第119話 悠久のメモリアル③

「それが名も知らぬ、あの男、SG-23に

 最初に、そして最後にあの者自身に会った時だった」


「...」


ゼロスの言葉にセルヴィは聞き入っていた


彼女がそれほどまでに、一言も逃さんと傾聴していたのは

昔から憧れた遥か古代の人々の歴史だからか、

それとも自分が産まれた本当の世界の話だからなのか、

はたまた、この石碑に眠る者の話だからなのか


そのどれでもあるのだろうが、セルヴィにとって一番の理由は

データやプロメから教えられる情報・記録ではなく

始めてゼロスの口から直接語られた、彼の【思い出】だからだろう


「俺はあの時...彼の問いに答える事が出来なかった...

 だが...今ならその答えが判る、君のおかげだ」


「え...私の...!?」


突然話が自分に向けられた事で驚くセルヴィ


「そうだ、きっと...これが答えだったんだ」


そういうと、ゼロスは優しく石碑に手を伸ばした


しかしセルヴィは少し申し訳なさそうに答える


「...そ、その...作って置いてこんな事言うのも

 無責任かも知れないんですが、せめて何か出来る事はないかって

 精一杯作りましたけど

 やっぱり石ですし、いつかは風雨で失われてしまいます

 その方が望んでいた様な、永遠に残る物では...」


「違う、この石碑その物の事を言っている訳ではない」


「ぇと...じゃあ一体...」


「100万年以上の時を超え、今この瞬間に

 この石碑がここに建っている、その事自体がその答えなんだ」


ゼロスの紅の瞳が真っ直ぐセルヴィを見つめる


「へ...」


「人類が、君が生き残っていたからこそ

 今ここに石碑が存在する事となった、それこそが

 彼等が、存在していた、戦ってきた事に意味があった証に他ならない

 様々偶然や要因はあっただろう、結果論かもしれない

 しかし今目の前にこうして、この石碑は建っている

 少なくとも彼らの存在が無ければ、悠久の時を越え

 この時、今この場所に、存在し得る事は決して無かった」


再びゼロスが視線を石碑へと戻す


「お陰で俺自身も、今一度自分の成すべき事を再確認出来た

 もう俺達、ガーディアンズが成すべき事はこの時代に無いと

 任務は終わったのだと」


ゼロスは石碑から手を離すと、ゆっくりと顔の前に引くと

力強く拳を握りこむ


「だが、何も終わってなどいない...

 人類は滅びなかった、様々な者達の英知と希望により

 君が、この世界に人々が、今ここに存在し続けている

 この答えを守る為にも、俺は戦い続ける...!」


「ゼロスさん...」


ゼロスの言葉にセルヴィの胸も思わず熱を帯びる


「しかし...こんな事を偉そうに君に言える立場ではないな、すまない」


「え?」


「君を守るといいながら、君を危険に晒してしまった

 それも俺自身の手によってだ...

 幾ら詫びても許される事ではない」


「そ、そんな事言ったら、ゼロスさんが居なければ

 そもそも私はテストラで死んでたわけですしっ」


「それは当然の事だ、感謝される様な事ではない

 君が命をとして止めてくれなければ...

 俺は取り返しのつかない事をしていただろう...

 助ける所か、助けられてばかりだ...すまない」


その場に膝を着き、セルヴィより頭を低く頭を垂れるゼロス


「むぅ!なら私も謝られる様な事じゃないですっ!」


「すまない、言葉で許される様な事だとは思っていない、

 出来る限りの償いは―…」


それを聞いたセルヴィの胸の内に宿る熱が

先程までとは異質な物へと置き換えられていく


「違います!そんな事言ってるんじゃないです!」


ゼロスの言葉に徐々に顔を赤くし、目尻に涙を浮かべるセルヴィ


「私にはゼロスさんやヴァレラさんの様に戦う事も出来ませんし

 フレイアさんの様に特殊な力も無いです

 プロメさんの様に頭もよくありません!

