第一夜 大運河の街で。1


「この街は背徳によって支えられている」

 ウォーター・ハウスは車の後部座席で腕を頭の後ろに組んで呟く。

 彼は美男子だった。

 顔は尖った刃物のように整っていた。

 黄金のような髪を肩先まで伸ばしている。

 服装はガーゼ素材のTシャツを付けている。ズボンは鋲付きのダメージ・パンツだった。全身にトゲトゲしいシルバーのアクセサリーを巻いている。


「マフィアの利権によって成り立っているわけだな。で、マフィアはこの街の大企業、多国籍企業と繋がっている。違法薬物が蔓延り、銃器が密輸されている。賭博と売春もマフィアの収入源だ。この海の見える美しい景色は海の底のようにドス黒い陰謀が蔓延っているといわけだな」


 そう呟きながら、彼はバッグの中から新聞記事のスクラップを取り出す。


『×××国のビル倒壊事件』

『×××街での大惨事。犯人はたった一人で数百名の国防軍を殺害』

『×××国でのギャング団壊滅。殺人鬼二人によりギャングの死傷者多数』


 ウォーター・ハウスは自身が関与した事件の記事を読み返していた。

 彼は国際的に有名な大量殺人者だった。あらゆる機関や組織から注目されている。今は大人しくしているが、彼の悪名は各地に知れ渡っている。

 そして、一通り、読み返した後、大きく溜め息を吐く。無駄に悪名ばかりが響き渡っている。なるべく、この街では大人しくしておきたいのだが……。


 今日は、彼が付き合っている女と予約しているホテルで落ち合う予定だった。彼女も観光を楽しんできただろう。……彼とは別のルートで。


「はあ…………。それにしても、そんなに歴史あるこの街の美術館でのデートが嫌か。彫刻がとても美しいんだがなあ。それよりも、ホテルに付いたら、早くスパゲティが喰いたいな。この国の特産品だ。ミートソースでもカルボナーラでも何でもいい」

 そう言って、彼は大きく溜め息を吐いた。


 もうすぐホテルに辿り着く。

 タクシーを降りればすぐだろう。


 ホテルにチェックインした後。

 彼の右腕であり、恋人である、赤い天使と落ち合うつもりだった。


 スマートフォンが鳴り響く。

 ウォーター・ハウスはスマホを手にする。


「どうした? ドレス? まだホテルには到着していないのか?」

 何かトラブルがあった事を、すぐに彼は理解した。



「そうか。マフィアの縄張りに入ったのか」

 ウォーター・ハウスはアラビアータのパスタにフォークを突き立てる。


「ああ、そうだよ。クソ垂れの人間植物に襲われた。どういう事だ?」

「お前、血の気が多いだろ。何かやらかしたんじゃないか?」

「何もしてねぇよ」


 ウォーター・ハウスとグリーン・ドレスの二人は、ホテルのラウンジで、昼食を取っていた。

 バイキング形式になっている。

 ウォーターはプロシュート・ピッツァとアラビアータのパスタを口にしながら、グリーン・ドレスの話を聞いていた。


「で、そいつなんだ?」

 ウォーターは眼の前の美少女の姿をした少年を見て首を傾げる。


「拾った。私達に依頼をしてぇんだとよ。マフィアから家族を守ってくれって」

「んー。いいが。俺達は金じゃ動かないぞ?」


 ラトゥーラは椅子に座りながら震えていた。


「お姉さんがマフィアに誘拐されたんだ。身代金を出せって脅されている。でも、そんなお金は無い…………」

「で、私達に助けて欲しいんだってさ」

 グリーン・ドレスは、トマト煮のフライドチキンを口にしながら言った。


「お前の姉がまだ生きているという保証は何処にもないぞ?」

 ウォーター・ハウスは辛辣に言った。

「それでも、僕はお姉さんを取り返したいんです」

 ラトゥーラの拳を握り締める。


「さてな。……俺は、俺達は、壊す方が得意だ。守るのは得意じゃない。正義の味方とかじゃないんだ」

「いいじゃない、ウォーター・ハウス。マフィア、ブッ潰そうよ」

 彼女は楽しそうに言う。


「私は強い奴と戦いたいな。大暴れしたい。いいじゃねぇの? たまには正義の味方ごっこしてもさあぁ。少なくとも、私達には信念があるだろ? この世界の構造がムカ付くからぶっ壊したいってな。大企業と繋がっているマフィアなんて、あなたがブッ倒したい相手じゃないの?」

