ループ2++ 魔導士不在の世界線

 真っ裸の浩司はベッドのシーツを体に巻きつける。

「俺、ずっとシーツなんじゃ?」そんな不安を打ち消して、忍び足でドアに歩み寄る。大魔法院内は全てが監視魔法で警戒されているので意味がないのは知っているが、本能的に慎重になるのは仕方がないし、悪いこととも言えない。『石橋を叩いて渡らない』ぐらいが丁度いい。


 ドアはロックされていなかった。ドアの外は見たことない廊下だった。知っている廊下より、かなり装飾が豪勢だ。

「ここって、けっこう奥のほうなのか?」ドアがロックされていなかったのはラッキーではあるが、大魔法院の奥だと思うと、かえって不気味だった。

 可能性として──大魔法院では、各所のトラップ魔法にはセキュリティレベルが設定されていて、そのレベルと同じ対抗魔法が対象となる人物にかけられていれば、トラップは発動しない仕組みになっている。ドアロック魔法もトラップに含まれ、同レベルの対抗魔法が、浩司にかけられていればドアは開く、はずである。

 大賢者コウジだった時は、最高レベル10のところレベル9の対抗魔法をかけてもらっていたが、いまは真っ裸にシーツの中坊である。ミルとも初対面したばかりだし、対抗魔法をかけてもらっていたとしても、普通に考えればレベル1とか2とか低いレベルだろう。だが、ここが本当に大魔法院の奥だとしたら、もっと高いレベルかもしれない。


 浩司は一時間だけ大魔法院を探索してみることにした。──時戻りすれば、この時この場所に戻ってくることはできる。即死トラップは怖いが、うかつに他の部屋に入らなければ大丈夫だろう。待っていてもミルに会える気がしないし、眠っている間に何かクリティカルなことが起きているかもしれない。ここは積極的に動くべきだ。

 恐る恐る、廊下を行ったり来たりしながら探索してみるが何も無い。さすがに誰もいないのは変だ。危険を覚悟でドアを開けて歩く。トラップどころかドアロックもされていない。手当たり次第に部屋の中をのぞく。それでも誰とも遭遇しない。院長もいないし、ミルもいない。これは異常事態だ。


 ──これは、大賢者コウジとして生きた九〇年でも起きていたことなのか? それとも、今回の俺の行動が世界線に影響を与えた可能性はあるのか? といっても俺は何もやれていない。酒場でドワーフに潰されたところをミルに助けられたが、ミルと呼んだことで雷撃魔法をくらって気を失い、この大魔法院で治癒を受けて一ヵ月眠ってた、だけだと思うのだが……例えば、俺に電撃魔法をくらわせたミルが、人を傷つけたことに思い悩んで心に隙をつくり、魔に魅入られてバーサクして、魔導士たちを皆殺しにして死体は綺麗に掃除したとかはどうだ?

「んなことありえん」即、全力で否定する。ミルは一三歳にして天才魔導士と呼ばれ、フレンダーム王国の魔導兵団を率いる立場であり、戦場で数々の修羅場をくぐり抜けていた。

 でも、絶対に有り得ないと思えることも、可能性の中に含んで考えることが突破口につながったりするのは経験済みだ。ミルが事件か何かに巻き込まれていることも視野に入れておく必要がある。


「う~ん、まいったなあ…………そうだ! 宝物庫に行ってみよう!」

 通常なら宝物庫へは動く立体迷路をクリアする必要がある。しかし、迷路は固定され、あっけなく宝物庫にたどりついた。セキュリティレベル10の巨大扉もロックされておらず、軽く力をこめ押しただけで簡単に開いてしまった。

 宝物庫の中には、魔導器と呼ばれる特殊能力を秘めたアイテムがずらりと並んでいた。世界を滅ぼすと伝えられる、非常に危険な魔導器も幾つかある。

「おおっ! これを俺の物にしたら、これからの人生は薔薇色かもっ!」

 浩司が邪な未来を妄想していると、宝物庫の中央にポータル──遠隔地へのトンネル魔法の出入口が開き始めた。それは九〇年の賢者人生でも見たことがない禍々しいポータルだった。

「これは……やばい奴がやってくる!」浩司は直感した。

 ──よし、探索を開始してから五三分だ。いったん時戻りしよう。そして、真っ先にここに来ればいい! 俺って、頭いい!!

「時よ、戻れ!」


    ◇ ◇ ◇


 前と同じように光に包まれエキュロスが待っていた。

「……時戻りするたびに、おまえに会うことになるのか? 前はそうじゃなかったじゃん」

 反射的にエキュロスに苛立ちをぶつけてしまう。

「それより、時戻り、あと一回ですよ」

「わかってる」

「大人しく一〇年の余生を暮らしてはどうですか?」

「俺もそれが正解だと思う。でも──」それは、ミルとの結婚をあきらめるということだ。

「でも?」エキュロスの熱い視線を受けて、浩司は魔導器を頂戴しようと思っていることは言わないことにした。


「聞いてくれっ! 大魔法院の魔導士が全員いなくなってるんだ!」

「それが、どうかしましたか? おおかた、皆で魔王討伐にでも行ってるんでしょ」

「そうかもしれないけどっ! どこにもトラップ魔法がかけられてないんだ! 変だろ!?」

「さあ、そういうこともあるんでしょ」

「……エキュロス、おまえって下界には本当に興味が無いんだな」

「下界に関与できないですからね」

「転生者を送りこんでるのは関与じゃないと!?」

「そうです。それが世界のルールです。浩司、あなたにも最初に教えましたよね」

「ああ、わかってる。だけどさ、おまえが冷酷な奴に思えて、なんだか悲しくてさ」

「…………」エキュロスは精霊といっても人間に近い存在である。浩司の想いに触れ、心を搔き乱された己を恥じた。


「あ、そうだ。残り寿命のUIを改善してくれたんだな。見やすくなってて助かったぜ」

「ほんと? 嬉しい!!」エキュロスは浩司に褒められて舞い上がった。神の使いとしての精霊にあるまじき反応ではあるが、そこんとこは神々も目をつぶっている。精霊もまた不完全な存在なのだから。

「あ、状態変化の情報って表示できないかな」

「状態変化というと祝福とか呪いとか、そんなのですか?」

「おお、それそれ!」

「ちょっと待ってください…………更新してみました。どうです?」

「どれどれ」~大魔法院セキュリティトラップ対抗魔法レベル10~「って、マジか……」

 ──レベル10だから宝物庫に入ることができたのかよ。どうして転生したばかりの俺なんかに? 謎は深まるばかりだ。


「ありがとう。とても助かったよ」

「それは良かった!」エキュロスは人間のようにニコニコしている。それを見て浩司も自然と笑みがこぼれた。

「さて、そろそろ行くぜ」

「では、時を戻しますね」

「おう、やってくれ」

「転生者、浩司よ。お生きなさい──」

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