第118話 悠久のメモリアル②

―西暦2655年―


ザザアアァァ......


降り注ぐ灰色の雨が、スーツ中の武装が放つ熱と合わさり

全身から蒸気となり、立ち昇る


辺りからはもう、銃声や砲撃音、ADESの咆哮も、

そして、非戦闘員や仲間達の悲鳴も聞こえない。


ただ耳に響くのは、瓦礫を打ち付ける雨の喧騒のみだった


【降下艦到着まで、あと533秒】


視界の隅にカウントダウンが表示される中

何処に焦点合わせるわけでも無く、虚空を見つめる


その時だった、聴覚センサーが

近距離から自然音以外のノイズを検知する


すぐさま意識と連動し音源の発生地点、

そしてそこからの友軍の識別反応IFSが表示される

敵ではない。


(この反応は...SG隊、ストームガーディアンズか、

 既にこちらのエリアは最終確認が完了している筈だが...)


音源の正体も、地点も判明している、先ず問題は無いだろうが

まだ降下艇の到着まで猶予もある

持ち場を離れているという事は、何か不測の事態があったのやも知れない

万全を期すべく、直接確認へと向かう為、歩みを表示方向に進める


一歩、また一歩と、濡れた瓦礫が鈍い破砕音を立てる


「この裏か...」


30m程離れたビルの残骸の影

辛うじてフロアブロックの一部が残っており

風雨を凌げる場所に、その者は居た


色違いの同種のアーマーを纏う男が一人

身を屈めて何かを行っている


「何をしている」


「…っ!オ、オリジン!」


普通に声を掛けたつもりだったが

声を掛けられた男が慌てた様に振り返り

こちらを確認し、すぐ様立ち上がると

姿勢を正し、敬礼を向ける


直ぐに応じ、こちらも答礼を返す

男の顔にはまだ幼さが濃く見える


「SG隊では初めて見る顔だな、新人か

 ガーディアンに階級は無い

 オリジナルシリーズだろうとなかろうと

 同じガーディアンズだ、気楽にしろ」


「は、はいっ」


まだ緊張が解けたと言う訳では無さそうだが

幾分かは肩の力が抜けたように見える


「だが、作戦終了後とは言え、無用な単独行動は感心しない

 む...それは...墓を作っていたのか?」


男が作業していた場に目を向け尋ねる

そこには突き立てられた電磁式短刀の鍔の部分に

数十は有るであろうドックタグが掛けられていた


そのどれもが血や泥に塗れ、大きく変形している物も見受けられる


ドッグタグとは戦場で兵士が

原型を留めない状態になろうとも

身元証明をする為に使われる認識票である


尤も、体内に量子チップを有する現在の技術水準に於いて

無用の長物であるが800年以上も前から

兵士の伝統、まじないの類となり今も続けられている


だが、認識票にしろ量子チップにしろ

戦闘地域の遺体を回収する余裕等無く

身元確認を行う意味など、当に失われている

未帰還兵は全てMIAmissing in action、戦死と即座に判断される


これは兵士に限った話ではない

戦闘地域にて行方不明になった者は

捜索や確認等の行程を踏まえず、死亡扱いとなる


それ程までにADESとの大戦に於いて、戦闘が生じた地域にて

戦闘後【生存者】など居ない事は100年以上続く過去のデータでも明らかだった


しかしそうなった今に於いても

兵士達の中ではある種の信仰の様に続けられている風習の産物だ


「は、はいっ、その通りです

 俺...ぁ、いや自分は!

 元々この都市の防衛隊から選抜されて

 ガーディアンになったんです...」


「そうか」


直接親交があったのかは分からないが

少なくともこの男にとって、今弔っている者達には

何かしらの特別な思い入れがあるのだろう


「あ、あのっ...この事は...隊長や副隊長には...

 言わないで貰えないでしょうか...?」


おずおずと様子で、男が問いかける




「ふむ...?

 特に他隊の私情に深入りするつもりは無いが、何故だ?」


「そ、その...隊長はこういう事...あんまり...

 多分知ったら、「そんな暇あるなら装備の手入れでもしてろ!」って

 言われると思うんで...副長もそういうの...厳しい人で...」


しどろもどろではあるが、大筋内容は理解出来た


「成程、叱責を恐れての事か、了解した

 SG-1と面識はあるが、先程も言った通り

 俺はSG隊の問題に口を挟む気は無い

 お前の行動も特に危険を及ぼす、不利益を齎す行為とも思えん

 好きにすると良い、ここで見た事は口外しないと約束しよう」


その言葉を聞いた男が顔を上げ、安心した様子を浮かべる


「あ、ありがとうございます!