「ふん。俺に指図するな」


 ウォーター・ハウスは少し考えているみたいだった。


「報酬を提示しろ。俺達は金で動かない。報酬を提示出来れば、俺達は動く」

「報酬ですか?」

「重要な事なんだ。俺が欲しい報酬はそうだな…………、知的好奇心だ。俺は標的を始末する為の理由が欲しい。人間は何の為に生きているのだろう? その一つが好奇心だと俺は思うわけだが。何か俺の好奇心を刺激する事を提唱してくれないか? それがお前を守り、お前の姉を奪還する為の報酬にしてやる」

 彼はよく分からない事を言う。


「提示してくれ。今すぐでなくても構わない」

「はい…………」


「だが、俺はどちらかと言うとフェミニストだ。弱い女子供を搾取し虐待している奴らは許さない。お前の姉は奪還する。それでいいな?」

 そう言って、ウォーター・ハウスは含みのある笑いを浮かべた。



 ラトゥーラの姉を誘拐したマフィア組織『マイヤーレ』は大運河の向こうに拠点を持っているとの事だった。


「これ僕のボートです。僕、水夫をしているんです」

 ラトゥーラはボートに二人を乗せる。


「ふうん。その服装は水夫のものってか?」

「はい。僕、幼少期から女の子として育てられて……。この国は一部の少年が幼少時に女の子として育てられるんです。男娼として稼がせたり、ニューハーフ・ショーに出せる為に。外国の人達はそれで喜びます」

「はあーん、そうか」

 ラトゥーラはオールでボートを漕ぎ始める。


「男性の水夫よりも、女性の水夫の方が稼げるからって僕は女の子として育てられました」

「まあ、お前のとこの家庭に興味を持つつもりは無い。処でお前の姉とやらは、身体的には男性なのか?」

「お姉さんは身体的に女性ですよ。でも売春で金を稼ぎたがっている。……そこでマフィアに眼を付けられたんです」

「はあーん」

 グリーン・ドレスは鼻を鳴らす。


 何度か建物を迂回しながら、水上を進んでいく。


 しばらくして陸地が見えてくる。


「……なんだあれは?」

 ウォーター・ハウスは興味深そうに、陸地前に水の底に大量に沈んでいるドラム缶を見ていた。


「あれは売春窟から逃げた売春婦のなれの果てです。捕まって見せしめとして、生きながらマフィアの構成員達にバラバラにされるんです。それで遺体は他の売春婦達によってドラム缶に入れられて沈めに行かされる」

