第八夜 ムルド・ヴァンスの『ジベット』とヴァシーレの『エンジェル・クライ』
「ラトゥーラ。少しヤバい。先回りされていた。お前は、グリーン・ドレス達と先に合流しろ……」
ウォーター・ハウスは傍らの少年に言う。
「なん、ですか?」
「おそらく、先程の男は俺の能力の全貌を分析する為に使い捨てた駒。どうやら、今回の敵が俺やお前の命を狙いに来た本命のようだ」
彼はそう言って、ラトゥーラに、グリーン・ドレス達が待っている広場に向かうように言った。
「途中で敵が現れた時、お前一人で撃退出来ればいいんだが。……やっかいだ。ああいった眼をしているタイプの男は」
そう言うと、ウォーター・ハウスは四名が合流する場所へと一人で向かう。
ラトゥーラは彼の指示に従って、グリーン・ドレス達と合流する事にした。
ウォーター・ハウスは一人で、その場所へと近付いていく。
凱旋門。
『自由・平等・友愛』の三文字が、彫られている。
凱旋門の前に、一人の男が佇んでいた。
真っ黒なコートを羽織っている。
真っ白な髪の毛をシャギーにして、顔面に大量のピアスをしている。両眼は白いカラー・コンタクトをしているせいか、何処か爬虫類のようにも見える。
彼はしっかりと、ウォーター・ハウスが向かってくるのを眺めて、待ち構えていた。
その動きには、まるで隙が無い。
明らかに、先程の敵よりも……強い。
ウォーター・ハウスは立ち止った。
「お前は、俺達を始末しに来た者だな?」
コートの男は頷く。
「俺の事はムルドと呼んでくれ、暴君。実は俺はお前のファンなんだ。暴君、お前の悪名はよく聞いている。お前は犯罪者の鑑だよ。ウチの組織のメンバーでも、お前を崇拝している奴だっているんだぜ?」
「だが、その眼はこの俺を始末したいって眼だな」
「ああ。俺の立場上な。俺はムルド・ヴァンス。そう、組織『ヘルツォーク』を率いるボスだ。組長って処だな」
観光客達が二人の殺意と敵意に気付かずに、歓声を上げていた。
凱旋門前で記念写真を撮っている者達もいる。
「一つ、聞いておきたいが」
ウォーター・ハウスは溜め息を吐く。
「貴様はこの辺りにいる者達全員を巻き込むつもりでいる気か?」
「この俺はそのつもりだが? 暴君、お前、無差別殺人犯なんじゃなかったのか?」
ムルドは悪びれもなく告げた。
「俺の殺人には俺なりの美意識がある。お前には理解して貰う必要は無いがな」
「そうか」
ムルドは腕を組む。
「始末、させて貰うぞ。殺人ウイルスで一般市民を巻き込んでみろ。俺は一向に構わない」
その言葉が合図だったのか。
何かが、ウォーターに向けて投げ付けられる。
それは輪のようなものだった。
ウォーター・ハウスは、咄嗟にそれを避ける。
いつの間にか、凱旋門の上に人が立っていた。
「おい。ムルド、お前がこの俺の依頼人だったのかよ? お前、『ヘルツォーク』のボスだったのか? 始めて聞いたぜ?」
肩まで伸びた黒髪の所々に金色のメッシュを入れた中性的な顔立ちの人物が言う。
「そういう事だ。ヴァシーレ。お前には部下を通して依頼させて貰った。しっかりとフリーの殺し屋としてのビジネスをして貰う」
「分かったけどよ。俺で良かったのか? ペアはよお?」
「ああ。お前がいい。お前が最適だ。暴君を倒すにはなっ!」
ウォーター・ハウスは、ヴァシーレと呼ばれた青年を一瞥した後、すぐに眼の前の黒コートに視線を戻す。
ヴァシーレはなおも、投げ輪のような形状の円月の刃物を、ブーメランのようにウォーター・ハウスに投げ続ける。
「上の敵は俺への様子見ってのが見え見えなんだが」
ウォーター・ハウスは鼻を鳴らしながら、ヴァシーレの攻撃をかわし続ける。
「攻撃が眼を瞑ってでも、かわせるぞ?」
「それがいいんだぜ、ウォーター・ハウス。なあ、俺はヴァシーレの攻撃がお前に当たらない事が重要だと思っているんだぜえ?」
