第二夜 狙撃手ヘイドニクの『インヴィジブル・マン』
「私の肉体にこれだけの傷を付けられる能力か……」
グリーン・ドレスは自分の掌に開いた穴を眺めていた。
奇妙なのは、窓ガラスが割れていないという事だ。
くっきりと、綺麗に繰り抜かれたように孔が開いている。
ラトゥーラは地面に倒れている。
彼の腹の傷口は二発、貫通している。
「かなりヤバいんじゃあないかなあ? なあぁ、おい?」
ドレスはラトゥーラに近付く。
普通に考えるならば、スナイパー・ライフルのような狙撃銃だろう。だが、窓の孔は一つ。そして、ラトゥーラの腹に開いた孔は二つ。更に言えば、彼は窓ガラスに近付いてさえいない。
そして、タダの銃器の類では、グリーン・ドレスの身体に傷一つ付けられない。
「おい、シンディ。聞いておきたいんだけどさあぁ、私達を襲撃してきた豚野郎をブチ殺す為に、どっちがいいと思う? 私、頭、あんまり良くないから決められないんだけどなあ。どっちがいいと思う? 窓開けて、野郎を探してぶっ殺すのと、どういう攻撃なのか謎を解いてから、野郎をぶっ殺しに行くのさああっ!」
彼女は痛みで右手の傷口を押さえていた。
「私に言われても、……どうすればいいか」
シンディはおろおろしながら、泣き始めた。
「畜生、ウォーター・ハウス。女泣かせてんじゃねぇよ。ああ、畜生がああぁ。コンビニ行くって、何買いに行きやがったんだ。ああ、早く戻ってこいよぉ。早く戻って、私とラトゥーラの傷治しに来いよ…………」
グリーン・ドレスは深呼吸を始める。
ダメージは……、指の骨が貫通している……。
もしかして。
戻ってこないんじゃなくて、……戻ってこれないのだとしたら……?
「何か分からないけど、受け身は苦手だ。ぶっ殺しに行く」
彼女は窓を開けた。
夜風が部屋の中に入り込んでいく。
グリーン・ドレスは持ち物の中に入っているオイル・ライターを取り出した。そして、火を点ける。その炎は彼女の身体にまとわり付いていく。
「私の能力……『マグナカルタ』。炎を操る……、能力の全貌は…………敵に知られるとマズイよなああああっ! そうだよなあぁ、あなたの教えた通りに戦うよ、暴君っ!」
彼女の背中から炎の翼が生えた。
彼女の腹の辺りから『巨大な目玉』が一つホログラムのように浮かび上がっていく。
彼女は窓に身を乗り出す。
彼女は窓枠を蹴り飛ばして、空中高く舞い上がった。
そして空を滑空し始める。
グリーン・ドレスの腹から巨大な目玉が離れていく。
やがて、目玉は辺りのネオンライトを放つ建物へとサーチライトのように動いていく。
「何処に隠れてやがる? 絶対に探し出してやるよぉっ! 肛門の孔みてぇに臭ぇえ口に私の攻撃をブチ込んでやるからよおおおおぉ!」
タダの鉛玉ならグリーン・ドレスの肉体に傷一つ付けられない。
おそらく、何かの特殊能力。
受けたダメージから敵の能力の全貌を推測するしかない。
彼女は辺り一帯にいる人間の“体温”を、出現させた目玉によって感知させていた。
だが、此処は繁華街の一角だ。人間が多過ぎる。
……いや、いる筈だ。絶対にいる。私を狙っている筈の奴が。あの場所にいる筈なんだ……!
「スナイパー・タイプの能力者だったら、射程距離はどれくらいだ? 一般的なライフルの射程距離は数キロって処なのかな?」
ホテルは16階。
そして借りている部屋は12階だった。
隣接しているビルで、12階の位置と同じ高さの場所は限られている。
鉄塔型の形状をした建物。
そこはこの国の政治家達が会食しているホテルだった。
確か厳重チェックがされていて、関係者以外入れない筈だ。
「私の考えが正しければ、あの場所で狙ってきている筈」
彼女は鉄塔型のホテルの12階の壁に着地する。
「この辺り、シラミ潰しに探せばいるだろ」
彼女は窓ガラスをぶん殴って叩き割る。
そして、中へと入る。
“眼”でこのフロア中を探った。
「いる……。私とラトゥーラを撃った奴は此処にいる」
このフロアにいるのは2名。
位置も特定出来ている。
位置は3時の方角に一人。
そして、22時の方角に一人。
敵は二人か……?