「ふうん。徹底しているのねぇ」

 グリーン・ドレスは冷たく笑った。


「では上陸しますよ」

 ラトゥーラは錨を水底に落とす。


「ああ」

「準備OKよ」

「ちなみに、ラトゥーラ」

 ウォーター・ハウスは屈伸運動を始めた。

「俺は『暴君』という渾名で呼ばれている。何故、そう呼ばれるのかは俺には分からないんだがな。何かこの俺にそういう気質や問題があるんだろう」

 そう言うと、彼は両腕の指をこきりと鳴らし始めた。


「全員、皆殺しにしてお前の姉を助け出す。マフィア共は、一人残らず殺す」

 ウォーター・ハウスは不敵に宣言した。



 横幅の大きな階段があった。


「皆殺しだからな」

 ウォーター・ハウスは言う。

「売春婦はどうするわけ?」

「マフィアの構成員として組織に所属しているなら殺す。所属していないなら事のついでに助ける。それでいいか?」

「ええ、いいわねぇ」


 二人は階段を上がっていく。

 ラトゥーラは二人に付いていく。


 薄暗い建物の中だった。

 妖しい香が焚かれている。

 建物内部の壁は汚い。


 何となく監獄を彷彿させる場所だった。

 此処の売春婦達は街娼(立ちんぼ)をしている時間帯以外は、此処に軟禁されているとの事だった。みな、多くの借金を抱えているらしい。


 女達は異様な雰囲気を醸し出す二人とその後に付いていくラトゥーラを見ていたが、怖くて話し掛けられない、といった感じだった。


「で、ラトゥーラ。お前の姉は何処に行けば会える?」

「多分、この施設と隣接している場所かと。……途中に別のビルに移る通路があって、その地下に監禁されていると思います」

「詳しいな」

「一度、僕、此処に連れてこられたんです。その後、帰されて…………」

「成る程」


 いかつい男二人が現れる。

 彼らは筋肉質で腰に銃器を携帯していた。露出した両肩には禍々しいデザインのタトゥーが彫られていた。


「おい、お前達はなんだ? 此処は侵入禁止だぜ? それともウチのボスに呼ばれたのか?」

「アポは取ってないな。処でお前、この奥の別棟の地下に女が監禁されているのか?」

「ああ。家族が身代金を払えない場合、売春婦として働いて貰う。そういう取り決めだ」

「そうか」


 ウォーター・ハウスは眼にも止まらない早さで、男の頭をコンクリートの壁に叩き付けた。潰れたピザみたいに脳漿を撒き散らしながら、男は地面へと倒れた。

 もう一人の男は呆気に取られていた。

 グリーン・ドレスがもう一人の男の顔に掴み掛っていた。彼女の指の隙間から煙が噴出する。男は生きながら顔を焼かれ、グズグズに脳まで熱で溶かされて死亡した。


「ウォーター・ハウスさあ。静かに殺していくの? 私、大暴れしたいんだけどなぁ。ねぇ、売春婦ごと巻き込んでブッ殺さない?」

 彼女は可愛らしげな猫撫で声で言う。


 ラトゥーラはグリーン・ドレスの容赦の無さにも驚嘆し冷や汗を流す。


「いや。マフィアだけだ。静かに殺すぞ。ただし、一人残らず殺す」

 ウォーター・ハウスは淡々と言った。



 地下室に辿り着く。


 家畜でも入れるような大きな小屋の中に少女は椅子に座らされていた。ラトゥーラよりも二、三つ程年上といった処か。両手は後ろに縛られ、両脚は椅子の足に紐で固定されていた。ボロボロの服を着せられていて、顔には何度か殴られたような痣があった。


「お姉ちゃんっ!」

 ラトゥーラが言う。

「来たのっ!? その人達は!?」

「助けに来てくれた人達だよっ!」

 ウォーター・ハウスは小屋の扉を蹴り付ける。扉は簡単に壊れた。


「紐切るからじっとしていろ」

 彼はラトゥーラの姉を椅子に縛っていた紐を引き千切っていく。


 階段の上から足音がする。


 何名かのマフィア達が現れる。


「動くな。てめぇら、全員っ!」

 マフィアの一人が自動小銃を手にしていた。


「ああ。現れたか」

 ウォーター・ハウスは無造作にズボンのポケットに入れていたものを取り出す。


「動くなっつってんんだろおぉおぉお、今すぐ蜂の巣にされてぇのか、後で蜂の巣か決めさせてやるからよぉ……」

 