ウォーター・ハウスはヴァシーレの投げ輪状の刃物、おそらくチャクラムと呼ばれる武器を避け続けていた。
「なあ、ウォーター・ハウス。やってみろよ? この場所で殺人ウイルスを撒き散らしてみろよ? なあ、ウォーター・ハウスよお? お前の能力をこの俺は間近で見てみたいんだ。なあ、You bastard(人でなしのクソ野郎)!」
ムルドは不敵な笑いを浮かべていた。
ウォーター・ハウスは右腕を掲げる。
「このまま、即座にお前の首をへし折る事だって出来るんだぞ?」
「ははっ、そいつはいい。試してみるのもいいかもな。お前が俺の首をへし折る事が出来るのが先か。俺の能力の発動条件を満たして、テメェを始末出来るのが先か。なあ、試してみるのはいいよなあ。なあ、テメェの攻撃と俺の能力、どっちが早いんだろうなあぁ?」
ムルドは親指で自らの首を掻っ切るポーズを取る。
「ふん。マフィアのボスともあろう男が。そこら辺のチンピラみたいな態度だな。なあ、何処までも小物に見えるぞ? 罵倒ってのはな、上品であるからこそ、良いと思わないか?」
彼は飛んでくるヴァシーレのチャクラムを受け止める。
そして、地面へと投げ飛ばす。
ウォーター・ハウスの背後に……。
ヴァシーレは回っていた。
そして、しゃがみながら、喉へと目掛けてショットガンのような蹴りを繰り出そうとする。ウォーターは眉一つ動かさずに、首をねじるだけで、それを避ける。
ヴァシーレの靴底からはナイフが飛び出してきていた。
そのまま、ヴァシーレの攻撃は、回転して、確実にウォーターの喉に追撃を加えようとする。ウォーターはそのままの体勢からしゃがんで、攻撃を避ける。
そして。
ヴァシーレの腕をつかまえる。
「取ってやったぞ。俺の攻撃を発動させる」
ヴァシーレは……。
突然、身体中に悪寒が走る。
彼は地面に倒れる。
「…………っ! 全身が寒い。クソッ、ウォーター・ハウス。お前、この俺に一体、何をした? 寒い、身体がダルイし……、眩暈がする……。ああ、お前、何をしやがった?」
ヴァシーレは震え声を上げていた。
「大した事してないぞ。ただ、ちょっと、風邪を引いて貰っただけだ。四十度くらいの高熱だろうがな。俺の手から放たれるウイルスを感染させただけだ」
「そうかよ…………。この俺を瞬殺出来る殺人ウイルスじゃねぇのかよ? タダの風邪を引かせたってか? お前、この俺を舐めているだろ?」
「お前こそ、舐めているんじゃないのか? このまま病院に向かう事を進めるな。悪化させれば、肺炎になって死ぬぞ?」
ヴァシーレの頬の筋肉は怒りで引き攣る。
「殺人ウイルスは使わない。俺はそんなに器用じゃないからな。この街一体の人間を殺して回る事が可能だ。ラトゥーラから頼まれている、止めてくれ、と。だから俺は無差別殺人は行わない。お前達だけを始末する」
「ふふっ、ひひっ、そうかよ。大層な事だなあぁ?」
ヴァシーレは口から何かを吐き出す。
それは、小さな釣り針のような針だった。
ウォーター・ハウスはそれを避ける。おそらく、毒針だろう。
ヴァシーレは、ウォーターと距離を置く。
そして、ヴァシーレは懐から鉄扇を取り出した。
左手に持った鉄扇をウォーター・ハウスへと向ける。
「さて……。やっぱり、お前、体術もスゲェな。お前のウイルスを生成して感染させる能力の強さを支えているのは、お前自身の高い身体能力だろ? 能力だけヤバ過ぎても、暗殺に来た相手には一撃で始末されるもんなあ?」
そう言いながら、ヴァシーレは、鉄扇を持っていない右手から何かを飛ばす。
小さな投げナイフだった。
ウォーター・ハウスはそれを避ける、が……。
ナイフの柄の部分には紐が括り付けられており、くるくる、と、ウォーター・ハウスの脚へと巻き付いていく。
「むぅ?」
「つかんでやったぜ、ええぇ? ウォーター・ハウスよおぉぉお」