 オリジンの人達って皆無口で何考えてるか分からなくて

 少し怖い印象があったんですけど...あ、本人を前に

 大変失礼な事を、すみません!!」


「気にするな、最初にも述べたが

 本来ガーディアン同士に直属の部隊以外で上下関係は無い

 こちらと他の者にどの様に認識されているか、参考になった」


「はは...すみません

 でもそう言って貰えるなら...

 あ、あのもし良ければもう一つだけ質問してもいいですか?」


「迎えが来るまでで良ければ構わない

 降下艇到着まで残り371秒は待機するだけだ」


「あの...自分は...無性に怖くなる時があるんです...」


「ADESと戦う事が、か?」


7番隊以降は要員の補充が可能だが

最近はガーディアンの選抜要員にも

能力値は高いが戦闘経験の少ない新兵も回されていると聞く


ガーディアンズが投入されるのは常に最も過酷な戦線だ

圧倒的数に加え、通常の兵士では見る機会も少ない、

正確に言えば見た者はほぼ帰還しない

強力な戦闘力を持つ特殊タイプのADESとの戦闘も多い

戦場経験の少ない新兵では無理も無い反応か


「あっ、いえ、そういう意味ではないんです!

 人類の為にガーディアンズの一員として戦えるなんて

 これ程名誉な事はありません!

 その結果戦って死ぬ覚悟は出来ているつもりです!」


「ふむ」


どうやら早合点だった様だ


「死ぬ事自体は怖くない...つもりです

 でも自分は...忘れ去られてしまう事が怖いんです...

 自分や、あなたや、他の沢山の仲間達が

 命を掛けて戦い抜いた事を...誰も覚えていてくれなかったらと思うと...」


「成程、だからお前はそうやって

 忘れられぬ様にと、墓を作っていたのか」


「はい...自分でも無意味な事は分かってるんです...

 明日にはここも、ADESの再侵攻を遅滞させる為に

 地形ごと、戦略兵器で破壊されます

 当然こんなのも跡形も無く消え去ってしまうでしょう...」


男が悲しそうに、先程まで自分が作っていた墓に目を向ける


「でも...仮にもっと、しっかりとした物を作れたとしても

 何時かは崩れ去ってしまう

 こうしているのも...気を紛らわせる為の気休めに過ぎません...

 オリジン...あなたは、どうすれば何時までも

 自分達が戦った事を、居た事を、どんな形にすれば消えず

 残せると思いますか...?」


自己の存在証明、過去、何度と無く人類文明の中で論議されてきたテーマだ

それは形として、今男が築いている墓

建造物、モニュメント、形は様々だが、存在事例は多い

しかし今ではその殆どが、ADESとの戦争が始まり姿を消す事と成った

男が望む物ではないのだろう

残念ながら自分には問いに対する答えを導き出せそうに無かった


僅かな間が生まれ、二人の間を雨音が支配する、やがて


「......悪いが、俺には分からない」


「...そ、そうですか...すみません、オリジンにこんな事聞いてしまって...」


「だが、答えを探す方法なら分かると思う」


「それはっ...!?」


「俺達ガーディアンズに課せられた任務はなんだ」


「は、はいっ、人類を守る事であります!」


「その通りだ、人類の守護、ADES殲滅

 目標達成後、幾らでも答えを探せば良い

 その為にも戦い続けろ、そして生き残れ

 それが一番答えに近づく事であるのは間違いない筈だ

 すまないが、今の俺にはそれしか方法が分からない」


男が顔を上げ、縋る様に自分へと視線を向ける


その時


キュィイイイイン!!


突風と轟音と共に、眩いばかりのサーチライトが上空から降り注ぐ


「迎えの時間だ、SG隊の健闘を祈る、また会おう」


不整地の為、降下艇は着地出来ない、そのまま背のバーニアを吹かし

上空で待機する降下艇へと直接飛び立つ


遠ざかる地上の男が、こちらへ何か叫んでいる


100m程上昇し、降下艇の搭乗口に手を掛け乗り込む間際

最後に男は敬礼して見送っていた


男が最後、何を叫んでいたのかは

聴覚センサーは拾う事が出来なかった


男が遠ざかり、徐々に点に変わって行く


そうして再び星の船へ戻ってゆく


終わらぬ次の戦場へと備える為に


――

―――

――――

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