魔法科のカロン-2

女は妖精だった。長い髪と垂れた耳、顔より大きなハット帽。華やかで明るく、憂鬱で昏い、朝ぼらけと夜の”あいさ”の色。ウサギの魔女、彼女は名前をロールといった。


かわいらしい風貌は幼い相棒のお気に召したようだ。カロンとロールは夜明けから夜更け、夏の昼間、春の日暮れまでを過ごした。同じ風を頬に受け、同じ雨をその身に浴びた。同じ本を広げて読んで、同じ秘密を共有した。二人の間に境はなかった。長い髪を濡らす雨は温く、ぼたぼたと跳ねる水は輝いていた。二人はとても仲が良かった。二人はとても幸福だった。この時がずっと続く、そう思っていた。


そう思っていた。そう思っているのはカロンだけだった。妖精は去る。幼年期を抜ける体を後押しする。大人への階段を上り始めたとき傍らにその姿はなく、背中を押された子供たちは振り返ることさえない。彼らはいなくなってしまう。まるで最初からいなかったみたいな顔をして。魔法を使えるタイムリミットは刻一刻と迫ってくる。使用者へそれを悟らせぬまま。

ロールはそのことを内緒にしていた。妖精は悲しいことを話さない。楽しい時間。楽しさだけを時間に満たし、そのままぶつりといなくなる。それが妖精の定め。与えられた役割。ロールはカロンに、お別れの言葉を用意していた。


さよならのときが近づいて、ロールはカロンの手を取った。聡明な男の子。理知的な光をその目に宿し、一方で不思議な激しさを持ち合わせた、金色の子。二人一緒に話した秘密の、これがほんとに最後の一つ。これから大人になるカロンに祝福を与え、それを『わかれ』とする。ずっとやってきたことだった。妖精は離別を運命づけられている。これまでも、そして今も。


ロールはカロンをじっと見つめた。カロンもロールをじっと見つめていた。カロンのポケットにはずっしりと重い螺子巻きの時計が入っている。この時がずっと続く。ロールが手を差し出してきて、それを握った今もなお、カロンはそう信じていた。魔法は永遠で、終わりなどなくて、ロールとの日々は終わらない。信じていた。否。『カロンは何が終わりをもたらすかを知っていた』。


カロンは手を放し、ロールを引き寄せた。幼い手が声を発する前に白いのどをつかみ、ためらいなく締め上げる。知っていた、わかっていた。最期の時が来ることを。彼の聡明さはとうに感づいていた。カロンが望んだのは『永遠』だった。大人になんてなりたくなかった。『願い』は引き出される最後の言葉、『祝福』を望む形へ捻じ曲げた。ぎちぎちと喉が潰される。息が詰まり、濁った眼が驚くように見開かれるのを、小さな体が痙攣して重い頭がだらりと垂れるのを、カロンは額が触れるほどの距離で目をそらすことなく見届けた。


魂の抜けたロールはウサギのぬいぐるみへと変わり、綿が寄ってだらりとしたそれをカロンはクロゼットへ押し込めた。ずっと力を込めていた手はほどかれたことでじわりと熱を持ったが、カロンの目は冷えていた。なるほど妖精との別れはどんな形であれ人を大人にするのだ、とカロンはやや場違いなことを考えた。ポケットの鎖は重く、繋がった時計はなお重い。ロールは去った。ロールは残った。カロンは『魔法を失うことはなかった』。ロールとの日々も。未来は……最初からなかった。


カロンはクロゼットに頭を突っ込んだ。薄紫のうなだれたウサギは目をつむって夢見るように眠っている。ロールを入れたクロゼットからは懐かしいような匂いがして、カロンは二人で秘密基地を作ろうといったことを思い出す。あの日入り込んだ狭いクロゼットの中は話に聞く宇宙のようで、差し込む光は月の輝きだった。カロンは首を引っ込め、クロゼットを閉じた。思い出はここにある。それを話す相手はもうどこにもいない。されど思い出はここにある。

カロンはこれからのことを考えた。ロールのいない暮らし。別れのあと。こんな日が来ることをずっと前から知っていた。想像していた通りの空虚な心地を、カロンは胸の隅に追いやる。慣れるまでにはずっとかかるだろう。カロンはそう思いながら部屋を出た。


(続く)

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