ヴァシーレは左手で鉄扇をくるくると回していた。
「成る程。お前、暗器使いだろう。中々、体術には自信があると見えるな」
「お陰様でな。まあ、俺は隠し武器を大量に持っているぜ。俺は暗殺専門のフリーの殺し屋なんだ。なあ、ウォーター・ハウス。この俺に炎で爆発させるとか、列車ごと怪奇植物の養分にするだとか。そんなご大層な能力はいらない。喉を裂いたり、脊髄をちょっとへし折ってやるだけで人は死ぬからなああ?」
そのまま、ウォーター・ハウスの脚は地面に倒される。
「ふうむ、やっかいだが。こんな紐程度、簡単に引き千切れるぞ」
「だろうな。だが、テメェの行動を遅らせる事が出来る」
ウォーター・ハウスは巻き付いた数本の紐を瞬時に引き千切っていた。
そして、ヴァシーレの顔に掴み掛ろうと、彼へと迫る。
ヴァシーレの身長が、少しずつ小さくなっていく。
そしてそのまま、彼の胸が少しずつ膨らんでいく。全身に丸みを帯びていく。
ウォーター・ハウスの攻撃は、ヴァシーレの肉体の変化によって避けられる。
「……なにっ!?」
ウォーターは少し戸惑う。
ヴァシーレは彼から距離を置く。
今や完全に女の身体に変身していた。
「俺は性別を自在に変えられる。男にも女にも。もっとも、変身能力じゃないから。顔は整形出来ないし、せいぜい胸のサイズが自由自在とか。ウエストを太くも細くも出来るとか。筋肉の隆起を変化させられるとか。そういった利点しかねぇけどなあ? ひひっ、だが、状況によって、最高のプロポーションに変えられる。それがこの俺の能力『エンジェル・クライ』だ」
「成る程、面白い能力だな」
「で、なんで、お前に俺の能力の説明をしているか、っていうとな」
ヴァシーレの身体は胸が膨らみ、腰がくびれ、身長が高くなっていく。“彼女”は、モデル並の体系に変わっていく。
「お前に俺に興味を持って貰う為だぜっ!」
ウォーター・ハウスは気付く。
左腕が、何か、おかしい……。
ウォーターの左腕に、何か金属製の籠のようなものが嵌め込まれていた。
「……っ!?」
「ヴァシーレとの戦いで、この俺を警戒し続けていたのは分かっていた。やはり、凄いよなあ、暴君。この俺が尊敬するだけある。本当に隙を見せないんだもんなあ。だが、俺の能力をヒットさせてやったぜ」
先程から二人の戦いを傍観していた、ムルドが口を開いた。
「なんだ? これは?」
ウォーター・ハウスは自らの手に左手に取り付いた金属製の籠のようなものを見る。
「俺の能力の名は『ジベット』。人を木製の籠に入れる吊り籠の拷問器具あるだろ? それの名がジベット、って言うんだ。そのまま名付けた。どうせすぐにバレるだろうから、能力の説明をするとだなあ? お前、腕の感覚とかどうだ?」
ウォーター・ハウスは左腕の感覚を確かめてみる。……指を動かしているつもりが、そこに存在していない……。
瞬間。
ウォーター・ハウスの左腕は、肘から先が、丸ごと消滅していた。
「…………っ! クソッ! 俺の腕を切断したのか?」
「いいや。あるぜ。だが、俺が封じさせて貰った」
ムルドの左手には、小さな鳥篭のようなものが出現していた。
その中に、ウォーター・ハウスの肘から先が入っていた。
「切断はしていない。ただ、ちょっと、分離させてやっただけだぜ?」
「返してくれれば、くっ付くのか?」
ウォーターは睨む。
「ああ、取り返しに来いよ」
ムルドは嘲笑った。
ウォーター・ハウスはムルドへ攻撃しようと走る。
すると。
彼の背中に強烈な蹴りが叩き込まれる。
締まった筋骨たくましい男の肉体に変形したヴァシーレが、彼の背中に飛び蹴りを行ったのだった。ヴァシーレのブーツからナイフが飛び出してきて、脊髄の辺りを引っ掻く。
ウォーター・ハウスは体制を崩すが。
そのまま、彼も身体をひねって、回し蹴りを行い、ムルドの手から自らの分離された左腕を取り返していた。
