第五夜 大暗室 2
大暗室の中、お互いの顔は分からない。
お互いに完全な味方では無い。
なので、部屋の端に置かれたテーブルの上の燭台の明かりから遠ざかっている者は顔を隠しても良い、というのが、この『大暗室』の決まりだった。
そもそも、この集合場所自体、敵に知られるリスクを冒したくない。
「まず、この殺し屋のグループ結成に来て戴いて、ありがとう御座います」
エチュードの声が聞こえた。
「この俺が先に向かうぜ。少し前に刑務所(ムショ)帰りで欲求不満なんだ。幾ら組の息が掛かっている、つーたって、酒も制限されるし、女やドラッグなんて手に入らねぇえ。それでも、弁護士にも検事にも賄賂渡して五年で出られたけどよおおおお」
そう言いながら、口元に細長い傷が走っている刈り上げの大男は言う。
彼の顔は、僅かな燭台によって照らされていた。
「お前の名は?」
ヴァシーレは訊ねる。
彼は燭台から遠ざかって、自らの顔を他の者達に見られないように警戒していた。……もっとも、ザゴルムは当然の事として、エチュードと顔面ピアス塗れのムルド・ヴァンスという男にはヴァシーレは顔を見られているのだが。
「俺かあ? 俺の名はアルモーギ。MDの海域で武装海賊をしている。能力には自信がある。奴ら二人を始末出来る自信があるぜ!」
彼はくくっ、と高笑いを始めた。
彼はよっぽど自身の腕っぷしと能力に自信があるように思えた。
「猛るな、弱そうに見えぜ」
大暗室の中で、一番、暗い部分からアルモーギを挑発する声が聞こえた。
「なんだあ? てめぇえぇ?」
「今、バッド・トリップの最中で気分最悪でイラ付いているんだ。侮辱だったら、謝るがなあ。なあ、アルモーギと言ったかあ? 俺はジレスティア。テメェ、この俺と組まねぇか? 何せ、人間植物のマコナーと透明人間が始末されているんだぜ。一人で行くってのは得策じゃねぇよ。馬鹿のやる事だ」
部屋の奥から低い声が響く。
しばし、一触即発だった。
アルモーギというのは、気が短いのだろう。
今から、殺し合いに発展してもおかしくなった。
「確かにな。武装海賊と言ったか。お前、まさかこの俺のシマでビジネスとかやっているんじゃねえだろうな?」
顔面ピアス塗れのムルドの声だった。
「ああ? この辺りの海を俺は荒らし回っているんだが。それがなんだよ?」
海賊は悪びれもなく言う。
顔面ピアスの男は露骨に舌打ちをする。
「そうか。俺の組織のシマも荒らしていたのは、テメェか。道理で海路での運搬業が滞っていたってわけだ。品物も強奪される事があったってな」
ムルドは舌ピアスで唇を舐め始める。
そして、舌ピアスと下唇のピアスをカチカチと鳴らし始めた。
「…………、本当にふざけた野郎だぜ。俺達『ヘルツォーク』はシマを荒らされるのが一番、大嫌いなマフィア組織だ。無関係な住民が俺達のテリトリーに入る事だって、本来は射殺モノだぜ。それを『赤い天使』グリーン・ドレスは無造作に踏み込んで、警告するマコナーをブッ殺そうとしたから戦闘になったそうだぜ。俺はマコナーの仇打ちがしてえなああああああ」
「あの。少し、落ち着きませんか。三名共」
ヴァシーレが割って入ろうとするが。
アルモーギがゲラゲラを大笑いを始める。
「なあ、そこの美人さん。俺の女にならねぇ? 一発ヤラせてくれよ。上玉のヤクも揃っている。太陽系までブッ飛べるぜ」
そう言いながら、大柄の海賊は無造作にヴァシーレの肩に触れようとする。
ヴァシーは背後に移動して、海賊の手を避ける。
「あの、俺、男なんですけど」
そう、少なくとも、今、彼は男の肉体へ変身していた。
「男でも女でもいいじゃねぇか。お前、蝋燭の炎でちらりと顔が見えたぜ。俺はムショで鍛え上げられたんだ。男同士で掘り合う、性的なサービスもやらされたし、やってやったからなあ。うひひひっ、今はマジでどっちもイケる」
そう言いながら、アルモーギは股間を滾らせていた。
ヴァシーレは……。
一気に怒りで頭に血液が昇る。
今すぐ、こいつの首を刎ね飛ばしてしまおうか?
