間章 魔女ラジス

 魔女の家。


 ラジスの家は近隣住民から『魔女の家』と言われて恐れられている。実際、彼女は様々な魔術的な道具の製造を行っていた。家の周辺には大量の人形がゴミのように並び、風化してボロボロになっていた。


 そして。

 彼女の家は密造銃、密造薬品が精製されていた。……そして、大量の麻薬が此処から出入りしていくのだ。

 よくマフィアの連中が此処にやってくる。魔女はビジネス相手として重宝している。


「誰か来たのかしら?」

 彼女は振り向く。

 派手な色のスーツを着た男だった。下っ端なのだろうが、格好だけは気にするタイプのマフィアなのだろう。彼女はこの男の性質を一目で分かった。


「『トランク』を回収しに来た。いいか?」

 男は訊ねる。


 ラジスは真っ黒なフードを外す。

 肉のような桃色の髪が露になる。髪の所々には血管のような赤と白骨のような白が散りばめられていた。


 彼女は大型のトランクを男に渡す。

 男はビニールで包んだ札束を魔女に渡した。


「組織(カルテル)や連合(ファミリー)は、あんたのような人材を欲しがっているぜ。フリーの暗殺者としても、あんた、優秀だろ?」


「余り、私を舐めないで欲しいわね。この部屋のモノを盗んだわね」

 彼女はにんまりと笑う。


「そ、そんな事してねぇよ」

 男は言う。


「ふうん」

 ぷかぷかと、魔女は何かを葉巻状にして吸っていた。紫色の煙が部屋中に満ちていく。


「…………、処であんたの処のボス。私に他にも用事があるんじゃない?」

 ラジスは香水を自らの身体に吹き付けた。


「そ、そうだ。写真を渡すぜ、四枚程」

 男はポケットの中から、写真を取り出す。


「この三名を始末しろだってさ。カルテルが集まってメンバーを結成しているらしいぜ。どうだ? あんたも暗殺者のメンバーに加わらないか?」

「うーん」


・ウォーター・ハウス

・グリーン・ドレス

・ラトゥーラ

・シンディ


 写真には、四名それぞれの名前が記されている。


「この人達、全員、バラせばいいわけね?」

「ああ。ジグソー・パズルのようにしてしまえ」

 男は言う。


「ねぇ。何故、人間は他人の欲望に対して、自らも感化されるのかしら? 他人が欲しいと思っているのを自分も欲しくなる。ブランドのバッグだってそう、好みの食べ物だってね。って、ん? 聞いている?」


 男の上半身は丸ごと無くなっていた。


 ラジスは少し、ぽかん、と口を開ける。

 どたり、と、下半身だけになって転がっている男を見て、困った顔になる。彼女はうずくまって、死体の断面図を見る。


「困ったわ、困ったわ。ねえ、なんで話し掛けてくれないのかしら? ねえ、話してよ、貴方。ちょっと、ビジネスの話の続きじゃなかったわけ?」

 彼女は明らかに動揺していたが……。

 