「生憎だったな。しかし、確実に切断出来る能力ならば、俺の腕をやれたのにな」
そう言うと、ウォーター・ハウスは鳥籠のようなものを壊す。
彼が鳥籠を壊すと、鳥籠に封じ込まれていた左腕が、彼の腕へとくっ付く。
「ダメージが無い。お前の攻撃は徒労だったな?」
「いいや、返してやったんだぜ。ワザとな、なあ、ウォーター・ハウス。ほんの少しだけ、安心しただろ? 左腕が無くならなかった、って事で安心しただろう? 正直に答えろよ?」
ウォーターは気付く。
自分の腹の違和感に。
まるで、ワニの顎のように。
ウォーター・ハウスの腹に、刃を剥き出しにした金属の籠が取り付いていた。
「なんだ、と!?」
鳥籠は消える。
そして、ムルドの左手に収まっていた。
「ウォーター・ハウス。お前の殺人ウイルスの攻略法が出来た。お前、腹にある口から殺人ウイルスを生成出来るんだろ? これで、テメェの脅威の半分以上は封じたってぇーわけだ」
そう言うと、ムルドはヴァシーレにアイコンタクトで支持を出す。
撤収するぞ、と。
ムルドはすぐに跳躍していた。
ウォーター・ハウスは彼を追い掛ける。
凱旋門の裏側に回った処で、ムルドの姿は消えていた。
「何処だ……?」
ヴァシーレは背後で嘲笑っていた。
「来いよ、ウォーター・ハウス。舐められまくって腹が立ってるんだろ? 俺のケツにキスしたら、奴の能力を教えてやってもいいかもなああ?」
「ふん。すぐに取り返してやるさ。お前を今から拷問して吐かせるんだからなあ」
ウォーター・ハウスはヴァシーレの下へと向かう。
そして、彼の首を羽交い締めにした。
「そのまま、首を絞め落とす。ヴァシーレと言ったか? さて、お前を捕虜にしようか。それとも、この場で拷問に掛けようか?」
「どっちも出来ねぇよ。俺の『エンジェル・クライ』の能力の性質上なあ?」
ヴァシーレはひたすらに嘲っていた。
突如、ヴァシーレの姿がホログラムが消えるように消え始めていく。
「なん、だと……?」
「推理すりゃいいじゃねぇか? この俺の能力の全貌を。教えてやらねぇけどな。なあ、暴君。メチャクチャ、しんどかったんじゃねぇーかあ? テメェの能力はバレてんのに、俺達の能力がまったく分からないっていう状況はよおおぉ? トランプのポーカーとか対戦カード・ゲームとかでさあ。対戦相手の手札がモロにバレバレで、ムチャクチャ攻略不可能な手札ばかりだったとしてもよお。こっちは、テメェの対策の為に手札を揃えているんだぜぇ? なあ、暴君。……俺の能力の全貌は、お前が勝手に推理しな。的中していると良いよなあああ?」
そう言いながら、ヴァシーレの姿は、完全に消滅してしまった。
ウォーター・ハウスは呆然としながら、その場に佇んでいた。
腹の辺りの服は破けている。服を変えなければならない……。
そんな事よりも……。
「俺の高濃度の殺人ウイルスを周辺に撒き散らす為には、腹の口が必須。バレていたのか。そして、ヴァシーレ。お前の能力は……おそらく、…………、お前の分身を作り出す事か?」
瞬間移動、という事も考えたが。
おそらく、ヴァシーレは実体を持った、自身の分身を出したり消したり出来る。
本体の方は完全に別の場所にいるのだろう。
「強いな。ムルド、ヴァシーレ。お前達、覚えておくぞ」
そう言うと、彼は大きく溜め息を吐いた。
やはり、敵の手札が分かる事と分からない事では、アドバンテージの差が生半可でなく大きい。
空を見上げれば曇っていた。
ぽつり、ぽつり、と、にわか雨が降り始めている。
「俺の負けだ。クソ、俺の能力は取り返す…………っ」
……今は、ラトゥーラやグリーン・ドレス達と合流しなければ……。
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