第四夜 人間植物マコナーの『アース・ワーム』

 北東の国『ファハン』にマイヤーレの本拠地があると言われている。

 途中、幾つかの国の国境を越えないといけない。


 時刻は真昼の14時を少し過ぎていた。

 四名は列車に乗りながら、高山の国ファハンへと向かっていた。


「もうすぐ『ボジャノーイ』という国家の国境に差し掛かります」

 ラトゥーラは言う。

「そうか」

 ウォーター・ハウスは座席に腰掛けながらうたた寝をしていた。


「ちなみにこの列車の中、俺達を見ている連中が何名もいる。物珍しい服装だから、って興味本位の奴もいるが。明らかに観察していたり、殺意を向けている奴もいる」

 そう言いながら、彼はペットボトルを開ける。

 中にはアッサム紅茶のミルクティーが入っていた。


「問題はそいつらが能力者かどうかだ。大した事無い連中なら相手にする価値が無い。だが、シンディ。お前は気を付けろ。お前、タダの拳銃でも簡単に死ぬだろ」


 電車から見える風景は田園が広がっていた。


「綺麗な風景ですね。田舎町の畑とかって美しいなあって」

 彼はふと呟く。


「確かにな。俺も田舎の景色は好きだ」

 ウォーター・ハウスは腕組みをしながら、何かの本を読んでいた。


「何読まれているんですか。画集?」

 ラトゥーラは温かいお茶を飲みながら訊ねる。


「ああ。フェルメールだ。『マルタとマリアの家のキリスト』と『天文学者』という絵がこの画家の絵の中で一番、好きだな」

 そう言いながら、彼は画集をめくっていた。


「フェルメールお好きなんですね」

「というか、西洋絵画全般が好きだな。宗教画が好きなのかもしれん。イエス・キリストをモチーフにしているものはチェックしている。画家によって描き方が違うからな」

 彼は何か物思いに耽っていた。


「人は何故、宗教に縋るのだろう? 全能者を求めたがるのだろう? 俺が探求している重要なテーマなんだ」


 ラトゥーラは田園の風景を見ていた。

 トウモロコシ畑が続いている。

 突然、眼の端に食虫植物のウツボカヅラが眼に入る。

 ラトゥーラは眼をこすった。

 ……気のせいかなあ?


 再び窓の外を見ると、ウツボカヅラらしきものは無い。


「どうした?」

「いえ……、何か変なものが」

「疲れているんだろ」


「なあ、みんなさあ。ちょっと列車が遅くなっているように思わないか?」

 グリーン・ドレスは言う。

「確かに……、停車駅はまだ先だった筈だが」

 ウォーター・ハウスは首をひねる。


「何か変な感じだな。まさか…………」

 ウォーター・ハウスは立ち上がる。


 すると。

 乗客の何名かが、地面に突っ伏していた。


「なんだ? 何があった?」

 彼は床の辺りを見る。


 大量の植物の根が地面に這っていた。


「こいつっ! 港町で会った能力者っ!」

 グリーン・ドレスが叫ぶ。

 彼女の肩が叩かれる。


「この敵は俺が始末する。お前は下がっていろ。話によると、炎で幾ら焼いても身体の一部を切り離されて再生されたそうじゃないか」


 そう言うと、暴君は列車の奥へと進んでいく。

 根っ子が彼へと槍のように襲い掛かる。

 ウォーター・ハウスは安々とその攻撃をかわしていく。


「敵は奥だな。ドレスッ! ラトゥーラ達を頼むぞっ!」

「ああ。分かった」

「俺の考えだと、敵は“あの場所”に潜んでいると思う。ラトゥーラとシンディを抱えて、飛び降りろ」


 列車内では、既に数多くの犠牲者が出ていた。

 根を身体に侵入されてミイラ化している人間達の屍が転がっていた。

 巨大なウツボカヅラに呑まれて、生きながら消化されている者達もいる。

 植物からの攻撃が来る度、ウォーター・ハウスは腕で引き千切って攻撃を防ぐ。彼は急ぐ事なく、ゆっくりと敵を探す。



 マコナーは実った桃を舐めてむしゃぶり喰らっていた。

 桃の生える樹木は複数の人体を栄養にしていた。

 