 でも、ゼロスさんと一緒に旅する仲間として

 それでゼロスさんが困ってる時に、私にも出来る事があって

 大事な人の力になる事が出来たのに...それなのに

 そんな謝られたって、償いなんていわれたってっ!

 ちっとも嬉しくなんかありません!!」


目尻に浮かぶ涙は次第に大きさを増しながら

怒りを露わに捲し立てると、セルヴィが背を向けた


しかし背を向けた直後、セルヴィは怒りとは裏腹に

激しい後悔の念に苛まれた


彼が目覚めたら、何を話せばいいだろうか

勝手に確認もせず、こんな事をして彼は怒るだろうか

いざゼロスが目覚めたという知らせを聞いても

その答えを先延ばしにする様に、作業に没頭し続けていた


そして今日、ゼロスから姿を見せた

プロメからは精神に変化をきたしている可能性がある、と聞いていたが

セルヴィにとって、彼は以前と同じ彼だと思え、安心した

言葉では上手く言い表せないが

もし彼が変わったとするならば、それは寧ろ良い方向の変化に思えた


こんな事を言うつもりじゃなかった

こんな言葉をかけたかった訳じゃなかった

言葉も交わさぬまま、連日の作業精神共に疲弊していたのかもしれない

自分の望む答えが手に入らなかったというだけで

子供の様に癇癪を起こして、八つ当たりしてしまった

その言葉が彼の思いやりによる物である事はわかっている筈なのに

我侭だ...


そんな後悔の念がセルヴィの胸に渦巻き、更なる涙を溢れさせた


そんな時だった、両肩を暖かさが包み


「ありがとう、助かった」


それはセルヴィが望んでいた言葉だった

思わず振り返り、言葉の主を確認する


「こういう時にどう言うべきか、教えて貰った筈だったが

 また言葉を間違えてしまった様だ

 すまな…ん、イカンな...しかしこの場合は...」


「ぷっ...ふふふふっ」


一人自問自答始めるゼロスを見ていると

思わず笑いがこぼれた


「む、また言葉を間違えてしまっただろうか?

 だとすれば、す...、むぅ...」


「ふふふっ、もういいですよ、

 お役に立てたなら嬉しいですっ

 そして私もわがまま言ってごめんなさい」


その様子にゼロスも安心した様に

ゆっくりと手をセルヴィの肩から腕を降ろす


その際ふと石碑の隅に掘られた別の盤面と小さな宝石が目に映った

先程まではセルヴィの背に隠れていた位置だ


「これは...」


ゼロスが掘られた文面に目を凝らす



―あなたは一人じゃない―


―この石が導く時、きっとまた会える―


―守護者は健在なり―



よく見ると、文面の上にはめ込まれた宝石が

日の光とは別に淡く光を発している

そしてセルヴィの首から下げられたペンダントが同じく淡く光を発してる


オルタナイトだ


石碑に彼等と共に眠る青年の物だろう

ただの墓石としてのモニュメントではなく

他にこの時代に転移して来ている生存者への

メッセージとしての機能も持って居るのだ


その事に少女の内に秘める強さに、改めてゼロスは感心する


「一応、プロメさんとも相談して

 アリスさんに頼んで、もし、このオルタナイトについて

 訪ねて来る者が居れば、優先的に保護して貰うよう

 都市の長にお願いして貰いました

 私の個人的なわがままかなとも思ったのですが...」


少し申し訳なさそうな顔をするセルヴィ


「いや、そんな事は無い、

 これが...君の強さと覚悟なのだな」


―守護者は健在なり―


最後の一文がゼロスの脳裏に蘇る


「いや、感心してる場合ではないな

 この言葉を嘘にしない為にも

 俺は立ち止まる訳にはいかない」


そう呟くと、ゼロスの瞳に力強い意志が宿る

横で見ていたセルヴィにもまた、それは伝わっていた

二人はこれ以上言葉も交わさぬまま

石碑に向かい、共に並び佇んでいた


その様子を遠くから見ていたヴァレラが

そっと笑みを浮かべ、二人に背を向ける


再び辺りには草原のさざなみの音だけが響き渡った。

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