就学生のルカ
長い『朱色の』赤毛を持つその男は、名をルカといった。ルカは魔法学校に籍を置く学生だ。学校の中で彼はやや浮いた存在だった。なにより長髪の男は珍しい。筋肉の発達する第二次成長期は運動をするものも多く、様々な動作の邪魔になる髪は切ってしまうからだ。髪を結う習慣のある女生徒は別として、長くとも肩までというのが一般的な解釈であった。
ルカの姿形には人の目を引く要素が多分に含まれていた。含まれる要素の数を鑑みれば反対に目立たないといえなくもなかった。日に焼けにくい肌は白っぽく、男臭さを感じさせないかんばせは厭世的な切れ長の目が二つくっついている。背はすらりとして平均的で、腰まで届く夕闇のような茶褐色が厳格さとある種の逸脱を見た者の心に呼び起こす。
ともかく、ルカは浮いていた。いじめられていたわけではない。遠巻きに悪名を囁かれていたわけでもない。親しい友人がいなかったわけでもない。特徴的な深い赤色の髪が醜聞と結びつくことはなかった。噂になっていたわけでもない。彼と周りの人間は誰しも常に一定の距離感を保っていた。嫌われていたわけではない。ただ、彼にはどこか扱いづらい雰囲気があった。ルカは『勉強をするために』学校に通っていた。そのことが彼のどこか浮世離れした雰囲気に繋がっていた。
魔法学校に入学を決める人間は様々だ。歴史的に訓練校の側面が強く、他の勉学の場に比べ基礎の教養が重要視されないために、就職前の猶予期間を楽しみたいもの、卒業資格が欲しいもの、専門的な修学を望むもの、親の意向で送られたもの、さまざまが集まる。ルカは魔法の勉強をするためだけに自分の意思によって魔法学校を選択した稀有な人間だった。
ルカはノートを書く手を止める。目を上げれば、目の前にはユミがいた。ユミはルカの幼馴染だ。ルカはペンを置き、ノートを閉じる。ルカはやや腹を立てたような顔の彼女を座ったまま見上げた。髪を二つに括ったユミはいつもの通り、ルカに突っかかってきた。ユミはルカが前のテストでトップをとったことが気に入らない、と言った。だろうな、とルカは思った。ユミは優等生だ。社交的で気が利き、友人も多く、推薦で高次の学校に進むような人間だ。ルカは彼女が人付き合いの合間にも必死に勉強しているのを知っている。彼女は見た目通りの努力家だ。気に入らないだろうな、と思った。
ルカは張り合う気など更々ない。資格取得で忙しく、学年の中で点取りゲームをしているような身ではないからだ。目の前の幼馴染が本気で怒っているわけではないと知っているとはいえ、取り合っていられないルカの態度がユミの苛立ちを増幅させることは想像に難くない。ユミの怒りは独り相撲だ。気に入らないだろうな、とどこか他人事のようにルカは思った。
ルカは暇な時もそうでないときもたいがい参考書を読んでいた。資格を取るというのは並大抵のことではない。ルカは在学中になるだけたくさんの『許可』を得たいと考えていた。許可というのは国家資格だ。この国の中央には電波塔が立っている。魔法は許可制だ。一人一つ『道具』を持ち、資格を得るたび『許可』が付与される。魔法は電波塔を介して発動させられる。実際にどんな処理がなされているのかは大人たちも知らない。電波塔を作ったのは人間だ。しかしそれらはシステムで、使うのに仕組みの理解は必要ない。ゆえに誰も知らなかった。別段不思議なことでもなかった。ルカはただ漠然と、勉強を続けていけばどこかで知ることになるのだろうな、と思った。
誰もいなくなった教室でノートの書き付けを要約しながら話を聞くルカへ、ユミは呆れたような目を向けた。彼女は、そんなに勉強してどうするつもりだ、というようなことを聞いた。ルカは目を上げないまま、女王(クイーン)を目指す、と言った。女王。それは全ての魔法を習得した人間に授けられる位。女王。『なんでもできる』ことからそう呼ばれている。ルカは女王になりたかった。それが彼の望みだった。ユミは呆れたとも驚いたともつかない顔で『叶うといいわね』と言い、少し考えてから『いいえ、叶えて見せるんでしょうね、嫌みな男』と少し柔らかに、眩しそうな声音で言った。
(つづく)
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