「ひひっ、この俺を見つけられねぇだろ。くくっ、列車に乗っている他の乗客ごと、俺の『アース・ワーム』の餌食にしてやるよぉ。四人共、俺一人で全滅させてやるぅっ!」


「おい。処で、此処にはお前一人で来たのか?」

 マコナーは後ろから訊ねられる。

 彼は振り返る。

 時速120キロで走っている列車のドアを開けて、列車の下へと張り付いているマコナーを見つめる男がいた。首だけがさかさまになり、金色の髪の毛が揺れている。


「降りろよ。お前の標的は俺達なんだろ? 俺がお前を始末してやるよ。グリーン・ドレスには飛び降りろと言っている」


 そう言うと、マコナーの標的である金髪の男は苦も無く、列車を飛び降りた。

 そして、余りにも自然体で着地する。


 マコナーは少し困惑していた。

 列車の別の扉が開かれる。

 炎の天使が二人の人間と荷物を手にして飛び立っていった。


「ああ、おいぃいいいいいいぃっ!?」

 彼は焦る。


「来いよ。俺を殺しに来たんだろう?」

 ウォーター・ハウスは人差し指で合図をする。


 マコナーは列車の所々から巨大な樹木を生み出していった。おそらく、人間を養分にして作った大木なのだろう。それが天へと向かって伸びていく。


「テメェもこの俺の肉体の一部に変えてやるよぉおおおおぉ!」

「やってみろ。俺はいつでも構わない」

 ウォーター・ハウスは両手を広げた。


「いいか。この俺様は無敵で不死身なんだ。テメェなんて簡単に俺の一部に変えてやる」

 大地がめくれ上がっていく。



「ウォーター・ハウスの能力に巻き込まれないように逃げるんだ」

 グリーン・ドレスは少し焦っているみたいだった。


 列車の先頭車両がそのまま空中に浮かんでいく。

 列車一本自体が、一つの樹木へと変わりつつあった。


「スゲェな、あの化け物。港町で私を襲った奴だ。あいつの口、豚みてぇに臭ぇえ臭いを出すんだよ。ウォーター・ハウスの敵じゃねぇだろうが、余り巻き込まれたくねぇな」

 そう言うと、彼女は畑を飛び越えてかなり遠くまで飛んでいった。



 蔓の刃がウォーターの全身を切り刻もうと迫る。

 彼はその攻撃を紙一重で避けていった。


「なあ。一つ聞いていいか?」

「なんだ? テメェの口とケツの穴、どっちから入れて欲しいのかって事かあぁ?」

「聞くが。俺達を観察している別の奴がいるな。お前は捨て駒なんじゃないのか? この俺の能力を知る為のな」


 その事を指摘されて。

 マコナーの顔の筋肉は引き攣る。


「テメェ、臓物引きずり出して、内臓を貪り喰ってやるよおおおおおおおおぉおぉおぉっ!」


 枝と蔓、そして根が、槍や刃となって、ウォーター・ハウスへと襲い掛かっていく。


「やれやれ。俺は観察者の方を探しているんだがな。俺の能力の正体を見破りたいんだろうな。お前程度の奴は最適なのかもな」


「こ、この、この俺は、『ヘルツォーク』の幹部だぞ。マイヤーレのような弱小組織に手を貸しているんだ、俺は大物だあっ!」

「ヘルツォーク? お前はマイヤーレの者じゃないのか?」

「別組織だよ。俺達の組織の方がデケェ。だが、マイヤーレは俺達『ヘルツォーク』と協定ってものを結んでいる。互いのシマに入らなければ友好関係でいるってワケだっ!」


 農園の途中に止まっているジープの中へとウォーターは入る。

 それは根によって盛り上げられていく。

 ウォーター・ハウスはジープから飛び降りながら、車の中からガソリンの容器を手にしていた。そして、辺り一面に撒き散らしていく。彼はオイル・ライターを手にしていた。


「ひひっ、それで、この俺を燃やすっつーのかよぉおおおおぉ?」


 人間植物の男は直立歩行して、ウォーター・ハウスの下へと歩いていく。

 マコナーの全身から枝が生えて空へと向かって、伸びていく。

 

