チャプター 1-4

「よっ、重役出勤ご苦労」


 朝から罰を与えられてしまい、ブルーな気分で机に突っ伏していると前方から声をかけられた。声の主は聞かなくても分かる。例のあいつだ。今の気分であいつと話すのは、少々気が進まないが顔をあげる。案の定、ショートヘアー(美容院で今の流行りとお願いしたであろう)の優男が目に入った。


「うっせぇ、バカ」

「バカとはひどいな。 それが親友のいない寂しい朝を過ごした俺に言う言葉か? 信じらんねぇぞ」

「ほんとに引くから冗談でもそういうのはやめろよ、ったく」

「真一、俺の目を見ろ。 本気だ」

「尚、悪いわ……」


 このニタニタと笑いながら話しかけきた優男は、例の小学校時代からの悪友こと倉井青二だ。身長、体重、顔の出来、どれを取っても平均オブ平均で見た目だけならただの一般人だ。だが、こいつの言動から分かるように『親友』の意味を履き違えたかのように馴れ馴れしい。長い付き合いなので根は良いやつなのを知っているが、そんなの関係なくちょっとうっとお……暑苦しいやつだ。


「まぁ、そう気を落とすなって。 笑う門には福来る、だ。 テンション上げ上げでいこうぜ!」

「お前には分からないのか……僕の辛さが」

「そりゃな。 他人事だし」

「くっ、お前ってやつは……」


 自称親友なんだからほんの少しぐらいは分かって欲しいと思う。今の気持ちぐらいさ……。

 あの後、必死に走って学校へ向かったものの、結局一限は遅刻してしまった。しかも、運の悪い事に今日の一限は遅刻には人一倍厳しい三村の授業だった。三村のやつ、それはそれは嬉しそうな顔をして『今日は、たらふく食べていいぞ』と言わんばかりの大量の課題を課せてきた。さらに、課題の内容は苦手な数学ときた。今にも吐きそうな気分だ。


「にしても真面目なお前が遅刻するなんて珍しいよな。 何かあったのか?」

「メールで言ったろ。 大した事じゃないって」

「詳しく教えてくれよ〜。 俺たち親友だろ? 隠し事はナシだぜ!」


 このひょうきんな態度を見ていると『親友というより悪友じゃないか?』と議論をしたくなるが、今は気にしない方がいいか。話がおかしな方向へ進みそうだし。

 親友だから隠し事はナシかどうかはさておき。仮に、こいつに話したとしたらどうなるか……イメージ、イメージ。


『はぁ、見知らぬ小学生を学校に行かせる為に色々あって遅刻したんだよ。 ほんと可愛げのない子でさー』

『そりゃ大変だったな、おっつー』


 うん。まず、これはないな。こいつが小学生という男子高校生がほぼ関わりをもたないであろう存在と関わったのに、大変だったの一言で済ませてくれる訳がない。


『はぁ、見知らぬ小学生を』

『小学生っ!? 小学生ってあの小学生かぁっ?? あのShow you guts(略 ──やっぱ、同年代に興味なさそうなのはそういう事だったのか。 このロリコン野郎め〜』


 こっちのがしっくりくるな。このぶん殴りたくなるウザい感じが青二っぽい。となると言わなくても答えは一つ。バカ正直に言えるか!僕はそこまで素直なやつじゃない。ありのまま起こった事を話したりしない。絶対に。


「複雑な理由があるんだ。 だから、話せない」

「なんだ、スパイでも始めたのか?」

「青二。 ここは、バーバンクじゃなくて日本なんだぞ。 そんな訳ないだろ」

「それもそうか」


 自分で言っといてなんだけど、別にバーバンクだからスパイになるって訳じゃない。世の中に、そういう題材の作品があって、その中で主人公がスパイ活動をしていて家族や友人に事情を話せないので『複雑な理由で話せない』を多用する。

 つまり、今の青二の発言は所謂パロディネタだ。聞いた人が知っていればほっこり、知らなければ冷凍マグロみたいな冷たい反応をする。最近の有名なギャグアニメ等ではよく使われる手法だが、基本的に誰もが知っているネタを使う。青二みたいに知っている人間が少ないマイナーなネタを使うと気付かれないどころか『何のネタ?』と聞き返されて心に大きなダメージを負う──まさに、ギャグ界の諸刃の剣だ。

 ……というか、僕も忘れたフリをして青二にダメージを負わせた方が良かったな。つい好きな作品だったからちゃんと返してしまった。

 次からは気をつける事にする。青二を調子に乗らせない為にも。


「ねぇ、真一」

「おわっ!?」


 考え事をしていたところに、急に耳元で名前を呼ばれ驚いてしまう。急いで後ろを向き、声の主へと視線をやる。


「ゆ、紫か」


 声をかけてきたのは長い黒髪を後ろで結びポニーテールにしている女生徒だった。前髪はぱっつん、横の髪は顎のラインに合わせて整えている。いわゆる、姫カットに近い髮型だと思う。

