【Clover】
俺の心を動かしたいのならお前はもっと冷酷になるべきだ。
何度そう思ったかわからない。
けれど発声回路にのせたことは1度もないから伝わらないのも当然だ。
「考え事か? 余裕だな、アーグネット!」
腰に下がっている龍星剣を、ワセダブリューの手が届くより早く銃を持ち替えて撃つ。
「考えもなしに戦うのは馬鹿のすることだ。貴様とは頭の出来が違う!」
牽制を込めて右肩に一発撃ち込む。
大きく身体を反らして避ける。その避け方まで予想通りだ。足元に更に数発連射して体勢を崩させた。
両脚のスプリングを軋ませて跳躍しマウントを取る。既にサスペンションがイカれているので結構な衝撃を喰らったが、そのまま肩の短刀を抜き払い派手なアーマーの隙間を狙い済まして斬った。生身の人間なら血を噴き出して、こちらの凹んだ装甲を汚してくれただろう。身体の下の獲物からは呻き声しか上がらず残念だ。それどころか抵抗を試みている脚がモノクロの視界に入る。蹴飛ばされる前に串刺しにしようとしたら、予想と逆の方向に振り下ろされ自分も横に放り出された。即座に目の前の腕に組付いたが、いきなり頭部損傷のエラー表示が出ている。何事かと飛び退いてみれば、腕を組み固められたまま上体を起こして殴りかかってきたらしい。人体には無理のある行動にやはり馬鹿だと言わざるを得ない。
「どうよ、予想外だろ?」
肩を痛めながらも立ち上がる男の顔にイラつく。
「ああ、予想以上にお前は馬鹿だった。」
「エンジークさんとプロレス観に行ったときに見たんだよ、こうやって逆転するのをさ!」
まただ。またエンジークか。こいつは何かにつけてエンジークエンジークと煩い。俺はエンジークに勝った、すなわち俺の方が強いのだからもっと俺との勝負にこだわっていただけないものか。何度追い詰めてもこいつの中の『エンジーク>>>アーグネット』の公式がひっくり返らないことに腹が立つ。
加えて俺が膝をついたまま立ち上がらないのを良いことに、飛ばされた剣を探して、てんで見当違いな方角の草むらを漁る間抜けな姿もまたムカつく。
お前まで方向音痴になってどうする。
残り僅かなエネルギーを振り絞って立ち上がる。
「どこ飛ばしたお前!?」
「知るか!」
「それはセリオンのだぞ。」
「………」
ますます『知るか』だ。
こいつと話をしているとイライラが渋滞を起こす。腹立つとムカつくのミルフィーユだ。反りが合わなさすぎて逆に息ピッタリではないかと思えて怖い。
「お前も肩の剣無くなってるぞ。」
知っている。言われなくても。これ以上俺をムカつく気分にさせてどうしたいのか。
磁力で剣を手元に戻す。というか普通いつまでも敵に背中を向けて探しに行ったりしない。
「えっ、何それズルくね…」
ズルくない。
エネルギーが空に近い愛銃では牽制程度の射撃しかできそうにない。無防備な背中に呼び戻した短剣を突き刺したいのは山々だが、身体のエネルギーも残り少なく飛び掛かって攻撃をしかけることは出来ない。
一撃で仕留めなければ充電切れによる敗走をする羽目になる。
他の仲間や早稲田戦士どものように『気合い』の類いで、力が振り絞れるならそうしたい。夜色の鎧は闇を取り込み動力にするが、中身はそうではない。鎧に引きずり回されてスクラップになるだけだ。
ワセダブリューは1人で元いた位置からどう飛ばされたのか再現し始めている。チラッと正しい方向を見たのに、いや待てよとか言いながらまた違う方に行く。お前は直感型なんだから己の直感を信じなさいよ。この程度のイライラでは決定的な恨みにはならないのでどれだけ重なっても闇の力には満たない。
