第五夜 大暗室 1

 真っ白な香が部屋の中には焚かれていた。

 二人は下着姿のまま、ピンクのダブルベッドに横たわっていた。

 二人共、おそろいの黒髪に金色のメッシュの入ったロングボブをしていた。

 そして、同じ顔だった。


 スマートフォンの振動音を聞いて“男の方”のヴァシーレがそれを手にする。


「おい。今、恋人と大切な時間を過ごしているんだけど?」

<ヴァシーレ。てめぇの恋人っつーのは、てめぇーの分身体(ドッペル・ゲンガー)だろ? 理解出来ねぇぜ。自分自身と性行為するなんざ>

「他人の性的嗜好をとやかく言える立場か? ペドファイル」

 電話の向こうの相手は大笑いをしていた。


<子供はいいぜぇ。子供は。ケツの穴のしまり具合がいい。やっぱ無垢な少年が汚されていくのは最高だなあああああああああああぁあぁああぁ>


「まあいい。仕事だろ? せっかく、睦言の最中だったのに…………」


「ねぇ。切っちゃいなよぉ。もっとしようよぉ」

 ヴァシーレとまったく同じ顔をしている女が言う。


「変態が煩ぇえんだよ。今すぐ向かえってよ」

 女とまったく同じ顔をしている、男の肉体のヴァシーレが答える。


 それにしても。

 自分自身の身体だと、性感帯が何処にあるか分かる為に性的絶頂に達するのは簡単だ。そして、飽きが無い。


「処で、植物と一体化出来るマコナーが列車で死亡したらしい。透明人間(インヴィジブル・マン)も先に倒された。敵は中々、やっかいだな。『暴君』だろ?」

<ああ、ワシらで果たして勝てるかどうか>

 醜悪な顔の老人は電話の向こうで頷く。


 そして、ヴァシーレは電話を切った。

 女の方が物欲しそうな顔をしていた。


「次は変わってよ」

 ヴァシーレと同じ顔をした女は言う。


「ああ、いいぜ。変わるよ」

 彼がそう言うと、彼の肉体は変形していった。

 男の身体が徐々に丸みを帯びていく。

 胸は膨らんでいき、股間は縮まっていく。


 ヴァシーレは完全に女の肉体へと変わっていた、

 対する彼と同じ顔だった女の方も骨格が骨ばっていき、胸が縮んでいく。そして、完全に男の骨格へと変わった。


「じゃあ、今度はこっちが挿れる側だからなあ」

 女の身体となったヴァシーレと同じ顔をしている男はそう述べる。


「ああ、うん。たっぷり。まずは愛撫からだよ……」

 そう言うと、ヴァシーレはベッドに仰向けに横たわった。



 ザゴルムは対象の人間を二十歳以下の子供にまで若返らせる超能力を有していた。彼の能力のテリトリーに入った者は、少年、果ては5、6歳児程度にまで若返り、彼の嬲り者にされる。犠牲者は酷い性的暴行も受けて、惨殺死体となって発見されていた。


 ヴァシーレは彼とは古くからの知り合いで、互いに互いの能力の全貌を知っているのだが、それは二人だけの秘密だった。どちらも敵に全貌を知られてしまっては、致命的となる能力だ。


「ようオ×ニーナルシスト。早く着き過ぎだ」

「煩ぇな。ペドファイル。脂ぎったクソオヤジ、幼児に変えて凌辱して面白いのかよ? 俺の方が健全だろ?」


 そう言いながら、二人は待ち合わせ場所で互いを罵り合っていた。


 空港だった。


 しばらくして、一人の人物が現れる。


 桃色の制服のナース姿の女性だった。

 美人であった。

 胸の谷間を少し露出させている。


「あら。私より早かったのね?」


「お前の名は? お前もメンバーか?」

 ヴァシーは訊ねる。


「いいえ。私の名はエチュード。『偉大なる錬金術師』の伝令者(メッセンジャー)の仕事をしています。以後、お見知りおきを」

 彼女は軽く会釈する。


 普通の人間なら、眼の前の人物の異様なまでの妖艶さに、男女問わず見惚れるのであろうが。生憎、ヴァシーもザゴルもそれぞれ特殊な性的嗜好を持っている為、彼女の肉感的な姿に興味を持つ事は無かった。

 エチュードは続ける。


「貴方達も、我らが『錬金術師』の“進化”の思想に共感を抱く者達ですか?」

 彼女は微笑を浮かべる。


「知らねぇな。この俺は、『ヘルツォーク』というマフィア組織から依頼が来た」

「ああ、知らんよ。ワシは『マイヤーレ』からだな」

 二人は眉間に皺を寄せる。


「そうですか。それはとても残念。ふふっ」

 エチュードの唇はヤケに妖艶に光っていた。


 錬金術師。

 ヴァシーレも、その存在の噂だけは耳にした事がある。

錬金術師。世界を停止させる者。世界を凍結させる者。生命の造物主。その存在はあらゆる二つ名で呼ばれていた。

 そして、この辺りの大陸『モーヴィ・ディック』。通称M・Dを裏側から支配している存在だと言われている。謎に満ちた存在だ。

 

 一人の影が現れる。

 若い男だった。

 彼は短めの白髪を逆立たせて、眉、下唇、鼻、耳に大量のピアスを開けていた。両眼は真っ白なコンタクト・レンズを嵌めている。服装は紺の混ざる黒めのコートに身を包んでいた。


「俺の名はムルド・ヴァンス。ムルドでいい。お前達も錬金術師からの依頼によって『暴君』ウォーター・ハウスを始末する為に集められた者達か?」


 ヴァシーとザゴルは首を横に振った。


「だから、錬金術師じゃないよ。おそらく、そいつの下部にいるマフィア連中から依頼された」

 ヴァシーは言う。


「そうか。くくっ、マフィア達はかなり手を焼いているみたいだな」

 ムルド……、彼の不気味な表情が読み取れない。


「私を除いて、六人ですね。後、三名、まだ来ていないみたいですが」

 そうエチュードは言った。


「ふふっ、処で、そこの紳士さま。貴方、私と同じ臭いがします。貴方も美少年、大好きでしょう? 弄ぶのも?」

 そうエチュードはザゴルに訊ねる。


 醜悪な姿をしたザゴルは思わず唸った。


「何故、分かった?」

「同類はなんとなく雰囲気で分かりますよ。お仲間に会えて、嬉しいわ」

 そう彼女は不気味に笑う。

 彼女は、もっとも錬金術師に近い存在の一人なのだ。おそらく、顔も知っているのだろう。


 エチュードはスマートフォンを取り出す。


「ふふふふっ、どうやら、先の三名は既に『大暗室』に辿り着いているみたいですよ」

 彼女は歩き出す。

 そして、スマホの画面を見て喜んでいた。


「これから、伝説の殺し屋であるニスナスと、猟奇殺人鬼のガローム・ボイスも加わるそうですわ。そして、マフィアの構成員の一人が魔女ラジスも勧誘されているそうで。素敵なメンバーですねえ。うふふふふ。魔女が加われば、全員で、九名のメンバーになりますねえぇ」


 そう言いながら、不気味な女は、三名を『大暗室』と呼ばれる場所へと案内する。


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