 彼女の名前は石見紫。中学の頃からの知り合いだ。


「おはよう」

「あ、あぁ。 おはよう」

「うん。 じゃ」


 挨拶を終えると紫は自分の席へと戻り、本を開く。


「遅刻してもちゃんとお前に挨拶すんのな」

「みたいだな」

「相変わらずラブラブカップルだな」

「分かっててバカ言うな……」


 中学の頃、紫とは仲が良いどころか同じクラスになった事すらない。同じ美術部で部活の時に話した程度の仲だ。

 でも、紫は僕への挨拶を毎日欠かさずしてきた。わざわざ別のクラスに来てまでも。

 その理由は僕をライバル視しているからだそうだ。正直、どうして僕がライバル認定されたのかはよく分からないけど、初めての部活の時にそう宣言された。それ以来、ライバルには礼節を重んじるべきとかどうとかで挨拶をしてくるようになった。何というか武士っぽい……でもないか、とにかく変わったやつだ。

 因みに、下の名前で呼んでいるのは、『ライバルは名字で呼ばない』と言われたからだ。決して、周りの連中が噂しているような親しい仲だからじゃない。噂でも僕と紫がカップルなんて言語道断だ。そもそも学生の内に恋をするなんてどうかしている。『学生の本分は勉強。 恋にかまけている暇なんてない!』とまでは言わないけど、もう少し真摯に向き合うべきだと思う。恋のこの字も知らないくせに、イベント毎に付き合って、時間が経てば別れる。それの何がいいんだ。恋愛マンガを見習え! 恋の落ち方は人それぞれだが、ゆっくり、時には遠回りをして着実に2人の仲を深めていく──そして、最後には互いの気持ちに気付いて感動のラストだ。それがいいというのに、最近の若者と来たら、やれキープだの、やれハーレムだの……全く、全く……恋愛を何だと思っているんだよ。娯楽や暇つぶしじゃないんだぞ。


「お前、今すげぇお堅いこと考えてるだろ? 顔に出てるぞ」

「そんな事ない」


 堅くなんかない。これくらい普通だ。


「まぁいい。 ところでさ、最近ツイてないんだ」

「いきなり何だよ。 金ならやらんぞ」

「同情して欲しいわけじゃねぇーよ。 最近、雀部達との賭けが負け続きで、ちとやべぇんだ」


 青二は昔から賭け事が大好きだ。大好きと言ってもパチンコや競馬などのお金を賭ける方ではなく、仲間内でトランプ等をやって負けたら罰ゲームをする程度の健全なものだ。


「このままだとパンイチで校内を一周する事になっちまう」


 前言撤回。中学生の下ネタぐらい不健全だ。


「なら、やらなきゃいいだろ」

「バカ言え、 男にはやらなきゃいけねぇ時があるんだよ!」

「だったら、男らしく散れ」

「そういうなよ。 お前だって親友のパンイチ姿は見たくねぇだろ? なぁ、助けてくれよ〜」

「それは、親友じゃなくても見たくないな」


 このまま、放っておけばこいつの破滅は確実。パンイチの変質者に校内を闊歩されるのは忍びないので事前に防止したい気持ちはある。それに『あいつはいつかやると思ってた』なんてお約束になってしまったセリフも吐きたくない。

 一応、今日は昔のこいつのおかげで助かっている。(結局、遅刻してるし助かったかは怪しいけど、役に立ったのは違いない)だから、助けてやりたいのは山々だけども。


「イカサマなら手伝わないぞ」

「安心しろ。 それはもう失敗済みだ」


 こいつ本当に切羽詰まってたんだな。呆れて苦笑いも出来ない。


「じゃあ、部屋の模様替えでもしたらどうだ?」

「残念ながら風水は信じないって、ばあちゃんと約束したんだ」

「なら、お手上げだな」

「簡単に諦めないでくれよ〜。 神、オカルト、ジンクスなら頼るからさぁ」


 ジンクスは何か違うだろ。ニュアンス的には分からなくもないけど。

 さて、このまま泣きつかれるのは困るな。すごく鬱陶しい。毎回、のび◯くんに泣きつかれる未来の猫型ロボットもこんな気持ちなんだろうか。是非、のび◯くんには自立してもらいたい──そういえば、いつからのび◯くん呼びになったんだろ? 昔はのび◯お兄ちゃんと呼んでいたはずなのに……成長とは時に残酷なのかもしれない。


「おい、急にぼーっとしてどうしたんだ?」

「すまん。 何でもない」

「しっかりしてくれよー、お前だけが頼りなんだからさ」


 頼りにされてるのは悪くない気分だけど、その信頼は何処から来ているんだ……まぁ、いいか。とりあえず、何か適当な事を言って納得させないとな。何か、縁起のいいものが……そうだ。


「都合よくお前にピッタリなラッキーアイテムを知ってるぞ」

「マジかっ! 流石は頼れる親友! で、何なんだ?」

「おすしマンのストラップだ」

「は? なんだそりゃ?」


 インコのように首を傾げる青二。まぁ、普通の高校生は夕方の子ども向けのアニメなんて知らないよな。現に、僕もストラップを買わされるまでよく知らなかったし。


「僕が教えれるのはそれだけだ。 後は自分で調べてくれ」

「よくわかんねぇけど、わかったぜ! サンキューな! 早速、行ってくるわ!」


 こうして青二は意気揚々とおすしマンについて調べる旅へと出かけた。旅といっても仲の良い委員長に聞きにいくだけだ。というか、初めから僕じゃなくてそっちに頼れよ!と思うが、わざわざ言及するのはめんどうなので気にしない。


『なぁ、委員長〜。 おすしマンって知ってるか?』

『……あ、あのね、倉井くん……』


 いきなり巻き込まれた委員長には申し訳ないけど、僕は穏やかな一日を過ごせそうだ。

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