第六夜 凱旋門の街、ドモヴォーイ
1
「何故、貴方達やマフィアの連中は、そんなに簡単に人を殺せるんですか……?」
ラトゥーラは酷く心を痛めていた。
グリーン・ドレスは嫌な顔一つせずに彼の言葉を笑う。
列車での戦いにおいて、沢山の者達が死傷した。
おそらく、マフィア達とは関係の無い者達も沢山、巻き込まれたのだろう。
敵の能力者が引き起こした大惨事によって、民間人達も大量に死傷した。
「ははっ。おいおい、一応、今回はウォーター・ハウスの奴、列車の犠牲者を最低限に抑えたんだけどな。お前への気遣いもあるんだろ。でもまあ、港町での私達がマフィア共を殺して回った事の事だろ? ずっと、シコリに残っているって顔しているぜ」
グリーン・ドレスは笑った。
とてつもなく晴れた空のように爽やかな満面の笑みだった。
「すみません……、でも、どうしても僕には、割り切れなくて…………」
ラトゥーラは曇った顔をする。
「私達はそういう人種だからだよ。奴らも私達と考えが一致している。敵を、ぶっ殺すって言う事は、ショッピングに行ったり、公園に散歩に行くとか、そのレベルなんだろ。だから、ぶっ殺すって言ったらぶっ殺すんだよ。大した事ねぇーんだよ。人間の命の価値を虫とか石コロ以下にしか思っていないんだよ。法律で裁かれなければ関係無ぇんだ。なあ、ラトゥーラ、殺人にそんなに重たい理由なんて必要なのか?」
「僕には……必要だと思うんです…………」
ラトゥーラは遣り切れない想いで、マコナーによって殺された者達の死骸を思い出す。
「一人残らず殺すって言ったら、そう実行する。覚悟とかでさえ無いんだ。虫を捻り潰したり、邪魔な石コロをどかす程度なんだ。なあ、ラトゥーラ、人間の命なんて何処までも安っぽいボロ屑でしかねーんだよ。私達も、あの連中も、そういった世界で生きている」
グリーン・ドレスはラトゥーラの肩をぽんぽんと叩く。
「悲しむ事なんてねぇえよ。死んだのは敵。そして、どうだっていい無関係な奴ら。私達は生きている。それで別にいいじゃねぇか。何も問題ねぇだろ」
ラトゥーラはマコナーに養分を吸収され、ミイラ化した死体を思い出す。彼はその光景が頭の中を過ぎ去って、口元を押さえた。
そんな彼を見て、グリーン・ドレスは小さく溜め息を付く。
「ラトゥーラさぁー。私達、殺人鬼。それから殺し屋やマフィアの世界では、罪悪感なんてぇ言葉は無いんだぜぇ。覚えておきな」
そう『赤い天使』と呼ばれる女は人差し指を立てて、静かに、そして冷たく告げるのだった。
ウォーター・ハウスが遅れて、三人の下に辿り着く。
「待たせたな」
「難なく始末したな。やっぱ、あなた、すげぇよ」
「能力の相性もあるだろ。お前の炎だと延々と再生される。だから俺が行った。俺の相性の悪い敵が出てきたら任せるぞ」
「ああ、喜んで、ぶっ殺してやるぜっ!」
グリーン・ドレスは意気揚々とした顔をしていた。
「さて」
ウォーター・ハウスは荷物を確認する。
「荷物に損傷は無いな。列車は破壊されたし、これから十キロくらいは歩く事になるのかな。グリーン・ドレス、お前、俺達三人まとめて飛ばせるか?」
「飛ばせるけど、そうしなかったのは、敵に見つからない為だろ?」
「なんだけどな…………、どうやら、敵の側で俺達を監視、追跡出来る奴がいるらしい。やはりって処だな。敵も間抜けじゃない。俺の能力もバレた。存分に対策してくるだろうよ」
彼は小さく溜め息を付く。
「処でドレス、ラトゥーラ、シンディ。『ボジャノーイ』に辿り着いたら、お願いがあるんだが」
「なんだよ、お願いって珍しいな」
「美術館がある。精巧なレプリカだが、宗教画が大量に展示されているらしい……入りたい」
それを聞いて、ラトゥーラは少し噴き出してしまった。
……ウォーター・ハウス、考えが読めない。
「あのさあ。私、高尚なものを見る感性ねぇよ」
「ただの複製画(レプリカ)だぞ。本物じゃない、だが、展示されているものが素晴らしい」
「そう言う問題じゃねーっての。あなたさあ、一つの美術絵画を一時間近くもずっと突っ立って見ていた事あっただろ。あれ、付き合う私が疲れたわ」
「ミケランジェロだったか? それともダヴィンチ? それともイリヤ・レーピンか? どのみち、本物だった。今回は複製画だ、そこまで時間を掛けて観賞はしないと思う」
「はあ…………、だからさあ。ウォーター・ハウス、ねえ、そういう問題じゃないって。なんてーかな。デート・スポットで美術館は止めて欲しいっての。今回、行くんなら、一人で行けよ」
「行っていいんだな」
「ああ、着いたら行けよ」