 ウォーター・ハウスはマコナーの全身にガソリンをぶち撒ける。

 マコナーは高笑いを浮かべていた。


「此処は最高に光合成が出来るんだ。真昼の太陽がこの俺を祝福してくれる。俺のパワーを全開に出来るぅううううぅぅうぅぅうぅ!」


 ウォーター・ハウスの背後は泥濘(ぬかるみ)だった。


「動きにくいだろぉ? このまま俺の肉体の一部でテメェの皮膚を突き破って、中身を空洞にしてやるぜぇっ! 中から、ドロドロのシェイク状にしてよおおぉおぉおぉぉっ! 喰っていくんだよおおおおおおおおっ!」

「仕方無いな……。俺も俺の能力である『エリクサー』を使用するしかないか。出来れば、遠くから観察している奴を探し出して始末したかったんだがなあ」

 そう言うと、ウォーターは向かってくる蔓の一本を引き千切る。


「五分あれば充分だ。解析してやる。そして、お前を倒す為の準備を整える」

 そう言うと、彼はTシャツをまくり上げる。

 すると、ウォーター・ハウスの腹の辺りに口のようなものがあった。


「近くにいる乗客や住民は殺したくない」

 ウォーター・ハウスはマコナーに向けて、火の付いたライターを放る。

 すると、ガソリン塗れになった人間植物の全身が一気に発火していく。

 マコナーは、のたうち回る。


「あああああああっ! 畜生がああああああああっ! テメェ、ウォーター・ハウスッ! ぶっ殺して、あああああああっ! 俺の一部を捨てるしかねぇえええええぇっ!」

 そう言いながら、マコナーの全身は焼け爛れていく。


「…………逃げたな。だが、ガソリンをお前にぶっ掛けたのは、お前の肉体の一部を焼いている間に、俺の能力の“条件を満たす為”だ。時間稼ぎだよ。無関係な者達をなるべく巻き込みたくないと決めたからな」

 そう言うと、ウォーターはマコナーの肉体の一部である蔓を手にしていた。


「解析は終わった。お前の本体が何処にいようが、俺はお前を完全に始末する。雑草のように延々と不死身だったとしても、お前は死滅させてやるよ」

 彼は右手の筋肉をビギィビギィと歪めていた。

 すると、ウォーターの腹の口から何かが吐き出されていく。


「おいっ!? テメェ、一体、なんなんだ、それはああぁあああぁ!?」

 マコナーは炎に燃えながら叫び狂う。


「さあな。分かるだろう」

 彼の腹から瘴気が溢れ出していく。

 そして、瘴気は大気中に拡散していった。


 突然、マコナーは吐き気に襲われる。

 彼は思わず、地面に倒れる。

 そして、徐々に炭へと変わっていく。



「奴の能力は『殺人ウイルス』だ」

 グリーン・ドレスは静かに田園の中に着地した。

 そして抱き抱えていたラトゥーラとシンディの二人を下ろす。


「回復能力も傷口に特殊な菌を付加させていると聞かされた事がある。今、列車から、3キロは離れているが、ウォーターの攻撃の射程距離はそれ以上、軽く広がる。おそらく、今回は半径一キロ以内って処だろう。私達を巻き込まない為に」