……どちらから始末するか?
「ん?」
彼女は首を傾げる。
体温が、一体増えた……?
「なんだ? 私の方向へ近付いてきている……?」
グリーン・ドレスは天井を見上げる。
すると。
大口を開けた、虎のような姿の怪物が天井にへばり付いていた。
牙がとても長い。
「サーベル・タイガー…………!?」
怪物は飛び掛かり、彼女の喉元へと襲い掛かってくる。
気付けば喰い付かれていた。
「成る程、すげぇな」
彼女は笑う。
「だがパワー不足だっ! この私の皮膚を喰い破れる力なんてねぇぞっ! こいつ!」
彼女は現れた怪物を蹴り飛ばす。
喉だった。
グリーン・ドレスの喉近くが削り取られる。
次は右肩だった。
くっきり、孔が開けられている。
「ああっ!? なっ!?」
先程、ホテルの部屋の中で受けた攻撃と同じものだ。
人影が現れる。
スーツの上からコートを着ている長身の男だった。口髭を蓄えている。
その男の後ろには、スキンヘッドの小柄の男が立っていた。
「姿を現したなっ!」
「君を始末するのは、このわたしにとって造作も無い事だ。このまま蜂の巣になって貰う」
そう言うと、男は腰から拳銃を取り出した。
「タダの拳銃じゃあ、この私の身体に傷一つ付けられねぇぜっ! 舐めやがって……」
グリーン・ドレスは気付く。
……タダの拳銃じゃないのか?
「質問したいんだけどさあぁ、何を飛ばしている? 鉛玉が無い。硝煙の臭いもしねぇな。……、なあ、本当に、それ拳銃か? なあ、もしかして、…………」
彼女は右腕から、炎を剣のように生み出す。
「それ、もしかして、水鉄砲だろぉ? テメェの能力はおそらく、命中した対象が瞬時に溶解する液体を飛ばしているなっ?」
「ご名答」
男は不敵に笑った。
「名を名乗れよ。想い出作りに覚えておいてやるよ。テメェが炭化した黒焦げ死体になる想い出作りになああああああぁ!?」
「わたしの名はヘイドニク・ヴァルベジア。この街で議員をしている。そう、政治家だ」
ヘイドニクは拳銃をグリーン・ドレス目掛けて向ける。
「私の能力の名前は『マグナカルタ』。あなたは?」
「『インヴィジブル・マン』。暗殺者としてのわたしは“透明人間”と呼ばれている。死体に痕跡が無い為に。君が推察した通り、私は拳銃、他、ライフルの類に私の能力で生み出した腐食液体を詰め込み、鉛玉の代わりに飛ばす事が可能だ。そうだ、君の名を教えてくれ」
「…………、グリーン・ドレス。『赤い天使』とか『緑の悪魔』とか呼ばれている。あなたが最後に覚える者の名ねぇ。脳漿ブチ撒けさせて頭蓋骨ごと踏み砕いてやるわっ!」
ヘイドニクはグリーン・ドレスの眉間の辺りに銃口を向けていた。
グリーン・ドレスの出現させた炎の剣は、部屋中に燃え盛っている。
「ふうむ。そう熱くなるなよ、君。冷静じゃないなあ。お嬢さんがそういう態度ではいけないなぁ。ふうむ、なあ、お嬢ちゃん?」
ヘイドニクはヘイドニクで、グリーン・ドレスを明らかに侮蔑するように言う。
「大サービスだよ。レディーファーストだ。このわたしが何故、わざわざ現れてやったと思うかねぇ? お嬢さんのような、その下品極まりないチンピラの前にねえ。ごほん、失礼。チンピラは言い過ぎだねえ。頭の悪い低能の前にねえ?」
ヘイドニクはそう言うと、葉巻を取り出して火を点けた。
「君は既に、このわたしに始末されている。残念だったな」
グリーン・ドレスは気付く。
この部屋は何かヤバイ……。
熱。
自分は熱を発している、そうか。
「スプリンクラーだよ。理解するのが遅かったかな? 低能で間抜けなお嬢さんには理解が追い付かなかったのかなあ? 敵に炎使いがいるっていう情報を聞いて、既に対策は取っていたんだよっ! ゴキブリホイホイみたいに餌に釣られてやってくる事を期待していたんだよぉ」
そう言いながら、ヘイドニクは取り出したワインの小瓶に口を付ける。
スプリンクラーから部屋全体に水が噴射されていく。
…………、溶解液っ!