報酬だって増える筈だ。足手まといになりそうな奴はいらない。
仲が悪いとは言え、腐れ縁であるザゴルムは先程からずっと沈黙している。きっと、ザゴルムだってOKしてくれるだろう。
完全に一触即発だった。
「あの、アルモーギ様」
看護婦姿のエチュードの声だった。
「なんだ? 嬢ちゃん、なんならお前がこの俺に性的にサービスしてくるってーのか。俺は生がいいねえ。なんなら、此処でやってもいいぜ」
「それは困りますわね。別室で致しませんか?」
「別室か。いいぜ、案内しな」
アルモーギは彼女の後を付いていく。
暗い壁の中に隠し扉らしきものがあったみたいだった。くるり、と壁の一部が回転する音がする。
そして数分後。
地面に突っ伏したアルモーギの姿を、他の五名は見る事になった。
「速効性の麻酔銃で眠って戴きました。でも、この方には少々の使い道がある。これから奴らは『ボジャノーイ』の凱旋門辺りに到着するかと思います。そこに向かわせましょう」
「あ、ああ」
ジレスティアは頷く。
他のメンバーも異存は無いようだった。
この男を切り込ませて、狙撃なりなんなりして敵を倒す事は可能だろう。
「ねえ。処で質問したいんだけどさあ」
厚い布のカーテンで覆われた窓の近くで座り込んでいた男が言った。
「ボクの名はロジア。直接戦闘型じゃないし、主にサポートに回ると思う。この部屋には来てないと思うけど。ウォーター・ハウスとグリーン・ドレス、それから子供二人の追跡を行っている『コロンビアン・ネクタイ』のドゥルム・ジョーの能力をもっと強烈にした能力者がボクって処かなあ」
そう言いながら、ロジアと名乗った男は燭台に顔を近付ける。
腰まで伸ばした長髪の美形の男だった。
「魔女ラジスをこの討伐メンバーに紹介したのはボクだ。彼女はたまにボクと一緒にビジネスを行う事がある。彼女はチームを組む事は殆ど無いが、ボクと一緒になら話に乗ると思う。さて、質問の話に戻るんだけど」
ロジアはエチュードの方に眼をやる。
「このように、集めたメンバー同士。協力プレイなんて、ちょっと難しいよ。だから、各々、性格や能力的に相性の良い相手を選んで、二人一組で敵を襲撃するのをお勧めするな。ボクは魔女ラジアと組む。メンバーは奇数だから、そこで伸びている奴も使うんだとすれば、誰か一人が単独行動で後はペアで組む方が確実だと思うんだけどなあ」
「それなら、俺が一人で向かう」
そう言ったのは、ムルドだった。
彼は何処か絶対の自信を兼ね備えているように思えた。
アルモーギは分別を弁えていないだけだが、ムルドは確かな実力者なのだろう。もしかすると、味方も巻き込みかねない能力の持ち主というだけなのかもしれないが……。
「それじゃあ、決まりだね。ペアで行こうねっ! そして、標的の始末は早い者勝ち。始末した者が奴らの首に掛けられた懸賞金の大部分を手にする事が出来る。それでいいよね?」
そう言って、ロジアは爽やかに笑った。
「無論、問題無い」
ムルドは言う。
ペアか。
ヴァシーレは不快そうな顔で、すぐ近くにいるであろう老人の顔を思い浮かべる。
ザゴルムの方も、嫌そうな顔をしているに違いない……。
「さて。それぞれ、襲撃は早い者勝ちだよ。でも、最初はそこで伸びている男を向かわせたい。炎使いとウイルス使いか。彼らの能力の全貌を全て暴きたい」
そうロジアは狡猾そうに告げた。
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