いにしえの魔法使いたち
服役囚のギューダ
アルフレート・ギューダは恋をする。
アルフレート・ギューダ。女の住処は牢の中だった。銀の髪に白色コランダムじみた肌。きらめく瞳はサファイアに似て、襤褸の衣装をものともしない。アルフレートの生まれ持った肉体は美しいものだった。彼女が檻に入れどもそれ以上の理不尽を受けなかったのは単純に彼女が人間ではなかったからにすぎない。
アルフレートは牢の格子を掴む。視線の先には看守がいる。アルフレートは恋をしていた。牢の前に待機する逞しい看守がアルフレートの『お気に入り』であった。背の高いその人から、『ギューダ』と名を呼ばれるのが今の彼女の数少ない楽しみであった。アルフレートは恋をしているもの特有の気の触れたような笑い声を上げる。それが長く続くとき、長いローブを着た看守は立ち上がり、ギューダ、と諫めるように言う。高いところから降ってくる声がアルフレートには心地よい。アルフレートはうっとりする。生命を思わせる長い藤色の髪、ほっそりして見えるが逞しい体つき、すっと通った鼻筋。アルフレートは恋をしていた。看守はアルフレートへ静かにするよう言い含め、少し離れて彼女の監視に戻る。何度繰り返したかわからないやりとり。歌うことも叫ぶこともしないで、アルフレートは腰を下ろした看守を見つめる。コランダムの瞳は知っている。牢に縛り付けられた美しい看守が自分のために用意されたものだと気づいている。
そもそも古い血を持つ純血の魔法使いに人間が叶うはずはない。いわんや相手はこのアルフレート・ギューダだ。さぞ高名で技量のある魔法使いなのだろうと女は考え、舌なめずりをした。自身と同程度かそれ以上の魔法使いが目の前に居る。アルフレート・ギューダが恋に落ちるには十分すぎるほど十分だった。
長いローブ、長い髪。整ったかんばせ。アルフレートにとって長い時が過ぎた。目の前の看守は変わらない。否。変わらないのは姿形ばかりだ。看守の座る長椅子は古び、手慰みに読み返される本はばらばらになった。変わらないのは姿形ばかりだ。アルフレートは看守の手の厚みを知った。長い指を知った。見るばかりだった肌の滑らかであることを知った。長い時間が経っていた。アルフレートはもはや『ギューダ』と呼ばれてはいなかった。
罪と罰の罰だけが残り、元の罪状が何であったかもわからなくなった頃、アルフレートは釈放された。看守の使う魔法を見たいと前々から願っていたアルフレートはようやくその機会を手にすることになる。鍵は開けられ、看守はアルフレートのそばに立つ。それから、長い足を持て余すように跪いて、履いていた銀の靴を外しアルフレートの足にあてがった。靴はアルフレートの足には少し大きかった。まっすぐ立つと背の高さが揃い、アルフレートはどぎまぎする。すぐそばで眇められる目を、愛おしい、と思った。アルフレートは恋をしていた。滑らかな肌が近づいて冷たい吐息がかかる。薄く口を開き、アルフレートは寄せられた唇を享受する。アルフレートの感覚器は距離のなくなった体に藤色の長い髪が滑るのを聞いた。
蕩けるような口づけはアルフレートをとろかした。愛おしいそれは恍惚とするほどの甘やかさを持っていた。とろけ、とけて、形をなくす。長い抱擁と口づけはアルフレートのそれまでを奪っていく。アルフレートが生まれながらに授かった古き血の祝福は溶け落ち、理性は失せ、記憶は柔い繭に包まれた。体を離したアルフレートはもはや何も覚えてはいなかった。否。目の前のその人が好きだということ、『アル』と呼ばれたこと、もうさよならの時間が来てしまったこと。それだけをアルフレートは正しく理解した。だから、アルフレート・ギューダは別れの言葉を口にした。愛おしい温度は応えて、ただ一言『どこにだって行ける』と告げた。それは一人で歩いて行けという拒絶であり、別れであり、門出に向けた餞であった。忘れなさい。それが魔法であったのだろうか。アルフレートは歩き出す。愛おしい時間を眠らせたまま。眠りについた長い時間をその身の内に抱えたまま。『アル』は忘れない。たとえ思い出せずとも。
コランダムの瞳はきらめく。胸の灯火は消えない。アルフレート・ギューダは恋をしていた。
(続く)
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