ループ2+ プロポーズ検討はじめます

 ──俺は死んだ。


 まさか、ミルフィーナの雷撃魔法をくらって死んでしまうとは……こうなってみると、あっけないものだ。エキュロスとは最後に会えないのかな? まだ文句を言い足りないというのもあったが、感謝を伝えて終わりにしたかったなぁ。


 体が燃えるように熱い。そういえば前にファイヤードラゴンの火炎を浴びたことがあったな。あのときは、やばかった。俺の時戻りが間に合わなかったらパーティ全滅だった。神官のプリティナが生きていれば復活魔法で蘇生できるが、俺の提案した作戦が見事に失敗して、五人同時に灼熱のファイヤーブレスをくらったんだよな。死を前にして冒険の記憶を思い起こしてみると、みんなには悪いが、あれはあれで面白い経験だった。俺は、この世界に転生してから五〇年いや、九〇年の時間を生きてきた。ミルへのプロポーズが失敗したのは残念だったが、それだって俺らしい結末だと言える。ほんと充実した異世界人生だった。

「みんな、ありがとう……………………う?……あち、おい熱いってば! おいっ! だれか! 誰か助けてくれ! あちっあちっ! ひぃぃぃぃ! ぐわぁぁぁぁ!!」


「はっ!?」

 汗だくで目覚めた俺は柔らかなベッドに横になっていたことを理解した。部屋の調度や、その上に置かれている品物、窓の形を見て、そこが大魔法院だとわかった。魔王退治するまで何度ここへ通ったことか。とにかく、


 ──俺は死んでないっ! うおぉぉぉぉっ!!


 雷撃で消し炭になったはずのお肌もピチピチのスベスベだ。想像するに、雷撃を俺にかましたミルが、俺が悪人じゃないとわかって、ここに運びこんだのだろう。部屋を見回すがミルは見当たらなかった。というか誰もいない。そうだ、大魔法院とはこういう場所だったな。いたせりつくせりの大神殿とは違って、魔導士の興味の対象は魔法だけである。俺の命を助けるために、よってたかって実験とばかりに色々と魔法を処方してくれたんだろうが、俺の命が何とかなったところで解散したに違いない。神官の蘇生魔法なら一発で済むのに、近所の大神殿に運ばなかったのは何故だろう?


「そうだ。UIオン」/9y/10m/25d/8t/32m/16s/

 ──お、なんか俺寿命の表示形式が変わってるなぁ。前の全て秒に変換された表示より分かりやすい。エキュロスのやつUIに手を入れてやがるな……ん?

「えっ! 一〇月!?」思わず大きな声が出た。/9y/10m/とは残り九年と一〇ヵ月という意味だろう。この表示が正しいとしたら、ミルの雷撃を受けてから一ヵ月以上が経過していることになる。俺はそんなに眠っていたというのか?


 これからどうするべきか。この大魔法院において勝手に部屋に出るのは命が幾つあっても足りないことを浩司は身に染みて知っている。様々な魔法トラップが仕掛けられているのだ。即死系もあるので、時戻りの詠唱も通用しない、潜入者にとっては難攻不落の要塞だった。

 ──まっ、誰かが来るまで待つしかないな。せっかくだから、これからミルをどうやって攻略していくか検討しよう。最初が肝心だ。どうやってミルと急接近するか。前のときは仲間と認めてもらうために時戻りを駆使した。今回はさらにハードルが上がる。時戻りは『一時間以内が二度』のみしかない。


「考えろ、考えろ、考えろ俺────つーか、無理ゲーじゃんっ!!」


 すでに浩司の把握したことのない世界線に突入している。蝶の羽ばたきが嵐を起こすように、浩司の行動に応じて世界の流れが変化していく。元いた世界なら浩司のもたらすバタフライ効果など、大物たちの羽ばたきによって無きことになってしまうだろう。だが、この世界は魔力で満たされており、転生者である浩司のちょっとした羽ばたきでも世界中に影響を与えてしまうのだ。一〇年後が浩司の思い通りになる保証など無きに等しいのである。


「はぁ~」溜め息をもらしつつ、目を閉じて、ミルに恋心を抱いた時のことを思い出す。

 浩司が一八歳、二歳下のミルは一六歳。元の世界で言えば高三男子が高一女子に恋した話である。それまで浩司にとってミルは妹のような存在でしかなく、恋愛対象というなら三歳上の神官プリティナだった。


 ──それはちょっとした出来事だった。

 秋の虫が鳴く季節、ミルは魔導士として長期間のスランプ状態にあって気分転換に散歩していると、三つの満月の下で涼んでいるコウジを見つけて、何となく話しかけた。

「キレイだね」ミルは切り株に座ったコウジの背後に立ち、肩に触れた。

「ああ。俺の生まれた国は月が一つしかなくてな。でも凄いキレイなんだぜ。兎が住んでるって伝説もあったなあ」コウジは振り返らず、三つの月を眺めながら肩の手に触れた。

「コウジの国の月も見てみたいな」

「ああ、いつの日か、ミルを俺の生まれた国に連れてってやりたい」

 いつものコウジにミルは安心する。コウジはミルのスランプのことに一切触れない。あまりにも何も言わないので少し腹が立って問い詰めてみたことがある。『俺なんて生まれてからずっとスランプだからなぁ。ミルのスランプなんて眼中に入らないんだよ』と照れくさそうに返事をくれた。それからはミルもスランプのことをコウジには話さなくなった。他のメンバーはミルとコウジが喧嘩でもしてるのかと心配したほどだ。

「……ねえ、コウジは異世界に来て寂しくないの?」

「寂しいよ。でもミルがいるし、みんなもいる」

「私はコウジの家族だからね」

「嫁さんになってくれるのかぁ?」首を反ってミルを見上げてコウジがジョークを言うと

「ああ、そっかあ。そうすれば家族を増やせるね」ミルはコウジの頬に両手を添えて、温かな微笑で答えた。

 それからである。コウジがミルを女性として意識し始めたのは──


「う~ん、あの出来事が起きた後に、はやめにアタックしていくしかないかなぁ」

「う~ん、でもな~純粋な気持ちで月見できる気がしねえ…………」

「う~ん……………………つーか、誰もこねーーっ!」

 しびれを切らした浩司は、危険を覚悟で部屋を出てみることにした。

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