよなあ? ……クソ、ダメージがかなり深い……。このまま、死ぬかも……」


 周辺にいた者達が、倒れているグリーン・ドレスに近寄ろうとした。

 彼女は凄まじい眼で、寄ってくる人間を見渡す。

 そして、指先を空へと向ける。


 ばっしゅ、ばしゅ、と音が聞こえた。


「テメェら全員、散りやがれっ! 今、私達は殺し合いをしているんだよっ! 巻き込まれたくねぇだろぉ? あああ? 今、空へ向けて撃ったのは拳銃だぜぇ? 巻き込まれて、ド頭割られてんなら別だが、散りやがれよおおおおおおおっ! あいつ、マフィアの一員だぜっ!」


 グリーン・ドレスは叫ぶ。

 それを聞いて、街の市民達は、彼女の下から離れていく。


 それを見ながら、ロジアは鼻を鳴らした。


「やはり、君達は街中の人達を巻き込まない姿勢みたいですね? 確信しましたよ。仲間達にも連絡しておきます。残念ですね、グリーン・ドレス。大量殺人鬼の一人とお聞きしていたんですがね?」

 彼は本当に楽しそうな顔をしていた。確信した事をスマートフォンを送信して、仲間に送信しているみたいだった。

 明らかに、この男は一般市民を巻き込む事を厭わないと宣言しているのだ。


「ウォーター・ハウスが決めた事なんだぜ。テメェらは一人残らず殺す。一人残らずだ! だが、一般市民は一人も巻き込まない。ああ、畜生がああああっ! 私達の能力は無差別大量殺戮が得意だっつーのによお。おい、テメェ、この陰険な顔面、何度もザクロのようにブチのめしてやるからよおぉ。そのひ弱な、身体、ボキボキにへし折ってやるよ」

 グリーン・ドレスは怒り狂っていたが、同時にかなり呼吸が荒かった。


「何か、私に出来ませんか? ドレスさん」

「…………、少しだけ、私に命を預けてくれないか。……悪いが、……少しだけ、…………、ウォーター・ハウスと合流して、治して貰えるだろうから……」

 そう言うと、グリーン・ドレスはシンディの右手を強く握り締める。

 シンディの体温を、グリーン・ドレスは吸収していた。

 シンディは、眩暈がして、地面に腰を付く。


「悪ぃな、シンディ。奴を黒焦げにする為に、熱が必要なんだ…………。私の能力の弱点なんだ。……出来れば、マッチかライター探してきて欲しい…………、なんなら、拳銃でも…………、銃火器類の類も…………、私と能力に、エネルギーを与える」


 グリーン・ドレスの発言を、ロジアは注意深く聞いていた。


「ほう? 貴方の能力は熱を吸収出来るんですか?」

 ロジアは喜びながら、メールで仲間達に知らせているみたいだった。


「大サービスだ。教えてやる、クソ野郎。私は無限に熱エネルギーを吸収し続けられる。威力は無限だ。この街全部を焼き尽くせる。一国を相手にしたって平気なんだ…………、クソ、それなのに、テメェごときに死にそうなんだ」

「やはり、それだけの強さと威力があるのですね。ふふっ。能力は使いようですからね。透明人間相手にかなり苦戦していたでしょう? たかが、スナイパーに君は死に掛けた。グリーン・ドレス、そろそろ始末させて貰いますよ」

「悪いな。私の能力の概要を話していたのは時間稼ぎだ。テメェの息の根を止める為のなっ!」


 ロジアは自身の周辺が何かおかしい事に気付く。

 まるで、蒸し風呂の中にいるみたいだった。


「んん? 何かヤバイな。『ジーン・アナルシス』、さっさとこの女を始末しろ…………」

 

 ロジアの周辺に幾つもの小さな火の球が生まれる。

 そして。


 火の球は弾け飛んでいく。

 連鎖的に火の球は爆発して、ロジアを攻撃していった。

 ロジアのいた辺りが火柱に包まれていく。

 人間の肉が焼ける臭いが辺りに漂っていった。


「ヤバい。…………、ダメージは与えられたかな。…………、敵の方も、この私をさっさと始末しないのは、なんらかの時間稼ぎだ。…………、こちらも敵の能力の全貌を見破らないと……、死ぬ。シンディ、私、頭悪いから、一緒に考えてくれ。会話している間に、とっくにこの私を始末出来た筈なんだ。…………、敵が慢心しているからじゃない。始末しないって事は、出来ないって事だ」

「多分、腕を実体化するのにタイムラグがいるんです。最初、完全にほぼ透明でした。体内に潜り込んで、臓器を攻撃したりする為には、時間が掛かるんじゃないのか、と……」


 グリーン・ドレスとシンディの二人は、辺り一面に半透明の腕が実体化して、二人を取り囲んでいる事に気付いた。


 無数の腕達が次々と、二人に襲い掛かっていく。



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