電波塔城下町
同期生のルカ
妙な夜だった。カチカチと響く時計の音が嫌味な夜だった。ルカの目はさえていた。湿った夜闇に回る針の音がいやにうるさく感じられた。漫然とした安心を得たくて握った杖から承認がなされないのが妙だった。だからルカは家を出た。ただただ据わりの悪い胸騒ぎがした。四辻からは誰かの気配がする。でも誰なのかはわからない。暗闇に潜む声が聞こえる気がする。それにしては静かすぎる。時計の針だけがやかましく回る。何もかもが奇妙な夜だった。
街は眠っている。月は欠け、星の並びは普段見るものとはどこか違うように見える。妙だった。街は眠っている。不穏な空気を湛えているのに、街は寝静まっている。
街を歩く。暗い。眠りの中に沈む街は、濡れそぼったように冷たい。突然、おまえ、と低い声が響いて、ルカはバネ仕掛けのおもちゃじみて振り返った。目に映ったのは金の髪、レモン色のリボン。それから、丸みを帯びた丈の短い鳶色のズボン。それは見た限り魔法学校の生徒であるらしかった。
否、目の前に立つ男には見覚えがある。ルカは男を知っている。低い背と金の巻き毛。この男は『幼なじみのパートナー』だ。なんと声をかけたものかと惑うルカの思考を遮って『なぜここにいる?』と男は問うた。質問の意図をとりかねたルカは答えを持ち合わせていない旨を伝えた。男は顔をしかめた。『学年首位の秀才様にも知らないことはあるんだな』と男は言い、しばし考えるようなそぶりを見せた。『さてはおまえも魔法使いか』と男が言ったので、ルカは面食らった。男はついてくるように言う。そのまま振り向きもせずに歩き出したのでルカは慌てて後を追った。
夜の街を歩く。月の位置は変わらない。朝は来ない、と男……カロンは言った。カロンは魔法が使えるのだと言った。ルカと同じように。魔法なんて誰でも使えるとルカは言ったが、カロンは眉をしかめそれきり口を閉ざした。二人は黙ったまま歩いた。カロンの足は電波塔へ向かっていた。塔の壁が見えるころ唐突に、『壊れた時計を直さねばならない』とカロンは言った。重大な秘密を打ち明けるように見せられた時計は素人目に見てもどうしようもないほどに壊れていたが、それが何を意味するのかはルカにはとんと見当がつかなかった。ルカはカロンの後を追って歩き続けた。月の位置は変わらない。
電波塔の中は灯台のようだった。螺旋階段を登り、部屋を改める。『いないな』とカロンはつぶやく。ルカは焦りを感じていた。立ち入り禁止じゃないのか、と問うも、カロンは『大丈夫だ』と繰り返すばかりで意に介さない。踊り場を超えたあたりで少し雰囲気が変わった。本当に、と言ったところでルカは隣にいたはずのカロンがいないことに気がついた。振り返ると少し後ろでうずくまって脂汗を流しているのが見えた。ルカは駆け寄った。
唇を噛み締めたカロンは息も絶え絶えだ。何かできることはないかと問えば、時計を差し出して、俺の代わりに持って行けという。上に直せるものがいるはずだ、と。ルカははっとして、踊り場の手前までカロンを押し戻した。苦痛にゆがむ表情はいくらか和らいだように見えた。俺はどうもその先には行けないらしい、日頃の行いが祟ったんだろう、とカロンが言うので、ルカは時計を受け取って、先を目指すことにした。仮に戻ったとして朝は来ないのだとカロンはいう。カチカチと鳴る針の音はやかましい。帰ったところで眠ることもできなさそうだった。だからルカは進むことにした。螺旋階段は長く、どこまでも続いているような気さえした。奇妙な夜だった。魔法の支配する夜だった。誰かがいるような、誰もいないような暗闇が続く。ルカは階段を上り続けた。
(つづく)
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