この完全に放置されている感じ、デジャヴだと思った。早稲田戦士どもと戦うと必ずそうなるのだが直前まで真剣に殴りあっていたのに急にお喋りタイムになる時間がある。興が乗ってそのまま名乗りを始めたりする。自分達にとっても休憩にはなるので適当に付き合ってやっている。いつも同じ口上に大して変わらぬポーズなのになぜか見てしまう、あれだ。マグマンドラから「ウイングとソウダルフォンは毎回微妙に動きが違うから、『今日は78点だな』とか採点しながら見てる」と聞いたときは眩暈がした。78点とはまあ良い点数だ。
ちなみに今日のワセダブリューは35点。
「ようやく見つけたのか。」
枝を払いながら剣を腰に戻している。
「おう、待っててくれてサンキューな。」
俺が待っていたのはチャンスであって、お前ではない。
「お前、かなり消耗してるだろ。」
「だからなんだ。今日はこれでお開きとでも言うのか?」
「そう。だって背中向けてたのに来ないなんて相当だろ? 今ここで俺を倒しても家に帰れなくなるぞ。」
本当に腹が立つ。
これが奴らの優しさとでも言うのだろうか。初めて戦ったときもそうだった。あと一歩のところで止めは刺さない。今もそうなろうとしている。どう考えてもワセダブリューの方が有利な状況なのだから。
「そうやって情けをかければ、俺がいつか心変りするとでも?」
「そうじゃないけどさ…でも、ここで終わりにしたら、やり直すチャンス自体が無くなるだろ?そんなことはしたくないんだ。」
ああ、と声が漏れた。あいつと俺の間にはまだ大きな溝があることに安堵する自分がいる。
「まだ分からないか!……貴様の言う『チャンス』など必要ない。俺は俺のやり方で生きている。そもそも『間違った道』なんざ初めから歩いていないんだよ!」
リミッター解除確認。弱っているうちに逃げればよかったものを。その甘さが命取りになるのだと覚えておけ。いや、覚えても仕方無いか。
「シンクロナス・サイクロン!!」
消えろ。
何故避けなかったと聞かれても困る。
避けられなかった、が正しいから。
「お前から見たら、そうだよなぁ…。」
アーグネットの言葉に後頭部を殴られた気がして。全力の必殺技を喰らうなんて久しぶりだ。まるで身体が動かない。
「ごめん。」
ライバルと命がけの全力戦闘をして引き分けて、バカみたいに真っ青な空を大の字になって見上げてる、なんて漫画みたいな話だ。
「…う…さい……」
同じようにぶっ倒れているアーグネットの声はノイズが酷い。
「お前喋んない方が良いぞ、たぶん。」
生憎、機械工学はちんぷんかんぷんだ。
同じくらい、あいつの気持ちは分からない。分かりたいとは思ってる。でも俺はたぶん、アーグネットを理解できない。
俺はたまたまヒーローだけど、エンジークさんに憧れてなかったら、先輩達に出会ってなかったら、怪人って言われてたかもしれない。
あいつの生き方は誰かにとってヒーローに見えるのかもしれない。実際、タカダノバーバリアンには慕われてるわけだし。
でも、あいつの、あいつらのやってることを見過ごすわけにはいかない。どんな過去があって、何を思って、悪いことをしているのかは知らない。タカダノバーバリアンがみんなを泣かせるなら、俺はみんなを守るし、笑顔にしたい。それが俺のやり方だ。
だけどやっぱり思うんだ、なんでお前はそんな事をしてるんだって。どうしたらみんなと仲良くなれるんだろう。俺はただ、タカダノバーバリアンにもみんなと一緒に笑っていてもらいたいだけなんだ。
お前は余計なお世話だって言うんだろうけどな。
「勉強になったぜ。」
「……そ…か、…覚えて…おけ…」
……そうやって、時々ちょっと甘さを見せてくれるから、俺に『もしかしたら』なんて希望を与えてるんだぞ。
「ありがとう、覚えておくぜ。」
俺の心を動かしたいのならお前はもっと冷酷になるべきだ。
何度そう思ったか分からないけれど、そんな哀しいことは言いたくないから。
やっぱり俺はまた言葉を飲み込んだ。
クローバーの花言葉:
「幸福」「私を思って」「復讐」
TBB短編 @lukousou
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