同期生のカロン

思い出の詰まるあの家の中で独り、ガニュメートは死にかけている。だから自分が来た。自分は今死にかけている。笑えないな、とカロンは思った。時間を止めて塔へ来たまではよかった。途中、扱い辛い秀才男と遭遇したのは予想外だったが、それもまあいい。どうだっていいことだ。あの男はガニュメートの時計を直して持ってくるだろうか? 直らなければ可哀想な男が一人死に、いにしえの魔法に留められた夜は永遠に明けない。しかしまあ、それだけのことだ。永遠に明けないはずの夜も、ここで命が尽きれば自然、どうにかなってしまうのだろう。笑えないな、とカロンは思った。腹の底が焼けるように熱い。やけどのあとのひりつく痛みが延々と続く。笑えない。自前の時計の針は止めた時刻のままを維持している。苦しみは半永久的に続く。こんな時にロールがいれば、と思ってしまう。


ロール。ロールがいたからなんだというのだ。彼女がいればこの痛みがなくなるとでもいうのだろうか。カロンは階段のすべり止めに頭を持たせかけた。踊り場のどこかに感知式の罠が仕掛けられていたのだろうと今ならわかる。時間を止めたからといっていささか軽率だった。ガニュメートが電波塔に行けと言ったのは電波塔内にも魔法使いがいるからだろう。体がしびれて思うように動かない。腹の底は痛むばかりで体は震えっぱなしだ。あのルカとかいう男は平気そうだった。後ろ暗いことのない人生なのだろう。俺とは違って。まったく、うらやましい限りだ。あれなら妖精との別離も円満に済んだに違いない。


痛む腹は痛く、痛い。ただただ漠然と死にたくないな、と思った。時計を持たせて蹴りだしたあの男は何を思ったか一度戻ってきて痛み止めのまじないをかけてくれたが、かかりが悪く気休めにもならない。腹の底はいまだ焼けるように熱い。時間停止下で杖の許可・承認はなされていなかったようだから魔法使いなのは間違いないが、あの男は魔法を使うのが絶妙に下手だ。カロンは心の中で毒づいた。妖精の教え方が下手だったのだろうか。思えばロール以外の妖精というものを知らないな、とカロンはぼんやりし始めた意識の中で考えた。ガニュメートなら知っているだろうか。ルカに直接聞いてみるのも悪くないかもしれない。ああ、でもそのためには時計が戻ってこないことには。戻ってくるのだろうか? 思考は堂々巡りで終着点は一向に見えてこない。時間があるというのも考えものだな、とカロンは様々に思いを馳せた。幸いなことにか、考える時間だけは十二分にあった。


(続く)

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