第一夜 大運河の街で。2
「しかし……拍子抜けだな。『能力』を持つ組織の者は一人もいなかったな」
暴君は物足りなさそうに言う。
「私達を見て逃げ出したんじゃないの?」
グリーン・ドレスは軽口を叩く。
「申し遅れましたが、私の名前はシンディと申します。ご存知の通り、ラトゥーラの姉です」
そう、ボロボロの服を纏っている少女は二人にうやうやしくお辞儀をする。
ウォーター・ハウスとグリーン・ドレスの二人は、まるで虫でも退治するみたいに、シンディが捕まっていた建物の中にいたマフィア達を一人残らず殺した。
売春窟にいたマフィアの構成員達は、全部で三十八名。
内、幹部が一人いた。
ウォーター・ハウスが殺して回り、逃げようとしている者達はグリーン・ドレスが殺して回っていた。
余りにも二人の手際は良過ぎて、更に徹底していた。
「『マイヤーレ』と言ったか。構成員はこの街に溢れているんだろう? ボスも幹部も下っ端も一人残らず殺してやろうか?」
彼は帰りのボートの上で、缶ジュース片手にそんな事をラトゥーラに提案する。
「い、いいえ。僕はお姉さんが戻ったから、それでいいです……」
「そうか? 報復される危険性もあるぞ。だから一人残らず殺したいんだが」
そう言いながら、ウォーター・ハウスは縛られている男を見る。
マイヤーレの幹部でこの売春窟を取り仕切っている髭面の男だった。
「お、お、お願いだ、この俺にも家族がいるっ! 俺にだって子供がいるんだっ! 食わせねぇといけねぇから組織に入ったっ! そして、伸し上がったんだよっ! 息子は十代で学費が必要だっ! 二人娘だっているっ!」
「知らねぇよ。お前から聞けるだけの情報は聞いた。後は用済みだな」
そう言うと、暴君は髭面の男を大運河へと蹴り落とす。
男は水底へと沈んでいった。
たっぷり十数分の間、男がしっかり溺死するのを見届けながら、ウォーター・ハウスはボートの上でくつろぎ始める。
「さて。今の奴で最後だったな。一人残らず殺した」
「非道い……」
ラトゥーラは思わず呟いていた。
「ん、どうした?」
「家族、いるんですね。今、死んだ男の人…………」
「だな。お前の方が詳しいんじゃないか? 家族食わせる為にマフィアになる奴もいるんだろ? 闇ビジネスに手を出す奴らとか」
「ですけど…………」
「お前見ていると割りきれなさそうだから、心配するな。今の奴の財布奪っておいた。免許証もクレジット・カードも色々、入っている。こいつの家族にはサービスしてやるさ。片親になるだろうが、金の保証はしてやるよ」
そう言うと、彼は鼻歌を歌い始めた。
「しかしまあ……、ラトゥーラ。お前なあ、そこの…………、シンディと言ったか。お前の家族助ける為に俺達を頼ったんだろ? 俺達は全員殺すと言った。でなければ、お前達は報復されるだろうからな。俺は徹底してやる。お前はお前の家族を助ける為に、“家族の為に”他人を踏み躙る仕事に手を染めた奴らを、俺達に殺すように依頼したわけだ。いいか、“正義”ってのは、そういうものだぜ、勉強になったな?」
大運河は夕焼けを反射し始める。
ラトゥーラはひたすらにボートを漕ぎ続けていた。
「俺達は正義じゃない。殺人鬼でテロリストでアナーキストだ。この世界そのものからの自由を求めている。体制、権力、国家、そして資本主義。そういったものは俺達にとって敵なんだ。ラトゥーラ、お前、助けを依頼する相手が悪かったかもな」
彼の黄金色の髪が揺らめく。
夕日に反射されて、三日月の顔形が美しい。尖ったナイフのような顔立ちだった。
†
ホテルの部屋の中だった。
シンディはスカートを脱いでパンティーを見せる。
白いパンティーの上、下腹部周辺には毒々しい刺青(イレズミ)が入れられた。彼女の話によるとタトゥー・マシンキットで刷るように入れられたものらしい。売春婦やその候補達には、組織の所有物としてプリンティングされているものだった。
タトゥーのデザインは、豚の頭部に花があしらわれている。『マイヤーレ』のロゴマークみたいなものだ。
「……凄い恥ずかしいんですが、陰部近くまで入れられているんですよ……」
彼女は酷く屈辱的な顔をしていた。
「ふむ」
ウォーター・ハウスはシンディの顔を撫でる。
ボコボコに殴られていた痣が綺麗に消えていく。
彼女はかなり驚いた顔をする。
「下腹部の下、触っていいなら、綺麗さっぱり消してやろうか?」
「うっ、…………、恥ずかしいです……」
シンディは顔を赤らめた。
そして、グリーン・ドレスの顔をちらちらと眺める。
彼女はシンディを睨んでいる……かなり怖い。
「その恥ずかしいプリントを一生付けたまま過ごすのか? 消す為に自力で費用を稼ぐのか? 俺はどうだっていいぞ。しかし忠告しておくが、お前がこの先、恋人が出来て、そいつにそのタトゥーを見せる場合、嫌な顔をされるだろうな」