 無駄な動きは何一つとして無かった。


 ウォーター・ハウスは有無を言わせず先程殺したマフィアの構成員から奪った拳銃の引き金を引いて、新たに現れたマフィアの男の額に銃弾を命中させていた。


 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。


 おどけるような音と共に、鉛玉が発射されていく。


 次々と現れた男達はウォーター・ハウスの手によって撃ち殺されていく。

 正確に眉間を狙っていた。


「弾切れか」

 そう言うと、ウォーター・ハウスは拳銃を放り投げる。

 そして、階段を上がっていく。


 二人程、生き残りがいた。

 その二人はまだ比較的若く、明らかに居すくんでいた。


「た、助けてくれっ!」

 そう言いながらも、若いマフィアの一人が拳銃をウォーター・ハウスの顔面に向ける。

 暴君は倒れて死んでいる男の手から自動小銃を奪い取る。

 そして、問答無用で若いマフィアの頭蓋を自動小銃で撃ち抜いていた。五発程撃ち込まれて、まだ少年のあどけなさを持つマフィアの頭蓋は吹き飛んでいく。

 残った一人が非常に怯えた顔をしていた。


「た、助けてくれっ! なんでもするっ!」

 まだ十代後半くらいのマフィアになり立ての少年だった。

 暴君は自動小銃の先を少年の口の中に押し込んでいく。


「さようならだな」

 弾倉(マガジン)に残っている弾を全て少年の喉に撃ち込む。

 壁に大量の血と脳漿、頭蓋骨の破片が撒き散っていく。


 ウォーター・ハウスはラトゥーラ達の下へと戻る。


「さて。後、どれくらい構成員はいる? この建物の中に」

 彼はラトゥーラの姉に訊ねる。


「助けてくださって、ありがとう御座います……。そうですね……、三十名くらいはいるかと。でも、今、外に出払っているかも……」

「ボスや幹部は?」

「此処にはいません。拠点は別です」

「そうか」

 ウォーター・ハウスは腕組みをし、顎に手を当てる。


「あの、銃を撃つの得意なんですね?」

 ラトゥーラは訊ねた。


「いいや、全然。銃を手にした事なんて、数える程しか無いかもな」

「でも命中は正確でした」

「手間を掛けたくないからな。こんなの狙って引き金引くだけだろ」

 彼にとっては撃った際の反動などは何の負担にもならないのだろう。


「さてと。この建物に残っている奴も全員、探し出して殺さないとな。待っていればまた来るかな?」

 彼はぽつりと言った。


 ラトゥーラは首を傾げた。


「一人残らず殺すぞ。逃げる奴がいたら、そいつも殺す」

 暴君は少しだけ気だるそうな顔をしていた。



 売春窟から、数百メートル先。


 先日、人間植物の男、マコナーが夜の廃工場で炎使いの女と戦ったとの事だった。

 彼は別の組織の人間だが、


 ……ありゃ、俺じゃ勝てねぇ。

 ルズールゥは双眼鏡を取り落とす。

 ルズールゥは『マイヤーレ』の超能力者であり用心棒であったが、あの二人に勝てない事はすぐに見て分かった。なので、彼は即座に逃げ出していた。


 組織の者達は、自分が敵を眼の前にして逃げ出した事が発覚したら処刑しに来るだろう。彼は売春窟の用心棒を任されていて、大抵の敵からの襲撃は退ける自信があった。……だからこそ、実力差がはっきりと分かって逃亡したのだった。ルズールゥは別の組織に助けを求める事に決めた。これからは、マイヤーレの他のメンバーが彼を追う事になるだろう。


 ……化け物だろ、ありゃ。俺じゃムリだ。畜生、なんで俺の人生はクソッタレなんだ。


 彼は悪態を付きながら、その場から去った。

 コネはある。

 別の組織に改めて雇って貰うしかない。

 

 彼は震えながら、唾を吐いた。


「いや、畜生…………、償いはさせて貰うぜ。こそこそ逃げて溜まるかよ。殺してやる、ぶっ殺してやるぞ。ああああ、奴らの首を手土産に持っていったら、組織も許してくれるだろうしなあああああぁっ! 不意打ちならイケるだろおぉおおおぉおっ!」

 機を待つしかない。

 機を待って、奴らを始末しなければ、組織には帰れない。

 彼は携帯を取り出す。

 そして、目当ての番号へと電話を掛け始めた。

 この時の為に、コネがある。

 こういった場合、暗殺が得意な奴なら敵を殺せる筈だ。


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