ループ2 再会そしてサヨウナラ
──なぜ、ミルは助けに来なかったのか?
とりあえずシーツを頂戴した俺は、過去に経験したループのことを必死に思い出して原因を探った。ミルとの出会いの印象を良くするために時戻りで色々と試したことが走馬灯のように脳裏によみがえってくる。多分あれだけで少なくとも一年分は費やした印象がある。
その中でベストだった流れ──つまり九〇年生きた俺が選んだ世界線となるよう行動すれば、ミルと最良の出会いが再現されるはずだったのに、なぜなんだ。
盗むタイミングは違っていないか?
盗んだバナナの本数が違っていないか?
逃げるルートが間違っていないか?
逃げ込む裏路地を間違ってないか?
ボコられるときに話した内容や態度あが違っていないか?
何が違う? 何が違うんだ!? 全てを細かく考えても見当がつかない。
もしかすると、九〇年間、未来を生きた自分の中の変化が、時の流れに影響しているのかもしれない。「あ……」ふと、もたげてきた一つの可能性に、浩司は途方に暮れてしまった。
──ミルに求婚を断られた俺は、彼女を疑っているのか!?
そんな風に一度でも思ってしまうと自分を信じられなくなってきた。ミルの危機感知スキルは悪意がある者には適用されないのだ。だから、この世界に転生したての、か弱い男の求めに応じてくれたのだろう。これは困った。うじうじ悩んでいるとバナナを盗むべき時刻が過ぎた。
そのまま思考停止しているうちに、刻々と時は経過していく。かくして時戻りによって、バナナを盗む時刻からループすることは不可能となった。
「いや待て、同じ時刻に盗まなくても、バナナを盗んで裏路地でボコられさえすれば、ミルは危機感知してくれるはずだ」バナナ屋へ急げ!
──バナナが売り切れてるぅ! ミルと会うことが出来ないのか? うそだろ!?
「いや待て、バナナじゃなくても、リンゴだってカボチャだって、ミルはきっと!」
そこまで考えて浩司は思考停止した。
浩司がミルのことを本当に疑っていて、その疑いが理由でミルの危機感知スキルに反応しないという事実が判明するのが怖くなってきた。もちろんミルが来ない理由は他にあって、単に浩司の思い込みである可能性も高かった。それは理解できているのだが、思い通りにミルに会えていない事実が、浩司を絶望の淵に立たせている。
もうすぐ陽が沈む。季節は夏だが、夜になれば冷え込んでくる。シーツ一枚の勇児にとって泣きたくなるような状況だ。
「はらへったなあ…………そうだっ! あの酒場に行ってみるか」
腹ペコで倒れていた俺を助けて食事をさせてくれただけではなく、手伝いとして雇ってくれた酒場。しばらく頑張ってみたがミルと会えなかったので捨ててしまった選択肢。
バナナ泥棒でミルに助けてもらったときは、どんなアレンジを加えてもミルが俺を冒険仲間と認めてくれるまで二年以上もかかってしまった。だから、できるだけ早く一緒のパーティになれるよう試してみた別パターンの起点の一つが、あの酒場だった。
──たしか、この辺だったよな……えーと……あった!
酒場チムニムの中は古い記憶通りに冒険者の荒くれたちの笑い声で満たされ、陽気な光が窓から漏れでている。
──前に試した時は明日の朝だったな。まあ、大丈夫だろ!
人目を忍んで扉の脇に横たわり、行き倒れている弱々しさを醸し出す。このズル賢い演出力は浩司が前の世界から引き継いでいるスキルだ。
──出てこい! 早く出てこい!
薄目を開けて浩司は扉から誰かが出てくるのを待った。
ドーンっ! 扉が吹っ飛んだ。
「ふざけんな、コラぁ! 外に出やがれっ!」
「おーし、やってやらあ! 吠え面かくなよっ!」
──やべえ、喧嘩かよ! おわっ! ちょっと待てって!!
さらに悪いことに一対一ではなく、後から後からゴツくて酔っぱらった冒険者がドカドカと外に飛びだしてくる。
「おわ、踏むな! おえ、ぐは、踏むなって! いてっ、ぎゃあ! 踏まないで……」
這いずって逃げだそうとする浩司めがけてビア樽のようなドワーフ三人が吹っ飛んできて浩司の上に積み重なった。
「ぐえぇぇ……と…きよ……も…ど……」
「大丈夫ですか!」可愛い声。それは聞きなれた声。
気絶しているドワーフたちがフワッと宙に浮かび上がった。
「み、ミル!」
そう俺から呼ばれた、大きな魔法帽をかぶった、小さな女の子。魔導士ミルフィーナはワナワナと震えて驚愕の表情になっている。
「なんで、私の名前を知ってるですかーっ!? メナス・メナスト・メナレイト……」
──あっ、やべえ!「と、と、ときよ、も…」
「雷神の鉄槌っ!!」
ガガガガズッガーーーーン!!
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