ループ3 忌まわしき魔導器

 一時間の時戻りで、眠っていた部屋に戻った浩司は、宝物庫に向けて猛ダッシュした。

 その途中で、もう一枚のシーツをゲットするのも忘れない。じっくり探せば替えのローブの一着ぐらいあるだろうが、いまは魔導器をできるだけ頂戴するのだ。

 セキュリティレベル10の対抗魔法がかけられていたことも都合よく考えることにした。


 ──きっと魔導士たちは何か事情があって魔導器を俺に託したんだ。そうに違いない!


 時戻りを反則と考えれば、その先にある思考や行動は、躊躇すべきじゃない。徹底しないと中途半端なことになる。魔王を倒したという経験が、いまの浩司に『確固たる自信』をもたらしている。そんな偉業をミルへの求婚失敗によってリセットしてしまったことは少々後ろめたいと感じているが、また自分が頑張って、魔王を倒せばいいと考えている。もちろん、その時はミルが横に居る。


 浩司は予定通り宝物庫に到着すると、念のため、中の様子をうかがった。誰もいない。

 あの禍々しいポータルも無い。あとは素早く盗んで、素早く退散するだけだ。

「よしっ! やるぞっ!」

 手当たり次第に、床に広げたシーツの上に、魔導器を積み上げる。──ふと仲間だった盗賊ホッブスを思い出した。


 ホッブスは一九歳の時に知り合った、最後に加わったパーティメンバーだ。一九歳の浩司より一四も歳上の、豪快なダンディ盗賊だった。

「よく盗みや潜入に連れていかれたっけなぁ……」こちとら賢者だっていうのに、お構いなかった。ホッブスがこの場にいたなら、魔導器が山のようにある光景に舌なめずりしただろう。ホッブスが仕事を完遂したときに魅せる笑顔を見れなくて、浩司は非常に残念に思った。

 またホッブスに会えるのかな……「おっと、思い出に浸ってる場合じゃねえ!」

『盗みは集中力!』──ホッブスの教えである。


 宝物庫の奥へ奥へと進む。奥ににあるほうが良くも悪くも何らかの価値が高いだろう。どれがどんな能力を持っているのか、さっぱりわからないが、そんな中に一つだけ見覚えのある魔導器があった。

「どうして……こいつが……」わなわなと震えながら、かすれた声で浩司は絶望する。その凝視の先には負のオーラをまとう紫色の壺があった。


 その名は【時壺】~魂を糧にして時戻りする壺──この魔導器に関する出来事は、浩司にとっては最悪最凶の忘れてしまいたい記憶だった。吸収する魂が多ければ多いほど、より長時間の時戻りが可能となる魔導器であり、これをめぐる争いに巻き込まれた浩司は、リタイア寸前まで追い込まれた。リタイアとは、時戻りの権利を放棄し、自らの死を選ぶことに他ならない。まさに悪魔の発明と呼ばれるに相応しい魔導器だった。パーティ全員が瀕死となりつつも、時壺を封印し、大魔法院に預けたのは浩司が二二歳の時だ。院長やミル、それに他の魔導士たちも始めて見る魔導器だったはずである。

 それが、一五歳のいま、ここに存在している。浩司は混乱した。


 賢者コウジ、二二歳の冬。

 半年におよぶ魔境遠征からフレンダーム王国の首都メダナに帰還した一行は、怪奇な事件に遭遇する。まるで魂が抜かれたような症状の者が、増加の一途をたどっていたのだ。人は魂が抜けたからといって、死ぬわけでなく、廃人になるわけでもなく、普通に意識ある形で生きることができる。魂が抜かれた症状を例えで言うと、コウジの元の世界には『一球入魂』という言葉があるが、もともと人には入魂している者と入魂していない者がいる──ぐらいの違いだと考えればよい。要するに人だからといって必ず魂があるわけではないのだ。


 神官プリティナは激怒した。『魂を弄ぶ者に鉄槌を!』とホーリーメイスをぶんぶん振り回した。プリティナは神官といっても最前線を受け持つことも可能な肉弾戦のエキスパートである。普段は読書好きで物静かな姉御だが、いったん導火線に火がつくと終了を告げる花火が上がるまでは、猛烈な竜巻のように勢いが止まることはない。パーティに相談することなく、所属している大神殿に乗り込んで、正式な調査依頼を取りつけてきた。


 この時、魂に興味をもったミル以外のパーティメンバー──男三人は調査に乗り気ではなかったが、プリティアに尻を叩かれて、しぶしぶ役割を担うことになった。手分けして被害者と思われる人々の周囲から集めた情報を分析すると、浮かび上がってきたのは『紫色の壺』というキーワード。モンデス商会が高額懸賞をかけ探している、その紫色の壺のことを被害者の多くが話題にしていたという。中には被害者の一人が紫色の壺を持っていたという目撃証言もあった。皆で壺の行方を追い、厳重な警戒をされている場所に潜入したコウジが壺を発見した。壺の見張りが殺到する中で、余裕の笑顔で手を振って時戻りするコウジ。あとは援軍を率いて、もう一度正面から踏み込んで壺を確保すればいいだけだ。


 しかし、時戻りは失敗した。哀れ、コウジは消滅してしまったのだ。

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異世界に転生したけどループ条件が厳しすぎる 伊勢日向 @Unsai

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