スプリンクラーが熱によって発動して、彼女の全身を撃ち抜こうと溶解液の水を放出させていく。
さながら、落下するマシンガンの連射だ。
グリーン・ドレスは咄嗟に後ろに飛ぶ。
全てかわした、が。
地面の水が弾け飛んで、彼女の全身に撃ち込まれていく。
「………っ!」
グリーン・ドレスは孔だらけになりながらも、外へと退避していた。
炎の翼を生み出そうとする。
「駄目押しなんだが」
ヘイドニクはマグナム型の水鉄砲を向けて発射させる。
グリーン・ドレスの太股にダメージが貫通する。
そのまま彼女は上空12階の高さから地上へと落下していく。
「ふむ、このわたしの敵では無かったな」
そう言うと、ヘイドニクはほくそ笑んだ。
†
「一応、死体を確認したい。ルズールゥ、別の部屋へ移動して窓から死体を確認してくれ。君、視力良かったよね」
「あ、ああ」
スキンヘッドの男ルズールゥは別の部屋へ移ると、窓を開いて地上を見た。
地上では何かが燃えていた。
車だ。
そう言えば、下は駐車場だったか。
車が何台か燃え上がっていた。
「あれぇ? なんでだぁ? 車に落下したとしたら、衝撃で爆発して、燃えるのは一台なんだけどなあ? 引火したのか?」
瞬間。
下から何かが音速の早さで撃ち込まれていく。
ルズールゥの頭は孔だらけになる。
その後、彼の頭部は炎で焼かれ始めていた。
「なんだ、と!?」
ヘイドニクの声は裏返る。
一瞬の出来事だった。
グリーン・ドレスが全身に炎を纏って、部屋の窓に腰掛けていた。
彼女のダメージは深い。スプリンクラーに仕込んだ溶解液の攻撃を喰らって、全身に重傷を負っている。だが……。
「所詮、飛ばしているのは水だろぉ? なら、途中、熱で蒸発させちまえばいいっ!」
「はん、君は何を言っているのかなあ!? このわたしに近付く事は出来ない。この部屋にもスプリンクラーは仕込んでいる。そしてわたしの溶解液は炎さえも貫通させる」
「やってみろよ。来いよ。私の方ならいいぜ。だって、もうテメェに近付く必要は無いんだからな。拳銃(ハジキ)を抜きな。どっちが早いか勝負してやるよ」
ヘイドニクは自身の能力を込めたマグナム型の水鉄砲を取り出す。
「わたしの『インヴィジブル・マン』は連射出来るぞ。孔だらけのチーズにしてやる」
彼は引き金に指を掛ける。
グリーン・ドレスは。
掌から特大火球をバスケット・ボールのように放り投げていた。
「『マグナカルタ・カラミティ・ボム』」
ヘイドニクの全身が燃え上がっていく。
「ああ、がああぁははっはっ!」
彼は火達磨になって転がる。
そして、あっという間に全身が焼け爛れて、服も燃え上がり、みるみるうちに黒焦げ死体へと変わっていった。
「セクシーな骸骨になれよ伊達男。テメェにはそれがお似合いだよ」
ドレスは部屋の中に入る。
そして一息付く。
「畜生……。右手、肩と太股……、スプリンクラーで身体の至る処が負傷してやがる…………、早く治療して貰わねえぇと。ハードだったな、クソ……」
彼女は何とか立ち上がると、炎の翼で飛翔して、ホテルまで戻る。
To be continued
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