チャプター 2-4
学校から帰宅し、リビングへ入ると都ちゃんが僕を待っていた。
「あれ? 母さんは?」
「お兄さん、これ」
都ちゃんから手渡されたメモを見ると、
『急に繁さんのところへ行かなくちゃいけなくなったの>< 22時には帰れると思うわ! だから、晩ご飯はシンちゃんに任せるわね♪』
と、書かれていた。どうやらまた急な呼び出しがあったみたいだ。
繁さんとは僕の父さん。つまり、母さんの旦那だ。父さんは研究職で、泊まり込みが多く、滅多に家に帰ってこない。母さんが呼ばれたのはまた生活面での事だろう。父さんは研究に没頭すると生活面が壊滅的になる。ご飯を食べないのは当たり前、身だしなみなんて言うまでもない。その上、研究以外の話は聞かない。それに危機を感じた同僚が母さんに頼る。その訳は、いくら研究に没頭した父さんでも母さんの話は聞くからだ。母は父より強し。(我が家においてはだけど)
とりあえず、状況は分かったので冷蔵庫の中を確認した。すると、食材は殆どなかった。今回は買い物へ行く前に呼ばれたらしい。
つまり、晩ご飯を任せるとは好きに済ませてくれという事だ。
「それじゃあ、今日は外に食べにいこっか」
「へ……っ!?」
外食を提案しただけなのに、マンガのようなオーバーリアクションをして驚く都ちゃん。一体、どうしたんだろうか?
「もしかして、外食はあまり好きじゃない?」
「い、いえっ! そういう訳ではなく……あまり行った事がないので」
「あ、そうなんだ」
俯きながら人差し指を擦り合わせる人ってリアルでいたんだ。ちょっと感動した。
それはさておき。外食をあまりした事ないなんて珍しいと思った。それ程、白間家では食への拘りが強いんだろうか。まぁ、お米の件を考えるとなきにしもあらずだ。もしそうだとしたら……。
突如、頭の中で悪魔の囁きがし、少し意地悪をしたくなってしまった。
「どうする? 自炊のがいいなら何か作るけど?」
「えっ!? えーと、それは……その……」
モジモジする都ちゃん。その様子から内心はどうしたいのか容易に分かる。いや、都ちゃん風に言うと容易にイメージ出来る。
そう、あまり外食に行った事がないのなら、行ける機会があれば、すごーく行きたいはずだ。
「都ちゃんの好きな方でいいからね」
「あ、ぅ、そんなぁ……ぁわわ……」
深夜アニメのあざとさ満点のキャラクターみたいにあたふたする都ちゃん。
きっと、外食したい気持ちと遠慮する気持ちがせめぎ合ってるんだろうなぁ。それこそ、頭の中で天使と悪魔が戦ってるみたいに。
さっきから、こっちを見ては目を伏せ、こっちを見ては目を伏せてを繰り返している。相当悩んでいるのが伺える。
何だろう。この胸のポワポワする感じは……ついニヤけてしまいそうになる。
「どうする?」
「ぁ、うぅ。 その……お兄さんとなら。 外が、いい……ぇす……」
「うん、分かったよ」
「──ふあぁっ! ……あっ……!?」
「それじゃあ、着替えてくるね」
「……ん、ん……」
そして、リビングを後にし、自室へと向かう。自室へと入ると真っ先にベッドへと倒れ込み、
「──っ!!!!」
枕で声を殺し、思いっきり叫んだ。
何だ、何なんだ。あの可愛い仕草はっ……! 顔を真っ赤にしてっ! 上目遣いでっ! しかも僕とならって、僕とならって……っ!!
最後も、笑顔を輝かせてから我に返って、口元が緩んで笑窪くっきりなのを必死に隠そうとして俯いて『……ん、ん……』って、コクコク頷いて……!!