「ロジアも来るのかなあ。私と組んでくれるのかしら? あいつと一緒なら、中々、楽しめそうなんだけどなあ」

 彼女はとても楽しそうに鼻歌を歌いながら、コーヒーポッドでモカ・ブレンドのコーヒーを作り始める。


 しばらくして、家の玄関が開かれた。

 入ってきた者は魔女の姿を確認した後、床に転がっている死体をしげしげと眺めていた。


「おい。ラジス、君は何をしているんだ?」

 長髪に眼鏡の男が入ってくる。

 彼は下半身だけの死体を見て、首を傾げた。


「魔女。なあ、君は何をしていたんだ? 一体。その死体は一体、何なんだ? 殺してはいけない、お前のビジネス相手じゃなかったのか?」


 入ってきた男…………、殺し屋のロジアはしげしげと彼女の部屋の中を眺めていた。部屋中に得体の知れないものが陳列している。呪いの道具や毒薬なのだろう。


「あははぁあ? わかんなーい。ロジアじゃないー。ひっさしぶりー」

 そう言いながら、魔女は幻覚剤の吸引を始めた。

 彼女が殺害したのは明らかだったが…………、理解していないのか? ……ロジアは心の中で舌を打つ。


「ロジア。待っていたわよ。貴方も飲む? モカ・ブレンド」

 魔女は薄ら笑いを浮かべた。


「いいけど…………。ちゃんとビジネスの時は余計な人間を殺さないで欲しいんだけどなあ」

 そう言いながら、彼は腰まで伸びた髪の毛を弄り、腕を組む。


 魔女ラジス。

 彼女は狂気の只中にいる。

 彼女は呪術や毒物による毒殺などを専門にしているが、彼女の能力は彼女の狂気のボルテージによって本人でさえも自分自身の能力をコントロールし切れていない。


 彼女は見えない何かと会話を続けていた。

 そして、しばらくして落ち着く。


「うふふー、ロジア。ビジネスを一緒にするんでしょう? 沢山、沢山、殺すんでしょう?」

「四名だよ。標的は四名。そして僕達はおそらくウチ、二人でも始末出来れば上等だ」

 そう言うと、彼は自らの眼鏡を直す。


「まあいいです、ラジス。車に乗って下さい。連中を始末にしに行きますよ。ウォーター・ハウスとグリーン・ドレスの首には、それぞれ、6000万。そのうち、“ファミリー”からの賞金は一億を超えるでしょう。ガキ二人にも、それぞれ、1000万の賞金が掛けられています。もっと釣り上がるでしょうね。ボク達にも面子がある、始末しますよ」

 そう言いながら、ロジアはエンジンにキーを掛けた。


 魔女は後部座席に乗る。

 そして、彼女は薬を吸い始めた。


 賭博の借金、マフィア達から借りた闇金の取り立てから逃げた者達を、魔女ラジスは呪いによっていたぶる依頼などを受けていた。この辺りでは、彼女の存在は異形のものだった。


 巨大麻薬産業を担う一角として、マフィア達はこの魔女に依頼を行う者達も多い。

 MD中の麻薬の流通に、彼女の存在は大きく担っている。


 ロジアの方はというと、闇医者だ。

 彼は臓器売買を流通させている。それが、彼のビジネスだからだ。

 彼の専業は臓器移植であり、暗殺者としての仕事はあくまで副業だった。だが、ウォーター・ハウス達がマフィアと戦争を行うとするならば、自らの利潤が大幅に脅かされるので、暗殺者のチームに入るしか無かった。


「我々のチームが狙っていますが。妨害も入るでしょうね。マフィアの連合(ファミリー)は、各々、ヒットマンを募るでしょう。彼らとの競争になりますよ。でも、大丈夫。チンピラや下っ端に奴らは倒せませんよ。あ、ラジス、車内モニターがある。ああ、アメフトの試合でも見ます?」

「…………、別にいいわ」

「そうですか。オルタナティブ・ロックでも聴きますか?」

 そう言うと、ロジアはCDケースを魔女に渡す。


「…………。この中だと『エニグマ』か『リンブ・ビズキット』がいいわ。それぞれ、一枚ずつしか無いのね?」

「ボクは『ニルヴァーナ』や『ディーボォ』が好きですから。一枚しか無いミュージシャンの奴は、試しに買った奴ですよ。でも、エニグマはボクの患者で好きな人が多いですねえ。精神安定に効くのかなあ?」

「私は患者じゃないわ」


 車内に大音響のエニグマのミュージックが流れる。


 魔女ラジスは音楽に合わせて、小刻みに首を振り続ける。


 二人の乗った車は、高速道路に入る。

 

 魔女は音楽に合わせて、能力を発動させていた。

 すれ違った運転手のドライバーの手首が無くなる。

 背後を走っている車の運転手の首が何かによって、喰い千切られていた。


 次々と高速道路内で、事故が引き起こされる。


「どうにかなりませんか? ラジス。能力を無差別に使うのは」

「あらぁ? 仕方無いじゃない。私の能力は自立した意思を持って、勝手に無差別に他人を巻き込んでいるだけだから」

「貴方の能力によって作り出す存在は、人間をホット・ドッグか何かだと思っているんですか……? まあ、いいですけど」


 背後で車が爆破炎上していた。


 ………………。

 マフィアが英雄的に大活躍する映画は流通しているが、それらに憧れる者達は愚か者ばかりだ。


 マフィアなんてものに英雄なんていない。

 みな、社会からのハグレ者であり、貧困層に落ちた者達ばかりだった。そして、MD中の大企業と癒着して、みな、国民から利潤を吸い上げている。


 そして、ロジアも魔女ラジスも、そんなマフィアの構成員達と闇の取り引きをしている殺し屋だった。頼まれれば、どんな標的でも殺す。それが二人の人生だった。

 殺し屋に英雄なんているのだろうか? ロジアはそんな事を考える。……だが、どうだって良い事なのだろう。ただ、金の為に殺す。仕事だから殺す。それだけだ。


 二人は大量殺人鬼であるウォーター・ハウスを始末する為に、目的地に向かう。

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