「…………、消してください。お願いします」
彼女は従順に暴君に従おうとする。
ラトゥーラが口を挟みたそうにしていた。
「ウォーター・ハウスさん、僕達二人で復讐させて頂けませんか?」
彼は思い詰めたような顔をしていた。
「ほう? 聞くぞ」
「僕達の国は金融マフィアが入り込み、更に多くの犯罪組織が増えました。マイヤーレもその一組織の一つに過ぎません。マフィアの中でも弱小組織なんです。僕達はこの故郷を金融マフィア達に蹂躙されました。水が民営化され、税金も上がった。犯罪者に転落した人達は多いのだと思います。その…………」
彼は言い淀むが……。
「僕は復讐したいんです……、金融マフィア達に……」
「そうか。俺も資本家の大企業は嫌いだ。手を組んでやってもいいぞ」
暴君は飄々とまるで考えの見えない表情をする。
「そうだ。俺達でマフィアを作らないか? 組織だ。ラトゥーラ、お前はナンバー3でいい」
彼は簡単に言ってのけた。
「え、いえ、その僕は…………」
「隠すなよ、お前、本当は『能力者』なんだろ? シンディ、お前もなんじゃあないのか?」
彼はこの姉弟をまじまじと見る。
「私は戦闘向きじゃ無いんです。だから、捕まりました……」
シンディは観念したように言う。
「マイヤーレのボスは私が殺したい。ボスを殺した時に、この屈辱的なタトゥーを消して戴けませんか?」
「成る程……。構わないぞ」
ウォーター・ハウスは鼻を鳴らした。
「マイヤーレの本拠地を教えろ。ボスを殺しに行く」
彼は断言する。
「マフィア同士で横の繋がりがあります。他の組織も敵に回すかも」
「なら、他の組織の奴らも一人残らず殺す。それで解決だろ?」
暴君は何の躊躇も無くそう宣言した。
暴君ウォーター・ハウスと赤い天使グリーン・ドレス。
この二人にはそれだけの実力があるのだ。
†
「ルズールゥ……」
男はコートを着て、静かに夜の街を歩いていた。
後ろには、マイヤーレの用心棒であるルズールゥが怒りと怯えの両方に満ちた顔をしていた。
「君ぃ、そんなに臆病者だったかあ? 敵前逃亡とは、君の処の組織は黙っちゃいねぇだろ」
「なあ。お前なら、奴らを始末出来るだろ。奴らの能力は未知数だが、お前なら関係無いだろ」
「わたしはフリーの暗殺者(ヒットマン)だ。この件は貸しにしてやろう。お前の処のボスがし切っている、カジノの利益の一部が欲しいんだよ。いずれはこのわたしに流してくれるように君の処のボスに口聞いてくれないか? それで手を打ってやろう」
男はコートのポケットの中で何かをまさぐっていた。
「頼むぜ、ヘイドニク。報酬は出来るだけやるよ。お前が始末しなければ、俺が組織の者に消されちまう」
「ルズールゥ、君も能力使って手伝えよな」
ヘイドニクと呼ばれた男は、ポケットから小さなワインの瓶を取り出した。そして指先でコルク栓を抜くと、ワインを飲み始めた。
†
深夜。
ウォーター・ハウスは近くのコンビニに買い物に行くと言って、ホテルを抜け出した。
他の三人はトランプをしていた。
「色々な女と付き合ってきたが、グリーン・ドレス。お前が最高だよ」
そう言って、彼女は頬を赤らめる。
「って、あいつが言ってくれたんだ。だから、私はあいつの言う事に従う。あいつの命令は大抵、正しいからな。なんつーの? 私の人生を導いてくれるっていうか」
「ドレスさんにとって、あの人が人生の師匠みたいな感じなんですね。僕も憧れますよ」
「あれは、悪のカリスマだよ。底が知れないな。でも、たまに良い事を言う。他人に優しかったりもする不思議だ」
何よりも顔は抜群の美男子だ。
程良く筋肉も付いており、身長もそこそこ高い。
美しい男、とでも言えばいいのか。
ラトゥーラは未だに自分の性自認がよく分からない。
恋愛対象だってそうだ。
男性に恋をすればいいのか、女性に恋をすればいいのか……。
だが、グリーン・ドレスとウォーター・ハウス。
この二人のどちらにも彼は惹かれていた。
「処で…………」
グリーン・ドレスは神妙な顔をする。
「私達、多分、覗かれているわね。窓かしら? 敵は『能力者』。少し、様子見するわ」
そう言うと、彼女は窓の方に向かった。
窓が次々とコルク栓を抜いたように繰り抜かれていく。
グリーン・ドレスの掌に、大きな孔が開いていた。
貫通している。
彼女の掌から盛大に血が吹き出る。
「…………っ!?」
彼女は後ろに下がる。
「狙撃してきているのか? 私の手をっ! あああ、畜生がああっ!?」
ドレスは窓から離れた。
どぼっ、と。
血が吹き出る音がする。
シンディが蒼褪めた顔をしていた。
ラトゥーラが口から血を吐き出し、腹に小さな孔を開けられて地面に倒れていた。
To be continued
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