あぁ、もうほんとに、子どもって可愛いなぁ。可愛い過ぎるよ。ちょっとした出来心だったけど、良いものが見れたなぁ……。
すぐさま体を起こし、机の引き出しを開ける。
「さて、ヘソクリは……。 確か、ここに……」
今なら、あの時の紫の気持ちが分かる。僕も紫のように都ちゃんを愛でれたら、無限にナデナデしているところだ。けど、僕がそれをすると有毒廃液に突っ込むぐらい真っ青なエンディングを迎えてしまう。
だから、別の形でアプローチをする。今夜は好きなものを好きなだけ食べさせてあげよう。ちょっと意地悪もしちゃったから、そのお詫びも兼ねて──。
この小さな町では外食が出来る場所は限られている。駅前にあるファーストフード店の『バーガージャック』、商店街にあるラーメン屋『天下人』、昔ながらの懐かしい味を売りにしている食堂『味庵』、そしてチェーン店のファミリーレストラン『full eat』だ。都ちゃんの好みをはっきりと把握している訳ではないので、今日は『full eat』で済まそうと思う。
この店は、その名の通りいっぱい食べれる(食え)のを売りとしている。丼物の大盛りが無料だったり、セットによってサイドメニューが食べ放題になる。更に、和洋中の様々なメニューを取り揃えており、客のニーズに幅広く応えてくれる。あと、値段設定も学生の財布に優しい。
「わぁーっ! メニューがたくさんあります!すごいですっ!」
「好きなのを頼んでくれていいからね」
メニューを見て瞳をキラキラさせる都ちゃんを見ているとここに来て良かった思う。しかし、この完璧そうなお店にも少々問題がある。
「へいっ、おまち! 当店自慢のフライドポテトだぜ!!」
それは、よく知っているやつが働いている事だ。
「青二。 まだ何も頼んでないぞ」
「ふっ、俺からのサービスに決まってんだろ。 言わせるなって!」
ばっちり両目を瞑る青二。ウィンクが出来ないなら無理にやろうとするな。ただの忙しない瞬きになってるぞ……面倒だから言ってやらないけど。
「んじゃ、決まったら呼んでくれ」
「おう。 ポテトサンキューな」
青二が厨房へ戻った途端に、何やら厨房が騒がしくなった。あいつ、もしかして無断でポテトを出したのか?それが即座にバレたのか?
まぁ、何にせよ悪いのはあいつだし、気にせず厚意には甘えておこう。骨ぐらいは拾ってやるからな。
「あ、あの決まりました」
「なら、呼ぶね」
呼び出しのボタンを押し、青二を呼ぶ──というか、勝手に青二がやって来た。丁度いいから、特に気にしないけど。
「ご注文をどぞっ!」
「オムライスセット。 スープはポタージュで」
「ハンバーグセットと……ライスの……な、並……ぉねがい、します……」
「………」
「ハイ、ハーイっ! かしこまり!」
「青二。 あと、レモンだ」
「おっ!! りょうかーいっ!!」
注文を受けた青二はチャラい敬礼をし颯爽と厨房へと戻った。僕はすかさずスマホでメールを打ち、送信する。
「あのお兄さん、レモンって? そんなのメニューにありましたか?」
「え、ポテトにかけようかなって。 はははぁ」
「ポテトに……レモンですか?」
「あっ、えーと……飲み物取ってくるよ! 何がいいかな?」
「え。 じゃあ、オレンジジュースでお願いします」
「うん、分かったよ! ちょっと待っててね!」
「あ、はい。 ……?」
慌てて席を立ち、ドリンクバーへと逃げる。
ふう、焦った。まさか、レモンに食いつかれるとは思わなかった。
勿論、さっきのレモンは本当にレモンが欲しいって意味じゃない。あれは、暗号だ。
昔、二人で某スパイドラマにハマった時に作った。アップルが危険、バナナが逃げろ、オレンジが安全、そしてレモンが緊急事態・連絡だ。他にも、ストロベリーとか、グレープもあったけど、その辺は忘れた。
要は、都ちゃんにバレないように僕のメールをすぐに見ろと伝えた。その理由は──。
「あのお兄さん」
「どうしたの?」
「これ並ですよね? ご飯多いような……」
「ここだとそれぐらいが普通じゃないかな」
「そう、なんですか……?」
勿論、それは嘘だ。僕がメールでライスを大盛りに変更してくれと伝えておいた(気持ち多めも、ついでに)。数日とはいえ都ちゃんの食べっぷりは知っている。いつもご飯を二杯は必ず食べているのに、ライスが並でいいなんてあり得ない。遠慮をしているのは丸わかりだ。
僕は、都ちゃんに好きなものをお腹いっぱい食べて欲しいと思っている。『full eat』だけにっ!……口にチャックをつけておいて正解だったな。
気を取り直して。だから、今日は遠慮をさせない。お腹いっぱい食べてもらう。
「まぁ、盛り付けは人のやる事だからね。多少のミスはあるよ。 だから、お腹いっぱい食べてね」
「──っ。 は、はいっ!」
この余計な一言で手を回したのがバレてしまったかもしれない。けど、それはそれで良かった。
その後、都ちゃんは遠慮せず好きなデザートを頼んで、目一杯喜んでくれたのだから。
✳︎
「うふふー」
「……ご機嫌だね、母さん」
「あら、やっぱり分かる?」
「まぁね、そりゃ」
帰ってくるなり、ずっと幸せオーラ満開でニコニコしているのだから嫌でも分かる。しかも、何があったかは大体察せる。
「今日ねー、繁さんとお風呂入っちゃった♡」
「……そう。良かったね」
いつも通り、父さんと惚気てきたみたいだ。うちの両親は昔から仲が良く、いや、良すぎて近所の人がおしどり夫婦といえば黒川夫婦と口を揃えて言うレベルだ。最早、代名詞になっていると言ってもいい。
といっても、いつも笑顔が絶えず話しているとか、出かける時はいつも二人一緒とか、スーパーのレジ袋を片方ずつ手に取り二人で持ってて微笑ましいとか、見かけた人が幸せそうな夫婦と感じるくらいで──外では比較的まともだ。
だが、家ではとんでもないイチャラブバカップルだ。キスは挨拶(息子の前でも)、ベタベタくっつくのは当たり前、やたらとお互いを褒め合うし、寝る時なんて……本当に自重して欲しい。そんな両親の唯一の救いはペアルックをしない事ぐらいだ……。
ともかく、うちの両親は超がつく程、甘々な関係で甘過ぎて『あまーい』と叫ぶのもバカらしくなる。今みたいに父さんが忙しくなる前は、毎日のように一緒にお風呂に入っていたからか、偶に一緒に入れると大喜びする。
「でね、繁さんったら」
「待って、母さん。 世の中には言わぬが花って素敵な言葉があるんだ」
「私は花より団子派だからいいのよ」
何となく言いたいことは分かるけど、それは絶対に間違っている。
「母さん。 頼むから、僕の血糖値を上げないでよ」
「えぇー、良い話なのに」
良い話だろうと両親のイチャラブを聞く息子にかかる負担は、日本の年金制度と同じくらい重いんだ。許してほしい。
「あのね、シンちゃん。 日本には裸の付き合いって言葉があるのよ?」
「それ精神的な意味合いの言葉だよ」
「細かい事はいいじゃない。 裸なら本音を語り合えるのは一緒よ」
「それはキャベツとレタスぐらい違うよ」
「もう……あ、シンちゃんもやってみれば、きっと分かってくれるわ!」
「……ソウダネ、ウン」
母さんの考えを聞いていると感情を失い、ロボットのようになってしまう。出来れば、理解出来る日が来ないのを祈るばかりだ。
ガチャリと音が鳴り、リビングの扉が開く。
「お風呂上がりました」
「それじゃあ、母さん。 惚気るのも程々にね。 都ちゃんがいるんだから」
「むぅ、はーい」
年甲斐もなく膨れる母さんを横目にリビングを後にする。そして、お風呂へと向かう。
すると、洗面所の扉に手をかけるのと同時に後ろから声をかけられた。
「あの!」
「どうしたの、都ちゃん?」
「……んと…ですね………お、お……にぃ。 お……ぁ、うぅ……おやすみなさいっ!」
「え……うん、おやすみ」
都ちゃんはおやすみの一言を言い終えると慌ただしい様子で二階へ駆け上がっていった。途中で『ひぅんっ』という声とともにガタ、ゴッ、ドンッとすごい音がしたけど、階段で転けた?のかな。大丈夫かな、ちょっと心配だ。
「だ、大丈夫ですっ!」
心配して様子を見に行こうとしたら、都ちゃんとは思えない大声が響いた。本人もああ言ってるし、大丈夫か。
……ところで、さっきの都ちゃん可愛かったな。耳を真っ赤にして、恥ずかしそうにモジモジして、困ったような瞳は一昔前のチワワのCMよりグッとくるものがあった。これはもう可愛すぎて今すぐにでも絵にしたい気持ちに──ん、絵にしたい?
「……はは、何考えてるんだろ。まるで、昔の自分に戻ったみたいだ」
そんな事、絶対にあり得ないのに。今の──色を塗れない僕じゃ。
♪
-都の日記-
4月23日 今日はお兄さんと2人でご飯に行けて良い一日で終わるはずだったのに……最後の最後に下手をしてしまいました。
いつもお世話になっているお兄さんに『お礼をしたいです』って言いたかっただけなのに……恥ずかしがって……。ちゃんとお礼したいのに……。
ううん。気を取り直して、明日頑張ります。
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