 彼女は背中から噴出する炎の翼をかき消す。


 ウォーター・ハウスは周囲を窺う。

 次々と伸びている枝や蔓、樹木の根が干乾びていく。

 彼は、この敵、人間植物マコナーの細胞を分析して、マコナーにだけ感染するウイルスを作成したのだった。少々、時間稼ぎが必要だった。


「ウイルスは増殖し、何処までもお前の細胞を追跡する。お前はもう死が決定されている。不死身などと笑わせてくれたものだな」


 傷の治療を行い、殺人ウイルスを生成する能力『エリクサー』。

 それは怪我の治療と破壊が同時に可能であり、彼の精神にそのまま形にしたような能力だった。ウイルスは何処までも獰猛に敵を追跡する。


 列車の先頭を樹木化していた大木が朽ち果てていく。

 やがて、古びたスクラップ工場に打ち捨てられた廃車のようになって列車の残骸が転がっていく。


 人間を養分にしていた、人喰いウツボカヅラも、次々と萎れて腐っていく。


「ああ、畜生っ! ああっ、畜生がああああっ! あああああっ!」

 あらゆる場所で、叫び声が唱和していた。

 断末魔の叫びだろう。

 もはや、マコナーにウォーター・ハウスの攻撃に対抗する手段など、何も無かった。



「少し奴の様子を見てくるかなあ」

 グリーン・ドレスは再び背中から炎の翼を噴出させて、空高く飛んだ。


 ラトゥーラの背後に何かが近寄ってくる。

 それは緑の肌をした腕だった。

 腕はラトゥーラの脚をつかんでいた。

 そして、彼を近くの沼の中に引きずり込もうとする。


「俺は…………、奴の能力のウイルスに感染した……。もうすぐ死ぬ。だが、テメェを道連れにして死んでやるよ。俺だってマフィアの一員なんだぜ。根性見せてやる。あああ、溺れ死にさせてやるよおおおぉおぉぉぉぉっ!」


 ラトゥーラはずるずると、沼の奥底へと引きずり込まれようとしていた。

 グリーン・ドレスはすぐにラトゥーラの異常に気付き、敵に向かって火球を投げ付けようと考えるが……、彼女の能力ではラトゥーラも巻き込む可能性が高い……。


 ラトゥーラの背中に、何かが煙のように現れる。

 それは巨大な頭蓋骨だった。

 ラトゥーラの右手には、渦巻く炎の剣が生まれていた。

 彼はそれを人間植物の腕に向けて振り降ろしていた。

 腕は焼き焦げていく……。


 沼の中から頭部が現れる。


「ああっ、ああああああっ、畜生、畜生があああああああああっ!」

 マコナーは叫び続けると、どろりっ、と緑の肌に紫色の斑点が浮かび続け、更に肉体が崩れ去っていく。そのままこの不気味な男は沼の底へと沈んでしまった。


「これがウォーター・ハウスさんの能力…………」

 ラトゥーラは呆然としていた。


「今のが貴方の能力かよ?」

 グリーン・ドレスが訊ねる。


「え、ええっ、はい。そうです。大した能力では無いんですが……」

「でもすげぇじゃねぇか。成長したら、すげぇ戦力になると思うぜ。なあ、お前の背後に出現した巨大な頭蓋骨みたいなものって一体、なんなんだ?」

「僕にも……、まるで分かりません!」

 彼は泥だらけになりながら、何とか沼から這い出す。


「それにしても……」

 グリーン・ドレスは辺りを見渡す。


「何か知らないが、私達は見張られているな。そう言えば、列車の乗客達もマフィアが沢山、紛れ込んでいたんだっけか。大部分があの人間植物の養分になっちまったがな……。しかし、ちょっとやっかいだな。ラトゥーラ、あなたの能力は既に敵に見られたと思う。それに、何よりも、ウォーター・ハウスの能力を知られた……、こいつはかなりマズイんじゃないんのかあ?」

 グリーン・ドレスは自らの顎を押さえて、とても嫌そうな顔になる。

 そして、彼女は腹から巨大な光る眼球を生み出す。


 一個の巨大な眼は、辺りの体温をサーチして回る。


「…………、いない。逃げられたっ!? いや……!?」

 体温を発していない“何か”なのか?

 無人衛星機(ドローン)などの可能性がある。

 とにかく、彼女の能力では探し切れなかった。


「仕方ない。ひとまず、ウォーター・ハウスと合流しよう」

 そう言って、ラトゥーラとシンディに付いてくるように指示する。


 それにしても、だ。

 ドレスは考える。

 やはり、ウォーター・ハウスの判断は正しかった。

“飛行機に乗って目的地に辿り着く事は出来ないだろう。飛行機内で襲撃されれば子供二人は死ぬ危険性が高い”と。列車に乗っているだけで、こんな事になったのだ。やはり、港町からマフィア組織マイヤーレの拠点がある国ファハンまでの距離約三万キロの移動は、陸地のルートを使って、車などを走らせた方が良さそうだ……。

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