就学生のルカ-2

魔法使いは架空の存在だ。みな、そう聞いて育つ。しかし大人は魔法を使う。妙だと気づいたのはいつだっただろう。


大人は魔法を使う。大人の半分はマジックアイテムを持っていて、その半分は魔法を使っているところを見せてくれる。ごくまれに親切な(あるいはいたずら好きだというべきかもしれない)大人は『道具』を握らせて、大人がやるようにふるわせてくれる。


そういうとき、魔法はいつだって不発だ。あるべき持ち主の手でしか『道具』は動かない。大人は軽く笑い、取り戻した道具でひとつふたつ魔法を見せてから、魔法は大人にしか扱えないものだ、という。大抵の場合、だからいっぱい学んで早く立派な大人になろうね、と続く。子供たちはそれぞれに色よい返事をしたり、ずるいといって『もう一回』をせがんだりする。


妙だと気が付いたのはいつだっただろう。魔法は大人のものだ。両親からもそう聞いた。魔法は大人のものだ。大人にならねば使えぬものだ。だとするなら。それが本当だとしたら。今、この手に握る光はなんだ?


ルカは己の手をじっと見た。彼の手は地面に落ちる星の光を拾うことができたし、窓にさす一筋の光を曲げることができたし、風のない日の高い木の葉を優しく揺らすことができた。それが誰にでもできることじゃないと、『特別』なことなのだと、どこかのタイミングで彼は気が付いた。『魔法使い』はおとぎ話だ。おとぎ話は楽しい嘘であらねばならない。この手の力はなんとする。これは何かの間違いだ。こんなものは知らない。幼いルカは同い年の友人の中で自分一人が特別だと気が付いてしまった。それから彼はずっと人前で魔法を使わないように心を配ってきた。


成長しても魔法の力は変わらず手の中にあった。先の進路を自分で選ぶ年の頃には不可思議な力にも慣れ、様々なことができるようになっていた。しかし魔法は大人のものだ。おいそれと使うことはかなわない。なぜならそれが道理だからだ。できないはずのことができる。子供の手にある魔法は虚構でしかない。ルカの手には不条理が握られている。この矛盾は、この先もずっと付きまとう問題のように見えた。

ルカは進路相談の機会に一言、魔法学校へ進学すると言った。それはルカが自分の意思で決めたことだった。そうすれば何かがわかるかもしれなかったし、なにより『大人』になれば人前で魔法を使っても許される。ルカは魔法の力を恐れていた。力そのものよりも、魔法を発動させたことによる集団からの乖離・逸脱を恐れた。そういった彼の内心を知る者はだれ一人として居らず、その孤独に耐えかねたというのもまた理由の一つだった。

彼の希望に対し、不思議と反対はなかった。彼はそうして試験を受け、魔法学校へ入った。それまで彼を縛っていた恐れにも似た熱意は勉学へと注ぎ込まれ、新しい環境のなか彼は目覚ましい成果を上げた。


手に握られたままの虚構は、魔法協会のもたらす現実の魔法にとって代わりたびたび彼を困らせた。魔法学校には実習があった。発動させるすべを知らない『大人の』魔法より、長年慣れ親しんだ『虚構』が先に出るのはどうしようもないことだった。魔法は許可制だ。許可されていないものは『発動しない』。試験で不正を怪しまれ、周りに睨まれるのは勘弁願いたかった。ルカは試験を穏便に切り抜けることだけを考えて杖をふるった。あまり成果が芳しくないときは、自分の持つ魔法の方を試験項目に適合させて切り抜けた。綱渡りの日々だったが、幸いにも恐れていたようなことは起こらず、周囲からの評価を得ていったルカはいつしか学年首位の秀才となった。それはおそらく名誉なことだった。彼は承認を得た。彼のもつ肩書は学園の内外で優遇された。それでも彼には足りなかった。厄介な『虚構』はいまだ手を煩わせる。


女王の位を手にすれば、どんな魔法も使えると聞いたのはいつだったか。それからルカは女王を目指すことになる。どんな魔法をも使えるということは、どんな魔法を使っても咎められる謂れはないということだ。もとより存在しないはずの力だ。存在しないものでも結果だけは本物だ。道理と反するそれが不可分のものである限り、ルカには女王の位が必要だった。真に求めていたもの。安寧はおそらくその先にある。


そうしてルカは女王を目指した。手の中の虚構は現実となって自由に振るわれることを待ち望んでいた。そうしてルカは女王を目指した。道は険しく、しかし未来はひらけていた。


(続く)

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