「あの、僕も付いていっていいですか?」
ラトゥーラが口を挟む。
「いいが、美術館といっても複製画だぞ? 良く出来た贋作みたいなもんだ」
「でも、その、僕、貴方の事をもっと知りたいんです」
ラトゥーラは恥ずかしそうに言った。
「はん。マンの『ヴェニスに死す』かよ。そういえば、あの小説の美男子もセーラー服姿だったな。だが、生憎、俺は男色の趣味は無い」
ウォーター・ハウスは突っぱねる。
「いえ。僕はただ、貴方がどういう人間なのか知りたいだけなんです……」
ラトゥーラは真剣な顔をしていた。
「じゃあ、あの凱旋門の街に着いたら付き合って貰うぞ。美術館賞だ。色々と俺の考えを聞かせてやるよ。そうだな、……別の列車に乗るか。少し度は長くなりそうだ」
ウォーター・ハウスはそう言って、何かの書物に手を伸ばす。彼が手にしているのは、どうやら、マルクスの『資本論』の解説書だった。
「次の列車の中では、これを読み直す。時間は潰せそうだ」
四名はしばらく歩いてから、別の列車に乗る事になった。
先程乗っていた列車は酷い脱線事故を起こしたという形で処理されるだろう。マフィア達は能力者達の戦いを表沙汰にはしたくない筈だ。
2
街は人混みで溢れていた。
遠くに巨大な凱旋門が見える。
この国を象徴する歴史的なオブジェらしい。
街並みは美しい景観で満ちている。
だが、この街は金融マフィア達が国民の資産を略奪する為の、租税回避地(タックス・ヘイブン)だらけだ。多国籍企業のリゾート地と化している。闇のビジネスも盛んだった。そう、ラトゥーラの住んでいる港町と同じように……。いや、MD地域全体が、他国のタックス・ヘイブンで溢れている。
美しい景色の水面下では、暗黒の欲望が渦巻いているのだ。
ウォーター・ハウスとラトゥーラの二人、彼らは展示会の入場チケットを買っていた。
「俺は資本主義が嫌いだ。この世界を支配している構造そのものだからな」
彼はそんな事を言いながら、小さく溜め息を吐いた。
「資本主義、ですか……」
ラトゥーラは首を傾げる。
「ああ、資本主義の腐敗からマフィアってのは生まれてくるだろ。世界ってのは、そういう風に腐っているんだ。マフィアは貧困層と上流層を繋ぐパイプラインだ。マフィアの下っ端は貧困層が多いだろうな。マフィアの上の奴らは、政治家や大企業の幹部なんかが多い。結局の処、マフィアって連中は資本主義そのものの搾取構造を体現してやがるんだろうな。マフィアの下の連中は、使い捨ての駒でしかない。そう、俺達のような奴らにゴミ屑のように殺される者達としてな」
そう、彼は自嘲的に笑う。
「ウォーター・ハウスさんにとって、資本主義が嫌い。どんな感覚なのでしょうか?」
ラトゥーラは素朴な疑問を口にする。
「いつも眼を通している小説のシリーズがあるんだ。推理物でな。かなり昔にハマったんだが。文体、世界観、その他の美意識が素晴らしいんだ。数年に一度、多い時は毎年数回くらいは新作が出る。その新作が発表される度に不安になるんだ。この作家、変わったんじゃないかってな? 勿論、俺の心境とこの作家の心境は違うものだし、人生なんてものは変化していくものだ。この作家の人生だって変わっていくし、俺だって人生を通して変わっていく。世の中の世相も変わっていく。当然、作家も内容に悩むだろう……」
彼はふう、と大きく溜め息を吐いた。
「だが、俺は新作を眼にする度に不安になりながら眼を通す。最初はパラパラと読んで、こいつが俺を裏切らないのか? って思うんだ。一方的な片思いみたいなもんだがな。俺を裏切るんじゃないかって。……今の処は裏切っていない。内容、世界観共に、これは俺の人生の一部なんだな、と安心を与えてくれる。分かるかな? 安心なんだ。普遍的なものってのは、心を落ち着かせるんだ。安らかにしてくれる」
二人は美術館の中へと入っていく。
「その普遍的な安心を資本主義って奴はブチ壊してくれる。許せない。そこからが、俺の怒りの始まりの一つだ」
ライトに照らされて、美術館の中では、沢山の人々が展示されている絵画を鑑賞していた。
ウォーター・ハウスはそれらを見つめながら言う。
「俺の安心をブチ壊す奴らは、全員、始末してやりたい。資本主義っていう化物は、あらゆる美術的価値や芸術的価値が、金になるか、金にならないかの価値のみに変えていく。いつか絶対、人類全体の思考全てを変えてやりたい。それが俺の最大の願いなんだ」
そう、彼は強い情念にも似た言葉で言った。
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