チャプター 3-3
日曜日の朝。目が覚めると急いで部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。
「おはよう、都ちゃん」
「はぁ、はぁ……んぅ。 ……おはようございます……」
今日も起きてすぐにリビングに来ても、いるのは紗枝さんだけでお兄さんの姿はなかった。
「あの……お兄さんは?」
「シンちゃん。 今日も朝早くから出かけちゃったわ」
「……そうですか」
「夜、台風が来るみたいだからそれまでに帰って来てくれるといいんだけど、ね。 昨日も遅かったし心配だわー」
あの一件以来、お兄さんとはまともに話せていない。それどころか顔を見る事さえ難しくなっていた。言うまでもなく避けられている。
「……」
紗枝さんと二人での朝食。いつもならお兄さんもいて、和気あいあいとした時間だったのに……夢でも見ていたかのように失くなってしまった。私のせいで。
あの日、冷静に行動していれば心配も迷惑もかけずに済んだ。その後も、すぐにお兄さんに謝っていれば嫌われなかった……。けど、
『たかがストラップだよ』
その一言が怖くて謝れなかった。全部……全部、私が悪いのに。
「ねぇ、都ちゃん。 ご飯食べたら、一緒にお出かけしない?」
「お出かけ、ですか」
今日もストラップを探しに行くつもりだったので断わろうとした。けど、紗枝さんの押しの強さに敵わず、一緒にデパートに出かける事になった。
「きゃーっ! やっぱり、可愛いわぁ!」
「え、えと……その……」
「次は、こっちを着てみて!」
「うぅ、はい」
デパートに着くなり服屋へ入店。服屋へ行こうと言われた時から嫌な予感はしていたけど……。案の定、着せ替え人形のように色々な服を試着させられている。
「カットソーにスウェットもいいわね」
「あのう」
「ふふ、シンちゃんはこっちのが喜びそうね」
「え……。 お兄さんが……喜ぶ」
そう言って紗枝さんが手にしていたのは肩の出ている白いブラウスだった。
それは、私が着るには背伸びしている印象が拭えない服。いくらファッションに興味のない私でも、まだ早過ぎると敬遠するくらいに。
「……」
でも、それはいつもならだ。今日の私はほんの少し違っていた。
「着てみる?」
その問いに対して、迷わずコクコクと頷き、試着した。だって、私にはその光景が容易にイメージ出来たから。
「……どう、ですか?」
「うん。 可愛いわ」
「ふあぁ」
ついふわりとした笑みが溢れる。それは単に可愛いと言われたからではなく、紗枝さんにそう言われるとお兄さんにも言われている気がしたから。
「じゃあ、それ買いましょ♪」
「え、買うんですか!?」
「だって、ここは服を買う場所よ? 気に入ったのなら買わなきゃ」
「で、でも……私、服を買うお金なんて」
「いいの、いいの。 そんなこと気にしなくて」
「そう言われても……」
「ほらほら、いきましょ」
「……あ……」
紗枝さんに手を引かれレジまで行き服を購入した。その後も、デパートの色々なお店に入り、紗枝さんの勢いに翻弄されながらもショッピングを楽しんだ。
そして、お昼時になり喫茶店で昼食を取り、一休みする事になった。
「都ちゃんとのお買い物楽しかったわ」
「私もです。 でも……」
「シンちゃんが気になる?」
「……はい……」
こんな風に楽しんでいていいのかと不安になっていた。それは『私なんかが楽しんでいい訳がない』という気持ちからではなく、お兄さんの事が頭を過るからだ。
お兄さんと。お兄さんなら。お兄さんは。と、そんなもしもが何度も、何度も浮かんだ。
関係がギクシャクしてしまったとはいえ、私はお兄さんを嫌いにはなっていない。いや、嫌いになれるはずがない。今すぐにでも仲直りがしたい。
だから、あのストラップを探している。あのストラップさえあれば元に戻れる。……そんな確証のない淡い希望を抱いてしまっているから。
「大丈夫よ」
紗枝さんは落ち込む私の頭をそっと優しく撫で、優しい声で元気づけてくれた。
「だって、シンちゃんは私の子なんだから」
「……紗枝さん……」
本当は自分でも分かっている。ストラップがあったって、今のままじゃダメだって……。
でも、何か拠り所がないと勇気がでない。……弱気になって何もできない。
「そういえば、シンちゃんね。 最近、おすしマンのアニメを見ているのよ」
「え、お兄さんが……!?」
「お店で借りて来てね。友達のお家か、どこかで見てるみたい。 まぁ、本人は必死に隠してるけどね」
何で……どうして……。
「余程、気に入ったのかしら。 それとも──」
それは、紗枝さんの言う通り。単に作品が良くて気にいっただけなのかもしれない。
だけど。
もし……。もし、他の理由があったとしたら。もし、隠すのに私が関係していたら。その考えは都合が良過ぎてあり得ない夢物語のようなもの。でも、そうだとしても。
「ふあっ」
「あらあら」
私は、勇気を出せる。だって、今の私はこんなにも、嬉しい気持ちでいっぱいですから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます