チャプター 2-3

 週明けの月曜日、昼休みの教室。青二にも、スマホであの絵の写真を見せてみた。


「なぁ、この絵どう見える?」

「なんだ? 心理テストか?」

「いいから答えてくれ」

「オーケー。 任せろ」


 何故か、青二は目を瞑りスマホへ手をかざした。


「おい、何してるんだよ」

「プロフェッショナルの技を見せてやる」

「はぁ?」

「しぃっ! 今集中してるんだ!」


 明らかにバカな事をしているのに、異様なまでの真剣さを発揮する青二。僕は言葉を失わざるを得なかった。呆れて。


「よーし。 見えてきたぞ……お、成る程な」

「なぁ、青二。 僕は真面目な話をしてるんだ」

「俺だって大真面目さ。 プロフェッショナルの技を信じろっ!」

「……はぁ。 で、そのプロフェッショナルの技で何が見えた?」

「んー、はっ! これは……白黒の公園の絵だ。 しかも、お前が描いたな」

「お見事、流石はプロフェッショナル。 やるねぇ、エスパー少年もびっくりだ」


 バカなワンアクションを挟んだのはご愛嬌として。やっぱり、青二も白黒の公園の絵にしか見えなかった。当たり前といえば当たり前だけど。


「で、何でそんな事、聞いてきたんだ?」

「世の中にはこれを見て、夕景だってイメージ出来る子がいるんだよ。 それで他のやつにも聞いてみたくなったんだ」


 やっぱり、都ちゃんの想像力は並外れていると考えるのが正しい。本当に、十年に一人……いや、百年に一人の天才かもしれず、驚嘆を禁じ得ない。……都ちゃんの事になるとすぐに親(兄)バカみたいになっちゃうな。


「それマジかっ!?」

「あ? あぁ、マジだ」

「見ただけでイメージって。 やべぇな、やべぇよ。 超能力かよ」


 どうやら青二も僕と同じ感想を抱いたようだ。


「俺もイメージ力を鍛えたら、顔見ただけで女の子の履いてるパンツをイメージ出来るんじゃ……試す価値はあるな」


 俺もイメージ力を鍛えたら? 何処からツッコんだらいいか分からないが、とりあえず訂正する。こいつは僕とは違う。ただのスケベバカだ。もしかしなくても、聞く相手を間違えた。

 それで結果が変わるとは思えないが、一応他にも当たっておいた方がいいな。


「お前にしてはキてるな」

「だろだろっ!」

「あぁ、キレッキレだ。 早速、委員長にイメージ力の鍛え方を聞いてくるといい」

「だな! 行ってくるぜっ! なぁ〜委員長〜〜」


 青二は素早く委員長の元へと行った。遠耳に『あ、あのね。 そもそも、私は委員長じゃないよ』と聞こえたけど、聞かなかった事にする。その内、ちゃんと名前を覚えるから、それまでは……委員長で。


 さて、他に話を聞ける相手といえば──。


「何、真一?」


 僕は頼れる知人が少ない。読書の最中に話しかけるのは申し訳ないと思ったが、頼れるのはもう紫しかいない。

 別に、クラスメイトという視点であれば他にもいる。だが、絵の話が聞ける程、気が許せる仲となれば二人しかいないだけだ。決して、二人がいなかったら寂しいぼっち野郎って訳じゃない。もう一度言うけど、僕はぼっちじゃない。二人が同時に休んでも困ったりしない。


「何ぼーっとしてるの?」

「すまん、余計な事を考えてた」

「うん?」


 一体、誰に言い訳をしていたんだろうか、全く。さて、そんな事より要件はさっさと済ませるに限る。


「ちょっと聞きたいんだけどさ。 この絵どう見える?」


 青二の時と同じようにあの絵を見せる。すると『キラキラしてる』と外角低めに抉りこむような珍解答をされた。

 流石は紫さん。常識では測れない感性の持ち主だ。常人の二歩先をいくキング……いや、クイーンっぷりで、予測不能だ。


「なぁ、紫。 確かに、人類の英知の結晶、液晶画面はとてもキラキラしている。 でもな、そういう事を聞いてるんじゃないんだ」

「ん? 私もそういう事を言ったんじゃないよ?」

「なら、どういうつもりで言ったんだよ……」

「この絵。見てると胸がぽわってして、何か素敵な想いを感じる。 だから、キラキラしてるって言った」


 おかしい。言葉の意味を教えてもらったはずなのに、余計に意味が分からなくなった。

 そもそも素敵な想いって何だ?描いた本人ですらそんなの知らないぞ。

 やっぱり、聞く相手を変えたところで何も変わらなかったな。時間を無駄にした。


「これ描いたの真一でしょ?」

「あぁ、そうだよ」

「やっぱり。 真一の色だと思った」

「なっ!?」


 さっきまでとは打って変わり、ドリルのような鮮やかな手の平返し。期待などしていなかったはずなのに、紫も僕の絵から色を感じ取り驚きを隠せない。その気持ちを整える事もせず、紫に尋ねる。


「なぁ、それってどんな色なんだ!?」

「黒と白」


 期待虚しく。別に、紫は色を感じ取った訳ではなかった……全く、ぬか喜びじゃないか。


「何だ……ただの白黒か。 色、ないじゃないか」

「ただの、じゃない。 ちゃんと色はあるよ」


 席から立ち上がり、これでもかと顔を近づけてくる紫。それは、吐息がかかる程近く、何かの弾みで押されると、とんでもない事故が起きるのは確実だ。

 そして、真っ直ぐこちらを見つめる瞳は……都ちゃんに似ていた。


「濃い黒、薄い黒、擦れた黒、優しい白、力強い白、燻んだ白。 みんなちゃんとした色。 みんな語りかけてくる」

「………」

「だから、ちゃんと色はある」

「そんなの……。 とんちだよ」


 紫の真っ直ぐな瞳に耐え切れず、目を伏せる。


「えいっ」

「ぬぁっ!?!?」


 すると、いきなり頰をつねられた。唐突な出来事だったので後退りし、紫から少し距離を取った。


「お、おい」

「私、読書中に話しかけられるのは好きじゃない。だから、ペナルティ一。 これは累積してく」

「それは、悪かったよ。 次から気をつける」

「でも、話しかけてくれたのは嬉しかった。 だから、読書の分のペナルティは無し」


 紫は言い終えると席に戻り、読書を再開した。

 だったら、さっきのペナルティは何の分だよ──とは聞けず、教室を後にする。紫につねられた頰がじんわりと痛んだ。





「おっ、黒川くんじゃないか」


 とりあえず、ジュースでも買おうと自販機の前まで来たものの、特に買いたいものもなく迷っていると後ろから声をかけられた。

 声を聞いただけでため息が出そうなのを堪え、後ろを振り向く。


「檀野先輩……どうもです」


 案の定、そこに居たのは同じ美術部に所属する三年の檀野先輩だった。檀野先輩は自信家で、よく自分は有名画家の◯◯◯に匹敵する天才と称している。その自信は自作の名刺を持ち歩く程で、かなりのものだ。ただ、それは自惚れではなく実力から来るものだ。

 檀野先輩は、幼い頃から英才教育(本人曰く)を受け、数多くのコンテストで賞を受賞している。なので、絵の才能があるのは確かだ。決して、口だけの鼻持ちならない嫌なナルシストではない。話し方や接し方は、まさにそれだけど、気にしてはいけない。

 部では発言力(?)が強く、仕切る事が多い。ただ、人望はそんなにないので従う人は少ない。(一応、家が金持ちなので何人かは媚びている)

 これだけなら、ちょっと嫌な先輩程度で煙たがる必要なんかない。だが、この人は何かと僕に突っかかってくる。そんな事をする理由は分からないが、入部当初から目を付けられているのは確かで、嫌なとこばかり突いてくる。

 だから、僕はこの人が苦手どころか悩みのタネだ。心の底から関わりたくないと思っている。


「何か用ですか?」

「いや、用って程でもないんだけどね。 最近、絵の方はどうかと思ってね」


 やっぱり、それか。


「ぼちぼちって、感じです」

「おいおい、そんな謙遜するなよ。 土曜に美術室に来てたんだろ? 誰よりも熱心に描いてるって先生から聞いたよ」


 にこやかな顔で本当に嫌な事を言ってくる人だ。何処で仕入れたかは知らないけど、この人は僕のアレの事を知っている。知ってて、その話へ持って行こうとする。いつも。


「……下書きは終わりました……」

「そうか、それは良かった! 君は熱心で僕も認める素晴らしい部員だからね。 心の底から嬉しいよ!」

「……恐縮です……」

「うんうんっ。 それで、色はいつ塗るのかな?」


 いつも通り、嬉しそうに色の事を突いてくる檀野先輩。


「まさか、また塗らないつもりかい?」

「……まぁ、塗るの苦手なんで……」

「ダメだなぁ。 もっと君の才能を活かさないと。 ほら、努力する才能をね。 分かるだろ?」

「………」

「なぁ、苦手だからって逃げてばかりじゃいけないと思わないかい?」

「……そう、ですね。 次、頑張ります」

「そうか、次か。 うん、楽しみにしているよ。じゃあね」


 クソったれピエロの檀野先輩は、今日の楽しみを終えると愉快に笑いながら去っていった。

 今日は部活を休む事になるな。これもまたあの人の糧になると思うと癪だけど、そんな事はどうでもいい。勝手にしてくれ。

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